69 5代目の悲劇


「……5代目、ですか」


 呟いたのはフィオル。たしか本名はフィレウォッカ。


 何の偶然か、僕がお世話になった初代魔王と、同性同名である。

 さすが血縁。姿もそっくり。


 その姿で難しい顔をされると、こっちも身構えてしまう。彼女がそんな顔をする時は、いつだって世界を揺るがすような企みをしていたから。

 ま、この子がそうとは限らない。むしろそうであってほしい。


「アズサ様」

「うん」

「5代目の悲劇、をご存知でしょうか?」

「……知っているね」

「そう、ですか。では、これは魔王として記憶に刻むべき事柄なのですね」


 フィオルは神妙に頷いた。

 あれ? たしか『5代目の悲劇』関連は、魔王の知識として血に潜り込ませたもの。疑う余地もなく内容を理解出来るはずだけど。

 彼女の身体が、子供みたいに小さい事と関係がありそうだね。


 もっとも、子供みたいに小さな魔王といったら、初代魔王だった彼女だってそうだったけど。よくここまで魔王の血が続いたものだ。


「あの、何? その、5代目の悲劇? って?」

「ハルカさん、悲劇というくらいだから、聞いちゃいけない事だと思うぞ」


 ハルカが僕に好奇の目を向けてきたけれど、スイトがそれを遮る。

 けど、ごめんね、スイト。


「君達にはおそらく、関係のある事だから、話さないとね」

「「「え?」」」


 そう、フィオルと僕が言い放った『5代目の悲劇』は、スイト達に関係大有りの事件。おそらくフィオルも、それを見越して話題を持ちかけたのだと思う。

 そうでなかったとしても、わざわざ子の話題になったのだ。どうせなら話しておかねばなるまい。


「その名の通り、5代目の賢者達に起こった悲劇の話だよ。僕が召喚される、千年は前の話だから、色々と曖昧な事もあるけどね」


 千年前というと、日本で言うところの平安時代。今とは全く違う書式や文体が使われ、顔文字なんかは、もう、全く存在しなかった時代だ。


 書物による記録は、この際無視して良いと思う。

 言語理解のおかげで、読みやすくなっているけれど。


 千年であれば、魔族の一部やエルフなんかが当事者になってくれる。さすがに何万年も生きている種族は存在しないから、今では生き証人なんて得られないだろうけどね。


 僕は脳裏に、何名かの老人やエルフの青年から聞いた事を浮かべた。

 書物を読むより当事者に話を聞いた方が、はるかに信憑性がある。


「5代目の賢者達。彼等は、何を隠そう人族、魔族、その他種族の領地を隔離し、別々の世界に分割した、張本人さ」

「あ、魔族と人族以外にも、原種と呼ばれる種族がいたってお話だよね!」

「うん、そう。魔族と人族はもう知っているよね。あとは……妖精族、天翼族、幽鬼族。妖精族辺りなら、末裔が残っているかな」

「……天翼族?」


 何故かスイトが反応した。まぁ、天使の羽って憧れるよね。こっちの世界では、悪魔の羽を持つ種族も、天翼族にいるけれど。

 堕天使っぽいのもいたっけ。


「続けるよ。その分割をするために各方面へ散り散りになった彼等だけど、どうやら仲違いをしたみたい。その時の怨念が結界を維持する装置に作用しちゃったらしくて、時々その装置の周りで、災害が勃発していた。今は不思議なほど全く起こらないけれど、ね。

 たとえば雷が大地を引き剥がし、あるいは獄炎に焼かれて大地が溶岩と化し、あるいは大量の水が発生して数年は水が引かなかったとか」

「うわぁ」


 僕が実際に見てきた災害の例を挙げると、何人かがげんなりと肩を落とす。

 でもさ、装置の周囲にいた人間から始まり虫や草に至るまで、生きとし生けるもの全てを串刺しにした、大地の隆起よりはマシじゃない?

 血やら汚染物質やら疫病やら毒の胞子やらが舞ったせいで、しばらく近付けなかったのだ。


「ともかく、その災害を含めて、僕達は『5代目の悲劇』と呼んでいる」

「でも、それだと私達と関係無くない?」


 ハルカがこてん、と首をかしげた。スイト達も首をひねっている。

 まぁたしかに、この話だけではピンと来ない。僕でも来ない。


 けど、話はまだ終わっていないのだ。


「うん。実はね、ここまではまぁ、内容は酷いけど、子供用の御伽噺的なものなんだ。ほら、夜更かししていると、嫌な事が起きるぞ、的な感じで」

「ああ……って、ちょっと待て。という事は、まだ酷い内容が残っているのか?」

「悲劇だからね」


 僕は、リアルタイムで見たわけじゃない。

 けれど、生き証人達の言葉を幾つも聞いて、実際に過去を見るための魔道具を通して、確認した。


 だから……。


「詳細は省くけれど。領地を分割するための装置は、5代目達を生贄に、というか人柱にして建てられたんだよ」

「……ひと、ばしら?」


 再びハルカが首をかしげた。

 タイミングよく、横からマキナがひょっこり現れる。


「平たく言うと、生贄の事だなー。昔、何度も川が氾濫して、橋を作ったそばから壊された場所があってだなー? そこで生贄を捧げて川を鎮めようと考えた輩がいたんだぞー。その方法が、身寄りの無い人や老い先短い老人を、生贄として橋の下、厳密には柱の下に生き埋めにする方法だったんだぞー」

「……!」


 そう。

 『5代目の悲劇』とは、5代目が起こした悲劇ではない。


 5代目に起こった、凄惨な出来事だったのだ。


「もっとも、当時は全員、納得していた。自分達の力を土台にした結界を、世界規模で張ろうと考えたわけだから。

 でも、酷いのはここから。

 当時。要するに世界創造の時期なわけだけど、初代から5代目までは、召喚時期が重なる勢いで召喚されていたみたい。その時はこの世界って、作りたてでしょ? まだ【グレイミー】の適合者とか、そもそも人の数が少なすぎて、いなかったんだ。

 だから【グレイミー】に精神を犯された人も、相当数出たわけ」


 今よりずっと、己の冠する罪の特色が濃かった【グレイミー】達は、それはもう見境無しに人々を汚染していた。


 今でこそ【傲慢】を筆頭に、話が通じる者も多い【グレイミー】達。適合者が現れた事で人格が柔らかくなってくれたけど、当時はたとえ適合者がいても、人の話を聞かなかった。

 その毒牙は、当時の賢者達をも蝕んでいたのだ。


「5代目が召喚される前、4代目達のほとんどが戦で亡くなったり、自力で元の世界に逃げ帰ったみたい。終わらない戦争、狂って行く仲間達。そりゃ、残りたくないよね。

 そんな中、4代目の賢者だけが残った。5代目達を指導したり、相談役になったり、手助けするために。きっと最後まで、そう考えていたはずだよ。―― 正気だった時は」

「正気、って、まさか!」


 驚くスイトに、僕は頷いた。


「そう、4代目の賢者は、狂気に犯されていた」


 いつから狂っていたのか?

 それは誰もわからないが、そこは指して重要じゃないので省く。


「ラセファンも言っていたけど、かの賢者似取り付いたのは【強欲】だよ」

「じゃ、じゃあ。世界を分断する結界の件って」

「うん。本当はね、みんな、ただで生贄になろうとは思っていなかった。生贄といっても、魔法に必要なのは、あくまで魔力とイメージだから。大量の魔力を結界の柱を建てる予定地に置いて、結界を張った後、みんなで元の世界に帰ろうと誓いあっていた。


 ……だけど、4代目の賢者は。

 【強欲】に支配された彼は。


 あろう事か、5代目達を巻き込んで、強制的に結界を張った。


 何故かって?

 彼等の美談を、自分のものにするためさ。


 結界を張った術者。それは戦争を止めた英雄の称号だ。5代目達はそんな栄誉、放棄するだろうけれど、当時の彼にはそんなの、考えられなかったのかもね」


 彼の心情は、分からない。過去の映像は見られても、音声までは拾えなかったし。いつだって、人の心を読める魔法は、都合よく落ちているわけではないのだ。

 案の定、結界を作動させる装置は、その不安定さゆえに多くが異常を来たした。

 その結果、大災害が起こってしまったのだ。


「ね、ねぇ。えっと、もしかして、だけど」

「うん、何と無く言いたい事は分かるけど。何、ハルカ」

「その……【強欲】だっけ? それってもしかして、明日辺り私達が行こうとしている、吸血族達のところにあったりは……」

「うん―― あるね」


 無いと、ここまで話を繋げなかったしね!

 ハルカを含む大半の人間が、肩を落としたり、呆けた表情を作ったりしている。中には恐怖に身体を震わせる者までいた。


 でも、しょうがないじゃない。

 数万年も前から、あそこにいるのだから。


「なぁ、ラセファンがさ、不穏な事言っていなかったか? なぁ、言ってたよな!」

「あー、共鳴がどーのこーのってあれか……」


 タツキの呟きに、スイトが面倒くさそうに答えた。

 心の三要素である【大罪】【狂典】【奇跡】は、確かにそれぞれの眷属同士なら共鳴する。偶然【大罪】と【狂典】のように違う派閥の眷属同士なら、抑制し合って暴走も共鳴もしないのに。


 実に面倒だ。


「なぁ、その【強欲】って、さすがに適合者を発見している、よな?」


 期待のこもった視線を、タツキは僕に向けた。

 でも、残念ながら、そうは行かない。


「期待を裏切るようで悪いけど。未だに適合者は誰一人として見つかっていないよ。だって、見つかっていたら、暴走なんて起こるわけ無いでしょ?」

「……っ!」


 そう。適合者は、誰一人として現れていない。

 ……つまり。



「―― まだ、4代目の賢者が【強欲】に支配されているのさ」



 僕がそう告げると、場がしん、と静まり返った。

 狂気に犯され、魂が真っ黒に穢れれば、たしかに、処刑人が現れて魂を狩っていく。


 でも適合者がいない時点で所持者の魂を奪えば、力の行き場を失った【グレイミー】はその瞬間に暴走を始めてしまう。

 ラセファンのように、近くに適合者がいるなら、すぐには暴走しないけども。


 処刑人達は決して、狂気を解放したいわけじゃない。

 未だ【強欲】は適合者を見つけていない故に、現状維持が望ましい。

 それなら、適合者となりうる者が見つかるまで、所有者を狩るわけには行かなかった。何故なら、適合者で無いにも関わらず、4代目の賢者は【強欲】に抵抗できているから。


 今の今まで、どうやって抑えていたのかは知らない。

 知りたくも無い。


 ただ、たとえ暴走と平静の分水嶺ギリギリだったとしても、現状維持が現段階での最善だったのだ。


 これまでは。


 それが、先程のラセファンの暴走で狂った。

 僅かとはいえ共鳴すれば、器達の力は何倍にも増大してしまう。

 そうなれば、もう、どうなるか分からない。


 ……でも。

 きっと、スイト達は、その時何が起こるのかを分かっているのだろう。だからこそ、吸血族の事を異様に気にしていたのだ。


 何かがあるのだろう。僕の知らない、何かが。


「4代目か……そいつの名前は?」

「残念だけど、聞いたはずなのに忘れたみたい」


 思い出そうとすると、記憶が真っ白になってしまう。多分、人形化の弊害だ。他にも同じように思い出せ無い事が多々あるから。

 もっとも、魔法的な忘却なので、いずれ元に戻ると思う。

 記憶を修復する魔法なんてものも、時間をかければ完成するだろうし。


 うん、落ち込まないで、僕。


「じゃあさ、5代目は?」

「?」

「だから、5代目さん達の名前。そっちも、覚えていないの?」

「ああ、彼女達の名前か」


 僕は頭の中にある、記憶の引き出しをひっくり返してみた。


「そもそもあまり聞いていないみたいだね。聞いていても所々、思い出せないし、愛称しか分からないし、その愛称でもまともに思い出せるのは賢者だったっぽい子だけだけど?」

「愛称かぁ。それでいいよ、どんなの?」


 ハルカも気になったみたいで、僕に尋ねてきた。

 うーん、と。ああ、そうだ。


「ティア。そう、賢者がたしか、ティアって呼ばれていたよ。涙とか、そういう名前から呼ばれていたのだと思うけど」


 思えば、歴代の賢者や勇者達はみんな、日本人だった。そうでなくとも聞き覚えのあるフランスとか、アメリカとかから来た留学生か。

 ティアなんて、涙という漢字の使われた名前なのか、そもそもが英語だったのか分からないけれど、いかにも向こうの名前じゃないか。


 ティア=涙という方式が成り立つのは、日本人くらいだろう。あ、中国人もかな?

 スイト達の名前も、いかにも日本人だしね。


 さすがに同じ世界の日本という事は無いだろうけど、ちょっと気になるな。

 何でこうも日本人ばかりなのだろうか?


 ……うーん、まぁ、漫画にアニメに小説と、魔法に使える知識が豊富だから。かな? 日本って、世界に誇れるアニメ大国だし。

 この世界に勇者や賢者を召喚するのは、世界の意思らしい。それに直接聞かない限り、本当の理由なんて分からないか。


 よし、考えるのはやめよう!

 僕だけで考えても、答えなんて出なさそうだから!


「ティア……? 今、ティアって言ったのかー?」

「言ったけど」


 マキナが、かなり深刻そうな面持ちでブツブツと呟いていた。


「……そんな。いや、別人、だぞー?」


 よく聞き取れないけど、彼女にもティアという名前の知り合いがいるのだろうか?


「聞き覚えがあるのか、マキナ?」

「むー……」

「あ、えっと。それより! 吸血族のところにいるっていう4代目の賢者って、どんな人なのかな!」


 マキナの横にいたらしいマキアが、挙手をして尋ねてくる。

 あからさまな話題転換だけど、突っ込まない方がいいよね、これは。マキナを隠すように立っているマキアは、前より影が濃い気がするし。


 今無視したら、何と無く、彼を見失う気がする。


 普段の影の薄さを考えると。ねぇ。


「今は分からない、というか、直接会った事は無いから、想像になるよ。それでも良いの?」

「うん、うん! 客観的に見て、どうだった?!」


 そんな必至にならなくても、掘り下げないよ?


「どうやら彼は、一応は仲間思いだったみたい。じゃないと、後任を助けようとは考えないだろうし。ただ賢者にしては魔法の才能は平凡だったかも」


 他の賢者について調べたり、自分の能力について調べたりしていると、4代目の賢者はやや頭が固く、その分魔法を上手く使えなかったようだ。


 魔法はイメージ。

 魔力量によっても威力は左右されるが、彼の魔力領は歴代の賢者に比べても少なかった。


 あ、だから【強欲】に取り付かれたとき、名誉を求めたのかな。


 【グレイミー】は生きた生物、主に人間に取り付く性質がある。死んでしまうと、力の源となる心が消滅するからね。死んだ生物に取り付いても、上手く力が発揮できないわけだ。


 だからこそ、彼等は乗っ取った身体に宿る心を、そのまま流用する。それ故に、乗っ取った心に残る劣等感や妬み嫉みといった、負の感情を基に人格を形成する。すると何が起こるのかというと、身体の持ち主が心の奥底に封印していた感情を発露させてしまうのだ。


 4代目の賢者は、賢者という称号に見合わない、劣った才能を持っていた。

 彼はそれに、確かな劣等感を抱いていた。


 そこへ【強欲】が取り付いて、劣等感を増幅させ、その上で乗っ取った。


 そして―― あの悲劇が起こったのだ。


「事情から考えて、何だろう。凄く戦い難い相手になりそうだよね」

「言うな、ハルカさん。それでもどうにかしないと、世界規模で大変なことが起きるぞ?」

「あぅ、そうでした」


 ただならぬ事情から悪堕ちした賢者、か。自分の意思でなく、外的要因によって堕ちたのだから、とてつもなくやるせない。

 彼と直接対峙しない僕でさえ、彼を倒さなければならないことに辟易している。


 客観的に見てみれば、確かに、彼は凄い人物なのだ。

 何万年も、何十万年もの間、あの初期の【グレイミー】を抑えているのだから。


 そう、何万年も……。

 ……ん?


「あ」

「どうした」

「今、思い出した事があってね」

「思い出したこと?」

「うん。えっと……そう。



 ―― 神楽達人って名前の人、分かる?」



「「「……!!!」」」


 スイト、タツキ、ハルカが、異様に大きく反応する。

 目を見開き、僕を凝視してきた。


 中でも、タツキは前のめりになって、僕の目の前へ歩み出る。


「おい、今、なんつった」

「え? 神楽、達人?」

「……もしかして、その人、俺によく似ていなかったか? 髪型とか、声とか」

「あぁ、言われて見れば、君によく似ていたね。黒髪黒目のツンツンヘア、声も、似ているかも?」


 人形になるよりずっと前の記憶が、ふと蘇ったのだ。

 その中に神楽達人……タツヒトとの出会いがあった。


 彼は偶然、ここに来たとか、目覚めたとか、わけの分からない事を述べていた。僕が賢者だとは思わなかったのだろう。今は記憶がかけているから、もしかすると全部思い出せば、あのわけの分からない言動に、納得出来るのかな?

 ただ、そんな彼の記憶の中に、妙に強い口調で告げられた言葉があったのを思い出した。


「言葉?」

「うん」


 たしか……。



『 もし お前の前に タツキという名前の奴が現れたら 俺が来た事を伝えてほしい 』



「―― だったかな。君、タツキでしょ? 思い出せてよかったよ」

「……!」


 タツキはひどく驚いて、黙り込む。

 そういえば、何でタツヒトはそんな事を僕に任せたのだろうか? というか、あれ、軽く数万年前の出来事だよね。


 今目の前にいるタツキが、お目当ての人物ではない可能性は高い。

 はず、なのに。


 タツキは、とても、とても辛そうだ。

 心当たりが、あるの? 何で?


「……アズサ」

「ん、何?」

「俺。俺の、名前な。……神楽、達樹なんだわ」


 ……神楽?


「神楽達人。それは……俺の、叔父の名前だよ。こっちに来たのは、俺にとっちゃ数年前だが、この世界においては創世記の頃らしい」

「え」

「頼む。その頃のだろうが、そうでなかろうが、どっちでもいい。叔父の……兄さんのこと、教えてくれないか!」

「え、えっ」


 僕の細い肩を掴まれて、前後に激しく揺さぶられる。

 ガクンガクンと視界が激しく揺れて、気持ち悪い。


 ぅえっぷ。


「タツキ、ストップ」

「……あ、悪い」

「い、いいよ。別に。……タツキの叔父か。へぇ、数十万前に召喚された人物が、ねぇ? というか、僕がその人に会ったのって、僕が人形になるよりも前のことだけど、創世記ほど昔じゃないよ?」


 僕みたいに不老の術を持っていたならともかく。

 タツヒトって、不老のスキルあったかな? 鑑定で調べた時、別に不老は無かったような。勇者の従者として召喚されていたはずだし、不老である要因は全く無かったような。


 けど……タツキは必至の形相で、僕を睨みつけている。

 嘘ではない、みたいだ。


 ハルカは最初こそ反応したけど、その後の僕達の会話には付いてこられていない様子。

 しかしスイトはタツキと同じように、難しい顔つきになっている。彼も、何か知っているらしい。


 僕には分からないけれど、彼等は既に、タツヒトがタツキの叔父である事を確信しているようだ。どこかで彼がこちらに来た情報を得たのかな。


 ……今代の勇者の叔父が、創世記の勇者の下へ召喚された? これはまた、珍しい事があるものだ。

 僕と同じじゃないか。


「それにしても、やっぱりあれは兄さんだったか……。でも、何で兄さんがそんな昔に……」

「珍しい事象だけど、ありえない話ではないと思う」

「え、何で」

「僕も、過去の世界に送られた口だから」

「……えっと?」

「どうやらね、召喚はまれに、同じ世界からされる事もあるみたい。前に、元の世界で行方不明になった僕の事を知っている人が、この世界に来た事がある。それに、僕以外に召喚された子達は、僕と明らかに年代が違ったよ。スマホじゃなくて、ガラケーだったし」

「マジで?!」


 ガラパゴスケータイ。あれをまだ使っているのかと、当時は驚いたりした。でも、彼等の時代では、まだスマホが作られていなかったのである。

 何が起こったのか、当時は考えることを放棄していたな。


 考えても答えが返ってくるわけじゃなかったからね。


「まぁ、それも随分前の出来事だよ。君達ほど年代に差は無かったさ」

「けど、未来から過去に飛ぶって、ある事なのか……。俺達もそうなのかな」

「周りの人達が、全員顔見知りならそれは無いと思うよ?」

「そ、そっか」


 まぁもっとも。そうでなかったとして、タツキはハルカがいればどんな世界でも楽しめそうだよね。見るからにそうっぽいもん。

 たとえ時を越えても、僕みたいに不老の術を手に入れない限りはそうだと気付けない人もいるだろうし。その点で言えば、タツヒトはかなり初期の方でそれを知ったのかな。それとも……。


 いや、今はそれを考えるべきじゃない、か。


「それ以外は分からないかな。ごめんね」

「あ、いや。あわよくば、行き先とか、知らないかなって思っただけだし」


 そうだよね。兄さんって呼んでいるし、きっと仲が良かったはず。その人がこっちに来た時、タツキの世界では行方不明扱いになっていてもおかしくない。

 行き先を知りたいのは当然だよね。


「あ、じゃあ、カタストリフィールって、どこか分かるか?」


 カタストリフィール?

 ちょっと待ってね。聞き覚えがあるから、多分覚えていると思う。


 んっと、あ。


「今、スペイディアって呼ばれている所じゃなかったかな? あれでしょ、邪悪な聖剣アルシエルを封印した場所。何故か何度も持ち出す人いるけど」


 というか、それって創世記から数万年単位での呼び方だった気がするよ。

 その後も色々と地名を変えていたはずだけど、やっぱりタツヒトに関係があるのかな。


 タツヒトか……本当に初代勇者の元にいたんだ。


「それにしてもカタストリフィール、か。あそこには初代賢者の亡骸があるとかっていう伝説があるけど、関係無いだろうしね。賢者だし」

「そっか。……せめて、死んだかどうかだけでも知りたいのに……」

「死んだかどうか。うーん」


 カタストリフィール、スペイディア。うーん、まだ何か思い出さなきゃいけない事があったような。


 えっと、うーん。あー……。


「あ」

「何!」

「わお、近い」


 何か、タツヒトに関することを思い出したと取ったらしい。タツキは僕の目と鼻の先まで近付いてきていた。わぁ、本当に近い。ちょっと離れて。


 ふぅ。


「いや、えっとね。今もそうか分からないけどね? そのスペイディアで、長い事眠りについているとかつく事になるとか、言っていた気がする。確証無いけど」

「……スペイディアで、眠る……?」

「調べてみる価値は、あると思うよ。僕と別れる間際も、随分眠そうにしていたし」

「……スペイディア」


 眉を寄せるタツキは、それ以降の僕の言葉が聞こえていないのか、黙りこくってしまった。というかみんな、邪悪な聖剣アルシエルについては無関心だね。ちょと気になるワードだと思いません?


 そこら辺凄く気になるけど、聞ける雰囲気じゃないよね。これ。


「……スイト」

「ああ、良いぞ」


 決意のこもった瞳を、スイトに向けるタツキ。彼を捉えたスイトは、小さく頷いて、了承した。さっすが親友同士。何も言わずとも、言いたい事は通じるようだ。

 ちょっと羨ましい。


「え、ちょ、せめて内容を聞けよ?!」

「どうせ、俺から離れてそっちを調べたい、だろ? いい加減、勇者活動っぽい事をしに行った方が良い。後でシャンテ達にも連絡入れてやるから」

「……悪い」

「勇者の仕事をしろ。話はそれからだ」

「それ今言う事か?!」


 勇者の仕事って何だったかな。

 魔王を倒す? それ一番やっちゃいけない事だけど?


 まぁ、各地のモンスターを減らすとか、それでも結構勇者っぽいよね。うん。


「がんば」

「おう」


 寂しそうな顔をして、タツキはこの場から去っていく。今から準備するのか。人族の領地が今どんな風になっているか分からないけど、準備しないといけないような場所なのかな?

 普通に身支度もあるか。


「君達も。今からちょっと休んでおいたら? 長旅になるだろ?」

「そうだな。シャンテ達と合流したいところだったが、タツキがあの様子だと、出来そうに無いな。今の内に報告を全部聴いておく必要があるな……」

「あ、私がやっておくよ。がんばる!」

「そうか? 助かる。あ、じゃあ、俺はあっちに連絡しておくか……」


 ハルカがとても張り切ってそう告げると、スイトはふっと微笑む。まぁ、ハルカがぐっと力を込める動作は、どこかかわいらしくて、ほっこりするよね。

 ハルカは素で癒し担当らしい、と。


 というか、今スイト、あっちとか言ったよね。


「もしかして、今ここにいる人達とは別に、仲間がいるの? 大所帯だね」

「そうだな、賢者の一行だけで、2桁行きそうな勢いだ」

「……え」


 それ、かなり不味くない?

 召喚される人数って、世界の危機度によってかなり変わるんだよね? だったら、賢者一行と勇者一行だけで既に10人以上って、かなり危ないのでは?


 タツキ、本気で勇者活動をがんばらなきゃいけないのでは?!


「ね、ねぇ」

「そうと決まれば、準備するか。ハルカさん、連絡頼んだ」

「うん! じゃ、一時解散だね! 女王様、また後で!」

「ええ、ハルカ様。また後ほど」


 僕の事を無視して、王座の間から続々と人が出て行く。


 ……どれだけ大変な事か、分かっていないのかな?

 それぞれの代表に対し、5人以上の従者が付いた場合。それは、世界が崩壊するクラスの危機が近い時期に迫っているという事だよ?


 ……。


 …………。


 ………………。


 ただ、まぁ。

 大丈夫、なのかな?


 そうだといいな。

 歴史上、5人以上呼ばれた事態は無い。けど、きっと彼等なら、何とかしてくれるはず。


 だって、そうじゃないと……。



「―― そうじゃないと、僕が生まれないわけだし?」



 王座の間を出る、刹那の間。ほんの僅かな間に思い出した『事実』が、確信に変わる。

 彼等なら大丈夫なのだと。


 そうだよね……お爺ちゃん。

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