57 最後の関門です


 ― ナユタ ―



 大きな深緑色の、両開きの扉。それを恐る恐る開ける。イキナリ、勢い良く開けても良い事は無いだろうから、慎重に、中の様子を確かめる。


 所々錆びているらしく、扉は非常に重い。

 だが、俺も戦の神なのだ。腕力には自信がある。それでもスムーズには開けられなかったが。


 それもあって、慎重に、視界を確保できる程度の隙間を作った。


 そこにあったのは、他の階層より天井が高く、牢屋の無い、円柱状の空間。ここまでは、階段も壁も暗い青灰色の石が乱張りされた物だった。それが、部屋の中は水の波紋のように並べられた、煉瓦敷きの石畳が敷かれていた。

 天井は、中央から半分ほどがくぼみ、そこから光る水晶が突き出している。


 ダンジョンによっては、空間を歪めてボス部屋を作るのだが、そこはまだ出来たてのダンジョン。元々がそういう構造なのだろう。

 幻想的、かつ閉鎖的な空間である。


 妙に小綺麗で、ドーナツ型でもないのだ。他の階層に比べ、随分と開放感がある。


「それで、具体的にはどうする。正直、タッグ戦は久々すぎて、勝手が分からない」


 戦の神暦云億年。覚えていられない数をこなした一騎当千、一騎当億は、既に当然となっていた。最近は平和だから、そんな事も無くなったけど。


 イニアは直接的な攻撃力は無い。あるのは、刀形態の時に俺に振るわれた際の破壊力。人型の時には本当に攻撃力が皆無だから、実質1人で戦っているような物だ。


 共闘? そんなの、記憶の隅で棚にしまったままになっているぜ。


 まあ、俺がぼっちな事については置いといて。

 中を窺う俺達の隙間を縫って、セルクが覗き込んだ。


「えっと、見た感じ、あのゴーレムの大きさは5メートル前後。巨人型ですね。材質は、表面だけならこの辺りの床や壁と同じ魔大石。魔力を多く含み、魔法が通りづらいですが、それ以外は川辺の石と同じような物です。防御力も、表面上は大した事がないはずです。

 ただ、ゴーレムならあの石の身体は鎧みたいな物のはず。核となる物質と、ゴーレム本体となる金属製の層があると思います」


 ゴーレムは、核、本体、鎧で構成される擬似生命体。その都合上、僅かな意思と魔力を持ち、魔法が存在する世界でしか見ない。


 この世界はアスターさんが作ったのだから、基本の三構造はセルクの言ったとおりのはずだ。

 だが、それ以外の要素があるかは、また別の話。


 ゴーレムは、ゴーレムの動きや思考ルーチン等を魔法陣として刻みこんだ物質を使用する。その核を守る本体を作り、その中にしまいこむ事で、最低限のゴーレムが完成だ。

 ただ、これだと防御力が心許ない上、ゴーレムに宿る意思が上手く作用してくれない。加えて最低限というのは、本当に最低限なのだ。本体をいくら頑丈に作っても、ゴーレムの核が本体に込められた魔力を吸い上げてしまい、それが本体の耐久値を、安物高級品問わず軒並み一定にしてしまう。


 たとえば、ただ歩いただけで足がボロボロと崩れる。

 たとえば、攻撃の際、少しでも固い敵に当たった部分が崩壊する。

 たとえば、魔法を使うとそれだけで本体の一部が崩れ去るなど。


 この辺りの仕様はアスターさんのこだわりだ。自立型のゴーレムを作るには、それ相応の技術が必要だからと。外郭、つまり鎧部分を作ってやらないと、何らかの誤作動が起こるようにしてしまったのだ。

 この基本構造を作った神様、凄い。俺も神だけど、やっぱアスターさんは、贔屓目無しに途轍もない。


「まあ、材質が何であれ、球体間接部分は、破壊する事が可能かと」

「だな。よく駆動するように作られた間接部分は、何においても弱点だ。これがキメラなら、もう少し厄介だったけど」

「それだと鬼畜仕様になるからねぇ。とりあえず、僕は足止めに徹しようかな?」


 ゴーレム。意思はあるが、痛覚など状態異常が効かないモンスター。故に、怯む、という事がありえないため、隙も無い。

 これを攻略するために、囮がひきつけ、敵が囮に気を取られている内に弱点部分を攻めるのが定石なのである。動きが愚鈍で単純思考のパワー型で知られるゴーレムは、攻撃力以外のステータスが軒並み低いと、子供でも知っている。


 つまり、超パワー攻撃を避けられれば、ノーダメージでの勝利もありえるという事。


 とはいえ、5メートルもある巨体から繰り出される攻撃は、凶悪の一言に尽きる。

 避ける事は容易だが、万が一にも避けられなければアウトなのだ。仮に攻撃を受けたとして、壁や床へと叩きつけられて、人間ミートソースになる事必至である。

 囮はそれなりの素早さが無ければならない。それも魔法頼りのスピードではなく、単純な身体技能のみのスピード、体力、動体視力が必要なのである。


 その点で言えば、テレクはうってつけだ。

 どこで鍛えたのか、脚力、腕力、動体視力などが超人染みているではないか。


 そこら辺にいる16歳のヒト族なら、ありえないステータスだが。まあ、色々あったのだろう。


「じゃあ、ファーストアタックはテレク。上手くヘイトを稼いでくれよ」

「はいはい~。あ、スイト君は休憩に徹する事! いいね?」

「だから、何度も言うな!」

 

 うわ、意外! スイトさんが、僅かに頬を膨らませた。見た目からしてクールビューティーな彼が、子供っぽい仕草をするなんて!


 驚きもそこそこに、俺達が部屋の中へ踏み込むと同時。ゴーレムは、軋む音を出しながら動き始める。

 初めから立った状態だったが、顔に当たる部分に大きな赤い光を灯した。光はまるで目のように、侵入者である俺達の方へと向けられる。


「急には来ない、と」


 ぞろぞろと入ってくる他のメンバーも、ゴーレムはじっと見つめたまま襲ってこない。全員が入っても、ゴーレムはこちらを見るだけで、大して動かなかった。


 唐突に戦闘になるわけではないと分かって、俺は落ち着いて周囲を見渡す。

 よく見ると、壁から1メートル離れた床には、円状に彫られた大量の文字があ

る。とても細い線で、内側と外側を隔てていた。魔法陣ではなく、魔法式を直接床に彫りこんだらしい。侵入、隔絶……ふむ。結界の一種らしいな。


 見える扉は全部で3つあり、1つは俺達が来た下へ行くための階段。あと2つは、下階段の正面と、その左に1つ。一方は階段に続くのであろう大きな扉で、もう1つは木で作られた小さな扉だ。


「あっ、ナユタさん、何か、ここに溝が」

「外側の円をちょうど二分するような溝だな……水路にしては狭すぎるし、何かのギミックか?」


 文字の外側で、わちゃわちゃしているセルクとスイトさん。えっとぉ。一応、ゴーレムがすぐ傍にいるんですけど?

 いやまあ、のんびり観察できる時間があるのは、幸運なのだが。


「ナユタさん。これ、文字の内側に入ったらスタート。ですよね」

「扉開けても、扉の内側に入っても、動かないし。そうかも」

『部屋に入ってみれば起動はしたけど、敵意が無い。うん、十中八九そうでしょ。ここって、意外と寛容な監獄だったみたいだし、脱獄意思を削ぐ役割もあったのかもね』


 あぁ、下から脱獄目的で上がってきた所を、強そうなゴーレムで追い返すって事だな。

 そうなると、扉から一定距離以降に入ると戦闘開始、というパターンはありえる。魔法が使えず、武器も没収されていたはずの囚人は、あのゴーレム相手にどれだけ持ち堪えられただろう。ゴーレムを見ただけで諦めた者も多かったはずだ。


「当時脱獄された方は極少数。それも、そもそも全員が冤罪人で、当時の国上層部と結託した、大脱出劇が繰り広げられたそうですわ」


 え、何それ面白そう!


「僕もそのお話は知っています! 絵本とか、演劇でよくや演目ですから!」

「へー。俺も見たい」

「諸々落ち着いたら、是非に。魔王陛下もお誘いすれば、喜んでくださるかしら」

「それは、俺が仲介する流れなのか? 流れなんだな?」


 スイトさんは苦い表情を浮かべる。対してその周囲は、呑気に笑っていた。実に緊張感が無い。緊張しすぎて硬直するより、ずっとマシだとは思うけど。

 加えてこの階層は、全く動かないボス一体のみが鎮座している状況。他のモンスターらしき敵意が、全く感じ取れなくなっていた。


 ここにはボスしかいないぞ。


 誰かに、そう教えられたかのように。子供でも分かるレベルで敵意が消えているのだ。

 嵐の前の静けさとは、正にこの事。


「……早めにカタをつけておくか」

「おっ、良いですよー。気が緩みきる前に、やっちゃいたいし」


 テレクはスイトさんから借りた刀を何回か素振りしつつ、ボスを睨みつけて、緊張感を保つ。

 俺も素振りしたいけど、あいにくとイニアは振られるのが苦手なのだ。鍛錬はずっと同じ動作の繰り返しだから、飽きたと言って何処かへ逃げてしまう。


 まぁ、明確な意思が在るか無いかの違いだろうな。

 世界有数の名剣には意思が宿っているが、あれは剣として作られた意思だ。最初から剣で、振られる事を前提に作られているからこそ、酔う感覚も無いだろう。


 その点イニアは、元は刀ではなかったのだ。戦闘中はともかく、練習まで振られると辛いらしい。

 ま、練習なら別の剣でも出来るから、良いけど。


『んじゃ、いっきまぁーす』


 刀形態のイニアは、既に抜刀されている。元々鞘は無いけどな。

 俺とテレクは、互いに目配せし、呼吸を合わせた。


「「せぇ、のっ」」


 溝の向こう側へ、2人同時に1歩踏み出す。


 途端、ゴーレムの赤く光る瞳部分が、一瞬強く輝いた。

 更に、パキン、とガラスの割れるような音が響く。透明な、それでいて虹色に輝く膜が、床の溝から天井に向かって広がっていた。


 触れてみれば、冷たい、まるで氷のような感触の壁がそこに出来ているではないか。

 一応強く叩いてみるが、変形無し。うん、逃亡防止の結界である。


 ちなみに、外から内側へも入れないらしい。スイトさんが恐る恐る触って、地味にへこんでいたので。


『グゴ……』


 声、だろうか。それとも、ゴーレムの駆動音なのだろうか。

 岩と金属で作り出された、歪な人型のモンスターから、痺れるような威圧が俺達へと向けられた。


 跳ねるように振り返ると、ゴーレムの左右の腕が、おもむろに持ち上がっていく。


 挙げられた太い両腕は、やがて頭の上で合わさり、握り拳が作られる。

 赤い瞳が、テレクを見定めた。


『グゴォォオオォォオ!!!』


 ゴドォオン!


 咆哮と共に振り下ろされた拳は、地響きと共に床へ大きなクレーターを作り出す。


 その余波は振動となり、咄嗟に離れた俺も、一瞬、脳が揺さぶられる感覚に陥る。


 床はもちろん、空気までもが揺れたのだ。


 予測していなければ、思わず体勢を崩してしまいそうな、強い揺れである。


「やっぱり、動きは遅いな」

「でも一撃必殺が常っていう所も、予想したとおり! ひゃあ、避けるのもギリギリかも……っ!」


 額に僅かながら汗を滲ませるテレク。


 彼は相当鍛えているみたいだけど、まあ、生物の枠を超えた防御力度外視の一撃は、怖い。何せ痛みというものが無いため、いくら拳が壊れようと構いやしないのだから。


 生物ならかかるストッパーが、無機物のゴーレムには無い。


 躊躇いが無い一撃は、その全てが必殺の威力を持っている。


「よける、かわす、回避するの3択で頼む」

「それは実質1択だよ?! って、うわっ! あーもーっ」


 テレクはその辺に落ちている小石を拾っては投げ、ゴーレムの身体に当てている。注目を集めるという点では、攻撃力が弱すぎるけど、武器が限定されているからこれで良い。

 しばらく逃げに徹すれば、やがてゴーレムは俺への攻撃回数を減らしていった。更に粘り、やがて、全く狙われなくなる。


 しめしめと、俺はゴーレムの背後へ回っていった。


 そして、ゴーレムが腕を振り下ろし終わった、その瞬間。次の攻撃に移るまでのリキャストタイムに隙が生まれる。


 俺はそこに合わせ、ゴーレムの背中を駆け上がった。


 幸い、ゴーレムの表面はごつごつしており、登りやすい。

 俺は、抵抗の無いゴーレムの右肩へと、思い切り刀を振り切った。


 案外抵抗も無く、すとんと切れる。


『うっし、まず1本だよぉ!』

「……いや、これは」


 はしゃぐイニアには悪いが、手応えが全く無い。


 まるで、最初から何も無かったかのように。


 途端、切断されたはずの右腕が、ふわりと宙に浮く。


 あぁ、やっぱり。


「――……敵影追加! ゴーレム・アーム×1!」

「へ、ちょっ?!」


 切り落とした俺ではなく、これまでヘイトを集めていたテレクの方へと向かう右腕。外野にいるスイトさんが声掛けしたおかげで、テレクは右腕の攻撃をすんででかわした。


 飛んでいった右腕は、合体ロボのようにくっつかない。それはそれでよかったが、その分攻撃に幾つものパターンが生まれる。


 腕が自立して動く。単独で、それ以外とは全く別の行動をしている。


 手数が増えてしまったのだ。


 まだ少しは余裕のあったテレクの顔に、徐々に厳しさが混じる。


 床が瞬時に直るダンジョンでよかった。足場が悪いと、避けた先で転ぶ可能性が高くなる。転んでしまえば逃げられないし、同時に、床が抜けてしまったら、下の階層の強度によっては何階層も下へ落ちる事になるのだ。それは困る。

 攻撃力は半減したが、その分攻撃回数が増え、溜めの動作時間が短くなった。


 是非、まだまだ逃げ回ってほしい。


『……それぞれの核を、一発で壊さないとダメっぽい?』


 イニアが、そう呟いた。右腕が自立行動をしているという事は、右腕と胴体、あるいは各パーツの全てがそれぞれ1つのゴーレムなのではないか、と。


 別離しても動いたという事は、おそらくそういう事なのだろう。


 つまり、それぞれを動かしている核を壊さなければならない、と。


「とはいえ、腕1本だけで2メートル近いから、探すのメンドイけど」

『むぅ』


 何と、イニアは欠ける事が無い。だから、遠慮無く何度か右腕を闇雲に切断してみるが、本体らしき物質も、核らしき物質も無い。


 闇雲でも、本体部分を見つけるのは簡単かと思ったのだが……そう上手くはいかないらしい。

 ゴーレムの性能が高いほど。ゴーレムの身体が大きいほど。核に描くべき魔法陣は多くなる。必然的に、核はゴーレムの性能に比例して大きくなる。


 このゴーレムは、動きの遅さを補って有り余るパワーを持っている。攻撃の前に溜めを作るのは、無機物で非生物であるゴーレムだと高性能の類に入るのだ。


 ある程度大きさがあるはず……なのに、一向に見つからず、右腕は既に粉砕の域に達していた。


『グゴ……ゴゴォッ』

「ッ、くぁ……っ!」


 決定打が打ち込めずにいるまま、15分もの時間だけが過ぎた。


 体力が尽き始めてしまったらしいテレクに、ゴーレムの一撃がかすり始める。


 走る、跳ぶ、隙を見て弱攻撃を入れる。その繰り返しが、俺がゴーレムを叩き切る度に、厳しいものへと変貌していったのだ。


 浮遊物が増え、それがバラバラのタイミングでテレクへと襲い掛かる。


 壊した際に出たのだろう塵や砂、小石などは、まるで小さな砂嵐のような、それでいてドリルのような形になって襲い掛かった。適度な大きさの石は、そのままテレクに向かって飛んで行く。


 息つく暇も無く繰り出される岩の乱舞に、テレクは肩で息をしながら回避し続けていた。


 攻撃は単調だが、そのタイミングが苛烈だ。足元を狙うなどの小賢しい攻撃なんかが無いから、ギリギリ回避できているらしい。


 くそっ。


 焦りとも、恐怖とも言える感情が、イニアを握る手に余計な力を込めさせる。


 このままだと、体力の尽きたテレクが総攻撃に遭ってしまう。そうなれば無事では済まない。


 ゴーレムの多くは、トドメは死んだ後に刺す物だ。たとえ生きていたとして、死んだフリをしても、執拗に、徹底的に、命を狙ってくる。


 死んだフリでごまかせるかもしれない、などという一縷の望みにかけていては、身が保たない。


 だったら、どうする?


 どうすれば……――


「ナユタ! 心臓部を狙え!」

「は、心臓……ッ?! りょ、了解です!」


 外野から聞こえてきた、よく通る声。


 スイトさんの声が、脳に直接流れ込むような錯覚さえ起こさせる。


 咄嗟に、ゴーレムの背中へと回る。


 イニアを突剣のように構える。


 人で言う心臓部へと、出来うる限り照準を合わせ、突き出した。


『グゴッ!』


 俺の殺気を読み取ったらしい。テレクに向かっていたはずの攻撃が、まだ攻撃が少しも届いていない俺へと全て向けられる。


 が。


「おいおい、僕を無視してもらっちゃ困るなぁ」


 汗を流し、疲れが表情にも表れ始めたテレクが、ゴーレムの背中越しに跳び上がった。


 その顔には、不敵な笑みが浮かべられている。


 何をする気なのか、と思考をめぐらせ、俺はイニアへと指示を出した。


「イニア、コクーン!」

『はいはいよ~』


 イニアの気の抜けた声と共に、刀が、溶ける。


 溶けて、俺を包み込む。


 ゴーレムの攻撃より早く、俺は一瞬で真っ白な球状の光に包まれた。


 俺を包み込む繭に阻まれ、攻撃の全てが弾かれる。金属質な音が断続的に響き、一時的に制御を失った石や砂が俺を中心に散らばった。


 この無敵状態は、戦闘1回に付き1回しか使えない奥義だ。だからここまで使わなかった。


 けど、出し惜しみする必要は、もう無い。


「動きが遅いと、厄介だね?」


 テレクは、スイトさんから借りた刀をゴーレムへと突き刺す。


 滑らかに、すっと入っていく刀。


「っ、手応えアリッ!」


 あの刀、おそらくは、熱を加える事で決して曲がらなくなう事で有名な鉱石で作られているな。加工のし難さからドワーフに嫌われやすいのだ。


 名前は忘れたけど。


「間に合うか……?!」


 痛みを感じないゴーレムは、核が壊されない限りは動き続ける。


 猛攻の全てが、再びテレクに向かい始めていた。


 未だ残っていた左腕が、テレクへ襲い掛かる……―― !



『グゴッ……ゴォオ……』



 柄まで刺さった刀。


 テレクの僅か数ミリ横には、無骨な腕。


 テレクに向かっていく、ゴーレムの破片達。


 その全てが、1枚絵のようにピタリと静止する。


 しかし、本当に静止したわけではない。


 次の瞬間には、ゴーレムの鎧であった岩が剥がれ、崩れた。


「ぅげ」


 俺は思わす、顔を引き攣らせた。

 崩れた先には、既に無敵時間の過ぎた俺がいたのだ。


 イニアの無敵時間は、変身してから僅か3秒である。意外に長いと思うかもしれないが、一度の戦闘には1回しか使えない。

 何故かと言えば、これは1時間に1回『武器から別の武器に変わる時だけ』に発生する、絶対に壊れない期間だからだ。どういう原理かは知らないが、おそらくこれもアスターさんの作った仕様なのだろう。


 普段から壊れないイニアの本体だが、一応耐久値はあるらしい。

 変形の際、本体の質量は変えられないようで、コクーンはシャボン玉のように薄く俺を包むだけのもの。無敵時間ありきの防御形態なのだ。


 本体が壊れても、俺のなけなしの魔力で修復できるが……しばらく具現化できないデメリットが発生するので面倒だ。

 俺は急いでイニアを刀形態に戻し、崩れてくる岩雪崩から離脱した。


 そこら中に砂が舞い、視界が悪くなる。


「げほっ、ごほっ」


 何度も咳き込み、手遅れながら口と鼻を手で覆った。


 途端、パリン、とガラスの割れるような音が再び響く。

 結界が割れて、消えたのだ。


 どうやら―― 終わったらしい。


「……はぁっ! はぁっ、はぁー。あー、やっと、終わった……っ」


 何度か咳き込みつつ、テレクはどっかと座り込む。


 あれだけの弾幕を、長時間掻い潜っていたのだ。肩が大きく上下し、汗が大量に流れているが、あれで横にならないだけでもその頑丈さが垣間見える気がした。


 予想したよりも、体力はありそうである。

 もっとも、その体力も尽きかけているので、今無理はさせられない。


 視界はまだ悪かったが、俺は砕かれた本体から核を取り出す事にした。そうしないと、周囲の物質を取り込んで、ゴーレムが復活してしまう可能性があるからだ。


 作成、修理にコストはかかるが、その分働くナイスガイ。って、どこかのゴーレム愛が強い神様が言っていたような。

 その神様曰く、ゴーレムの核は、魔法陣が刻めれば何でも良いとのことで。


 だから。


 うん。だからな?


「……本体がクマのぬいぐるみって、無いわぁ……」


 取り出した金属製の箱の中には、胸を切り裂かれた、黄色いチェック模様の古びたテディベアがいた。


 チェック模様に紛れ込ませるように、魔法陣の刺繍がされている。それも、おびただしい数の魔法陣が。これは高性能になるわけだ。

 右腕が別離しても動き続けていたのは、このぬいぐるみ自体に意思が宿っていたかららしい。


 ぬいぐるみの首には剣の一撃でひび割れたらしい、青い宝石付きの緑色のリボンが揺れている。宝石の中には小さく魔法陣が刻まれており、それがゴーレムを動かす意思となっていたようだ。


 右腕には、核など無かった。

 粉砕してもなおテレクに攻撃を仕掛けていたのは、この意思が動かしていたから。


「……ロボット戦隊モノ」

「あ、確かに」


 ボソリと呟かれたスイトさんの声に、俺は相槌を打つ。

 結界が消えた事で、こちらに来たらしい。


 ロボットの中にいる人が、直接ロボットを動かす。こういった内容の子供向けアニメ番組は、世代を超えて魅了する長寿番組にもあった。

 ロボットじゃないし、人が乗っているわけでもないが、それによく似た構造ではある。


 宿っていた意思がどの程度の精巧さを持っていたのかは分からない。


 けれど、バラバラになった砂まで操って、全く違うタイミングで攻撃してきたのだ。モンスターとしてはかなり知能があったはず。


 高度魔法文明でなければ、作れない代物だろう。


「まあ、ともかく。これで一段落というわけか」

「そうなります。それにしても、よく核の在処が分かりましたね」

「あー。魔力が妙な動きをしていたから、何事かと思ったけど。糸状の魔力が、ゴーレムの中心に繋がっていたから。何かあるなって」


 スイトさんは、魔力が見える目を持っているらしい。魔力を感じる事に長けている俺なら分かる。魔力が見えて、しかもそれが糸状に見えるというのは、途轍もなく珍しい能力だ。


 やっぱり、スイトさんは……。

 ……いや、今は「それ」どころじゃないな。俺はほんの少し重い身体を無視して、感覚を研ぎ澄ませた。ボスがいた部屋なのだ。きっとこの辺りにあるはず。


「……あっ、あの扉の先に、魔法禁止の魔法陣があるみたいですよ、スイトさん!」


 上への階段ではない方の扉から、例の魔法禁止の結界らしき反応を感じ取る。戦闘前は推測でしかなかったが、どうやらあの部屋にあるらしい。


「そうか……セルク、まだポーションあるか?」

「はい、ありますよ。テレクさんに飲ませますね」


 セルクは軽い足取りでテレクへと走り寄って行った。その手には、予め用意していたらしい体力回復ポーションの小瓶が握られている。


 疲れているだろうが、ポーションを飲むくらいは出来るはず。


 俺は、隣に来ていたスイトさんへと目配せする。


「ナユタ、俺達は結界を」

「ええ。ナフィカさん、女王様達を頼みます。安全を確保出来次第、呼びますから」

「……ん」


 小さく頷いたナフィカさんは、眠そうな目を尖らせた。

 やる気充分らしい。


「じゃ、開けますよ」

「ああ」


 俺は疲れて動けないテレク達をナフィカさんに任せ、今にも壊れてしまいそうな木の扉へと手を掛けた。


 ギィ、と、軋みながら開いた扉は、古くなりすぎて腐った部分からポロポロと零れていく。

 扉の先にあったのは、薄紫色に光る魔法陣と。



 ―― イスに座った、ウサギの、ぬいぐるみだった。


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