65 俺がやるべきこと


 ― タツキ ―



 それは、スイト達が城に潜入した、ほんの少し後のこと。


 こっそり城を覆う結界を強化した俺は、その城の中の一室に逃げ込んでいた。

 倉庫、なのだろう。元の世界のようなダンボールは無いが、樽や金庫のような物で溢れている。独特なかび臭さと埃臭さが混じるそこは、長らく掃除されていないようだった。


 だが入ると同時に感じていた汚れの全てが、一瞬で消えていた。

 俺の横にいるミリーが、完全無詠唱の魔法で汚れという汚れを片付けたからだ。


 ……俺はというと、そのきれいにされた新品同様の床に、突っ伏していた。

 城門を派手に破壊し、その騒ぎに乗じて姿をくらます。そこまでは、上手くいっていた。いっていたのだが……問題は、その後に訪れた。


「――……ッ」


 右腕が冷たい。指の先から、肩口までが、異様に寒い。

 冷たさが急に押し寄せてきたものだから、城へ潜入した後、我慢しきれずに歩みを止めてしまっていた。スイト達との合流予定は全く無いが、今のところ最も人がいないのはこの城内なのだ。


 ミリーは、特に心配そうな表情はしていないのだが、俺の腕をさすってくれている。もしかすると、心配くらいはしてくれているのかもしれない。

 摩擦熱程度で温かくなれば、それに越した事はないのだが。


「さ、サンキュ、ミリー」

「ん」

「……悪い、けど、1人で、先、行っていてくれ。スイトに、会いにきた、だろ?」

「ん。でも、貴方を置いていったら、スイトはきっと、怒る」

「……はは。それも、そう、だな」


 ありありと想像できる。親友だろうが他人だろうが、誰かを見捨てて来たと知れば、あいつは怒る。それも、かなり分かりやすく、膨れっ面になるだろう。

 それを想像して、笑みが零れた。


 冷たさは引かない。痛みも引かない。けれど、精神的に少し落ち着いてきた。俺は壁に背をくっつけて、一息つく。


「タツキ。貴方、人間?」

「あ? いきなり、何だよ。人間以外に、見えるのか?」


 いやまあ、一度人外になりかけた事はあったけれども。あれだって『前回』の出来事だし、今回はまだそういった事例にはなっちゃいない。

 マキナのヘンテコ錬金術の被害も、まだ出ていないし。


 あいつの事だから、いつか動物に変身できる薬とか、作ってしまいそうだ。


 それにしても、何だってそんな質問をしてきたのやら。

 ミリーの実力に比べれば、俺はまだまだ人間クラスの強さだと思うのだが。


「エクタラスの爪痕。これに蝕まれて、どうして、生きているの?」


 こてん、と首をかしげて、ミリーは尋ねてきた。


「っ、これの事、何か、知っているのか……?!」

「ん」


 こくりと頷いて、ミリーは僅かに眉を寄せた。


「エクタラスは、んー……武器? うん、武器。こう、ぐさっ、てやる奴」

「ぐさ? 邪悪な聖剣アルシエル、とか、モロにそうだな」


 サスペンスドラマ風に、刃物を振り下ろすジェスチャーをしてみせるミリー。その仕草で思い当たるものを挙げてみた。


 むしろ、あのショッキング映像以外に「武器」で「ぐさっ」で「蝕まれる」ものは思い当たらない。


 ……思い出したら、吐き気がしてきた。

 吐かないけど。


「アルシエル……うん。エクタラスNo,158229番の、作品。……の、片割れ」

「!」

「そう。やはり、既に接触を……ん。大丈夫。スイトのために、がんばる」


 何をだ。


 と、ミリーが1人で納得して、一人で何かを企んでいそうな雰囲気になったところで。


 ミリーが、俺に触れてきた。


 汗まみれで、肩で息をする俺を、ぎゅっと抱きしめる。


 ふにゅ、と。布とはまた違う、妙に心地よい柔らかな何かが顔に触れてきた。


 ……は?


「な、なな、なん、なっ、何を?!」

「しっ。黙って」



「我が名はミュリエル=アンジェッツ。我が名の下に、権限を放棄せよ」



 凛とした声が、ふわりと周囲に広がった。と同時に、俺とミリーがギリギリ入る大きさの、白い魔法陣が現れる。

 魔法陣の光が柱のように上へと伸び、光の柱の中では綿胞子のような光が現れては消えていく。


 唐突な展開に頭が追いつかない俺は、ただ固まっている事しかできない。

 ただ、これだけは分かる。


 ―― 腕から、冷たさが引いた。


「これ、は」

「ん。がんばった」


 痛みにも似たあの寒さが、嘘みたいに綺麗サッパリ消えた。


 ミリーの抱擁を振り解き、腕を確認する。あの黒いシミのような物は消えていないが、ずっと感じていた何かを喰われる感覚が消えている。


 サトリがこれをどうにかしてくれた時とも、また違う。

 あの時は、冷たさも痛みも、小さくなっただけ。


 実に久しぶりに、冷たくも、痛くも無い。


 この黒いシミ以外は、全てが元通りなのだ。


「ん。これで、大丈夫。行こう」

「え」


 だが、俺の感動を遮るかのように、ミリーは俺の左手を取って引っ張った。

 って、強い?! 引く力が異様に強い!


「ちょ、あの、ミリー。これは、どういう」

「ん。がんばった」


 見た目は上品に歩きつつ、実際には走っているのと変わらない速さで進むミリー。

 その顔は無表情ながら、満足そうで。


 って、いやいや、そうじゃない。


「あの、ミリー。この状況を説明してほしいのだけれど」

「ん」


 ん。じゃなくて! 俺は説明が欲しいのだけれども?!


「ミリーさん。おーい」

「ん」

「ねー、ミリーさん、お話聞いてー? ―― 説明プリーズ」


 こうして問答すること3分。

 ミリーはやはり無表情のまま、重い口を開いた。


「あれは、浸食作用を停止させただけ。邪悪な力を、神聖な力に変えただけ。侵食する意思を消しただけ。完全にその闇を消し去る事は、今は出来ない」

「……!」

「私は、それを消し去る術を持たない。闇の性質を変化させる事はできても。闇の中に眠る、邪悪な意思を消し去る事はできても。今貴方の中で渦巻いているその力を消し去る力は、持っていない」


 顔ごと視線を下げるミリーは、やはり無表情だった。


 だが、無表情だからこそなのだろう。

 彼女は、今にも泣き出しそうだった。涙は流していないが、それでも、しょんぼりと落ち込んでいる事は誰の目にも明らかだ。


「……ごめんなさい」


 その後も何度か、言葉は繰り返される。いつしか、涙も無く、ミリーの頬は腫れたように真っ赤になっていた。


「何で謝るんだ」


 俺は、尋ねる。

 彼女は、言葉を続けた。


「……それは―― その力は、貴方の持つ本来の力とは決して混ざらない、言わば正反対の力。いくら浸食作用を消しても、きっといずれ、貴方自身を蝕んでいく」

「……」

「今は、大丈夫。でも、いずれ限界が来る。ううん。魔力同士が衝突するよりも前に、貴方の身体が保たない。きっとすぐ――

 ―― 寿命が、尽きる」


 ………………。


 …………。


 ……ああ。


 『やっぱり』……そうなのか。


 彼女の話を聞いて、一番にそう思う。

 とても申し訳無さそうに。とても悲しそうに。ミリーは俺から視線を逸らした。そりゃそうだ。医者が、余命宣告を行う時のようなものだろう。


 分かっているのだ。分かってしまったのだ。

 俺の『余命』が、あと、どのくらいなのかを。


「光と闇。炎と水。土と風。この世には、どうやっても反発する性質を持つ属性がある」

「ああ」


 RPGにもよくある、弱点属性だな。この世界では、炎と水。土と風のように、お互いが弱点になっているようだ。


 分かりやすくいうと、あの、モンスターを閉じ込めたボールを使って戦うゲームに似ている。

 それも、ゲームのようにシステムに縛られておらず、根性でどうにかなるアニメ版仕様。


「貴方の中には『正義の光』がある。多分、勇者として与えられた、特典。あらゆる属性を使いこなす事が出来るけれど、同時にあらゆる『闇』に強すぎる耐性を持っている」

「ああ」

「けど、さっきまで、貴方の中にあった浸食作用を持つ闇の力は、その浸食という作用そのものを失った。けれど、同時に、すべての特色を失った」

「……そこら辺は分からないな」

「ん。性質を失った、と言うべきかな。本来、貴方に備わっているはずの闇の耐性を、完全突破する。普通なら、それは何の力も持たないけれど、後付けの耐性では、貴方本来の耐性が無ければいけない。だから、今の貴方は、その闇の力に、いずれ、飲み込まれる」


 感覚的な浸食作用はなくした。だが、精神的な侵食はまだ止まっていない。そういう事だろうか?

 ああ、ほら。ワインのコルク栓って、空気は通すけど水は通さないだろ? あのコルク栓が、この世界に来て身に付けたスキルや耐性。その向こうにある美味しいワインが俺の元々持っていた力。で、今俺の右腕を丸々侵食している闇は、毒を含んだ空気というところか。


 コルク栓は毒だろうが何だろうが、空気は通してしまう。その毒に過剰に反応してしまうのが俺個人の、そう、特性という事なのだろう。


「ごめんなさい。エクタラスの管理下なら、少しは助けられると思った。けれど、まさか、管理から離れて性質が無くなるなんて、……」


 深々と、頭を下げるミリー。


「……1つ、教えてくれ。ミリー」

「……っ、ん」


 やはり無表情のまま。しかし瞳には確かな光を灯して、少女は頷く。


「その、残り時間で、俺がやるべきことを教えてくれ」

「っ」


 ミリーは、目を見開いた。


 きっと、多分、俺がいつもどおりの笑顔を見せたから。


 ミリーのこの言い方だと、あまり時間が無い事は明白だった。とはいえ、すぐにどうにかなる事でもないだろう。


 だから、俺は笑う。

 笑っていた方が、俺らしいじゃん?


 しばらく呆けていたミリーも、一瞬目を潤ませたように見えた。だが、一度目を閉じ、再び黄金色の瞳が姿を現す時には、泣きそうな顔など、どこにも無かった。


「……エクタラス。危険。この世界には、無いべき」

「むしろ、全世界にあるべき物ではないと思うぞ」

「だから、貴方とスイトは、がんばらなきゃ。私も、がんばるから」


 ミリーは、俺に手を差し出した。


 握手、ではないだろうな。

 やるべき事、のために、そこへ連れて行こうとしているのだ。


 俺はそんな事を考えて、ミリーの手をとった。




 しばらく歩くと、俺達は随分と奥まで来ていた。

 ミリーはそこまでにあった扉を全て無視し、また襲い掛かってきた兵の全てを黒いレースの傘で切り倒していく。


 あー……。

 つっこまない。俺はつっこまないぞ。


 何で明らかに柔らかそうな布地で、これだけ綺麗に切れるわけ? あまり言いたくないけど、俺達の後ろはもう、血の池ですよ。地獄絵図だよ。

 傘って普通、武器じゃなくね? むしろ武器として使うにも、突剣みたく突いて使わない?


 はぁ……。


「えっと、ここで良いのか? 何か、空間が歪んでいる気がするけども」

「気のせいじゃ、無い。この向こうで……【傲慢】が暴走、寸前」

「……【傲慢】?」


 【傲慢】ってあれか。七つの大罪のアレ。

 【嫉妬の欠片】とは前に遭遇したけど……まさか、あれと似たようなものが、この先にいるとでも言うのか?! 何も感じないけど、廊下が途中で薄い膜状の何かで分断され、向こう側が見えない。気配がこの膜の内と外とで遮断されているのだろうか?


 見たところ、結界に似ている気がするけど……入れる、のか?


「入れる」


 結界(仮)を怪訝な表情で睨みつける俺に、ミリーはそう言った。とても自信ありげに、自慢するように胸を張って。


「ミリーが言うなら大丈夫だろうな。うん。向こうの状態とか、分からない?」

「ん。―― 超ピンチ」

「……はい?」



「―― 超、ピンチ」



 ミリーはなおも自信ありげに、ぐっと握った拳の親指を立てた。

 白くて細い親指は、綺麗だ……じゃない。


「ぴ、ピンチ、だって?!」

「ん。超、ピンチ。行く?」

「もちろんだ!」

「ん。じゃ、私が開ける、から、その隙に、行って」

「ミリーは行かないのか?」

「行けない」


 無表情で、特に何も感じさせない様子のミリー。傘の先を膜に押し当てて、力を込めていく。

 すると、結界に傘の先端がめり込み、ずぶずぶと入っていく。


「一瞬で閉じるから、気を付けて」

「……おー……」


 ミリーが傘を、下にずらす。すると、まるでビニールのように膜が破れていった。

 一瞬で閉じる、の意味が分からないけど、その空いた穴から漏れ出した力に、俺は思わず喉を鳴らす。


 それは、たしかに、ついこの間【嫉妬の欠片】から感じ取ったものに似た、邪悪で、無邪気で、凶悪な力だったからだ。


「これ、離すと、一気に戻る。だから、貴方しか……タツキしか、通れない」

「……なるほど。了解、行ってくる」

「ん。それと」

「何だ?」

「ここで、少し力を使っておいた方が、良い。エクタラスは【原罪】に近い性質がある、から」


 【原罪】?

 また新しい単語が出てきたな。まぁ、何と無く大罪とかより上位のものかなー、くらいには察するが。


「力を使うって言ってもな」

「簡単。今のそれは、一応、タツキの力。使いたい。そう思うだけで、やれる」

「……使いたい」


 冷たくも、痛くも、ない。

 だが、右腕から少しずつ、知っているような、知らないような力が溢れて、全身を包み込んでいく。温かくも優しくもないけれど、自分の力として、十分使える。


 気が付くと、視界の半分が赤くなっていた。


 赤い視界、黒い影、白い線で型取りされただけの輪郭。

 そのくせもう片方……左目の視界はそのままで、慣れるまでに時間がかかりそうだ。


 そして右手が何やら、龍の鱗のようなものに覆われている。いかにも硬そうで、試しに弾くと、金属めいた甲高い音が響く。うん、硬そう。

 恐る恐る振り向けば、右半分だけのコウモリに似た翼が。


「あの時と、同じ姿、だな」


 『前回』の最後になった、エクタラスに支配されていた時と同じ姿だった。細かい部分が違うし、あの時みたいな痛みは全く無いが。


「今の内にちょっとでも、使っておいて。所詮は貴方の力ではないから、使えばその分減っていく。増えないから」

「ああ、分かった。……行ってくる!」


 俺は、膜の向こう側へと踏み出す。


 そこは、まるでチェス盤のような模様のタイルが全面に張られた、どこまでも続く世界。時々柱が建っているが、地面は見えても床は見えない。


 純粋に、これほど広大な空間が作り出された事に驚く。

 と同時に感じる、濃密な力と気配。


 段々と増していくその気配に、思わず後ずさりしかけてしまった。


 ……けれど。スイト達がこの先にいて、ピンチなんだろ?


 俺は、1歩、蹴る。それだけで、軽い身体は自然と浮き上がって、飛ぶ。


 正直、当ては無い。だが、俺は、スイト関係限定で、勘が鋭いんだ。


 もちろん自称だが!



 ―― 見えた。



 けど、自称だろうが何だろうが、見つけられれば問題は無い。

 広がった視界には、ヴィッツとかいう人物にそっくりな男性が、翠兎の首を鷲掴み、持ち上げている光景が映った。


 ……ああ。


「―― スイトから、離れろぉおおぉおお!」


 お城の備品倉庫から拝借した剣を、咄嗟に魔力でコーティングし、振り下ろす。

 男性……いや、あれこそ【傲慢】なのだろう。そいつの腕にクリーンヒットした剣は、何の感触も無く、ストンと落ちる。


 くっ、手応えが無い! 仕損じたか……?!


「『 ほう 我を傷付けるか 』」

「っ!」


 感触は、無かった。

 けれど、振り返ってみれば【傲慢】の右腕は肘から先が無く、掴んでいたはずのスイトも消えている。


 いや、スイトは首に奴の手をくっつけたまま、頭から、落ちていた。


 っ、やっば!

 俺は急いで、スイトが落ちる場所へと先回りする。一瞬で視界が切り替わり、スイトが俺の胸の中へとすっぽり収まった。


 くっ付いている腕から血が出ていない事に首を傾げながらも、俺はそれをそっと剥がす。


「……っ、ぅ、はっ、かはっ。けほ、ごほっ」


 途端、咳き込んだスイトに、俺はホッとした。とりあえず、生きていたから。

 青ざめていた表情に、赤みが差す。それだけで、緊張感が少しほどけてしまう。


 ああ、いや、緊張感は保て、俺。


「『 くっくっく…… 貴様 何者だ? その力 どうやって手に入れた? 』」

「その回答に意味はあるか? 聞いたところで、お前に利は無いと思うぞ?」

「『 ほう 問い返すか くっくっくっく…… 』」


 怪しげに笑う【傲慢】は、俺が切り落とした腕の切り口部分を撫でる。

 それだけで、そいつの腕は元の形へと戻っていった。あろう事か、服まで修復している。バキゴキと聞こえる不穏な音が、恐怖感を煽る。


「……ハルカさん! スイト任せる!」

「……ふぇ? あ、は、はいっ?!」


 完全に気を失ったスイトを風の魔法で包み込み、ハルカさんのいる方へと投げる。

 この身体だと、色々と制御が利かないみたいだが……まぁ、大丈夫なはず。風はただ包むだけで、どこかに当たれば瞬時に解けるようにしておいたから。


 カマイタチとかにならないといいな。


「『 ふむ 貴様 名は何と言う 』」

「俺はタツキだ。そういうお前は何者……ああいや。お前が【傲慢】だって事は知っているが」

「『 ふむ 続けて名乗る事は無かったな 実に新鮮だ ……我が名はラセファンである 』」


 ラセファン、ね。了解。


「じゃあラセファンとやら」

「『 この際 呼び捨ては許してやらんでもないが 何だ 』」

「スイトを傷付けたのは、お前だよな?」

「『 ふむ? 』」


 俺は、分かりきった質問を投げかける。

 ラセファンは一瞬だけ考える素振りを見せると、にやり、と笑った。


「『 そうだ 』」


 ラセファンは笑みを深めて、こちらを見下すように嗤う。

 その言葉を待っていたかのように、俺の口は弧を描いた。


「なら、遠慮無く、ボッコボコにしてやれるな」


 あ、今の俺、絶対に怖い笑顔になっているな。口の端がつりあがって、目尻が下がる。この姿と相まって小さな子供から大人まで震え上がる程度には。


「『 我を殴るか その拳か剣が届けば良いが なっ! 』」


 瞬間、ラセファンの姿がブレる。

 一瞬で俺に詰め寄り、豪奢な剣の切っ先をこちらへと向けていた。


 俺は僅かに横へずれて、かわす。


「やっ!」


 俺がいた場所に、剣を置いた。

 その切っ先が、ちょうどラセファンの顔に来るように。

 けれど、あちらもそれをかわす。


 猪突猛進タイプではないらしいな。


「『 ほう! 』」


 俺の攻撃を見切ったとばかりに、ラセファンはレイピアを横に凪いだ。


 突如として巻き起こる暴風を片翼が受けてしまい、体勢が崩れる。

 その隙を狙われ、死角の生まれる左から、レイピアの刃が迫ってきた。


「ちっ!」

 だが俺は、崩れた体勢からぐるりと回転して、剣戟を受け止める。


 パチン、バチリ、と、火花が散った。

 スイトと違ってこちらは数打ち品の剣なので、鍔迫り合いは避けておくのが無難だろう。

 ギャリッ、と音を立てて、俺とラセファンの剣が滑る。


 お互いに弾かれ、お互いに数メートル飛ばされてしまった。

 今の内に、剣を強化しておくか。


 なるべく使った方が良いという事で、俺は右腕に溜まっている力の一部を剣に乗せておく。

 ただ、乗せすぎると剣が保たないので、限度はある。


 剣が黒と白の光に覆われた。

 おぉ、一気にそれっぽくなったな!


「『 ふ はは よい このくらいの緊張感が 実に心地よい! 』」

「そうかよ!」


 高笑いするラセファンは、その場で剣を振り回した。

 その度に剣の軌道そのものが輝きを放ち、俺へと突進してくる。


 俺は、何十と襲い掛かってくるそれらを、間一髪でよけていく。


 初めは何とか避けていたが、避けた先にも剣閃が待ち受けていた。


 幾つかが頬や腕を掠め、幾つかが剣に当たって硬質的な音を響かせる。

 剣が直接触れなくとも、宙に火花が散った。


 ぐ……っ!


 キリが無い!


 魔力だか体力だか知らないが、あいつが疲れる瞬間が全く無い。

 対して俺は、闇の力のせいか大幅に体力が増強されているが、限界が見えている。


 くっそ、あいつ、化け物かよ?!

 あ、化け物か。


 って、そうじゃない。


 避けるだけじゃ、勝てない。

 だが、攻撃する瞬間が、見出せない。


 このままじゃジリ貧だ……!


「あー、もー! 即興、魔力放出バリア!」


 右腕の力を、ほんの一部だけ取り出す。

 それを、勢いを付けて球状に放出した。


 魔力は通常、空気に溶け込んでいる状態では触れないが、質量体だ。それを利用して、大きく密度の濃い魔力を周囲に発する事で、ほんの一瞬だがバリアのようなものが作れる。


 魔法限定のバリアだが、相手の持つ魔力が膨大であればあるほど、脳震盪が起きやすい。保有する魔力が多いという事は、それだけ身体の中に魔力が満ちているという事。そのせいで、急に発生した膨大な魔力によって生まれた『波』に耐え切れず、感覚的に揺さぶられる。


 それを利用した、間接的な攻撃だ。


「『 ……ぐぅっ! 』」

「効いた! でりゃあぁああ!」


 ラセファンがぐらつき、剣閃の嵐が止まった。

 俺は喜ぶのもほどほどに、一気に詰め寄る。


 そして、二色の光を纏った剣を、振り下ろした。


「『 ……くっ! 』」


 だが、懇親の一撃を、ラセファンは受け止める。

 その顔にはいくつもシワが刻まれ、冷や汗もかいていた。


 確かなダメージを与えられている。そう、確信する。


「『 ふ ふふ そうでなくては な 』」


 頭を抑え、片手でレイピアを振るラセファン。

 その顔には、獰猛な笑みが浮かべられていた。


「おらっ!」

「『 ふん! 』」


 ガキン、ギィン! 剣がぶつかり合い、その度に火花が散る。

 火花と同時に、剣から剥がれ落ちた白と黒の光も散ってゆく。


 剣の修復をしながら、俺はまた、ラセファンに向かって剣を振り下ろした。


「『 そうだ これだ……! 一進一退の攻防 これこそ 我が望んでいた物……! 』」


 話す余裕があるのか。

 やっぱ、経験の差でもあるのかね。


「『 対等…… 否 好敵手の存在こそ 我が求めたもの……! さぁ タツキ! もっとだ もっと 我を楽しませろぉお! 』」


 ラセファンは、遥か上空へと飛び上がった。

 そこから、レイピアにとんでもない量の魔力を乗せ始める。


 太陽よりよほど大きく見える、黄色がかった光の珠。バチバチと帯電するそれは、熱こそ放っていないものの、見ているだけで威圧感を覚える。

 ……これは、ちょっと、ヤバイかも?


「『 これが奥義というわけでもないが 人間の身体で出せる最大の技ではある 受け止めて見せよ! 』」

「マジかよ!」


 これは物理系等の技じゃない。遠方から放つ魔法攻撃だ!


 俺、結界系は全く自信ないぞ?!


 とか驚いている間に、ラセファンは己の何倍も大きなそれを、落とした。


 結界は不得意だが、やるしか無いか……!


 右腕から、今度は大量に力を引き出す。


 それを俺の周囲に、立方体になるように固めた。

 何重にも立方体を作り、常に外側へ大きくなるように設定。次々と立方体を作っていく。


 途端、全身に圧力がかかる。見れば、一番外側にあった立方体と、ラセファンの魔法が衝突していた。


 立方体は変形し、ひび割れ、壊れる。


 次の立方体も、同じ。


 次も、そのまた次も、更にそのまた次も。


 受け止めるだけじゃダメかもしれない。

 立方体を変形させ、尖らせる。


 ラセファンの魔法を、少しでも削る! そうすればいつかは、きっと……!


 感電する音と、結界が割れる音が鳴り止まない。


 頼む、耐えてくれ――……!



 ―― バリバリバチッ バチッ チチッ …………



「……んあ?」


 どれだけの時間が経っただろう。


 驚く事に、まだ力に余裕がある内に、上からの圧力が消えた。


 見上げれば、ラセファンの放っていた魔法が、綺麗サッパリ消えていた。俺がいた箇所から下は、何ひとつ被害が出ていない。もちろん、ハルカさん達にも。


「『 くっくっく これを受け止めるか やはり 人間にも面白い者はいるものよなぁ 』」


 ラセファンは、笑みを浮かべて笑っていた。今出せる最大の技を放っても、随分余裕らしい。


 人間の身体を使っているが故に、いつも通りの力を出せていないだけ。無尽蔵にも思える魔力と体力は、まだまだ底を見せてくれないようだ。


「『 やはり 良い さぁ もう一回だ! 』」


 そうして、満面の笑みを浮かべたラセファンは、再びレイピアに力を込めようとする。

 だが。


「悪いが、ここまでだ」


 俺が肩で息を整えながらそう告げると、ラセファンは目を見開く。


「『 何だと? タツキ お前はまだ戦えるであろう! 』」

「だから、終わりだって」


 はぁ、と。

 盛大に溜め息を吐いてみせ、俺は視線だけを下に向けた。


「そうだろ、ハルカさん!」

「―― 【ホーリーキューブ】!」


 ハルカさんの声と共に、ラセファンの周囲に球状の結界が張られる。白い光を放つ、ガラスのような結界だ。見ただけで分かる。これ、何重にも層があるぞ。

 しかも、結界の内側にいる者を、魔力的に縛りつけ、動けなくする魔法だ。


「『 ふん! このような結界など すぐに破壊してくれる! 』」


 ああ、そうだろうな。

 いくら結界が大得意であるハルカさんの結界でも、お前をずっと閉じ込めておけるほどの強度は無い。


 むしろ、この結界内で話す余裕があるほどだ。一瞬で破壊できるだろう。


 けど、俺の狙いはそれじゃない。


「残念だが、それはお前を閉じ込めるための結界じゃない!」


 俺は、ラセファンよりも上空に飛ぶ。

 ほんの僅か。結界の横に。


「悪いが、最初から、狙いはお前じゃなかった」

「『 ……何だと 』」


 俺は剣を構え、突き刺す。

 〝外から内への一方通行〟という条件を付けられた、結界の中へ。


 勝負は一瞬。

 動く範囲が著しく狭くなり、一瞬でも身動きを封じる事が出来るこの瞬間。


 これを、俺とハルカさんは狙っていたのだ。


 全ての元凶が何なのか、俺のこの赤い目も、ハルカさんの勘も、分かっていたから。


「お前だよ……【傲慢の器】とやら」


 豪奢な王冠に、俺の剣が突き刺さる。

 厳密には、金属部分に当たって、横にずれた。


 ピンも何も付けていなかったらしい。王冠はずるりと、ラセファンの頭から落ちた。


 と同時に、ハルカさんの張った結界が解ける。


 けれど、何も心配する事は無い。


 王冠も、ラセファンも、糸が切れた人形のように。



 ―― 地面へ真っ逆さまに、落ちていったから。


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