犯人はあなたです

 犯人は、あなたです。

 どこを見ているんです? あなたですよ、あなた。

 私の目の前にいる、私がいま話しかけている、あなたです。

 この殺人事件、犯人はあなたしかいないんですよ。


 第一の事件。

 犯行現場は完全な密室でしたが、あれはトリックです。通風口とテグスを利用したのです。あなたは釣りが趣味で、テグスを持っていますよね。

 え?

 だからといって犯行に使った証拠は無いって?

 シラを切る気ですか。いいでしょう。


 第二の事件。

 犯行に使われた凶器は、いまだ発見されていません。ですが、これもトリックです。凶器は氷だったのです。あなたは、自室に専用の冷凍庫を持っているそうじゃないですか。

 え?

 ただの釣りエサ用の冷凍庫ですって?

 そんなことで、言い逃れできると思っているんですか。

 

 第三の事件……。

「待って下さい」

 どうしたんだ、金田。

「この人は、犯人じゃありません。この人は、第三の事件のとき、襲われた僕を助けてくれたんです」

 それはトリックなのだ。いまから解説する。

 ――おっと、すみません。横から余計なヤツが、しゃしゃり出てきてしまって。

 でも、もうバレているんですよ、あなた。これは、一人二役のトリックです。あなたは覆面をして金田さんを襲っておきながら、直後に覆面をとって、悲鳴を聞いて駆けつけたフリをして現れたのです。

 え?

 自分には、第四の事件のアリバイがあるって?

 そう来ますか。


 第四の事件。

 確かに、あなたにはアリバイがあります。

「そうですよ。僕はあの日、この人に会ってちょっとした相談をしてたんです」

 金田……。

「犯行時刻の3時間前までね。新幹線の動いていないときに、たったの3時間では、事件現場に行くことができないのは立証されているはずです」

 少し黙れ、金田。

 ――失礼。あなたが用いたルートはこうです。

 まず、逆方向の普通列車に乗る。そして空港から飛行機で飛び、隠しておいたモーターボートを使えば、犯行時刻に間に合うのです。釣り好きのあなたが、船舶免許を持っている事は調べがついているんですよ。

「馬鹿な! この人は、僕のつまらない悩みを真剣に聞いてくれた。そんな人が、殺人なんてするわけない!」

 金田、お前はアリバイ作りのために利用されたんだ。

 ――ね、あなた。そうでしょ?

 え?

 そのトリックを使えば、自分以外にも犯行が可能じゃないかって?

 なかなか粘りますねえ。


 では、第五の事件。

 事件があったとき、我々は一緒にいました。

「そうだった! 絶対に犯行は不可能じゃないですか! 防犯カメラに、そのときの僕たち3人の映像が残っているはずです」

 黙れと言ったろう金田。

 ――これは、双子トリックです。

 あなた、双子のお兄さんがいるそうですね。あなたと違って左利きだとか。防犯ビデオの映像を見て下さい。左手でポテトチップスを食べています。右利きの人間が、左手でポテチを食べるなんてありえませんからね。これはあなたじゃない。

「そんなことで!」

 うるさいぞ金田。犯人はこの人だ。もう決まりだ。

「違う!」

 この人だ。

「違うんだ!」

 間違いない。

「絶対に! 違う!」

 何故そう思う?

「犯人は僕だ!」


「犯人は僕だ。

 僕は、この最高の頭脳を駆使して、技術の限りを尽くし、幾多のトリックをつくりあげた。完全な密室、凶器の消失、絶対に崩せないアリバイ、遠距離殺人、不可能な犯行。それなのに! 

 双子トリック? 時刻表トリック? 一人二役? 氷? テグス? ふざけるな! そんなベタで使い古されたトリック、僕が、この僕が、使ってたまるか!

 し・か・も! 

 しかもだ!

 犯人がこいつだと! 

 どういう推理をしたら、そんな結論が出てくるんだ!

 僕のつくりあげた崇高で完璧な犯罪が、こんな愚図で馬鹿で無知で教養のない不細工で薄汚いカスに、実行できるわけねーだろぉがぁぁぁぁぁぁぁ!」

   ※   ※

 いやあ。

 すみませんでしたね。

 あなたのおかげで、犯人を逮捕できました。

 え?

 最初から犯人がわかっていたのかって?

 そうですよ。だけど、証拠が無かった。金田はIQ180の天才で、何の証拠も残さずに犯行を繰り返している殺人鬼だったんです。

 だけど、彼には弱点があった。

 自分の犯罪を、芸術作品のように愛していたことです。

 だから、あなたに目をつけた。

 金田がいちばん嫌いなタイプ、心の底から馬鹿にしている人間を犯人に仕立て上げれば、きっと犯行を自白せずにはいられないってね。

 本当に、ありがとうございました。

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