58 兎、そして脱出
扉の先には、短い廊下が続いていた。
5メートルほどの廊下に敷き詰められた石畳。石壁には、光を失って割れた魔法石が置かれている。元々薄暗い空間が真っ暗になり、奥から漏れ出る僅かな光を求めて、進む。
廊下を抜けると、そこには様々な意味で異様な光景が広がっていた。
どれだけ大きな大人でも座る事の出来る、豪華なイス。
玉座とも言い換えられる、経年劣化の激しいイスだ。威厳さえ感じさせるそれには、小さなウサギのぬいぐるみがちょこんと1つ、置かれている。
イスは薄紫色の光で描かれた、直径10メートルはありそうな大きさの魔法陣の中央にあり、イスの金色の脚に反射していた。
この魔法陣は、と。……うん。魔法禁止の結界魔法で間違い無い。
同時に、この魔法陣はダンジョンの核ではないことも分かった。これを壊しても、ダンジョン自体が消える事はないようだ。ナユタから色々と話を聞いて、それは予想できていたけど。
「それにしても、ウサギか。……妙だな」
「妙、ですか? こんなにかわいいのに」
「かわいいのは同意するが、妙なのはそこじゃない。根本的な部分だ」
単純に言えば。この世界には、ウサギ、という生物が存在しない。
ルディのような、ウサギの亜人や獣人はいる。だが、俺達の世界にいたような、大人しくて臆病なウサギという生物は存在しないのだ。
目が4個あったり、角があったり、足が発達しすぎて二足歩行になったウサギなどはいるが。
そのどれもが凶暴なモンスターとして知られているのだ。
わざわざ、かわいらしいぬいぐるみにするような生物じゃない。
「つまり、この世界の人間では、このぬいぐるみを作れない、と?」
「ああ。以前いた賢者や勇者の作品だろうな。この牢獄が作られる前か後に、この結界を守るために配置されたとか、かな」
結界は、床に彫られた溝と文字に、濃密な魔力が流れる事で発動しているらしい。
ざっと見た感じ、この魔法陣には、上に乗っても発動する罠は無いようだ。俺は魔法陣の中へと踏みこんだ。特に様子は変わらない事に、密かに胸を撫で下ろす。
「スイトさん、せめて俺の後ろにいてください。丸腰ですし」
「ん。ああ、そうだった」
俺はテレクに武器を渡したままだった事を忘れていた。自分で渡した事を忘れていたとは。熱が出た影響だろうか? それとも、単に俺の気が緩んでいるのか。
ともあれ、今はナユタの言葉に甘えておこう。
何かあってからでは遅いのだ。
「さてと。このぬいぐるみは何かなー、と」
ナユタは警戒しつつ、玉座に座るウサギへと手を伸ばした。
『 ―― だれだ 』
「「……ッ?!」」
途端。幼い、男女の区別さえつかない声が、ぬいぐるみから発せられる。
不思議とほつれやカビの無い身体は、まるでつい昨日作られたかのような真新しさを保っていた。その中から突如として発せられた声に、俺も、ナユタも、驚きに目を見開く。
『君達は、誰だ? ここに来た、という事は、罪人なのか?』
不思議な響きを含んだ声は、たどたどしいような、それでいてハッキリとした口調でもって問いかけてきた。同時に、ウサギの頭がコテンと傾げられる。
ファンシーな雰囲気に混じる、重厚な威圧感。
確かな時の経過を感じさせる貫禄が、そこにあった。
「……女王の私室で防御魔法を使った事が積荷なるのなら、そうだろうな」
『女王の? 攻撃性が無ければ発動しないはずだが……魔法が欠けたか』
ぶつぶつと呟くぬいぐるみは、長い耳をピコピコと揺らす。
うゎ、ちょっと、かわいいかも……?
『……君達は、何故ここに来た』
「……ああ、このダンジョンから脱出するために」
『ダンジョンだって?』
「ああ」
ステータス内の時計を見ると、既に一夜明けていた。
ここは昼夜問わず薄暗いのだ。正確無比なステータス時計を見なければ、すぐに時間の感覚が狂ってしまう。加えて全員が、睡魔逃亡くん――マキナ謹製眠気吹っ飛びポーション――を飲んでいたので、体内時計は早々に狂っていたのだ。
探索込みの300階層一気進撃は、一騎当千のナユタがいても相当な時間を食ったらしい。
まあ、俺が倒れても当初の予定より早い展開は、嬉しい悲鳴ものだけど。
「この辺りに、転移魔法陣があるらしいが、知っているか?」
『あるにはある。しかし、君達には使用権利が無いようだね』
「権利か。そうだな……。この部屋の外に、現女王とその息子がいる。これではダメか?」
『確固たる証拠が無い。とはいえ、この牢獄がダンジョン化しているというのならば、僅かでも王族である可能性のある人物を、放置するわけにもいかない。……ふむ。こちらに来たまえ』
ぬいぐるみはスムーズな動作で、ひょいとイスから飛び降りる。立ち上がった彼? は、俺の膝程までの背丈で、ゆっくりと俺の横を通り過ぎた。
「……この魔法陣は、壊さなくてもいいのか?」
『構わない。魔法陣の使用権利は、誰か1人が持っていれば問題無いからな』
答えになっているようでなっていない回答が返ってきた。要約すると、使用権利とやらを持っていれば、魔法使用禁止の魔法を無視して魔法が使えるという事なのだろうが。
さて、どこへ行くのかと見ていたら、俺達が入ってきた扉の横に、下へと向かう階段があった。
ここに来て下へ向かうのか? とも思ったが、この階層は下と同じかそれ以上の広さがあり、階段は途中で折り返すように続いている。下に続く部屋は、下の階のちょうど外側に位置しているはず。
構造的には何ら不思議ではない。空間拡張を使わなくとも出来る方法だな。
しかも下の階では、5メートル、あるいはそれ以上の厚さの壁に阻まれ、この部屋が見つかる事はない。加えてあのゴーレムを掻い潜って魔法使用禁止の結界まで辿り着いたとして、使用権利が無ければ移動魔法なんて使えないのだから、大人しく階段を上るしかない。と。
「この先に罠は?」
『無い。必要ない』
「なるほどね。だったら、ナユタ。みんなを呼んできてくれ」
「えっ。でも」
「あいつに敵意は無いし、大丈夫だろ」
「……分かりました。あ、じゃあ、せめてイニアを持って行ってください」
そう言って、ナユタは手に持っていた黒い刀身を俺に差し出した。
……イニアって、神剣だよな? 多分。
人型になったり球形になったりする感じの。
それをほいほい渡すのは、どうかと思う。もちろん貸すだけだろうけど、何だろう。本当。あれだ。
『気を許しすぎだよねぇ』
「あ、それだ!」
『あはは、多分、私を手渡すのは君だけだから大丈夫だよー』
ノイズ混じりののんびりとした声が、刀から聞こえてきた。電話越しに話しているような感覚の声だな。どういう仕組みなのだろうか。
『私の事が気になるのは分かるけどさぁ。やっぱりまだ本調子じゃないみたいだね?』
「? どういうことだ」
『だってさぁ。……あれ、ダンジョンの核だったよ?』
「え?!」
俺は、足元で光る魔法陣を今一度確認する。
……どう見ても、ダンジョンの核っぽくは無い。
「核となった瞬間から、核であるという魔法式が加わるはずだぞ。魔法使用禁止と範囲指定の魔法式が混じっているだけじゃないか」
『いやいや。これじゃないって。ほら、ダンジョンの核と判定する基準を挙げてー』
「……自立行動が可能である事。攻撃能力が皆無である事。魔力が一定以上充填されている事」
魔王城の図書室にあった、ダンジョンに関する事柄が詰め込まれた書籍。俺はそれに書かれていた、核の共通点を挙げていく。
核は、必ずしも魔道具が変化する物じゃない。たとえば、魔法石を核として生きる魔物、カーバンクルだって小さなダンジョンの核となっていた記録もあるのだ。
核自体は魔力の塊が変質した物で、その過程で攻撃能力は、あったとしても失われるという。十分な検証はされていないが、現在発見されているダンジョンの核の特徴を並べると、そういう事になるらしい。自立行動はある種の防衛機能と言われているが、その場から動かない核もあるとのこと。
膨大な魔力により、空間が捻じ曲げられた場所。
と、多くの書籍では、ダンジョンというものをそう表現する。
実際のところ、何も分かっていないのだ。
ダンジョンというシステムを作った者でもなければ、ダンジョンに関するあらゆる不思議は解明されないだろう。
繁殖の様子が無いのに、いつの間にかモンスターが増えるとか。
敵を倒すと、解体せずともゲームみたいにドロップ品が落ちてくるとか。
やけに真新しい宝箱が置かれているとか。
……。
考えている内に何と無く思ったのだが。
この世界のダンジョンって、某RPGゲームのシステムと酷似していないか。
いくら倒しても減らないモンスター。
解体せずとも落ちてくる戦利品。
所々に置かれた宝箱。
あいにく自身の蘇生機能なんて付いちゃいないが、某ダンジョン探索&戦闘系ゲームに、そっくりじゃないか!
あのゴーレムは、この施設に元々あった物質を利用している事もあり、まだドロップ品は作られていなかったようだけど。
……それはともかく。
「他にはあったかな」
『それだけ分かっていて、何で分からないかなー?』
「?」
クスクスと笑うイニアは、笑うだけで何も教えてくれない。
別に刀が重くなるとか、カタカタ震えるという事は無いし、握りの部分から彼女の感情が伝わってくるわけでもない。
けど、まるですぐ隣にいるように、彼女の表情がありありと想像出来てしまった。
油断しているような、こちらをなめているかのような。そんな瞳で俺を見上げている光景が。
どことない違和感に顔を顰めてしまう程度には、具体的に想像出来た。
って、ああ、そうか。イニアの人間形態が、フィオルに似ているからだ。
フィオルは決して、こちらを蔑むような表情をしないから、違和感があるんだ。
うん、1つ分かったらスッキリした。
「そういえばさっきの。あのシャボン玉みたいになった奴。あれ、いわゆる無敵状態か?」
『そうだよー。といっても、1時間に1回だけしか使えないけどね。私は神様の、それもナユタ専用の武具だけど、あれが常時使える事は、私の本体を作った神様曰く「チートすぎる」って。別に姿を変えるのはいつでも出来るけど、無敵時間は時間を置かないと』
「……リキャスト時間に1時間か。それでも、チートはチートだな」
発動時間は3秒で、ほんの一瞬しか時間が稼げない。だが、ナユタは戦の神様で、武器によっては世界をも壊せてしまうであろう力の持ち主なのだ。あの無敵時間を使うまでも無い場面はごく普通にあるだろう。そこに無敵の要素を持つ防御能力があるのは、チート以外の何者でもない。
イニアの本体を作ったらしい神様も、無敵要素は要らないかも、とか考えたのではなかろうか。
『私にしてみれば、君の方がチートだと思うよ。ゴーレムの核を見つけられる特殊な眼。強靭かつしなやかな筋肉。7色どころか百色以上ある声のレパートリー。家事全般をこなす技術に、戦闘をこなす技術。これが全部同じ人間が持つなんて、ハイスペックも言葉足らずだわ!』
再びクスクスと笑い始めたイニア。
とても楽しそうに。
まるで、旧友と話す時のように。
ほんの少し、妙な懐かしさを覚えたのは、俺だったのか。それとも、イニアだったのか。
イニアとの歓談が終わる頃には、俺は階段を下りきっていた。
薄暗く、それでいて湿っぽい部分は他と変わらないが、魔法禁止の魔法陣とは違う光が目に飛び込む。
白く、それでいて淡いピンク色の光を放つ魔法陣。
それは紛れも無く、転移魔法陣だった。
『来たね』
「ああ。……これが、地上に通じている魔法陣か」
『そうだよ。百階層ごとに作られた、5番目の転移魔法陣。常に発動準備はされているし、定期的にメンテも行っているから、ちゃんと使える』
「転移先は?」
『たしか、地上牢獄……今は普通に王城だね。の地下1階、総合転移魔法陣室だったと思う。牢獄に繋がる7つの転移魔法陣と、外へ繋げるための巨大な転移魔法陣があったはずだよ』
「―― そうですわね。使われていない、用途不明の魔法陣がありましたわ」
答えたのは俺ではない。
この場にいる人間の中で、こんな女性らしいかつ貴族らしい口調は、1人しか使わない。
「来ましたね」
「ええ。それよりも……これが、地上に通じる転移魔法陣、で、よろしいのですね?」
「そのようです。ただ……」
「? どうかしたのですか? 何か問題でも?」
『問題、かぁ。問題があると言えばあるけれど、移動には何ら問題無いよ』
魔法禁止の魔法陣を壊していないし、ダンジョンの核は見つけていないし。最悪どちらも放置して構わないのだが……。
そういえば、イニアはどこに核があるのか、分かるのかね。
さっき、妙に核について質問してきたわけだが。
『準備が終わったよ。ここにいる人達で全員だね。中に入って』
とてとてと歩いてきたぬいぐるみが、雑音混じりの声で俺達に語りかける。
自動で動くぬいぐるみを見た女性2人が、何やら眼を輝かせたような気がするが……まぁいい。
俺とナユタは、率先して光る転移魔法陣に踏み込んだ。
「……ねえスイト君? このぬいぐるみ、どこからどう見ても怪しいのだけれど。信じるの?」
自分よりも背の低いナユタに背負われたテレクが、苦笑を浮かべる。
未だ汗の引いていない彼は、ナユタの背から降り、ふらふらと立ち上がった。
「1から10まで信じているわけじゃないが、この魔法陣には罠らしき物は見受けられないぞ」
「だからって、何か気が緩んでいる気がするけどぉ?」
「いやぁ、だって」
「だって?」
「……ウサギは、正義だし?」
「「「……」」」
ウサギに悪い子はいない。これは、俺の持論だ。あのもふもふでかわいらしい動物が、悪い事をするはずが無いのだから。
何より、俺のスイトという名前には、兎の文字が入っている。
モンスターは論外だが、ウサギという生物がそういうものだという事は、おれ自身が一番よく知っているのだ。このぬいぐるみだって、信じるに値するのだ。
誰が何と言おうと。
……。
「誰が何と言おうと!」
「心の中の言葉を、あえて現実で言うのはどうかと思うなぁ。はぁ。まぁでも、スイト君はともかく、ナユタ君の勘は信頼出来るし、……もう入っちゃったし。良いけどね」
苦笑はそのまま、諦めを足した表情を浮かべたテレクは、俺に剣を差し出してきた。そういや貸しっぱなしだったな。
俺は2回も忘れていたが、テレクはきちんと覚えていたらしい。
うんまあ、普通は覚えている物なのだろうが。
「……ん。スイトが大丈夫なら。入る」
「僕もです! 師匠、師匠、もうすぐ地上に行けるのですよね? 予想よりずっと早く、ここから出られるのですよね!」
「うふふ。セルクったら。はしゃいで、魔法陣を壊してしまわないようにね?」
セルクのはしゃぎようと、女王様の指摘に、俺は思わず笑ってしまう。王族という高貴な肩書きの割に、その構図は一般家庭のそれだったからだ。
敵の気配が無いボス部屋付近特有の雰囲気からか、単純に外へ出られる嬉しさからか。
ダンジョンでは、たとえセーフゾーンでも気を抜いてはいけない。これは、この世界の冒険者ギルドで、いの一番に教えられる訓辞。
俺達はそれを完全無視して、気を緩めてしまっていた。
ここで何か起きれば、誰よりも気を緩めてしまっているであろう俺の責任かな。
一応、その自覚はある。
『魔法陣を発動するよ。全員、魔法陣に乗った?』
こてん、と首を傾げて、ぬいぐるみが尋ねてくる。
俺は周囲を見回し、魔法陣内に全員がいる事を確認した。
「ああ。はみ出しも無く全員入ったぞ」
『そう。分かった』
「最後の確認だが……ちゃんとここから出られるよな」
『そこは大丈夫だよ。上の魔法陣が潰されていたとして、こちらの魔法陣の発光が無くなるようになっているから。たとえそうなっても、その時は別の魔法陣に転移するだけだけど』
その言葉を境に、魔法陣がより一層強く輝く。
輝きは一瞬ごとに強さを増し、視界を白く染め上げた。
気が付くと、俺の視界は再び薄暗くなっていた。
ただ、湿っぽさは無く、かび臭さも無く。あるのは埃臭さと、どことなく漂う甘い花の香り。
眩しかったせいで薄暗さに眼を慣らす羽目になってしまったが、外である事は間違いないらしい。
パッシブで発動する俺の目の能力は、ダンジョン特有の魔力を感知しなくなっていた。
「はー。1日だっけ。2日だっけ。何か、物凄く長い時間あそこにいた気がするよ」
実際、丸1日はダンジョン内にいたからな。モンスターはそれほど出なかったが、濃密な時間であった事は否めない。
テレクが疲労困憊といった様子であっても、何らおかしくは無かった。
「お母様がこうして無事に戻られたのですし、どうします? 今から王様を糾弾する事も出来ますけど」
「おいおい、レジスタンスの作戦が台無しになるぞ。まぁ、その方が穏便に事が進みそうではあるが、やめておけ。絶対」
「あぅ、はい」
無事にダンジョンから出られた事で、テンションが高くなっていたのだろう。セルクは、何故俺達が早く脱出しようとしていたのかを失念したらしい。
俺が倒れた事がきっかけだろうが……元々は、クーデター時に旗頭として、女王様を立てるのが目的だ。救出された彼女の旗の下、悪の王様をやっつける。そういうシナリオなのだ。
人知れず処分するのは簡単だ。魔法のあるファンタジーの世界だって、暗殺による王権交代など歴史書を見ればザラにあるのだから。
けど今回は、そんな事はしたくない。
温厚で知られるこの国の王族が、血みどろの歴史を刻むのは、誰も望まない。
もちろん、話し合いという名の脅迫の下、穏便に見えるやり方は存在するのだが。
「何にせよ、そのレジスタンスとは早々に合流しないとダメだな。連絡して拾ってもらうか、セルクか女王様の力を借りて、こっちから向かうか」
俺はこの城の構造は全く分からない。
だがこちらには、この城で生まれ育った女王様とセルクがいる。彼等がいれば迷う事は無い。はず。
問題は、今、ハルカさん達の方がどこにいるか。
「とりあえず、セルクの部屋に移動しましょう。掃除はしておくように言いつけてあるし、わたくしの信頼するメイドしか入れないようになっているはずです」
「そうですね。ではご案内します。えっと、ここから一番近い隠し通路は、と」
ぬいぐるみの言ったとおり、ここは7つの比較的小さな魔法陣、加えて大きな転移魔法陣の、中央部分がかけている魔法陣が設置されている。
光っているのは、俺達が来た魔法陣。中央の欠けた魔法陣の2つだけ。他はどういうわけか光っていないが、そこはおそらく、移動先の魔法陣がどうかしてしまったと思われる。
中央はともかく、長い歴史の中で地下牢獄の魔法陣は忘れ去られたのだ。きっと、管理する者がいないせいで、魔法陣が欠けてしまったのだろうな。
だとすると、あのぬいぐるみがいた場所は、どうしてあんなに綺麗だったのだろうか。
転移魔法陣の管理者という名目で、あのようなぬいぐるみを置いていたのであれば。何故他の魔法陣は、無事ではないのか。
……いや、今は関係ないか。たまたまぬいぐるみが、あの場所にしか設置されていなかったとか。そういう事だろうし。
うん。そういう事だ。
詳しい事は、今度聞けばいいし。
というか、ぬいぐるみさんが帰る気配が全く無いのだが。
管理とか、大丈夫なのかね? 今もとてとてと付いてきているわけだが?
それに、気になるのはそれだけじゃない。
「……何やら、外が慌しい」
「うーん、ナフィカちゃんの言うとおりだねぇ。あでっ」
ちゃん付けで呼ばれたのが気に食わなかったらしい。必殺のアイアンクロー――一応素手だが――を顔面に受けたテレクは、その場に蹲った。
あぁ、うん。ドンマイ。
じゃなくて。
「さすがにクーデターがおきるには早いし、戦争の気配も無かった。大型モンスターが出たとかかね?」
俺はスマホを取り出して、タツキのスマホへと電話をかけてみる。
って、あれ、応答が無い? いつもは3コール以内に出るのに。
……何だろう。この、妙な胸のざわつきは。
俺は素早く指をスライドさせ、ハルカさんへも電話をかけてみる。
すると。
『―― もしもし』
「あぁ、良かった。ハルカさんは出てくれたな」
『……っ。スイト君? 良かった……! 熱は? 引いた?』
「ん? あぁ、引いたけど……て、何でハルカさんがそれを知って」
『良かったぁああぁぁあ! でもごめんなさい! 今はちょっと、時間が無いというか。切るね!』
「待て待て待て待て待て! ストップ! せめて、セルクの部屋の位置が分かる奴に、迎えに来てもらいたいと思ってだな!」
『……ん? え? もう出たの? 早くない?!』
『おー……出た、のかー。良か、た、ぞー……』
妙に慌てているハルカさんの近くから、妙に弱々しいマキナの声が聞こえてくる。
……何か、あったのか?
『動いちゃダメだよ、マキナちゃん。それで、えっと。出られた、だよね』
「おう。それで、何があった?」
『……あー……』
「言いづらい事か」
『ある意味、ね。こっちはかなり混乱していてね。タツキ君もちょっと、手が離せないというか。多分お城の警備は手薄になっているから、そのまま出てきちゃった方が分かりやすいかも。あ、隠し通路を使わないとダメだよ?』
「ああ。分かった。見れば分かるなら、自分で確かめるよ」
『じゃあ、私も結構忙しいから。これで切るね』
プツン。
切れる会話に、流れてくるビジートーン。
やがてそれも途切れた頃。俺は、一度深呼吸をした。
冷たく、乾いた空気が、肺の中へと流れ込む。
途端、身体中がぶるりと震えた。
「師匠」
後ろから、セルクの声がする。
俺は、振り返った。
「師匠は、病み上がりです。今は大丈夫ですが、いつ症状がぶり返してもおかしくない。と思います。……それでも」
おずおずと、それでいてしっかりと、一音一音を大切に発するセルク。
その瞳は、潤んでいるようにも見えた。
「……行きますか?」
搾り出された言葉は、相当な勇気が込められていた。
俺の言葉から推測したのだろう。俺が今からどこに行くかを予測し、尋ねているのだ。まぁ、推測しなくても分かるのだろうが。
ここで微笑を浮かべられるのは、彼の心が強い証拠だろう。
俺は、それに答えるのみ。
「当然だ」
俺は、力強く言い放つ。
すると。やっぱり。そう、言外に言うと、セルクは隣にいた女王様へと目を向けた。
「……分かりました。お母様も、それで?」
「ええ。構いませんわ」
「ぼ、僕も」
「……んっ」
「俺もいいですよ、スイトさん!」
『私もいいよ~』
『久々に王冠が見たいし、付いていくよ』
若干1名、妙な理由を述べる者がいたが、俺達の次の目的地は決まった。
テレクもある程度は回復したみたいだし……。
「じゃあ、行くか! 城の外へ突っ切るぞ!」
「はい!」
セルクを先頭に、俺達は走り始めた。
すんなりと見つかった隠し通路から、一気に外へと脱出する。
ずっと続いていた薄暗さから開放され、視界に太陽光が入ってくると同時――
「……何だ、コレ」
―― 俺達の目の前には、驚愕の光景が待っていた。
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