79 黒猫の悲劇


 時を遡る事300年前。


 ちょうど、先代の魔王が崩御し、人族による魔族狩りが活発化していた時期である。

 人族より優れた能力を持つ魔族も、人族の人海戦術に敗戦を強いられる事が多かった。


 そんな中。力の強い「黒」の一族は、誰もが前線で活躍していた。

 弱い種族を逃がし、強い種族を助けては、自身も人族の元へ特攻を仕掛ける日々。


 敗戦から50年。黒猫族が生き延びたのは、最早奇跡だっただろう。

 5歳で既に傭兵に駆り出されるような時代。殺傷力と機動性に優れた彼等は、正に縦横無尽、東奔西走にて人族の進攻を抑えていた。


 だが……生物である故に、限界は存在する。


 量より質を優先した黒猫族。

 質より量を優先した人族。


 疲労しきった黒猫族は、ついに負け戦へと足を踏み出す事となる。


 元々数が減らされ続けていた。そこに、人族の英雄と呼ばれる者達が束になって襲い掛かったのだ。黒猫族は、大人も子供もバラバラにされた。

 戦うにしろ、逃げるにしろ、死の確率が圧倒的に高かった。

 まして、当時子供だった彼等は、逃げ切れる保障など、どこにも無かった。


 クロトーラは、幼馴染の少年と共に、途轍もないスピードで森を駆け抜けていく。


 子供も死ぬかもしれない時代に、彼等は幸運にも、魔王の御息女の庇護下にあった。だが魔王城付近に、人族が攻めて来たとなれば……友達を守るためにも、彼等は飛び出したのだ。

 フィオルは魔王城にいる。


 彼女を守るには、出来る限り多くの人族を惹き付ける必要があった。

 だから彼等は、ギリギリ人が付いてこられるようなスピードで走り、何度も人族に見つけさせては移動を繰り返していた。


 結果的に言えば、彼等は逃げ切れなかった。


 途中、疲弊した者達を仕留めてみたが、焼け石に水だ。やがて敵影の数は減ったが、人族曰く『英雄』の2人が、最後まで追いかけてきていた。


 そうして辿り着いたのは、木も、草も、マトモな土さえも無い荒野。

 地平線の近くまで、見渡す限りが灰色の世界だった。


 荒野の中心には、ぽっかりと口を開けた大きな穴。一応階段のような物はああるが、手すりはまばらにあるのみで、所々朽ちている。

 クロトーラともう1人は、その穴まで追い詰められていた。


 魔族とはいえ、彼等はまだ子供だった。

 『英雄』達は大人で、体格も良く、見事なスキンヘッドで、身体中に傷跡が残っている。歴戦の勲章とも呼べるような見た目だった。


 彼等はクロトーラ達を歪んだ笑顔のまま殴り、蹴り、踏みつけた。


 そこに恨みが込められていたなら、まだ分かった。

 魔族も人族の多くを殺しているからだ。


 だが、彼等にはクロトーラ達を押さえつける理由が無かった。


 魔族に対し、戦争という大儀名分の下、自身の殺戮衝動を満たすためだけの道具。ただのストレス発散のはけ口としか、見られていなかった。


「ここ、お前等が言うには『奈落』ってンだろ? ここに落ちた奴は、二度と戻ってこないってさァ」

「ひゃははっ! おあつらえ向きじゃねぇか! おい、オスのガキはそこに捨てちまえ! こっちは……へへっ。汚れちゃいるが、えらくベッピンさんだねぇ」

「将来が楽しみ~ってか! まぁ、その前に俺等がぶっ壊すけどなァ!」


 ひどく下劣な笑み。

 ひどく下品な笑い声。


 ただただ自身の快楽を求めるだけの……突発的な行動。


 それまで兄として慕っていた少年が―― 『奈落』へ、落とされた。


 瞬間、スローモーションになった視界に、手を伸ばした。

 放り投げられた少年と、目が合う。



 ―― クロトーラの中で、何かが切れた。



 『奈落』……そこは魔法が使えなくなる、魔の底無し穴。


 一度落ちれば、階段に引っかからない限り戻ってこられない。


 随分下の階段に引っかかっては、衝撃で命は無い。


 朽ちた柵に引っかかれば、場合によっては即死する。


 そして……その底を見て、生き残った者はいない。


 この世界の生物の中でも、魔力操作無しで飛行する者なら、生存率が多少上がる。だが下から上、上から下、らせん状に渦巻く風と、常に一定の強さで乱気流が起こっているため、突破は困難だ。

 そんな所に、子供が落とされたら。


「ぃ、や……」


 たとえ身体能力が高くとも、疲労しきった少年が、生き残る可能性は――


「―― イヤァアアァアアーーーッ!!!」


 どれだけ叫んでも、状況は変わらない。

 限界を超えた動きで、クロトーラは自身を押さえつけていた者を捻った。

 文字通りに、まるで雑巾を絞るように。


 普通ならやりたくも無い、残酷で、凄惨な、出来もしない事をやってのけた。


 刹那の出来事に、その1人はいともアッサリと絶命した。


 穴を覗き込む。

 既に少年の姿は見えない。


 唸り声のような、生温かい風が吹くだけだ。


 『英雄』を1人屠っても、もう1人が激昂して襲い掛かってくる。

 彼の仲間を屠ったのだ。無事では済まないだろう。


 むしろ、限界を超えた動きのせいで、クロトーラの身体はピクリとも動けなくなっていた。

 少年と同じように、投げ落とされるかもしれない。


 そうして死ぬのだ。


 奇跡的にこの場を切り抜けられたとして、魔王城までの道のりは長く、途中で力尽きるのがオチだ。


 万事休すとはこの事。


 クロトーラは、生きる希望を失い―― 気を失った。




 彼女が気を失うのと、ほぼ同時の事だった。

 激昂した『英雄』は、今正にクロトーラへと掴みかからんとしていた。

 そこへ通りかかったのは。


「―― 子供へのオイタは、気に入らないねぇ」


 それは一見すると、老婆に見えた。

 小さい背丈。口調。白い髪。黒いローブ。背中が後ろへ突き出したシルエット。


 魔女のお婆さんというイメージがピッタリ似合う、女性だった。

 彼女は驚いた事に、クロトーラを殴り飛ばそうとしていた全力の拳を、指1本で止めてみせた。


「失せな」


 空いていたもう片方の手を鳴らすと、パン、という乾いた音が響く。

 その瞬間、そこにいたはずの『英雄』が消え、代わりに、大量の真紅の液体が飛び散った。


「ああ、もったいない事をした。まぁ、在庫は足りているから、いいのかね」


 女性はポリポリと頬を搔いて、小さく溜め息をついた。

 彼女はくるりと振り向く。


「ところで、アンタ……おや、座りながら気を失っている奴は初めて見たよ。こりゃ、重傷だねぇ」


 どこか感心した様子の彼女は、ローブのフードを取った。

 そこにあったのは、幼い顔立ちの少女だった。彼女はローブを、座ったまま気を失っているクロトーラにかぶせると、すんなりと持ち上げた。


 少女は大きな丸籠を背負っており、その中へと少女を詰め込む。

 といっても、その丸籠は異次元収納になっているため、決して窮屈ではない。


 こうして、クロトーラはその少女に助けられた。


 だが、気を失っていたクロトーラにその時の記憶はなく、それからずっと眠っていた。

 そのため、記憶はぷっつりと途絶え、僅かにアスターとの一件を覚えているのみである。それも恐怖のあまり忘れかけているが……。


 ともかく。

 クロトーラがここにいる理由については、以上である。




 ― ハルカ ―



 フィオルちゃんは、見た事が無いくらい取り乱して、泣いていた。

 ただ、これまでフィオルちゃんのお友達の話は、ほとんど聞いた事が無い。


 ここ300年は、マトモに作っていないとは聞いた事がある。けど、黒猫族は確か、寿命が長くて400年だったはず。

 当時フィオルちゃんと同じ子供だったとして、見た目がおばあちゃんでもおかしくない。

 もっとも、後天性とはいえ吸血族だし、見た目は関係ないのかもだけど。


「ぐす、くすん」

「あー、うん。ごめんね、フィオル。すぐ帰れなくて。え、ていうか、今いつ? 背丈が変わっているし、景色、見覚えないし。あ、月綺麗」

「軽く300年は経っています!」

「うっそ?! ちょ、月が綺麗とか、言っている場合じゃなくない?! 私の年齢が凄い事に……って、その割にはお婆ちゃんみたいな動きづらさ無いけど。むしろ漲っているけど」

「そりゃ、吸血族ですもの。体力に関しては、常に漲っているでしょうね」

「あー、なるほどー」


 クロトーラちゃん、でいいのかな。彼女はコロコロと表情を変えて、フィオルちゃんの話に頷き返した。の、だけど。

 頷いてから、表情を変えずに数秒黙り込んでしまった。


「……ねぇフィオル」

「はい」

「わんもあ」

「……そりゃ、吸血族ですもの?」

「うんうん。……誰が?」

「クロトーラが」

「……ん~?」


 クロトーラちゃんは、こめかみをグリグリと揉む。

 そして、大きく深呼吸をして――


「はいぃ?!」


 ―― 叫んだ。

 え、無自覚?!


「ちょ、ちょちょちょ、待って! 私が吸血族?! ありえないわ! 黒猫族よ!」

「ですから、後天性の吸血族です。彼等の血を飲むと、そうなるのでしょう?」

「そうかもしれないけど! ちょ、うぁ。待って……脳の処理が追いつかない……! 私、え、何で」


 その場にへたり込んでしまうクロトーラちゃん。

 猫耳がふにゃりとたたまれて、顔を真っ赤にして、目を伏せてしまう。


 体つきが中学生くらいの子だ。フィオルちゃんより大きい。けど、何かと大人っぽいフィオルちゃんよりずっと、彼女は子供っぽく見えた。


 会話からして、フィオルちゃんと別れた時から記憶が無いのかもしれないね。

 だとしたら、当時、そう、見た目よりずっと子供の精神でも、おかしくないのかも。


「あの。よければ、回復魔法でもかけようか? 意味、無いかもしれないけど」


 魔法によって治療できるのは、あくまで外傷だけだ。魔力を回復させる魔法もあるみたいだけど、回復魔法と言えばこちらである。

 当然、精神的な傷を癒す事は出来ないし、まして記憶の混乱なんて治しようも無い。


 いわば気休め効果を狙っているだけだ。

 私は気遣うつもりで、クロトーラちゃんに提案しただけ。


 すると。


「……ひと、ぞく」


 赤い瞳が、私に向けられた。


 ……思わず、ビクついた。


 その瞳は、私を映すなり急速に熱を下げていった。

 彼女の赤い瞳から、全身を刺すような殺気が、放たれていた。


 無意識に後ろへ下がると、クロトーラちゃんもフィオルちゃんを抱いて後退する。お互いの距離が10メートルにもなり、しかし全身が痛みを覚えるほどの殺気は消えていない。


「く、クロトーラ」

「逃げて、フィオル! 随分多い……フィオルに手出しはさせないわ!」


 困惑するフィオルをよそに、クロトーラの殺意がこもった魔力が解き放たれた。殺気とはまた違う、押し潰されるようなプレッシャーが重くのしかかる。

 後ろで、マキナちゃんが既に潰れていた。


 あ、いや。体力が無いために、気絶したと言った方がいいかな。

 今のこの状況だと、本当に潰れていてもおかしくない表現だからね。


「クロトーラっ」

「大丈夫よ、フィオル。私が必ず守るわ!」

「違います! ハルカ様は、賢者です! 今代の!」

「……は?」


 抱きとめられたフィオルちゃんが、クロトーラちゃんに必至に訴えかける。

 根っからお嬢様気質なフィオルちゃんの、珍しい大声だ。今も昔もそうだったようで、クロトーラちゃんもフィオルちゃんの発言に目を白黒させる。


 フィオルちゃんも、自分が大声を出したのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤に染めた。

 その後、もにょもにょと呟く。


「ですから、その、危害は加えないでいただけないかな、と」


 段々と萎んでいく声は、私には最後まで聞こえなかった。

 けど、至近距離にいるクロトーラちゃんには、バッチリ聞こえてくれただろう。


 またもや猫耳をへんにょりさせて、クロトーラちゃんがフィオルと一緒に戻ってきてくれた。


「……ごめんなさい。賢者と、その一行だったのね。魔王城からめったに出ないフィオルが一緒にいる時点で、気付くべきだったわ」


 手をもじもじさせながら、こちらをチラチラと窺いながら。

 か、かっ、かわいいっ!


「あー。自分でも不謹慎で空気読めていないと思うが、発言するぞ」


 スイト君が、挙手しながら全員に向かって声を掛けた。


 本当だよ! こんなかわいいクロトーラちゃんを見て、どうして声を掛けてくるかな! 空気を読もうよスイト君、もといアスター。せめて目に焼き付ける時間が欲しいよ。

 私は犬と猫で言ったら、猫派なんだよ……!


「俺達がここにいる目的は、あくまで吸血族に起こっている問題の解決。及び、暴走しかけの【強欲】抑制で、急ぎの旅だ。……これ以上、感動の再会に時間を割いている余裕は無い」

「あ……」


 フィオルちゃんの声が、漏れる。

 ああ、そうだった。と。空色の瞳が、寂しそうに呟いた。


「……クロトーラ」


 おずおずと、フィオルちゃんが見上げると、クロトーラちゃんは腰を折り、力強い視線でフィオルちゃんの目線に合わせる。


「フィオルが行くなら、私も行くわよ」

「で、ですが。その、病み上がりですし。それに……」


 フィオルちゃんの言葉が、そこで途切れた。

 言いたい事は分かる。今は正気に戻っているとはいえ、クロトーラちゃんは一度狂気に冒された。もう一度が無いとは限らないのだ。


 アスターもナユタ君もいるのだから、大丈夫な気もするけど。

 それに、私自身の勘で、大丈夫だという事は分かっているのだ。


 ただ、ちゃんとした理由は分からない。正確率100%といっても、ナフィカちゃんとかシエラちゃん達は私の能力を知らないわけだし、すぐ納得するとは思えないからね。


 私の能力は、悪用しようと思えばとんでもない事になる。

 だから、知らない人には極力教えないようにと言い含められたのだ。

 スイト君に。


 それを知っているからか、アスターが1歩、前へ出た。


「俺の血を飲んだから、大丈夫だろ」

「「「え?」」」


 唐突に話し出したアスター、もといスイト君へと目線が集中する。


「俺の持つ魔力は、雲の性質を持つ無属性。妹のツルもそうだが、この魔力は、どうやらあらゆるバステを解消させるらしい」

「そ、そうなのですか?」

「ああ。証拠はそこにいるだろ」


 そう言って、彼はクロトーラちゃんを指差した。

 たしかに、血を吸っただけで今正気に戻っている。説得力は、ある。


 心配なのは、本当に、飲んだのは「スイト君の血だったから」なのか、という所。アスター本人は、神様以上の力を持つ存在だ。もし、その存在のせいで元に戻ったというのなら。

 ……本物のスイト君が戻ってきた時、大変な事が起きる。気がする。


 あれ? 何で?


「ハルカの心配はもっともだ」

「っ」

「動物にやった実験では、解毒に解痺、解呪も出来た。ちょっと不完全知で調べてみたら、俺の魔力の溶けた血液は、あらゆるバステに対する万能薬の効果を持つらしい」

「えっ」

「つまり、だ。俺の血を使えば、中にいる狂った吸血族を、元に戻す事が出来るってわけだ」


 MA・ZI・DE?!

 ああいや、ふざけている場合じゃない。えっ、スイト君って生きる万能薬だったの?! しかもいつの間にそんな実験を。

 というか、やや論点がずれているけど、要するにクロトーラちゃんは入って大丈夫、って事でOK?


(大丈夫だよ。多分)


 ナユタ君が、私にだけ聞こえるような声量で話しかけてきた。


(たしかに、スイトさんのような人間の血液だと、一時的な効果しか得られない。けど、クロトーラさんが飲んだのは神の血。要するに、アスターさんの血だ。神の血を飲んだなら、再び狂気に冒される事は無い。少なくとも、飲んでから1週間は)


 い、一週間。しかも、それは最短の場合だという。


 クロトーラちゃんはスイト君の血も飲んだけど、飲んだ大半はアスターの血だったみたい。

 神様の血、かぁ。

 神様ねぇ。


 ……。


「ねー、ハルカ。アスターじゃなくて、ナユタだったらしっくり来ない?」

「ナユタ君?」


 イニアちゃんに言われて、ナユタ君を上から下まで舐めるように見てみる。

 うーん。

 あっ。


「来る!」

「ねー!」


 アスターはあれだけど、ナユタ君だと神様っぽさがある!

 直接見ていないけど、ナユタ君って怪力だし。タメ口なのに礼儀正しいし。どちらが神様っぽいかと聞かれると、ナユタ君の方が神様っぽい。


 だからだろうか。

 ナユタ君の血だと……すごくつよくなれる気がした。


「「複雑だ」」


 近くでスイト君とナユタ君が呟いたけど、気にしない。


「……ん、そろそろ、行く」

「あ、そうだね。えっと、結局、クロトーラちゃんも行くって事でいいの?」

「ああ。久々の再会だし、……いざという時は、俺の血を飲ませれば済む話だ」


 ふんわりと笑ってみせるスイト君。

 というか、彼の血が特効薬になるなら、何とか狂った吸血族さん達に飲ませられないかな? そうすればあのお城に近付くのも楽な気がしてきた。


 とはいえ、そこまで多くの血を、たった一人に提供させるのはまずい。

 今の彼は、所詮人間の身体だと言っていた。


 対して吸血族の総数は不明。

 吸血族が現れる度に彼の血を使えば、いずれ貧血で倒れてしまう。あくまで人間の身体である事を強調していたのだから、そこは本当なのだと思う。


 本物のスイト君は、ミリーちゃんが持ってきた、えっと、そう。激マズダークマターのおかげで血が無尽蔵になっている。

 今ここにいるアスターではなく。


 スイト君本人が、だ。

 そして最低でも明日の朝まで、スイト君は帰って来ない。

 少なくとも今日1日、吸血族が襲ってきても、彼を守らなければならない。


「あ、そういえばー」


 私が悶々としていると、マキナちゃんが挙手した。


「吸血族って、何か嗜好はあるのかー?」

「と、いうと?」

「物語ではあるだろー? 若い女性の血を好むとかー。にんにく大嫌いとかなー。苦手な物があれば警備が楽になるし、好きな物があればそれはそれで気を引くのに使えるぞー」


 いつもどおりのにんまり笑顔で、マキナちゃんは微笑んだ。

 たしかに、私達が知る吸血気っぽい弱点は、こちらの吸血族には大体効かない。けど、こちらにはこちらなりの弱点や嗜好があるのではないか、と。

 ここでその質問に答えられる人がいるとすれば。


 私達全員の視線が、クロトーラちゃんへと集まった。


「あ、私?」

「そりゃ、吸血族はクロトーラしかいないだろ」

「ちょっと、そこの冴えない男子! イキナリ名前呼びとか、やめてくれる?!」


 牙をむき出して、ナユタ君を威嚇するクロトーラちゃん。


 いるよねー、こんな感じで、会ってすぐに呼び捨てにしてくる人。でもって、それを異様なまでに嫌がる子も。

 でも、フィオルちゃんにボソボソと耳打ちされて、嫌がっている風だった顔が段々と和らいだ。


 最終的に、バツが悪そうではあるものの、クロトーラちゃんが折れた。


「んん……そうね。さっきから何と無く目を引くのは……」


 クロトーラちゃんは、自分以外を一瞥し、ある1人へ目を留める。


「―― 貴方ね」


 彼女は肘から手首から、人差し指を真っ直ぐ伸ばした。


 その細い指先は、しっかりと私を指していた。


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