59 異世界の、賢者

 俺達はようやく、ダンジョンから脱出した。

 ダンジョン、そして、城の外へと出る事に成功したのだ。

 今は隠し通路の先、城に入った時と同じ出入口である、闘技場へと辿り着いている。

 そこでは、足の踏み場も無いほどに、大勢の人々がごった返していた。

 人が集まったが故の熱気が、身体全体に当たる。


「わ、凄く久しぶりに見たな、こんな人だかり!」

「確かに~。朝のラッシュとか、神様には縁遠いしね」


 のんびりとした雰囲気で、ナユタ、イニアが呟く。たしかに、形は違えど満員電車を彷彿とさせるほどの混雑が、目の前に広がっていた。

 雰囲気は暗く、しかし騒々しい空気は、見覚えのある光景だった。

 それは、自然災害や紛争地帯から逃げてきた人達が、避難所のあらゆる場所で発する空気と同一のもの。この人達は全員、何かから避難してきたのだ。

 大量の避難してきた人々は、城の出入口がある部屋以外に集まっている。非常用の食料や毛布などが、どことなく見覚えのある逞しい肉体の兄貴達によって配られていた。

 失礼ながら、女王様には適当にローブを羽織ってもらい、コロシアムの観客席まで出る事にする。

 人混みを掻き分けて進む内、様々な出で立ちの人の声が耳に届き、視界に映った。

 どこからとも無く聞こえてくる子供の泣き声に、てんやわんやの女性陣。男性陣は砂袋のような物を運び出しているのが見えた。

 ふむ。つまりこれは……。


「川の氾濫!」

「この辺りの川が氾濫してこの騒ぎなら、世界中が大混乱に陥りますよ、師匠」

「この国は結構な高台にあるからね。普通に歩いて来たら、城門からずっと、階段を上る羽目になるらしいよ。いやぁ、移動魔法って便利だよねぇ」


 かなり真剣に考えた末の俺の推理は、セルクとテレクの2人によって完全に拒否されてしまった。

 それも、俺以上に真面目な表情で。

 でもたしかに、この国はスラムでさえ地上30メートルの高台にある。城は更に高い位置にあるだろう。そんな場所が川の氾濫でこんな騒ぎになっていたら、それは世界中が海に沈むとかの大災害だ。

 ぬぅ、読みが外れたか。


「っ、スイト、空!」

「ん? あっ」


 慌てるナフィカの声に、俺はコロシアムの外へと目を向ける。

 途端、黒い煙が視界に入った。

 不完全燃焼による黒煙……火事か? それも、いくつも。

 俺達は慌てて、コロシアムの最上階まで登る。一番上の観客席から3メートルほどの壁を、やっと使えるようになった魔法で進退強化を使い、飛び上がって、軽い音を立てて着地。

 そして、見渡し。

 唖然とした。


「こりゃあ……」

「……ん。防音結界。これのせいで、状況に気付けなかった」


 闘技場の周囲に薄く張られた、高い防御力を兼ね備えた防音結界。その向こう側には、あの妙に殺伐とした、しかし静かだったはずの街並みがあった。

 ただし、いくつものクレーターと、横方向に押し潰された店舗や民家。所々に見える赤黒い水溜りなどが見えた。

 家屋から黒煙が立ち上り、音は無いのにそこかしこで爆発が起き……。

 何が、あったというのか。

 それに、先程のマキナの声……まさか、あれに巻き込まれたのか? そうなのか?!


「っ、行ってくる!」

「待って待って、スイト君! 君は病み上がりだし、ちょぉっと冷静になろっかー」


 何メートルも下の地面へ飛び降りようとした矢先に、肩を掴まれてしまう。

 一応、身体強化を使っていたし、普通に制止されただけでは止まらない勢いだったはず。それを、魔法を使った形跡も無く、テレクが俺の肩をむんずと捕まえていた。


「外だし、あのダンジョンとは違って、ちゃんと魔法が使えるから。ね?」

「けど!」

「スイト君がこの非常事態で仲間がどこにいるのか、凄く気になるのは分かる。物凄く分かる。でも、今は僕等に任せてくれないかな」


 緩やかに、しかし確実に、肩にこもる力が強くなっていく。

 テレク本人は、とても良い笑顔だというのに。


「魔法が使えるって事はさ、何と、念話まで使えてしまうのだよ。スイト君は随時、僕等に連絡を入れれば良い。どう?」

「……う」


 熱を出して倒れた前科のある俺は、ある種の信頼を失っているのだろう。

 どう? と疑問系を使われてはいるが、それは既に決定事項を述べているに過ぎなかった。連絡が一方通行のような言い方なのは、ナフィカが魔法を使え無い事を考慮しての事らしい。

 明らかにテンションの低くなった俺に、テレクは苦笑を浮かべた。


「それとさぁ、さすがに女王様を1人には出来ないわけ。ほら、いかにも危険そうな所に、病人と女王様を連れて行けるわけが無いわけよ」


 ちらりと、俺達と違ってゆっくりと走っていた女王様を、テレクは一瞥した。

 俺がここに留まる理由。その建前と本音の位置を、間違ってはいないだろうか?

 まぁ、どちらの理由を先に述べたとしても、俺が本音を見分けるのは造作も無い。加えて、混乱した俺を止めようとすれば、建前の理由なんか跳ね除けられる。テレクは、それを察したのだろうな。


「ご理解?」


 にっこりと浮かべられた作り笑顔には、妙な迫力があった。

 だから。


「……いただきました」


 小さめの声で、そう、答えるしかなかった。


「よろしい。というわけで、僕等はあくまで、スイト君の知り合いを探す方向で。ナフィカちゃ」

「ん?」

「あいたたたっ! ちょっ、分かった! ナフィカ、さん! は、スイト君の知り合いを見つけたら待機、スイト君の念話を待つこと! だからわき腹を抓るのはやめ……ぎゃーっ!」


 無言&無表情で、ナフィカはテレクのわき腹を掴み続ける。

 対してテレクは抵抗らしい抵抗を見せず、床にうつぶせになってもがいている。ただ、ナフィカがわき腹を掴んでいるために、うつ伏せから動けないだけだが。

 しばらくして……テレクの身体から力が抜けてしまう。

 最後まで何かにすがるように伸ばしていた手が、パタリと落ちた。


「……ん」


 テレクにトドメを刺したナフィカは、とても満足そうな顔でテレクから離れていった。



『―― こちらセルクです。師匠、お母様の様子は?』

「問題ない。救援物資で、優雅なティータイムを楽しめるほどには余裕があるよ」


 結局、俺は留守番をする事になった。今は非戦闘員である女王様と共に、闘技場の一室にいる。

 避難民達に救援物資を配っていたのは、やはりというかあのフレディさんの手下さんだった。海の男とか山賊と言われても仕方の無い風貌が、かなり特徴的な方々である。


 避難民が大量に押し寄せてくる中、俺は床や壁にとある魔法陣を描きつけていく。それから、セルクからの念話を受けていた。

 まず、防御力ゼロの遮音結界を扉に刻む。すると、部屋の外から入ってくる騒音は全て消えた。

 次に、密室であるこの部屋の換気の呪文を、壁の一部に。通気口すら無かったため、描いておいた。

 更に、複数人との念話をリアルタイムで成立させる魔法陣。完全にオリジナルの魔法陣なので、発動できるまでに少々時間を要しているのだが……まぁ、もうすぐ描きあがるだろう。


 で、ナフィカは魔力だけなら大量に持っているので、こちらから繋げてやれば話せるはず。


「セルク、今どこにいる?」

『場所ですか? そうですね……。闘技場から東に2キロ地点、でしょうか。損傷が激しい建物ばかりで、正確な位置は分かりません』

「了解……コレだな」


 天井にガリガリと描いた魔法陣からは、常に青い光が発せられ、この街の様子を映し出している。これはおおよそ1分ごとに更新され、俺を中心とした半径10キロメートルの街並みを、3D映像として、浮かび上がらせているのだ。


 また、あらかじめ登録した人物にマーカーを置く事も出来、俺は東にあった青色の光に、セルク、という文字を浮かばせる。

 マーカーは全員同じ色なので、名前を浮かべる事でしか見分けが付かないのだ。

 ちなみに、この立体地図を使っている事を、俺はあいつらに話しちゃいない。


「……たしかに、クレーターばかりだな」

『え? あ、はい……まさか、近くで見ています?』

「まさかー」

『……はぁ。付近からの視線は無いので、いないのでしょうけれど』

「それはともかく、誰もいないのか?」

『います。さすがに、闘技場以外にも避難所はあるでしょうから、そこへ向かっているらしき人がたくさんいますね。避難所なら、ハルカさん辺りがいそうですし……僕はそこへ行ってみます』

「分かった。それと、俺を通せば、他の連中とも念話が繋がるようにしておいたから。今作ったばかりで、試運転もしていないし。後でもう一度念話をかけるから、その時に手伝ってくれ」

『了解です! ……ムリは、しないでくださいね』

「ん? おぉ」



『あー。もしもし、テレクだよー。そっちはどう? 何か変わったこと、あった?』

「別に」


 俺は素っ気無く答えた。


『ちょ、置いて行かれた事、まだ気にしてんの?』

「……」

『でもさぁ。スイト君って、病人なわけですよ。ナユタさん、というかイニアさんの薬で熱は下がったけどさ? あれは応急処置にしかならないよ?』

「……」

『あれ、えっと。もっしもーし。おーい?』

「……」

『ちょ、スイト君! ごめん! 謝るから! 帰ったら絶対謝るから! 心の中で無言状態は解除していただけると嬉しいかなーって!』


 ずっと無言でいたら、テレクは大慌てで釈明してきた。

 そのあわてように、ほんの少しだけ、胸の内が軽くなる。

 こう、フワッ、というか。

 へにゃん、というか。


「……許しは、しない」


 ただ、俺は溜め息混じりに。ついでに苦笑も混ぜて、呟いた。


『喋ってくれるだけで安心するよー! でも、ムリは禁物だって、分かるでしょ? 後で散々叱られてもいいから、絶対、無断で動かないでね?』

「分かっているさ。で、今どこらへん?」

『今? んー。闘技場の南に来ているけど、この辺りは人がいないだけで、建物の倒壊とは無いんだよね。野良犬はいるけど、飼い犬とかはいない。避難は無事終了しているらしいよ』

「南」


 地図の南へ目を向けると、たしかに街は壊れておらず、屋根の上に1つの青い光が輝いていた。


「これか」

『ん?』

「いや、こっちの話。被害は無し。あ、周辺に避難所っぽい所はあるか?」

『避難所ねぇ。……いや、近くには見当たらないけど、探してみるよ。ハルカさん辺りがいそうだし』


 セルクと同じような事を言ったテレクは、にしし、と笑いつつ念話を切った。



『ハロー、こちらナユタ。んん、念話ってこの魔法で合っていますよね? 多分これだろうけど』

「ああ。大丈夫、通じるなら何でも」

『良かったぁ。実は、他の世界では、念話だけで数種類も魔法があるので。世界ごとにある程度システム化されていますけど、神様は知っている魔法なら何でも使えちゃって……』


 はぁ。神様も妙な所で苦労しているらしい。

 この世界の魔法は元々自由なところはあるが、他の世界だと縛りがある、と。魔法の使用方法は世界ごとに違うから、俺達も別の世界なら、自由に魔法が使えていなかったわけだ。


「で、そっちはどうだ?」

『半壊した建物だらけ、ですね。ついさっき壊されたような感じです。北の方でコレなら……西が本命ですかね?』

「ほう」


 北、と。これか。

 それにしても、西は確かに、絶賛クレーター増産中といった感じだが。

 何故、わざわざ俺が「行きたい場所」を教えてくれるのか。


 まぁ、俺を気遣っての事かな。俺は逐一この町の様子が分かるが、それはみんなには秘密だし。

 どうせ、今からそっちに行くので、心配しないでくださいとでも続けるのだろうそうだろう。

 ……。


『あっ、スイトさん、スイトさん』

「んー? 何だ、ナユタ」

『東に行くなら付き合いますよ!』

 俺は、心身共に凍りついた。

『……? あれ? えっと、行かないんですか?』

「……の前に。何で止めない?」


 セルクもテレクも、同じような台詞で止めてきたぞ。ここは、二度ある事は三度あるの法則が使われるべきではないのか。

 そして俺は、その全てを無視して現場へ急行。

 お約束の展開である。


『え、だって。止めても無駄ですし。ほら、他の人に「無断で言っちゃダメ!」とかって釘刺されていたとしても、スイトさんなら書置きでも残して行っちゃうでしょう? だったら、最初から俺と一緒にいた方が良いですよ! 俺、神様なんで!』


 あっけらかんと言ってのけるナユタ。

 それも、何でそれほどまでに俺の事を理解しているのか。

 タツキ以外だと初めてだ。


『で、行きます? 行きますよね。ある程度調べたら一旦戻りますから、それまでは待っていていただけるとありがたいです』

「……おぉう……」


 ナユタとの念話が切れた後、やり場の無い虚無感に力が抜けた。



「……ナフィカ」

『んっ。元気無い?』


 呼びかけただけで、少し疲れている事を見抜かれてしまった。

 普段は無表情だが、顔が見えない念話だと、彼女は少し喋り方に特徴のある女の子、という印象になる。うーん、不思議だ。


『お留守番、退屈。分かる』

「ああ、いや、それは大丈夫」


 魔法の使えないナフィカは、俺から念話をかけなければならない。

 セルク、テレク、ナユタと来て、ナフィカに繋げたのは、前者3名がどのタイミングで念話をかけてくるのか、予測できなかったからだ。

 向こうは既に順番を決めていたらしく、10分ごとに1人、話しかけられたが。

 というわけで、俺はナフィカに、タイミングを合わせて念話をかけていた。


「それより、状況から見てナフィカは西に行った。間違い無いか」

『ん。そう。戦闘中』

「……はっ?」


 ならば、何故こんなにも淡々と会話しているのか。戦闘中って、もうちょっと口調が荒くなったり、途切れたりしそうなものだけど?

 相手にもよるが。


『戦闘中、心はいつも平静に。基本』

「そりゃそうだが」


 ナフィカの場合、戦闘中のみならず、平常時でさえ平静だろうが。


『……ん。終了。けど、こいつは本体じゃない。……あっちかな。行ってくる』

「おいおいおい、ちょっと待て。何と戦っていた? あと、ちゃんと俺の仲間を探しているのか?」

『むっ。そうだった』

「えぇー……」


 戦闘に夢中で、本来の目的を忘れていたようだ。ハッとなった彼女は、しかしやはり淡々とした様子で、今しがた倒したらしい敵の事を語り始める。


『敵はコウモリ。液体系。多分、本体とはぐれた奴。大して強くは無い、けど、数が多い。それだけ』

「あ、そう。……って、コウモリ?」

『ん。氷系の武器で凍らせて、勝手に落ちるか、叩き落とすか、炎で焼き尽くすか……かな』


 ちょっと待て。

 いや、敵の弱点を教えてくれるのは、ある意味ありがたいのだが。うん。

 この国で、コウモリの形をした敵が現れた、だって?

 それは……まさか。


『ちなみに、色は鮮血色。ちょっと乾いて、黒ずんでいたけれど』

「吸血族って事か?!」

「あらあらまあまあ」


 これまで優雅なティータイムを楽しんでいた女王様が、ニコニコ笑顔のまま「困ったわ」のポーズになった。あれ、何で笑顔?

 もし、この騒ぎが吸血族によって引き起こされたのであれば……。

 って、あ。

 そうか、女王様は『前回』の記憶保持者ではない。

 『前回』引き起こされた、吸血族の暴走事件。あれは原因不明の暴走に、魔王軍のほとんどが借り出されるという事態を招いている。

 『前回』を知っているからこそ、俺達は焦るのだ。


『日があるのに出ているのなら、後天性の吸血族だね。先天性なら、太陽の下に出てこられないはず』

「そうだな。うん。ただ、どちらにせよ、あのクレーターを作ったのが吸血族なら、問題の早期解決が望ましい。さて、どうするか……」


 そう、吸血族は、何にせよ強い。

 初めから吸血族として生まれた、先天性の吸血族。その吸血族の力で、後から吸血族の力を手に入れた、後天性の吸血族。

 この二種族は、同じ吸血族ではあるが、全くの別物だ。先天性であれば太陽光に弱くなり、その代わり、夜間の能力が凄まじく上がる。後天性は、常に吸血族としての能力は使え、太陽光など種族的な弱点は皆無だが、能力そのものは先天性に劣る。


 ただ、どちらにせよ基礎能力が高く、危険である事に変わりは無いのだ。

 何故このタイミングで、ここに吸血族が?

 調査に向かってくれたシャンテ達は、どうなっている?

 本当に吸血族が襲撃して来たなら、今ハルカさん達は……!


「ナフィカ、ハルカさんかタツキ。どちらかを見つけたら、彼等に俺へ連絡するように伝えてくれ!」

『ん。了解』


 今、ハルカさん達が吸血族の襲撃に会っていて、それがマキナを傷つけたのだとしたら。

 まだ少しフラフラするけど、俺だけ安全圏で傍観しているわけにはいかない!

 とはいえ、セルク達はともかくナユタを無視すると、後でえらい目に遭う気がする。神様だし。

 わんこに見えても、神様なのだ。触らぬ神に祟り無しとは言うが、既に触れた神ならば、言う事は聞くべきだろう。


 俺は天井に描いた魔法陣を土魔法で埋める。更に、急ピッチで床に描いた魔法陣を完成させた。


「女王様。申し訳ありません。しばらくこの場を離れます。結界を三重にしておきますし、何かあればすぐに、この床の魔法陣でご連絡を――」



「当然のように、解決しようとしてくださるのですね」



「え? あ、ああ、はい」


 急に話しかけられたことで、俺は身体をビクつかせてしまった。しかし答えないのは失礼に当たるため、条件反射に近い動きで、俺は頷く。

 女王様は、先程とは打って変わって、表情に影を差していた。


「いくら賢者様とはいえ、少々、こちらの世界に介入しすぎなのではないでしょうか?」

「と、言いますと?」

「賢者様。いえ、スイト様においては、我々に力を貸す謂れなど無いのでは、と」


 一呼吸置いて、女王様は続ける。


「時間は無いようですが、お話にお付き合いくださいませ」



「この世界が作られて間もない頃。この世界は、原種の人類で溢れていました。広い世界の土地を奪い合う戦争が、日常茶飯事で起きていたそうです。

 創造主様はそれを憂慮し、異世界の民である勇者達を召喚した。これが、この世界で初の勇者召喚です。当時から今に至るまで、この世界が危機に瀕する度に、行われてきた行為の、記念すべき一番目ですわ。

 さて、数代の勇者達を経て、なお争う人々。コレを見て、勇者様達は考えたそうです。

 争う人類を、別の世界に隔離すればどうだろうか、と。

 そうして、今の世界は幾つかに分かれ、それぞれの土地に、それぞれの種族が住むようになったそうですわ。混血は、その時に誤って他種族の土地にいた者達が、その土地の人類と交わった結果ですわね」


 へぇ。そうだったのか。

 創世記の事は書物で知る事が出来たが、その数年後とかは全く分からない。数億年は経っている上、当時に歴史を記す文化が無かったらしく、考古学者による推測や憶測などが飛び交うのみだった。

 アバウトとはいえ、ここまでハッキリ言ってのける者はかなり少ない。


「さて、ここからが本題です。

 その、世界を分かつ事となった勇者様の代には、とても興味深いお方が紛れていたようですの」

「興味深い、方?」

「ええ。……スイト様。



 ―― 貴方と同じ、異世界の賢者様、ですわ」



「……!」

「わたくし、これでも博識ですの。アビリティ:博識。知りたいと思った事を、ある程度まで知る事が出来る能力ですわ。当然、様々な制限はございますが」


 代々の勇者や賢者といった、召喚された者が必ず持っているスキル:鑑定。その機能を少し拡大させたものだと、女王様は言った。

 条件さえ揃えれば、知りたい事を知る事が出来るのだ、と。


「そうして知りました。異世界の賢者。それは、本来『この世界に召喚されるはずの無かった、異世界における賢者』である、と」

「……っ!」


 俺達が、疑問に思っていた事を、女王は淡々と答えてしまう。

 俺の職業は賢者である。しかしその前に付く、異世界の、という単語に、俺はいつも首をひねっていた。ハルカさんのような、ただの賢者とは違う、よく分からない言葉。

 ……。

 そう、か。俺は、この世界ではなく……。


「スイト様。貴方は何故、戦うのです? この世界は、ある意味で、貴方を必要とはしていないのに」

「……それは」

「異世界の賢者。その称号は、この世界が、貴方という存在を否定しているようにも見えるのです。それでも、何故、貴方は――」



「スイトさん!」



「ッ!」


 ナユタが、非常に微妙なタイミングで現れる。

 それはもう、微妙すぎるタイミングである。

 何かを言いかけた女王の動きは止まり、俺に至っては出ようとしていた言葉が引っ込んだ。


「……あれ、あの。何ですか、この空気」

「あー……。何でもない。うん。……女王様」

「ええ。行ってらっしゃいませ。わたくしは大丈夫ですから」


 女王様は、何でも無かったように微笑んだ。

 しかし、俺の頭の中で、彼女の言葉が渦巻く。

 この世界は、俺を必要としていない。

 何故なら。

 俺は本来、別の世界に行くはずだった、別の世界に呼ばれたはずの賢者だから。

 俺が何故、ここにいるのか。それは分からないけれど。

 女王様の言葉には、一理ある気がした。

 ……それでも。



 俺は、女王様に向かって、一言、叫ぶ。



「俺は、この世界で助けたい人がいる。だから助ける。それだけですよ」



 そう、なるべく力強く言って。

 俺は、逃げるようにその場を去った。


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