66 黄昏の処刑人
― ハルカ ―
ラセファン……ううん、クラクスの身体が、遥か上空から落ちてくる。
私は咄嗟に、風魔法でクッションを作った。
クラクスさんも、王冠も、ぽすんと軽い音を立ててクッションへとうずまる。
「ギリギリセーフ! ナイスだぜ、ハルカさん!」
「う、うん。ありがとう。でも……」
ゆっくりと高度を落として、タツキ君も降りてくる。
私はおそるおそる、タツキ君へと目線を送った。
私を助けてくれたスイト君が、私の代わりに死に掛けた。けど颯爽とタツキ君が現れて、スイト君を助けてくれたのだ。
けれど、現れたタツキ君の姿は、まるで、邪悪な聖剣アルシエルに乗っ取られた時のようで。半身が黒く染まり、片目が紅く輝いていたあの姿から、私はずっと目を逸らしていた。
先程の戦いだって、タツキ君じゃなく、ラセファンだけを見るようにしていたのだ。
正直、直視するのは辛い。
でもそういうわけにも行かないから、私はタツキ君を見上げた。の、だけれども。何故か、というか、この方が良いけど、タツキ君は普通の姿だった。
制服にマントを羽織った、がっかりクオリティのファッションそのままだった。
何だろう、この、ホッとしたようながっかり感。
「大丈夫、だよね」
「ああ。問題ないぞ。それより、スイトは?!」
タツキ君は必死の形相で前のめりになる。
私としては、タツキ君の姿に色々と聞きたいことがあった。けどたしかに、スイト君が心配な事も分かるから、そちらを優先しよう。タツキ君の精神衛生的にも、その方が良いだろうし。
タツキ君が投げてよこしたスイト君は、首に残った痕が痛々しかった。でも回復魔法をかけるとすぐ治ってくれたから、良かったよ。
私はもう一度スイト君の顔色を確かめて、一息つく。最初は咳き込んだり、うなされたりしていたから、尚更心配したよ。今は落ち着いてくれているから、もう大丈夫。
タツキ君が来てくれていなかったら、今頃……。
ううん、それは考えない。
タツキ君が来てくれた。だから、たらればは考えない。
「スイト君は大丈夫。ね、テレクさん」
「はいはーい」
テレクさんは、スイト君を抱きかかえていた。俗に言うお姫様抱っこである。タツキ君からパスされたスイト君を、テレクさんが空中でキャッチしてくれたのだ。でもその時、脱力したスイト君をお姫様抱っこでキャッチしちゃって、それからあまり動かしたくないから、ずっとこのままなのである。
スイト君は中性的な容姿だから、お姫様抱っこでも違和感が無い。本人に言ったら怒るから、絶対に言わないけれど、本当に、その、似合ってしまっている。
スイト君が起きていたら、お姫様抱っこなんてすぐ止めさせただろうね。
というかアレだよ。むしろこれで、何で女の子じゃないの? って感じだよ! 肌真っ白だしふにふにだし髪がしっとりさらさらのツヤツヤだよ?!
そう! むしろ!
何で女の子じゃないの?!
「呼吸は落ち着いているし、熱も出ていない。まだたまに咳き込むけど、大丈夫だと思うよ」
「そっか、良かった(何か今、一瞬ハルカさんの姿がブレたような……気のせいかね?)あ、もし熱が出たら、これ飲ませてやって」
そう言ってタツキ君が取り出したのは、試験管によく似た透明な容器。中には何やら、怪しげな蛍光色のピンクな液体が入っている。
……とても、怪しげな、透明で、ピンク色の、ほんのちょっと発光している液体が、入っている。
え、何、それ??
「解熱剤」
私の心情を察したのか、タツキ君が神妙に頷きながら応えて
「入りの精神安定剤」
「え」
私の心情を遮って、タツキ君が付け加えてきた。
というか……セイシンアンテイザイ? 何でそんなものを持っ
「という名の謎のオクスリ」
「「は?」」
タツキ君がキュポン、と小気味良い音と共に、容器の蓋を開ける。その容器からはほんの少しだけ、キラキラ光る粒子を含んだ、白い煙が出ていた。
と同時に、薬の色が蛍光ピンクから濁った白に変わる。
本当に、何、これ。
「え、えっと、まさか、マキナちゃん謹製の、ブツですか」
「(ブツ?)いや、原産はあっち」
「あっち、って、まさか……もとノせかいデスカ」
「何でカタコト?! まぁ、俺も初めて見た時は驚いたけど。あ、味は普通にさくらんぼソーダ味」
さくらんぼソーダって十分珍しくない?! って、そっちじゃない。
あっちの材料で、こんな得体の知れないお薬が出来るの?! 魔法無しで?!
思わず顔が引き攣る色なんですけど!
「というか、飲んだの、これ?!」
「毒見感覚で、くいっと」
「一応スイト君のだよね?! 何で飲んだの?!」
「だから、毒見感覚で」
親指を立てたタツキ君。いやいやいや、立てる所じゃないよね?! 何で爽やかな笑顔を浮かべているのかな? 明らかに危険物だよねぇ?!
……はぁ、はぁ、はぁ。
「心の底から体全体でつっこんだから、疲れたでしょ。はい、セルク君印のHP回復ポーション」
「あ、ありがと、ごうざい、ます」
スイト君を抱えたまま、魔法を使ってポーションを渡してくれるテレクさん。
どうしよう、めちゃくちゃ気が効く人だ。かっこいい。惚れないけど。
「そういえば、セルク君は?」
「ここですー」
「ここ? って、あ」
セルク君は、王冠を回収しようとしていた。って、触っても大丈夫なのかな、アレ。
一応、布越しで掴んでいるみたいだけど、かぶらなければ大丈夫だと思いたい。まさかの触れたらアウトな展開だけは避けてほしいよ。
何回も、あんな方法が通じるとは考えられないから。
『そんなに心配しなくても、大丈夫だよ』
「あ、ぬいぐるみさん。えっと、何が大丈夫なの? 一応危険物だよ」
『一応じゃなくて、正真正銘危険物だけど? もっとも、セルクは王族だから、万が一にも暴走はしない。100%、暴走しない』
ぽふぽふとかわいらしい歩き方をするぬいぐるみさんは頷いた。縫ってある顔が動くわけは無いので、表情は読めない。
けど、声はとても自信に溢れていた。
何歳かは全く知らないし、どうやって動いているのかも全く知らないけど。
子供の声で自信たっぷりに言われると、何だか愛おしい。
「何でそんな、言い切れるかな」
『そういうものだから。ね』
「……そうであるな」
セルク君が近付いてくる。
ん? 今、口調がおかしかったような。
「おかしいといえば、おかしいぞ? 今のこの身体の主は、我であるからな」
マシュマロより甘く、柔らかな笑みを浮かべて、セルク君は浮き上がる。
イスも何も無い所に、座るような体勢になり、持っていた王冠を頭に載せた。って、え?
「数分ぶりであるな、ハルカ、タツキ。それと、テレクといったか? そなたとは全く言葉を交わしておらぬゆえ、ハルカの呼び名になっているが、合っているか?」
「「「 ――……ッ!!! 」」」
風を切る音と共に、王冠の形が変わっていく。豪華で派手な、セルク君の頭に合わない大きさだったそれは、白い光を纏う。
やがて、プラチナに金の装飾が施された、ミニクラウンが完成した。
クラウンが出来上がると、セルク君? は笑みを深める。
「さて、改めて自己紹介しようぞ。我はラセファン。ご存知のとおり【傲慢】の器である」
「……っ!」
テレクさんが、目をギラリと光らせ、スイト君を床へと寝かせる。
と同時に、彼の近くに漆黒の亀裂が入った。
そこから、でこぼことした金属製の黒い棒が、空間を割りながら突き出してくる。
テレクさんはどうやら、異次元に収納していたらしい武器を取り出そうとしているらしい。
でも、取り出そうとして、引っかかったのか、なかなか武器が出てこない。
「くっ……何をした!」
とても悔しそうな表情のテレクさん。額に青筋を浮かべ、相当力んでいるのか、棒を取り出そうとする手から血が滴った。
「それはセルキエストにか。それともそなたの武具にか。どちらも、我が操っているに過ぎぬぞ? それより、そなたこそ何をしようとしている? まさかこの幼子の命を、刈り取ろうと考えたのか?」
「そんな事するものか! 王冠だけを狙えば……!」
「そうであろうな。王冠だけなら、そうであろう。ただ……その武器で、この至近距離で縦に切っては、そなたの思惑は外れるであろうな」
「っ?! ……っ」
柄の部分だけでも、随分長い武器である事が伺える。肝心の攻撃部分が全く見えていないけど、刃があろうと無かろうと、たしかに、その武器をここで振り回すのは非常に危険だ。
私はもちろん、セルク君も巻き込む。
それが縦に軌道を描いたとして、明らかに動揺している今、小さなクラウンだけを狙えるだろうか?
テレクさんは黙り込んで、武具を異次元にしまい直した。
「さて、誤解を解くためにも、まずは色々と調整せねばなるまい。結界、はまだ解かぬ方がよいであろう。元はおぬしのものであるから、おぬしに主導権を渡せばよいか、アジャンテ」
『お好きにどうぞ』
「?! し、知り合い?!」
『友達』
ぬいぐるみさんが、セルク君……ううん。ラセファンの肩に乗る。セルク君の肩は細くてあまりスペースがないけど、お構い無しだ。
重くないのだろうか。
というか、危なくないのだろうか。
友達って、言ったけど、それって――
「ふ、大罪の眷属である【傲慢】を友と呼ぶなど、おぬしこそが【傲慢】であろうが」
『君以上に【傲慢】に相応しい者はいないから。丁重に言葉をお返しするよ』
傍目から見れば、楽しそうにぬいぐるみと話す美少年。
どうしよう。
この構図、物凄く和む。
緊張感が、圧倒的に足りない。一応危機的状況のように思えるのに、むしろ緊張感が削がれて困る!
「えっと……」
「む? ああ、そういえば言い忘れていたな。……先程は済まなかった」
「えっ」
ペコリ、とラセファンは、腰を直角に折る。
一瞬、息が止まったかのような感覚に襲われた。
【傲慢】が、謝った?
え?
混乱に頭が真っ白になったのは、私だけじゃない。テレクさんも、横で愕然としており、揃って頭を上げたラセファンを、ただじっと見つめてしまう。
姿は、セルク君のもの。
けれど、淡い赤色だった瞳が金色に変わっている。しかも瞳の虹彩部分に、何故か白い星の模様が浮き出ていた。
これで金髪だったら、ヴィッツさんの子供時代的な感じだよ。そもそも本人だけど。
「適合者以外との共鳴は、理性の多くが宿主に引っ張られるのだ。特にあれは脳が足りないように見えて、その実、我との相性は良かった。今の我は、そなたらを害する気概など塵ほども無い」
「て、適合者、とは?」
「適合者は、適合者だ」
混乱しきった脳で質問してみたけど、返された答えは答えになっていない。
ますます、混乱した。
『適合者っていうのは、こういう【傲慢】とかに適応出来た人間、もしくはその他物質や生物を指す言葉だよ。まぁ、彼にとっての適合者は、要するに彼自身が気に入ったかどうかで決まるけど』
肩のぬいぐるみ、アジャンテさんだっけ。が補填してくれた。
『適合者ではない者に入手されると、彼等は不機嫌になって暴走する。それが他のにも伝染して、やがて世界中が狂気に飲まれてしまう。誰しも、嫌いな奴に利用されたくないでしょ? あの感じ』
「うむ。その点で言えば、我が気に入った一族を害するクラリネットは万死に値する! だが容姿にコンプレックスを抱いていたためか、自壊できない身体を作ってしまってな。奴の執念だけは、まぁ、褒めてやらなくもない濃密さである」
むぅ、と不機嫌そうに語るラセファン。アジャンテさんと会話している様子は、あまり脅威を感じない。むしろ和みしか無い。
……こほん。
「信用、してもいいのかい? 正直、さっきまでの攻防で、信じるに値するモノかどうか、判断しかねるけども」
「我もラクレットは嫌いだ。従って、一応敵の敵は味方のルールを適用してもらいたい」
眉を寄せるラセファンに、私はアビリティを使ってみる。これは味方か、否か。
うーん。何回かやってみたけど、敵意無いっぽいんだよねぇ……。
私はテレクさんに視線を送り、小さく頷いた。
テレクさんもあからさまにホッとした様子になった。伝わってくれたみたい。
あと、ラクレットってクラクスの事かな。美味しそうな名前だね。チーズの一種じゃなかったっけ。ラクレットチーズ。
美味しいよね。一回だけ給食で出た事があったよ。
さすがに出来たてじゃなかったし、ちゃんとしたのはもっと美味しいだろうなー。
あ。話が逸れた。
「言い訳になるが、そなたらを害そうと考えていたのは、我ではなくアレだ。そう、クロックだったかクロッカスだったか」
「クラクスです」
「おお、それだ。そのクルックーとやらはまだ、僅かに自我が残っておる。……セルクが眠っている今の内に、我自ら始末しようと思うのだが、見るか?」
「……シマツですか」
「うむ。正確には……む?」
ラセファンが、話の途中で視線を顔ごと背けた。
話の続きが気になるけど、私も気になって、そちらを見やる。
「……ぃ、ぅあ」
美形クラクスが、私が作ったクッションの上で動いていた。
腕を伸ばし、指が不規則に蠢き、上体を起こし、おかしな体勢で立ち上がる。
彼は、非常に意味不明な声をあげていた。
「お、おぉお、お、おぉおおおぉお俺俺お、れれっれれわゎあゎわ……」
ガクガクと、小鹿よりも大きく震えながら、クラクスがこちらへと歩み寄る。何であのガクブル状態で、一応歩けているのだろう。
不気味だ。
白目を向き、首は限界まで曲がり、口や鼻から液体が漏れ出している様は、何とも醜く、不気味。無様なその姿をさらしながら、人形のようにこちらへ寄って来る。
そう、まるで、下手な人形師が動かす操り人形の如く。腕を普通は向けない方向へ曲げ、足は女子のような内股で、王の威厳も何も感じさせない姿だった。
元のクラクスのほうが、まだマシだった。
何なのか。これは。
「ちっ、奴の執念は底無しなのか? 我が食い続けてなお、残るとはな」
「やっぱりあれ、クラクス本人かぁ……」
「本人、というと御幣はある。あれは最早、執念だけで動く、生霊であるぞ」
油を差し忘れたブリキ人形の如く。それは、徐々に、こちらへ近付いてくる。
生理的な嫌悪感に、吐き気がしてきた。
それくらいに、目の前のそれは、醜く、哀れだった。
「だがまぁ、自ら起き上がってくれたのは幸いであったな」
「え?」
そんな、近寄る事すら忌避出来るクラクスに、ラセファンは自ら歩み寄る。
「我は、貴様の兄ではない。中身も、外側もだ。しかしその2人から、せめて一瞬で楽にしてやれと言伝をもらっている。我としては、一瞬で楽になることなど、許したくは無いが」
クスクスと、一見楽しそうな含み笑いを浮かべるラセファン。セルク君の身体だと、とてもかわいらしいが、確かな悪意が漏れ出ていた。
でも私が彼の笑顔に魅入っている間に、ラセファンはあと10センチで届こうとしている距離で―― 氷魔法を、発動させた。
氷は床を突き破るようにして現れ、蔦のようにクラクスの四肢に巻きつき、固まる。
「あ、あぁあ、ぅぉおぁああ!」
クラクスの焦点の合わない瞳が、ラセファンを捉える。
「というわけで、一瞬で『やってやれ』よ。我も、これほどの汚物を、もう見たくは無いのだ」
誰に話しかけているのだろう。
私は周囲を見回すけれど、私達以外には誰もいない。
なのに。
「おぁ、ああ――……がッ!!!」
クラクスが、妙な声を発し、叫んだ。
酷く嫌な予感が、全身を駆け巡る。
パッとそちらを振り返ると、四肢を封じられたクラクスは、完全に脱力している。
「 ――……ぁに、う、ぇ……―― 」
最後に小さく呟いて、クラクスは黙り込む。
何が起こったというのか。彼はそれ以降、沈黙をし続けた。ボタボタと落ちる唾や鼻水が、床のタイルに染み込んでいく。
「我も丸くなったものだ。以前は一瞬で終わらせる事など、無かったのだがな」
『たしかに、君に任せると、肉塊になろうとも死なない無様な状態になるまで拷問が続いたね。あーやだやだ。あれの処理、ずっと僕に任せてさ』
「気持ち悪いであろうが」
『その言葉、そっくりそのままお返しするよ』
驚く私に構わず、ラセファンとアジャンテさんは笑顔で会話を続けている。
「あ、あの。何が、起こったのか、説明を」
「む? ああ。それは本人から直接聞くがよいぞ」
ラセファンがクラクス、だった物へ指差すのと同時に、靴音が響いた。
どこまでも続いていた空間が、徐々に解けていく。
アジャンテさんが、結界を解いたらしい。上から徐々に、亀裂と崩壊が進んでいく。
10秒も経つと、まるで何事も無かったかのように、私達は王座の間へと戻ってきていた。
そして。
クラクスだった物の向こう側に、1つ、人影が蠢く。
結界が完全に解けると、それは歩き出した。
コツ、コツとゆっくり歩いてくるその人物は、玉座の隣に、そっと佇んでいた。
「処刑人に会うのは、実に久しぶりであるな。そなた、名は?」
「……無い」
「さもありなん。しかしコードネームや二つ名はあるであろう。無ければ、このような場に出てはくるまいよ。そうであろうが」
「……」
それは、とても不思議な青年だった。
真っ白な髪。
真っ白な肌。
真っ白な瞳。
白いといっても、ギリギリ健康的に見える程度の色味はあり、青白いわけではない。けれど、真っ白としか言い表しようの無い容姿の、美青年である。
でも、服装はその真逆。
黒に金の装飾を施したもので、まるで、ブレザーをロングコートに改造したような見た目の制服だ。
髪は肩で纏められており、長髪である事が分かる。
そして彼は、真っ黒な珠のようなものを手に持っていた。厳密には、手の平の上に、何やら柔らかそうな黒くて丸い何かが浮いている。
黒は黒でも綺麗な黒じゃない。薄汚れて、濁ってしまった黒だ。
そんな風に、彼の特徴を頭の中で、整理する。
整理して、でも、ちょっと、動揺して、上手く纏められない。
ちょっと待って。
ねぇ。
「「何で貴方(お前)がここにいる?」」
私と、誰かの声が重なった。
振り向くと、スイト君が苦悶の表情を浮かべながら、上体を起こしていた。
目が覚めたみたい。良かった。
「答え、ろよ」
タツキ君の肩を借りて、スイト君が立ち上がる。
まだふらふらしていて、正直危なっかしい。でもタツキ君が微妙な顔をしている所を見るに、既に心配されまくった上で立ち上がったようだ。
「答えろ……!」
「どうして、お前がここにいるんだ! ラクス!」
部屋中に、スイト君の声が響いた。
その言葉で、私は確信する。
やっぱりあの、召喚の儀の時、お世話になった人らしい。
でもあの人は、服まで真っ白な人だったはずだよね? もっとも、服くらいはすぐにでも変えられるかもしれないけど……雰囲気が、まるで別物だ。
どこか不思議な雰囲気を纏っていたラクス君とは違って、目の前の彼は、とても刺々しいオーラを放っている。
それに。
あんな『身長以上に大きな大鎌』を、持ってはいなかった。
「ラクス……白き者の名、であるか」
「っ、誰だ!」
ラセファンを恐ろしい形相で睨みつけるスイト君。思わずラセファンもビクついてしまって、テレクさんの後ろへと隠れてしまった。
「あ、えっと。スイト君。こいつは敵じゃない。セルク君の身体を乗っ取ってはいるし、中身の正体がラセファンだが、味方である事はハルカさんのお墨付きだから」
テレクさんが私に視線を送りながら弁明すると、スイト君はラセファンをもう一度睨みつけた。
けど、一瞬だけ私を見て、盛大に溜め息をつくと、ラクス君? に向き直る。
私のお墨付きって、意外と効力高いらしい。
「ラクス!」
「……」
スイト君が呼ぶけれど、ラクス君はこちらを見ようともしない。ずっと、心ここにあらずといった体で、ラセファンのみに視線を合わせている。
けど、一瞬目を閉じて、ゆっくり開いた時、その瞳はまっすぐにスイト君を見つめていた。
「……〝俺〟の名は、ラクスでは、ない」
「っ」
無機質な目が、眉を寄せるスイト君を映す。
「そもそも、俺に名は無い」
彼は一呼吸空けて、再び声を発した。
「だが、通り名なら、ある。囚人番号10YL110。誰かがそれを『トワイライト』と読んだ。それから、俺は、トワイライトと呼ばれている」
夕暮れとか、黄昏って意味だよね、それ。
それにその囚人番号って、襟に刺繍されている文字の事だよね。
まぁ、うん、読めなくも、無い。
「トワイライト……ラクスじゃ、ないのか? それに、囚人番号って」
「正確には、囚人だった。であるな。彼等は特殊な魂を集める機関に所属しているのだ。トワイライトというと、最近活躍しまくっているエリートであるぞ」
テレク君の後ろで、未だビクビクしながらラセファンが発言する。
特殊な魂を集める? それって、もしかして。
「黄昏の処刑人よ。回収ご苦労であった。上司によろしく頼む。ラセファンの名で通るであろう」
「了解した」
トワイライトは、手の平の上で浮いていた真っ黒な何かを、握りこむ。それだけで、黒い何かは消えてしまった。
「っ、待って!」
「悪いが、タイムリミットだ。聞きたい事があれば、そこの【傲慢】に尋ねるがいい」
そう告げて、トワイライトは持っていた鎌をその場で回転させた。途端、バキリ、と、どこかで聞いた事のある音が響く。
トワイライトの後ろに、空間の裂け目が現れたのだ。
空間がガラスのようにひび割れ、その向こうに、黒い空間が広がっている。ちょうどトワイライト本人が通れるくらいの大きさで、彼はコツ、コツ、と足音を立てながら、裂け目の向こう側へ消えて行った。
彼と大鎌が通った瞬間、ひび割れは布を寄せたように穴を塞ぎ、ひび割れが消え、歪みが無くなる。
こうして、黄昏の処刑人との初遭遇は、幕を閉じた。
私達はよほど緊張していたらしく、私、テレクさん、ラセファン、タツキ君並びにスイト君も。その場にいた全員が、しんと静まり返る王座の間にへたり込んだ。
その後10分ほどは、全員呆然としてしまって、その間の事は覚えていない。
ただ、精神的にとても疲れた。
クラクスが立ち上がった時も何か怖かったけれど、トワイライトが来た時の雰囲気に、みんな緊張しっぱなしだったから。
今度こそ、脅威が無くなったかな? もう無いよね? 無いでしょ?!
「まぁ、あれだね」
黙りこんでから10分。私が口を開くと、その場にいた全員の視線が、私に集まった。
視線にこそばゆさを覚えながらも、私は続ける。
「もう、何も起こらないよね?」
私の問いに、声で答える人はいなかった。
けれども、みんな静かに頷いてくれる。
昨日の敵は今日の友。さっきの敵も、今の友。
立場関係なく、みんなで座り込んで、私達は大きな溜め息を吐いた。
あぁ。
もう、今日一日、何も起こらないでください。
多分それは、その場にいた人全員が思った事である。
―― 私達の間には、何だか妙な絆が芽生えていた。
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