67 一件落着?
身体に力が入らない。
多少は動けるが、それもタツキの支えがあってこそ。
そのタツキが脱力してしまえば、俺も諸共倒れてしまった。
「わ、り。何か、力、はいんね……」
「だろうな。……」
はは、と力無く笑うタツキ。
笑ってはいるが、俺に触れる右手が震えている。
無理も無い。以前【嫉妬の欠片】や、先程の【傲慢】のような力とは、また異質な力だったからな。
隠すつもりが毛頭無い【傲慢】達より、ずっと濃密で、底が知れない何か。パンドラの箱のような神秘性と危険性を孕む、異様な力。
触れてはならない、けど触れずにはいられない感覚が、纏わり付くのだ。
まるで、強烈な空腹を訴える自身の目の前に、見るからに美味しい料理を並べられたかのような。
そんな魅力のような物を、感じさせたのだ。
「こわ、かった。はぁーっ」
俺の中では結構肝が据わっている部類のテレクが、完全に脱力している。
床へ大の字に寝転がり、全力で弛緩している。俺もそうしようかな。死に掛けが何回も続いているから、物凄く辛い。
むしろ、何で座っていられるのかが分からない。
「……あー、怖かった!」
重い空気に耐えかねたらしい。ハルカさんが、とても明るい声で叫ぶ。
嬉しい事に、それから雰囲気が少しずつ柔らかくなった気がした。
「我も処刑人は苦手である」
「……」
しかしせっかく明るくなりかけた空気に、個人的に冷気を感じ取ってしまった。無意識に、眉間にシワが寄る。俺自身、自覚できるほどに酷い顔をしていた。
「スイト……その表情の意味は察するが、我も処刑人は苦手なのだ。あれは我等を処刑出来る唯一の存在ゆえ、本能的に恐怖が付きまとう。我は【傲慢】ゆえ、マシだがな。我以外は、軒並み恐怖に狂うであろう。特に、直接対峙した時などはな」
「唯一の、ね。それはともかく、早くセルクの身体から出ろ。そして消えろ」
「むぐっ。自業自得とはいえ、言い過ぎではないのか? それに、まだやるべき事が残っておる。出て行くわけにはいかぬのだ」
『あれ、だね』
ぬいぐるみが、先程まで【傲慢】の入っていた、クラクスの身体を指差した。
ああ、たしかに、これをこんな場所に置いておくわけには行かない。どうやらまだ生きているようだが、段々と呼吸が浅くなっている。
トワイライトが、何かしたのだろう。
「おい、ラセファン。この状況を説明しろ。何があった」
「むぅ、イキナリ上から目線は失礼で――」
俺はラセファンを一瞥する。
するとラセファンは座ったままその場で飛び跳ね、正座でにっこりと笑って、口を開いた。
「魂を抜かれたのである」
((【傲慢】が折れた?!))
素直でよろしい。
「にしても、魂か。生きたまま奪うとか、出来るのか……」
「出来るのである。ほれ、そこのアジャンテもそうであろうが」
「……アジャンテ」
『僕の事だね』
ぽふぽふ、ぬいぐるみが歩いてきて、タツキの頭へ軽々と飛び乗った。
『改めまして。僕の名前はアジャンテ。よろしくね』
「あ、アジャンテって、昔ここで処刑されたって言う?」
「そうなの?! っていうか、アジャンテさんって、年上? えっ、年上?!」
『あ、そうなるね』
「わ。年上かぁ。アジャンテさんって、声からじゃ分からないけど、女の人かな。それとも男の、ひと、かな……って……」
『性別は男だけど……』
ハルカさんは興奮気味にぬいぐるみ……アジャンテに詰め寄った。
しかし同時に、タツキの顔が目と鼻の先にある事に気が付いたらしい。顔から湯気が出そうなほど真っ赤になって、声がすぼんでしまった。
そのまま、元の場所へ戻っていく。
一方、タツキもアジャンテの年齢が気になっていたらしい。だがハルカさんとほぼ同じタイミングで赤面し、俯いてしまう。
ハルカさんも恥ずかしさのあまり顔を背けてしまっているし、これは、お互い真っ赤になっていることには気付いていないだろうなー。
……久々にもどかしい。
アジャンテはそんな2人の様子に気まずさでも覚えたのか、俯いてしまったタツキから飛び降りた。今度はテレクに乗っかっている。
彼はこほん、とわざとらしく咳き込んだ。
『生きた人間から魂を抜く事は可能だよ。多くの場合、禁忌とされているけれど。それに魂はそれを入れる器がないと、徐々に削れて、最後には消えちゃう。人の肉体はもちろん、ゴーレムの鎧や、僕にぬいぐるみの器があるように』
「逆に、魂を抜かれた器、特に人間などの生物の場合。生命活動はしばらく続くが、身体に残った記憶がかろうじて生理現象を起こしているだけで、目覚めはしないのだぞ」
『やがて呼吸もままならなくなり、脈が遅くなり、苦しみも何も無く、ただ死んでいく』
アジャンテは動かぬ瞳で、クラクスだったものを見つめる。
その様子は、どことなく悲しそうに見えた。
「……話を戻そう。処刑人は魂、それも穢れ切って、修正不可能になってしまった魂を集める集団だ。我のような存在によって、あるいはただ一生で培った負の感情で、真っ黒に穢れてしまった魂のみを集め、処理する使命を負っておる」
『穢れた魂の持ち主は、身体に異常が無くとも、頭が働かない者が非常に多い。クラクスの場合、おそらく前世かどこかで穢れきったまま、転生してしまったのだろうね』
「負の感情が溜まりに溜まった状態で、あれほど優れた脳を持つ者はそういない。まぁ、生まれ持った魔力の量は少なかった上、セルキエスタよりよほど劣るがな」
ラセファンは小さく頷き、胸を張った。
いや、たしかにその身体の自慢話ではあるが、お前が威張るなよ。
「それで? やるべき事って、俺達にその説明をするためだけじゃないだろ」
「そのとおり、である。……ふむ、身体自体はまあ、それなりにいけるであろう。アジャンテ、お主、やはり諸々小さい方がよいのか?」
『色々やりやすいという点ではね。何する気?』
クラクスの身体をぺたぺたと触って確かめるラセファンに、アジャンテが首をひねった。
「まぁ見ておるとよい。しかし小さい方が良いとはな。ある種便利ではあるが、もう少し欲を出してもよいものを……ああ、見たくない者は耳を塞ぐとよいぞ」
「見たくない」なら「目を塞げ」の間違いではないのか。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
ラセファンがクラクスの亡骸(まだ死んでいない)に触れ、魔力を流し込むと同時。
骨が軋み、折れ、肉が弾け、くっつき、血が噴出し、ムリヤリ戻る音が、耳に入ってくる。
目は瞑れば良い。
だが、耳は塞がなければ、目の前で行われている事を、非常に、ダイレクトに、受け止める事となってしまう。
意味が分からず、目の前の光景に、喉の奥にこみ上げる物を我慢できなかった者が多数いた。
閑話休題。
「……終わったか?」
「ああ、終わったのである。さて、アジャンテ、そろそろこちらへ寄れ。儀式が出来ぬではないか」
かろうじて我慢できたのは、俺だけだった。アジャンテも、物理的に吐き気を覚える事は無いだろうが、気分的に超グロッキーなのでカウントはしないでおく。
アジャンテは、よろよろとラセファンの元へと歩いていった。
「ふむ、どうであろう? 傑作であるぞ」
『……正直、どうでもいい』
「どうでも良いわけがなかろう。人間の構造は案外複雑なのだぞ。この身体に収めるのに、とてもとても、苦労したのである!」
『むしろ、どうやって全部しまいきったのかが気になるよ』
「そこはあれである。不老不死にしておいたので、問うな」
クラクスの身体を弄って、いじって、いじりまくった結果。
クラクスとは似ても似つかない、かわいらしい美少年が出来ました。
って、おい。
「なにこれ」
「我の持つ技能の1つであるぞ。魂がぬいぐるみに入れられる前の姿に、なるべく近づけたのである」
「えっ、じゃあ、アジャンテさんって、生前こんな感じだったの? かわいい~」
『似せなくていいのに』
グロッキーはどこへやら。ハルカさんも、アジャンテの生前に似ているらしい美少年をまじまじと見つめていた。
濡れたような漆黒の美しい髪。さくら色の唇。まつげが長く、中性的なイメージが強い。
瞳は黒色のようで、顔立ちも彫りの浅いアジア系のもの。
日本人、と言われると、疑わずに信じてしまえる容姿だった。
左右対称の身体の造りは、生物ではない、作り物めいた美しさを醸し出している。
服も身体に合わせてリデザインされており、かわいらしさと豪華さが融合した、スタイリッシュな王子様的な雰囲気が醸し出されていた。
「ふむ、では始めるのである」
『分かったよ、もぅ』
アジャンテが、その身体の上へと乗った。
と同時に、彼を包むように魔法陣が展開する。
「ラセファンの名において命ずる 汝 我との盟約を望む者よ 我の言葉にて器を捨て去り 我が望む姿を手に入れよ!」
ラセファンが言葉を紡ぐ度、魔法陣が幾つも現れる。
立体魔法陣。
パズルのように組み合わせて発動する、より複雑な魔法を発動させるための方法。人間の多くが発動できない難解さを誇るそれを、いとも容易く、ラセファンはこなしてしまった。
ラセファンが呪文を唱え終わると、魔法陣は一気に収縮を始め、カッと輝く。
俺達は、眩しさのあまり目を閉じてしまった。
そして。
次に目を開いた時、ぬいぐるみはテディベアのような形で動きを止めていた。
代わりに。
もう動かないはずの、クラクスだったもの。……アジャンテが、ゆっくりと目を開いていた。
「どうであるか」
「……問題ない。はぁ、声まで、バッチリとはね」
「何故溜め息なのだ?!」
ゆっくりと起き上がった彼は、髪よりも深い漆黒の瞳を瞬かせる。身体をゆっくりと動かし、手を握ったり、足を曲げたりしていた。
しばらくして、不機嫌気味のラセファンをよそに、アジャンテが立ち上がる。
背丈はセルクより低かった。
「またまた改めまして。……そうだな、君達ならこっちか。僕は―葛芽
「「……え?」」
俺とハルカさんの声が、重なった。
「驚くのも無理はないね。けど、本当の話さ。多くの記憶は失ってしまっているけれど」
「アジャンテという名は、一応偽名という事になるのか? こちらの世界の綴りで書いた名前が、間違った形で読まれたものであったな」
彼等曰く、アズサ、とこちらの文字で書こうとすると、アジャンテとも読めるものになるのだとか。あえてスキル:言語理解を外して書いたらしく、アジャンテと呼ばれるようになったらしい。
アズサもアジャンテという名前が気に入ったため、そのまま偽名に定着したそうだ。
だが。
「僕はある事をきっかけに、不老の肉体を手に入れてしまってね。その代わり肉体そのものが脆くなって、死の危険が増えてしまった。だからしばらく隠居生活を送る事になったのさ」
「我と出会ったのは、何万年前であったか……」
「正確には覚えていないけれど、相当昔だね。隠居に飽きて、適当に国を作った後だったよ」
「国? あっ」
そういえば、クロヴェイツって戦争に参加した者を収監する牢獄だったっけ。
アジャンテは当時、戦争を引き起こした者として処刑されたとか。
って、あれ?
「不老ではあるけど、不死ではない。むしろ風邪で重篤になるような弱さがあったから、世界平和に役立った分マシじゃないかな。悔いは無かったよ」
柔らかく微笑むアズサ。
しかし「ただ」と言葉を続けると、表情は曇ってしまった。
「不老にも色々あるだろうけど、僕の不老は不眠の効果もあってね。ようやく眠れると思った。でもどこかの誰かが、眠ろうとしていた僕の魂をぬいぐるみに宿らせたみたいでね。記憶の大部分が封印されてしまったし、本気で眠れない身体にされるし、最初は不満だったなぁ」
微笑んだまま、目が死んでいく。
足先から頭のてっぺんまで、全身を冷気が襲った。あれ? ここ、こんなに寒かったか?
「そんなわけで、賢者かつ王族から一転、牢獄の管理者になったアジャンテ君物語。しゅーりょー」
パチパチ、と。アズサは1人で拍手した。
ここは、拍手を返すべきなのだろうか。
アズサの横で、ラセファンはやれやれと言った様子で首を横に振っている。
が、紙芝居を読み終えた雰囲気にも似たものを感じ取ったハルカさんは、一緒に拍手を送っていた。
更に、ハルカさんに合わせて、タツキも拍手を送る。
……。
やっとくか。
「ご清聴どうも。で、ラセファン」
「む、何であるか」
「そろそろ返してあげたら? セルクに見せられないようなもの、もう無いし」
「む……そう、であるな。おぬしと今しばらく歓談していたいが、さすがにこの視線の中ではやる気も失せるというもの。うむ、返そう」
ラセファンは俺を一瞥し、頷いた。
ようやく返す気になったか。
「……スイト」
と思ったら、ラセファンは俺の元へとやってきた。セルクと同じような歩き方をしており、喋り方が違っていなければ、セルクにしか見えなかっただろう。
あとは、態度と、雰囲気と、魔力の性質が……。
……俺限定で、普通に見破れる気がする。
「何だ」
「敵意剥き出しであるなー……当然であるが」
「だから、何だ」
「うむ。1つ提案があるのだ」
……。
「それ以上眉間にシワを寄せると、戻らなくなるぞ。それよりも、この提案はおぬしにとっても良いものなのだ。聞け」
「聞くだけなら……。早く言え」
「はぁ、その態度も改めてほしいが、それは重要ではないからな。頼みは1つである。単純に、我の事を、セルクには伝えないでほしいのだ」
「当然だな」
「当然だね」
「当然だろ」
「当然でしょ」
俺、ハルカさん、タツキ、アズサと。賢者&勇者全員にきっぱりと言い切られて、ラセファンはショックを受けたように顔を引き攣らせた。
いや、普通にお前みたいなのに取り付かれていたことくらい。話しませんけど?
むしろ、がんばって記憶を書き換えるような魔法を使って、セルクの中からお前と言う存在を完全に消し去りますけど?
「む、記憶はどうにか出来るか知れぬが、力はどうしようもないであろうが!」
「……どういう事だ」
「だからシワを……まぁよい。そなたらも邂逅した【嫉妬】により、セルクの魂や心が傷付いていた……それは、既に施されていた応急処置を元に、我が治しておいた。感謝するがよい」
むふん、と胸を張るラセファン。
イラッと来るからヤメロ。
「だが、無意識では我のような者を怖がっておる。それは当然の事だが……その無意識の中で、我等の力を感じ取る力が養われておるからこそ、我等を怖がるのだよ」
「どういう事だ? 普通、怖がるものだろう。あんな体験をしたらな」
「当然と思うであろう? しかし本来、欠片でも本体でも我等、心の三要素……通称【グレイミー】に取り付かれた者は、適合者でもなければすべからく発狂させる作用があるのだよ。たとえ離れても。いや、むしろ離れた後で、狂い、暴れ、やがて……死ぬ」
「それが起きておらぬのは何故か? 処置が完璧であった上、我の適合者であったゆえだ。しかしおそらく次は―― 無い」
「……!」
『最悪の未来』から訪れた、未来のセルク。彼は【嫉妬】に侵食されたセルクを助けてくれた。彼曰く、応急処置を施したから、一応は大丈夫だと、そう言っていた。
今回はまさか【傲慢】が絡んでいるとは思わなかった。
セルクを、危険にさらしてしまった。
今回は運良く、セルク自身が適合者であったために助かった。
「悪いが、セルクの記憶を覗かせてもらった。スイト、そなたの記憶もだ。未来からの干渉など、あれきりで打ち止めであろうよ」
「……ヴィッツの事だよな」
「うむ。あれは本当に特殊事例なのだ。何度もあの裏技が通じるとは思えぬ」
幸運が2度続いた。
2度ある事は3度あるというが、現実はそうも言っていられない。それに、あのことわざは悪い事が続いた時に言うものだ。
未来からの過干渉は、本来ご法度。そしてセルクが【傲慢】以外の適合者であるとは限らない。
「そなたらが次に行こうとしている場所で、そのような小細工は通用せぬ」
「次って」
「吸血族の所だよね?」
俺の言葉を遮って、ハルカさんがひょっこりと顔を出す。
「うむ。今だから言うが、我がクラクスによって半ば暴走状態になったことで、あちらも暴走をし始めているのだ」
「何だって?!」
「え、また【グレイミー】がいるの?!」
「あやつは我と同じく、大罪の眷属【強欲】である。我と同じ派閥の眷属ゆえに、どうしても共鳴してしまうのだ。距離も近かったから、あの短時間で異空間での暴走でも、共鳴も起こってしまった。それに元々、そなたら来る前から徐々に暴走は始まっていたのでな」
既にあちらの暴走も始まっているのだ、とラセファンは困ったように言い放つ。
ちょっと待て。
それってまさか、吸血族騒動が起こった、最大の理由なのでは?
「……セルクには、そうであるな。アズサがこの国の創設者であり、我の適合者であると伝えてくれ。間違ってはおらぬのでな」
「そして僕が、預言のような形で、セルク君に帰るよう促す。といった所だね。本当に、セルク君の身体は限界だから。彼自身、全く自覚は無いし、そもそも自覚症状は無いけれど」
俺達もセルクも分からないレベルで、セルクの身体は深刻なダメージを負っているようだ。一度眠れば、数日は目を覚まさないほどに。
ラセファンがセルクに半ば強制的に入る事で、どうにか死なないレベルに修復したのだ、と彼は付け加える。本来は被る事でしか身体を乗っ取れないはずのラセファンが、王冠を被っていないセルクに乗り移った理由だとも言った。
非常に腹立たしい事ではあるが、セルクを助けられたらしいな。
非常に、非常に腹立たしいが!
「ギリギリまで時間稼ぎをしておきたかったのだ。我等【グレイミー】は元々、修復の機能を持たない。我はムリヤリ覚えたので使えるが……」
そもそも、自分で壊す相手を治す義理は無い。というか壊して乗っ取る性質であるため、自身以外に対する回復能力は皆無。覚える事も困難なそう。
ラセファンはそこを何とかして、他人の回復を出来るようにしたのだとか。
というか、あれ?
あの肉体改造的な能力は、違うのか?
あれでクラクスの身体を美形にしたり、美少年にしたりしているよな?
「あれは単に傷つけ、くっ付けてを繰り返しているだけであるな。足りないものは魔力で補うが、そもそもは破壊を前提としている能力であるな。これ以上壊してはならないものを壊すのであるぞ? 回復に行く前に死んでしまうであろうが」
怖っ?!
何が怖いって、恐ろしい台詞を何でも無いように言ってのける所が怖い!
しかもジェスチャーで説明してくれたのだが、その手の動きが怖い。指が、よく分からない動きをしているではないか。
「非常に不服だが、ありがとうと言っておく」
「うむ。さて、そろそろいい加減に返さねばな」
「そうだね……。まぁ、いつでも話せるし」
そう告げるアズサの表情は、少し寂しそうだった。
ラセファンはアズサのその顔を見た瞬間、口を引き結び、驚いた顔を見せる。
彼は少しの間視線をさまよわせて、やがて、小さく笑みを零した。
「……歓談はまた明日にでも行おうぞ。適当に身体を見繕っておけ。あと、おぬしなら分かるであろうが、ぬいぐるみでは耐え切れぬからな? 間違えてもおぬしの入っていたぬいぐるみに被せるなよ?」
「それは分かっているさ。やりたいけど、出来ないから、妄想の中でしかやらない」
「妄想の中ではやっているのだな? よぅし、後日その件についてじっくりと話そうではないか」
笑みを引き攣らせるラセファンとは対照的に、アズサの笑顔はとても活き活きしている。
ぬいぐるみだった時は全く表情が動かなかったが、とても感情豊かである事が窺えた。ずっとあの地下に独りだったからこそ、安城が余計に発露しやすくなっているのかもしれないが。
ラセファンと小指を絡ませる光景が、眩しく見えた。
って、本当に眩しいな。
「……あれ? ここ、どこ……誰ですか?!」
え、セルク? セルクが戻ってきたのか?!
いや、まだセルクの上には王冠があるけど……ってあれ?
いつの間にか、王冠がアズサの手に握られていた。
それをさり気なく自分の頭に乗せるアズサ。王冠はミニクラウンのまま、その材質とデザインを変えていった。金細工で花を模したような、美しくもかわいらしい王冠である。
「こんにちは。初めまして、セルキエスト。僕の名前はアズサ。この国を創った者の1人だよ。こんな姿だけれどね」
絡めていた指を解き、握手の形に直すと、アズサは煌く笑顔を浮かべた。
「君は王族だよね? 僕、久しぶりに外へ出てきたから、外の事を知りたいな。後で聞かせてよ、って感じの約束を交わしていたのだけれど、急に出てきて混乱させちゃったかな。覚えていないみたい?」
「あ、あう」
かなり自然に強制的な暗示をかけようとしているな?!
創国に携わった、と言われても、もう何百年何千年も前の話だ。普通は信じられないだろう。だが、この世界には長命種の人間がわんさかいて、国を作り出したメンバーが存命でもおかしくない。
加えて今のアズサは、相手を威圧させない程度の魔力を放出している。
どう見ても、高位の存在である事を匂わせているのだ。勝手に勘違いが重なって、ご先祖様にでも思われるだろう。
後はアズサが、セルクを説得してくれるまで待つだけだな。
んん? そういえば、何かを忘れているような気が。
んー……?
あ。
「そういえば、ダンジョンの核って、結局何だったんだ?」
「えっ」
俺の疑問に対し、テレクが呆気に取られた様子で声を上げた。まるで「え、今更?」とでも言うかのように、首を傾げられてしまう。
テレクも俺と一緒にいたし、知らないはずなのだが。
まさか、知っているのか? いやまぁ、俺が気絶している間に見つけたのであれば分かるが、その場合、核は破壊するはずだし。
そもそもナユタ曰く、あの転送魔法陣の傍に核があるはずだし。
「ふふ、まだ気付いてなかったんだね、スイト」
「?」
横から、何やら含み笑いを浮かべるアズサが現れた。
その手には、先程まで彼の魂が入っていたぬいぐるみが握られている。
セルクは色々と混乱しているため、ハルカさんに任せたらしい。もう動かないぬいぐるみを、セルクから見えない位置で手に持った。
そして……。
「ダンジョンコアは、コレだよ。元、僕の器である魔道具。テディ・ベア型魂移式ガーディアンゴーレム。通称テディゴーレム。小さい割に超高性能で、自然界に存在する魂を移動させるため、知能も申し分無い。凄いでしょ」
凄い、と言いつつ、その表情は冴えない。
「平たく言うと、偉人の知恵を偉人の魂ごと保存しようってプロジェクトで生み出された物だね。さすがに自分がこれの第一被験者になるとは思わなかった」
「それも、処刑からの転移だからな。戸惑いも一塩だっただろう」
「最初は、ね。ゴーレムだし、扱いは奴隷と変わらない。それもこのかわいらしいデザインで、牢獄の管理を命令されたから、かなり困惑したよ」
元々は王侯貴族の子供を守るために設計したのに、と。アズサは頬を膨らませた。
たしかに、この愛らしいウサギのぬいぐるみに、牢獄は全く似合わない。想像してみるが、子供部屋の方がしっくりくる。
牢獄に似合うデザインのものもあったようだ。
「まぁ過ぎたことだ。それはいいよ。ただ、かなり時間も経ったし、みんな戻ってくる頃合かな?」
「あ」
まだ誰かが戻ってくる様子は無いが、たしかに、誰か戻ってきてもおかしくない。タツキの様子から結界が張られていた事を勘付かれてはいないようだが。
何故タツキがここにいるのか、アズサは何者なのか。
戻ってきた連中が来たと同時に、色々と情報が錯綜するはず。
ただ、正直、これ以上は体力が保たない。ハルカさん達でも何とか説明は出来るだろうけど、まず先行して説明してもらえると助かる。
問題は、誰に行ってもらうか、だが。
「僕、ちょっと説明してくるよ。何か色々とイレギュラーがいるから、説明は必要でしょ? スイト君は、ここにいてね? 今度こそ絶対だよ?」
にっこりと微笑んだテレクが、否応無しに部屋を出て行った。
……えっと。
「待っていようか」
「そうだね。あ、僕はセルク君に色々と説明しておくから。君も休んでおいて。なるべく長く、ね」
「あ、ああ」
未だ茫然としているセルクの元へと、アズサが駆け寄っていく。
俺もセルクの所へ行くか。今1人になるのは、ちょっと、キツイ。
俺はタツキに支えてもらって、セルクの元へと歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます