あいつが悪い


「高倉だよ、アイツがやったに決まってんだろーが!」

 久保は取調室の中で声を荒げた。

「アイツには、小笠原を殺したい理由があんだよ。惚れた女を小笠原にとられたんだ。それで、グサッとやっちまったワケよ」

 足を組み、仰け反って、何度も舌を打つ。

 どうしようもないほどにガラが悪い人間だ。

「とにかくよ。小笠原が殺された時に、俺はまだ大阪にいたんだ。証言してくれるダチは何人もいるんだぜ。犯人は、高倉だ!」

 

 同時刻、隣の部屋。

「久保さんでしょう。彼の犯行で間違いありません」

 高倉は取調室の中で淡々と語った。

「彼には動機があります。小笠原氏から多額の借金をしていたんです。それで、殺人などという愚かな行為に走ったのでしょう」

 直角に足をまげ、垂直に背筋を伸ばし、メガネの奥を光らせる。

 異常なまでに折り目正しい人間だ。

「小笠原さんの死体が遺棄された時間には、私は韓国行きの飛行機に乗っていました。調べればわかります。犯人は、久保さんですよ」


 東京で、とある殺人事件が起こった。

 容疑者として浮かび上がったのは2人の男。ともに被害者と親しく、そして最近仲違いしている。

 しかし、2人にはアリバイがあった。

 被害者は夜9時に自宅で殺され、死体は翌朝8時ごろに工事現場に捨てられた。防犯カメラの映像や証言によって、両方とも時間ははっきり確定している。しかし、殺人の時刻に久保は東京におらず、死体遺棄の時間には、逆に高倉が空の上。どちらが犯人だと仮定しても、犯行は不可能だった。

 しかもお互いがお互いを犯人と決めつけ、警察署内でも罵りあうのだからたまらない。

 担当の刑事は困り果て、ベテラン刑事の久我山警部に助言を仰いだ。


「警部、いったいどちらが犯人なのでしょう」

「2人とも犯人だ」

 警部はこともなげに答えた。

「共犯だよ」

「で、でも、あいつら仲悪いですよ」 

「演技だ。普通の容疑者は、自分が犯人じゃないと必死になるもんだ。だが、そいつらは相手が犯人だと必死になってる。どちらかが犯人だと思い込ませて、逆に自分たちのアリバイを完璧なモノにしようとしているのさ」


 後日、2人は逮捕された。

 共犯であることが証明されてからも、彼らは相手を主犯だと主張して罵り合い、ついにはお互いを名誉毀損で訴えるほどに発展する。 

 2人の民事裁判は長期戦にもつれ込んだ。 

 が、刑事裁判の判決はあっさり出た。

 仲良く懲役15年である。彼らは塀の中でもお互いを訴え続けたそうだ。

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