手にした勝利

『それでは、次はスポーツニュースです』

 テレビの中の、真面目そうなアナウンサーがそう言うと、陽気な音楽とともに画面が変わり、暑苦しい濃いくどい顔の男が大写しになった。

『ついに来ました! この日がやってきたんです!』

 男は声をがなり立て、ハイテンションでしゃべりまくる。


『1年にわたる長い長い戦い。

 その総決算が、この試合です。

 前期優勝、東京ファンタジスタ。後期優勝、大阪FC。今年度のプロサッカー、頂点を決める絶対に負けられない戦い! さあ、どうなる?』


「うるせえアナウンサーだな、こいつは」

 テレビを見ながら、そう言ったのはカツミだった。

「アナウンサーじゃないらしいぜ」

 答えたのはマサキ。色黒で背が高く、ガッシリとした体格の、いかにも体育会系という風体の男だ。

「じゃ、なんなんだ?」

「お笑い芸人だとさ。といっても本業の方じゃ出番がなくて、もっぱらこんなコトばっかりやってるらしいが」

「なんだそりゃ」

「駄目だよなぁ。やっぱり、本業で稼がなきゃ」


 2人がいるのは、とある高級店だった。スポーツの中継やニュースなどを大画面で流すことが売りのスポーツバーだ。

 薄暗い店のいちばん奥の席で、差し向かいで飲んでいる。

「ねえ、あの人……」

 向こうの方で、男に誘われるための服を着てきた女たちが、こちらを伺う声が聞こえてくる。

「サッカー選手じゃない? ほら、今夜の試合に出てた……」

 ヒソヒソこそこそ。

「有名人だな」

 カツミに言われて、マサキは笑った。

「でかいから目立つだけだろ」

「またまた。今日の試合でも大活躍だったじゃないか。見ろよ、ほら」


 バーの壁面にある大画面が、先ほどの試合、つい2時間ほど前に終わった優勝決定戦の様子を映し出していた。

 背番号10をつけた男が、ボールをドリブルしている。

 実況がやかましく叫ぶ。

『中村、中村、抜いていく、最後のディフェンダーもかわして、シュート!』

 が、運悪くポストに当たってしまい、ゴールはならなかった。

「惜しかったな」

「ああ、これが決まってれば楽だったんだが」

 マサキは苦々しげに、そう言った。


 なおも試合は続く。

『中村、今度はコーナーキックに合わせたボレー! 惜しい~!!』

『また中村だぁ! エリアの外からのローングシュゥゥゥゥト! でも駄目ェ……』

『ボールこぼれた! そこにいるのは中村、決めたぁ!……かに見えましたが、これはクゥ~!! オフサイドの反則です!』

 試合のハイライト映像には、ほとんどこの背番号10が登場していた。

 まるで個人のプレー集だ。

 だが、試合は0対0。

 残り時間はなし、後は数分のロスタイムを残すだけ。

『この土壇場で、大阪FCに大きなチャぁンス!

 フリーキックだ! 直接狙ってくるか? それとも誰かに合わせるのか?

 運命の笛が鳴るぅぅ!!』

 

 笛の音。

 蹴られたボール。

 ゴール前、身体を寄せ合う選手たち。

 しかしボールは、それを避けるように曲がって、逆サイドへ飛んでいった。

『ここにいるのが、中村ぁ!』

 自分よりも大きなディフェンダーを押しのけ、懸命に身体を伸ばす。そしてヘディングでボールをゴールに叩き込んだ。

 直後に試合終了。

 優勝は、大阪FCとなった。

「やったな」

 カツミに握手を求められ、マサキは笑顔を見せた。

「最高さ」

 リプレイされるゴールのシーンに、満足そうに見入る。


 映像の中。

 背番号10が、小さな身体をゴール前の密集の中に飛び込ませる。すぐに巨漢のディフェンダーが寄せてくるが、タイミングをずらして身体をあて、見事に相手を転ばせた。

「うまいモンだろ?」

 マサキは笑った。

 転んだディフェンダーの背。

 ユニホームには、「MASAKI」と記されていた。

「アップで見ても、わざとだなんて分からないぜ」

「おう、完璧だな。拓也、お前の八百長のおかげで、俺は裏賭博で大もうけだ」

「忘れるなよ、俊樹。取り分は6:4だ。俺が6だぞ、間違えるな」


 テレビでは、まだナカムラの映像を流している。

『やりました、中村! 5連覇中の王者・東京ファンタジスタを下し、3年前まで下部リーグだったチームを初の優勝に導きました!!!』

 MVP最優秀選手賞の賞金「200万円」と書かれたボードを掲げ、喜びで笑顔を爆発させる背番号10。

 それを見て、嬉しそうに微笑むマサキ。

「そうそう。サッカー選手は、やっぱプレイで稼がなくちゃな」

 彼が「あのプレイ」で、後に手にした金額は800万円だった。

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