未来からの警告

 ドアを開けると、そこに『私』が立っていた。

 いや、正確に言うと私ではない。

 まだ20歳である私には『私』のように白髪が生えていないし、頬に刻み込まれたシワもない。だが、そんな事実が何の証明にもならないほどに、『私』は私であった。

 『私』は言った。

「やあ、私よ。コンニチハ。実は私は、50年後からやってきた君自身だ。自分でつくったタイムマシンに乗って、未来からやってきた。よもや疑うまいな?」

 私は、コクリとうなずいた。

「今日は、大事な話があるんだ。いいか。これから君は大学に行くところだと思うが、いつも通る近道があるだろう。ほら、カレー屋の横の細い道だ。

 あの道を通ってはいけない。

 とんでもない悪運が待ち構えている。大通りの方を行くんだ。わかったね」

 それだけ言うと、『私』は消えてしまった。


 呆然として。

 気づくと、すでに1時間たっていた。私は、慌てて家を飛び出しした。大学の講義に遅刻してしまう。

カバンを抱え、早歩きで急ぐ。

 問題のカレー屋が見えてきた。その横を入れば、いつもの近道だ。

(だけど……)

 自分で言うのもナンだが、私はひねくれ者だ。人気のあるマンガを批判してマイナーな小説を揃えてみたり、クラスが文化祭で盛り上がっているときに学校をサボったりしてしまう。

 そんな私だから、他人のアドバイスに素直に従うことができなかった。

 たとえ正しいとわかっていても、違う事をやってしまうのだ。

(それで、けっこう損しちゃうんだよな)

 カレー屋に着いた。

 いつもの近道が、まるで地獄の入り口のように見える。

(わかってる。行くべきじゃない)

 わざわざタイムマシンで未来からやってきて警告されるほどだ。とんでもない悪運が待っているに違いない。わかりきっている困難は避けるべきだ。とっとと逃げてしまえばいい。絶対に、入っちゃいけない。

(絶対に!)

 そう決意した瞬間。

 私は、その道に飛び込んでいた。

 まったく、なんてひねくれ者だ!

(いや。でも、これで良かったんだ)

 そうだ。賢く悪運を避けたところで、なんになる。私は、立ち向かってやる。たとえどんなに悲惨な運命が待っていようと、全力でそれを乗り越えてやるのだ!

 私は、脳みそを沸騰させながら走った。

 気がつくと、大学の門の前に立っていた。

 何も起こらなかった。


(どういうことだ?)

 息を切らしながら、私は立ち尽くしてしまった。

するとそこへ、未来の『私』が現れる。

「やっぱり近道を来たな。そうすると思ったよ。なにせ、『私』はひねくれ者だからな。

 実は、悪運が待っているのは近道ではなく、大通りの方だったんだ。大通りでトラックに轢かれ、重症を負うはずだったんだよ」

 そう言うと、『私』は自分の両手を私に触らせた。

 それは義手だった。

「本当のことを言うとな、『私』も警告を受けたんだ。20歳のとき、自分でつくったタイムマシンに乗ってきた50年後の自分自身からな。だが、ひねくれ者の『私』はその警告を無視し、大怪我を負ってしまった。後悔したよ。だから、そのあと死にものぐるいで努力して、タイムマシンを作り上げた」

そこで『私』はふっ、と笑った。

「だけど、問題は『私』がひねくれ者だってことだ。せっかく警告をしても、受け入れてくれなければ元も子もない。そこで、逆の道を教えることにしたのさ」

 そういうことだったのか。

 私はほっと安心した。一生を両腕のないまま過ごすなんて御免だ。50年後の『私』のおかげで助かった。

「じゃあな。これでホントにお別れだ。これからは、他人の言うことをちゃんと聞くんだよ」

 そう言って、『私』は消えた。


 そして。

 私は未来の自分の言うとおり、素直で従順な人間へと生まれ変わった。

 意地を張らず、他人にへつらい、何事も他人の意見を聞いてそれに従った。おかげで、私は何のトラブルもなくその後の人生を過ごすことができた。

 だけど、ひとつだけ妙なことがある。

 ひねくれ者でなくなった私は、それから30年経っても50年経っても、80年たってもタイムマシンをつくることはできなかったのである。

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