32 限られた悠久
― ??? ―
少女は、気付くと真っ白な部屋にいた。
姿見に映るのは真っ白な髪に赤い瞳をした、齢10歳ほどの女の子。
それが自分であると理解するのに、そう時間はかからなかった。
少女は、白衣を着た大人達から『エフ』と呼ばれていた。白衣に髪を覆う帽子、そしてマスクとゴーグルをつけた彼等は、エフに素顔を晒す事はしなかった。
それが何故なのかを、エフは知らない。
ただ、その理由に仮説を立てるまでにも、それほど時間はかからなかった。
男女の体格の差。声の違い。それによって、彼等はそれぞれエフに色々と与えてきた。
それはたとえば食事であったり、知識であったり、愚痴であったりもする。
しかし大半の彼等がエフに与えるのは。
『苦しい』であり。
『痛い』であり。
『辛い』であった。
エフは、次第にそれらを受け止められる『ウルル』を内に作り出す。
ウルルはエフにしてみれば、少し、いや、凄くおかしな性格をしていた。
エフはある日から、笑顔を絶やさなくなった。嫌な事全てをウルルが引き受けてくれるのだ。良い事しか起こらなくなったエフは、とても楽しそうにしている。
一方で、ウルルは嫌な事を全て『良い事』であると感じていた。歪んだ性格の持ち主だったのだ。
それを見た白衣の大人達は、更に嫌な事をウルルに押し付けていく。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
けれど確実に、ウルルが『エフ』に戻る時間は減っていった。
そうしてやがて、エフは消えてしまった。
歪んだ『ウルル』だけが、残ってしまったのだ。
「炎も不死鳥も、英語にすると頭文字がFなの。だから、エフ。単純よね」
ウルルはとても特殊な身体を持っていた。
ケガをする度に、すぐ傷は塞がる。即死するような傷でも、すぐだ。その上、致死率が異常に高い病気でも、病状が出てしまう前に完治する。
彼女の髪、血液、そして肉体の全てが、白衣の大人達の研究対象。
彼女そのものが、万病の薬だった。
……ウルルが大人達の欲望を知るまでに、そう時間はかからなかった。
ウルルは、エフが好きだった。
ウルルという人格にエフの抱えていた全ての歪みを押し付けた、酷いやつ。それはウルルがエフに抱いた第一印象である。何せそのせいで、おかしな性格のウルルは生まれたのだから。
歪んだ純粋さ。歪みをすべて排除したゆえに生まれた、普通なら生まれるはずの無い純粋さをエフは持っていた。だからこそ、ウルルはエフが好きだった。
それを守るためなら、ウルルは自分から嫌な事を全て引き受けてしまえるほどに。
しかし、それを引き受ければ受けるほど、エフは小さくなって、最後には消えてしまった。
自分のやっていた事の全てが、エフを消し去ってしまったのだ。
その時初めて、ウルルは狂った。
歪んでいたウルルは、そこで初めて『まとも』になった。
ウルルは大人を恨み、そして――
―― 狂ったように、お返しをしたのだ。
自分がされてきた事を、丁寧に、丁寧にお返しした。
顔は相変わらず分からない。だが、声も、においも、彼等は隠していなかった。
ウルルは少しずつ。少しずつ、お返しする。
与えられた物の全てを返すのだ。
こうして、白衣の大人達は、ほとんどなくなった。
けれど、エフは戻ってこない。ずっと。
「悲しかった。戻ってこなかったのよ。とても寂しかったの」
だから、ウルルは胸辺りにぽっかりと空いた穴を埋められるもの―― エフに代わる『人形』を作り始めた。材料はそこらじゅうにあって、困る事はない。
人形をたくさん作った。
時々逃げ出す人形もいたけれど、それらは放っておいた。
ウルルから少し離れれば、人形は悉く死んでしまうから。
けれど、不思議と死なない人形もいた。
そちらは追いかけて、捕まえる。
今度はもう逃げ出せないように、地下深くへ引きずり込んで……。
「遊びたいだけなの。なのに、逃げ出して、うるさくするの。怖いのは分かるけれど、仕方無かったのよ。だって、私は外へ出られなかったのに、ずるいじゃない」
ウルルは歪んでいる。
それを自覚している。
だからこそ、歪んだ日常を送った。
そして『あの日』も、逃げ出した人形を追っていた。
「でも、イキナリこっちに来たの。向こうに帰るには、どうすればいいのか分からなかった。それに、追いかけていた人形も見つからない。途方に暮れたわ」
そこで、見つけたの。
ヒトとは違う機関を持つ者を。
亜人とか、獣人と呼ばれている者達だった。
そうだ、あれで新しい人形を作ろう。そうすれば寂しくないし、またお友達が増えるから――
「以上が『ウルル』の、これまでの感想よ」
私は―― 『エフ』は、にっこりと作り笑顔を向けた。
ふかふかソファの上で眉間にシワを寄せる、スイト君に。
― スイト ―
目の前の少女は、意識が朦朧としていた俺に語る。自身が何者なのか、から始まり、この状態に至る経緯を語ると、にっこりと笑った。
彼女の名はエフ。
と、自己紹介の時に告げていたのだが。
顔立ちはまんま、種作ウルルその人である。ただし、身長は10歳前後に戻り、膝まで伸びた髪はサラサラで、アホ毛がぴょこんと立っている。
ウルルは濡れたような黒髪に怪しく輝く黒い目だった。しかし目前の彼女の髪は、雪のような輝きと透明感溢れる純白で、瞳も大きく潤みを持った紅色。俗に言うアルビノだ。
だが、顔立ちはまんまウルル。胸はぺたんこで豊満さの欠片も無く、頬は赤らんで表情は明るい。
誰が何と言おうと、美少女である。
彼女も真っ白でふかふかのソファに座っている。俺の座っているソファは2人掛け。彼女の座っているソファは1人掛けの物で、エフは下に付かない足を持て余し、揺らす。
そこはひたすら真っ白な空間。
ここにいるのは俺とエフだけ。
ここはどこなのか?
どうして俺はここにいるのか?
「いくつか質問してもいいか?」
「ええ。好きなだけすると良いわ。どうやら、時間はたくさんあるようだから」
エフ。そう名乗った少女は、ふんわりと笑った。
「まず、何で俺はここにいる?」
「それは、おそらく私が使う事の出来るアビリティに『ポートゲート』があるからだと思う。あれは空間を歪ませて、2点を繋ぐ事の出来る移動系能力なの。それが作用した結果だと思うわ」
それを聞いて、この場所がどこなのかの見当がついた。
ここはおそらく、休憩所と呼ばれる場所である。
たとえば時間、もしくは空間、あるいは夢。あらゆる物の『狭間』に位置するこの空間は、ふとした瞬間に人が引っ掛かる。
その中にいる限り、外の時間は停止するらしい。
逆、浦島太郎だな。
本来意図して来られるような場所ではなく、偶然だとしても2回来られれば相当運のある奴らしい。
俺自身は意図して休憩所に来る事が出来る。ただ、こことは別の休憩所だ。真っ白な事に変わりないが、部屋であり、家具もある。床も壁も、天井だってある場所である。
俺は休憩所に行く事の出来るアイテムを持っているので、移動魔法や俺が持つアビリティを使った際にここへ来る事は可能だ。
だが、それは現時点で俺だけが成せる業であり、彼女が使えるものではない。
一体何が起こったのやら。
「ポートゲート。自身から50メートル以内、もしくは行った事のある地点へ移動できる穴を空ける能力。一度行った事のある場所でないと使えない移動魔法よりも、汎用性は高いわね」
能力だろうが魔法だろうが、瞬間移動などの移動系の力を使った際、空間をまたいで通る。そこに僅かでも『隙間』があれば、ここに通じる。
「じゃあ、ここはどこだ? 俺が知っている場所と似通っているようだが……」
「ああ、それはそうよ。この『歯車』を使ったもの」
クスクス、と、悪戯っぽく笑って、エフはパタパタさせた。
それより、歯車、と言ったか。
歯車は、この休憩所と呼ばれる場所に入るための鍵で間違い無いと思う。
手の平サイズの歯車。真っ白で、金色の線で描かれた絵が常に動いている、不思議な歯車。今も俺の服のポケットに入っているそれこそが、この場所に来るための鍵なのだ。
「これね」
彼女がどこからか取り出した歯車は、確かに鍵となる歯車。
しかしそれはかなりボロボロになっていて、触れただけでも壊れてしまいそう。
俺の歯車は手に入れたばかりであるために真新しい。一方エフの持っている歯車は、真っ白だった出あろう金属にひびが入り、突起が幾つか失われていた。常に動いていた模様はひび部分の線が固定され、それ以外がゆっくりと動くのみ。
俺の歯車は、休憩所の住人であるラクスからもらった物。そしてラクスは、歯車を渡すのは俺が初めてだと言っていた。
「それを、どこで手に入れたんだ?」
「どこで。そうね……」
対して、エフは考えるようなそぶりを見せる。
しばらく考え込んで、頷いた。
「現時点よりかは、未来にあたる世界で、貴方から」
「……何だって」
「嘘じゃないわよ。私、嘘を吐くのは嫌いなの」
エフは胸を張る。
「私も、貴方も、限られた悠久の時を生きる者。私も貴方とよく似た能力を、私自身の創造主から賜った。私は現時点よりもずっと未来で、貴方自身からこの歯車をもらった。それから私は、限られた悠久の時を、今この瞬間のためだけに注いだわ」
彼女が持つボロボロの歯車が、白い光を発し始めた。
更に、ふわり、と宙に浮く。
「貴方は言った。自分の力だけでは、歴史を変える事は不可能だと」
「歴史を変えるって。そんな大それた事を」
と、そこまで言って口をつぐむ。
……そんな大それた事を、出来るわけが無い。
その言葉は、自分の能力を省みてから言おう。実際に『前回』とは違う結果に変えられた事象もあるのだから。
俺自身が時を冒す力を有しているのだから。
そこに思い至った俺は、彼女が微笑んでいることに気が付く。
「だから、様々なものに頼った。たとえばそれは神であり、たとえばそれは私であった。私はエフ。またの名をフェニックス。炎の属性を持つ、永遠と再生を司る者。
あらゆる世界に存在する生物。それらの頂点に君臨するのが、私。自らも生命体となり、死ぬ度に肉体がある時点まで戻る。それが、私。
今代の私は罪を犯した。それが裁かれて、私は死んだ。ここはその狭間」
生と死の狭間。か。転移魔法ではなく、それがここに来た理由かもしれない。
彼女自身、生と死の狭間だからここにいる、とは考え付いていないらしい。あらゆる狭間に休憩所は存在する。生死の狭間も含まれるのだろう。
俺は1人で納得する。
それにしても、フェニックスか。日本語に訳すと不死鳥だな。
不死鳥は永遠の命を持つ鳥。その血は万病に効き、その涙はあらゆる傷を癒し、その肉は永遠の命そのものを食した者に与えるという伝説上の生物。
このエフという少女こそが、それだというのか。
羽も無ければ炎のイメージを持つようなものが真っ赤な瞳くらいなのだが。
「生と死の狭間で、私は僅かな間だけ全ての記憶を取り戻すの。あらゆる世界で生き、死んでいく記憶。さすがに抜け落ちてしまった部分もあるけれど」
「その中で俺と会ったと? それも未来の俺と」
「ええ。その時は既に、私はウルルではなくなっていた。そしてエフでもなかったわ。けれど、ほんの少しだけムチャをしたの。この時点に存在する私と、未来にいた私。その存在を入れ替えた。もっとも、転生の時点でしか入れ替わる事が出来なかったから、結局エフになってしまったけれど」
「で、その理由が、俺を助けるためと」
「ええ。どうやら足りなかったらしいの。力が。時間が。貴方の存在が。……私が出会った貴方は、自身の生きる世界を『最悪の未来』と称していた」
すぅ、と。エフは表情を無にする。
そして、先程までの明るい声をなくし、数段低い声で語り始めた。
『友の全てが、私のために命をなげうった。しかし、私に残された力では、彼等が望んだ結末へは到達できない。どのような奇跡が起きようとも。ここは、あらゆる奇跡に至る可能性が握り潰された世界。私はこの「最悪の未来」が起こるよりも前に、飛ぼうと考えている。
この世界が紡ぐ物語を否定するためならば、私は全ての可能性を否定しよう。
今この瞬間に至るための可能性を。友が、家族が、大切な人々が託した希望のすべてが絶望へ変わる、その前の時点まで……』
「……彼は、そう言っていた。荒廃した世界で、貴方は絶望に満ちた表情で語っていた。友達も、家族も、親しかった者達がいなくなり、彼の後ろで……『あの子』が笑っていたわ」
……。
「クーデターという言葉は知っているわね。あの子は、曲がりなりにもそれを成功させてしまった。けど、それが報われる事は無いわ。決してね」
…………。
「本来、私みたいな世界の法則そのものとも言える者は、こんな戦いに巻き込まれる事は避けるの。けど、貴方には借りがあったから」
………………。
「あの子の企みは、阻止しなければならない。あの戦いを起こしてはならない。貴方が悲しみのままに消えていく様を放っておいた場合」
「……場合?」
「……間違いなく、この世界は滅ぶわ。いえ。ここだけではなく、本当に、全ての世界が崩壊する。理由は言うのも恐ろしくて、言えないけれど……」
エフは頬に手を当てて、小さく溜め息をついた。
「あの子っていうのは、誰だ?」
「……いずれ、知る時が来る。私から言う事は無いわ。けれど、貴方は既に接触している。物理的でなく、間接的に」
「……そう、か」
理由は皆目見当もつかないが、話したくないらしい。口をきゅっと引き結んだ彼女は、目力だけで、絶対に話すまいと訴える。
これはいくら質問しても答えないだろうな。なら、次の質問だ」
「お前が持っている歯車が、俺の物だって言ったな」
「言ったわね」
「じゃあ、何で『あそこ』に通じない? 俺の知っている休憩所とここは、性質は同じでも、見た目が全く違っている」
「それはおそらく、私が貴方の知っているこの場所を、知らないからだと思うわ」
彼女が休憩所を知らない事。通行証でもある歯車が壊れかけている事などの条件が重なったために、この場所へと通じたのかもしれない。そう言う彼女は、眉間にシワを寄せる。
エフも何故この場所へ通じたのかは分かっていないらしかった。とはいえ、エフは休憩所の存在そのものは知っていたようなので、生死の狭間にこの空間へ移動するよう願ったらしい。
結果、俺とエフは、床も天井も壁すらないこの空間へ入る事が出来たわけだ。
とりあえず、エフの意思に従ってソファは出たようなので、出口も望めば作成可能との事。
よかった。一応出る方法はあるらしい。
「質問は終わり。で、良いのかしら」
「ああ。正直、聞きたい事はまだまだあるが、俺は元いた世界に戻りたいしな」
「そう。私はとある未来を知っている。そこに至る『最悪』を幾つも知っているわ。けど、現時点で最悪の幾つかは覆されている。そこは喜ぶべきだという事は理解しておいて」
幾つか、の中には、ツル達の死亡が含まれていたようだった。
俺の家族、友達が、全員何かしらの理由でいなくなった未来か。
想像もつかないな。
「話すべき事は無くなったわね。世間話でもしようかしら」
「いやもう帰りたいんだけど」
いくらここにいる限り外の時間が動かないと言われても、俺は早くみんなに会いたいし。
「あらそう。じゃあ、ここを出る前に1つだけ」
「何だ?」
「エフは……ウルルは、貴方に『最悪の置き土産』と『最良への一手』を残して行ったの。ここを出れば私はもう何も覚えていない、純真無垢な子供と成り果てるから、手助けできないけど」
最悪の置き土産、ねぇ。
聞いただけでも心がざわつくワードである。
「それは、エフの知っている『最悪の未来』に関係するのか?」
「ある意味ではそうよ。どちらもある時点で歴史の分岐点となるわ。結果次第で『最悪の未来』へと、一歩近付いてしまう事もありえる。それも、その内1つは……ここから出た直後に訪れるわ」
「直後? 今回の被害者と何か関係がある、という事か」
「ええ。ウルルはあらゆる感情を無くしていたもの。子供だろうが大人だろうが、使えるものは全て使う。少しでも暇があれば出来る事をする子よ」
「だろうな」
常識を理解している素振りはあるのに、平気で道徳を破ってくる。今回の被害者に対して同情するような台詞を放っていたし、本当、言動が矛盾している奴だった。
……って、ちょっと待て。
「それってまさか、セルクの」
「彼女に謝る意思はなかった。けど、エフとして言わせてちょうだい。スイト、ごめんなさい」
エフは俺の言葉を無視して、深々と頭を下げた。どうやってバランスを取っているのか分からないくらい深く、頭を下げた。
「……謝るのは、俺にじゃないだろう」
ウルルの性格を考えれば、俺達が元いた世界でも何かしらやらかしているはず。こっちの被害者とあっちの被害者。全員が謝罪対象である。
特に、セルクには今みたいに謝ってほしい。未然に防いだとはいえ、俺達があと少しでも遅れていたら、あの子は何らかの実験に使われそうだったのだから。
「私、約束は守る子なの」
「? おう」
「結果的に果たす事は出来たけれど、それはウルルだった時に全てを完了させなければならなかったはず。けど、それが出来なかったのだもの。せめて記憶がある内に謝れるのは、貴方だけよ」
「俺、あいつとはさっき初めて会ったはずだが?」
ウルルのようなキャラの濃い奴と出会っていれば、それなりに覚えているはず。だが、いくら思い返しても、記憶の中に彼女の姿は見当たらない。
エフは、少なくとも俺達がこちらの世界に来る前に出会っていたような言い方をしていた。
だが、こちらに来て、俺達は初めて会った。
その、はずだ。
「……そうね。私が一方的に知っているだけ。きっとこの言葉の意味が分かるのはずっと後。でも、私がこれを言えるのは今だけだから」
悲しそうに笑うと、エフは俺に向かって手をかざす。
途端、俺の頭上に、ぐわん、と音を立てて穴が空いた。これは、出口なのだろうか。
おお、身体が上に引っ張られる。
「お詫びといえるか分からない。けれど、これを受け取る資格が貴方にはある」
「これとは」
半強制的に追い出そうとしている現状の事か?!
「未来の貴方が、この後に訪れる歴史の分岐点を少しでも改変しやすくするための……力よ」
ずっと宙に浮いていた歯車が、よりいっそう輝く。
そして、ガラスが割れるような音と共に―― 砕けた。
金属部分が弾け、歯車の浮いていた部分には、なお輝きを増し続ける光が……。
「一度しか言えないから、よく聞いて。
この歯車に込められたのは、狭間への切符でも、邪悪の無力化でもない。
あるのは『消去』の力。
使い方を誤れば、大切な者を無くしかねない危険な力。けれど、未来の貴方は、この時点で手に入れなければ後悔すると言っていたわ」
真っ白な光だ。力強く輝いているが、それが力そのものだと言うのか。
引っ張られる感覚が段々強くなっていく中、光が俺に近付いてきた。
「それじゃあ、がんばって」
ひらひらと手を振るエフは、満面の笑みを浮かべた。
先程まで浮かべていた重い表情はどこへ行ったのやら。頬を赤らめて、ふんわりと、それはもうかわいらしい笑顔を浮かべた。
あっ。これ!
「楽しんでいないか?!」
「あ、バレた」
てへっ、と、ちょっとだけ舌先を出したエフは、どう見ても面白がっていた。
「ああ、そうそう」
「まだ何か?!」
「私の能力はそのままだから、こき使っていいわよ」
言葉が足りなくて分かりづらいが、それは既に記憶がなくなっているであろうエフの転生体を好きにしろってことでOKだよな?
転生後で純真無垢の状態に戻っているなら、多分話も通じないだろうけど。
エフへその返事をする前に、俺は頭上の穴に吸い込まれてしまった。
「加えて、弓矢の子に称賛を」
最後にそう聞こえて、穴は閉じる。穴の向こうは真っ暗で、浮遊感が纏わりつく。温度は無いが、水中にいるかのような感覚のせいでちょっと気持ち悪い。
濡れているわけでもないのに、服がぬっとりと纏わりつくのだ。
そして――
「おっきろー!」
先程まで聞いていた鈴のような声が、俺を揺さぶり起こす。
邪悪の欠片もない、純真無垢な声だ。
俺は重い身体を起こして、ゆっくりと目をあけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます