30 少女像と俺の勘
学園入学7日目。
朝一番で登校し、セルクを救出する準備を早急に整える。
……はずだった。
そう、はずだった、である。
それが今、ゆっくりと城の一室で朝食を摂っているのだから驚きだ。昨夜まではあれほど焦っていたというのに。
一応落ち着いたとはいえ、昨日自分で朝一番に向かうと言ったのだ。それが、起き出したみんなと一緒に朝食を摂るなんて。
本当。信じられない。
まったく……。
「何でこのタイミングで来るかね、タツキ」
「えへ」
照れ笑いながら、石鹸の香りを纏ったタツキは目の前のソーセージにフォークを突き刺した。
パリッといい音を立てるソーセージは、タツキがかぶりつくと同時に2回、3回とまたいい音を立てる。用意された3本の内、タツキは1本をパンに挟んで食べるらしい。
タツキ。
そう、タツキである。
あの、俺の大親友かつ、高名な勇者のタツキである。
「よせよ、大親友なんて。恥ずかしいだろ」
否定しないのはタツキらしい。ケチャップとマスタードを塗ったホットドッグもどきを、もぐもぐと噛み締める。口の周りに何も付けないところもさすがだわ。
普通は付くけどな。
実際、同じような食べ方でマスタード控えめにしたマキナは、口周りにべったりとマスタードを付けてマキアに拭かせている。あいつの場合自然とそうなるのか、わざとなのかの判別が難しい。
マキナはマキア大好きっ子なのだ。やりかねない。
「いやぁ、まさか、タツキ君が直接来るとは、思わなかった、といいますか。ごにょごにょ」
ちなみに、ハルカさんはタツキの姿を見てからというもの、やけに大人しい。マキナなど、キャラが濃いめの連中の中においてはいつも大人しめだが、今日は一段と大人しいな。
タツキはタツキで大人しい。
食堂までは騒がしかった。俺がいない間、何があって何が大変でいつどこの誰かさんが何をやったのかなど。音量は普通だったが、その情報量は多すぎた。おかげで、昨日はちゃんと眠ったにも拘らず、彼の話のほぼ全てが頭に入っていない。
かろうじて、タツキと共に召喚された者達の名前などが判明したくらいである。
「そもそも転移魔法はずっと試していたけどさ。発動が上手く行かなくて焦ったわー」
「タツキ君のことだから、空間拡張の魔法がある事を忘れていたとか?」
「そうそう、その通り! よく分かったなぁ、ハルカさん」
「あ、うん。えへへ」
ハルカさんが満面の笑みを浮かべた。
と、同時に、ふんわりとした、それでいて甘ったるい香りが周囲に満ちる。
うん。錯覚だろうな。今朝のデザートはゼリーで、香りなんて出ないはずだから。
身体がむず痒くなるような、そんな感覚にさいなまれつつ、急いで食べ終えようと手を動かす。元々急いでいたのだ。早くしなければ。
タツキが来たせいで、想像以上に深く眠ってしまったようなのだ。
すっきりしている事には感謝しているが、俺は急がなければならないのだ!
「そういや、スイト達って魔法学校に入学したらしいな。俺も行きたい!」
「そういう事はフィオルに言え」
「あ、良いですよ」
答えたのは、誰かと思えばルディである。イユ用のおかわり分を何人かで手分けして運んでいるらしい。ウサミミがピコピコと動く。
なんでも、昨日の時点でフィオルから、俺が学校に通い始めた事を聞いたらしい。そこで、さすがに入学は無理らしいが、見学扱いでならどうかと頼み込んだそうだ。
俺と少しでも長く一緒にいたいからこその提案。俺は別段支障は無かったが、タツキは、それはもう俺に会えないことによるストレスが溜まっていただろう。それが普通に会える事が分かったのだ。そりゃ、一緒にいようとするか。
何にせよ、タツキが学校まで付いて来る事は確定かね。
「言っておくが、授業に出ない可能性が高いぞ?」
「むしろ、前回の記憶があるのに何か学ぶ事なんてあるのか? や、まあ、フィオルちゃんからのお願いもあるって聞いたけどさ」
「最初はそうだし今もそうだけど、今は問題が起きた」
「え、マジで」
簡単に事の次第を話す。俺が魔法学園に行った後に起こった事、たとえば、俺が講師の真似事をしたり、ミールさんが誘拐されたり、俺が臨時の講師的なものにならないかと誘われた事だったり、セルクが昨日の時点で誘拐されてしまった事だったり。
俺が妙に急いで食べているのは、最後の一つが主な理由である事も強調して言い放つ。
タツキはつまらなそうな顔で「なるほど」と呟いた。急いでいる俺より素で食べるのが早いタツキ。俺が食べ終えるよりも早く朝食をたいらげる。
「んじゃ、行くか」
「えっ」
「その、セルクって子を助けたいんだろ? だったら、勇者の力が役に立つかもよ。ま、レベルは25だからそんな役に立てないかもだけど」
どうやら俺達と同じレベルらしい。
俺達は黒イノシシのおかげで早く上がったけど、人族領地で25レベルまで、1ッ習慣と少しで上げたのか。俺はレベル10から25に上がるまで、1ヶ月かかったけども、勇者は賢者よりも経験値補正が高いのだろうか?
ああでも、経験値の補正は賢者というより、異世界人に与えられるものらしい。という事は、人族領地にいるモンスターから得られる経験値が多い、とか。
いや、ここは親友を信じて、めちゃくちゃがんばってモンスターを倒し、レベルを上げたとか。
「つっても、レベルのほとんどは『ラッキーべバー』っていう、姿がめっちゃ小さい鹿に近いモンスターをから手に入ったもんだ。レアモンスターでさ、そいつに触っただけで大量の経験値が手に入ったよ。かなりラッキーな事らしいけど、その後の飢餓感は半端なかったなぁ……」
「ラッキーべバー、って。幻想級の魔物じゃないですか! 触る事が出来たのですか?!」
幻想級とは、モンスターや魔物のレアリティを示す単語である。
幻想級は、数体いるが目撃条件が非常に難しいものという事。
その上に伝説級というものがあり、そちらは世界に1体しかいないくらいのレアリティだそうだ。普通に見かけるものが普遍級。ちょっと強くて珍しいのが首領級。などなど、レアリティで示すとそういう呼び方になるらしい。
ちなみに、危険度で分けると強い順にABC順でランク付けされる。今の所、Aの上にあるSランク、その更に上にあるΧ《キー》ランクなどがあるな。
ラッキーべバーは、生まれたての子鹿ほどの大きさで成体となる非常に小さな魔物。メスに角は無く、オスの角も人の小指ほどだ。
そんなラッキーべバーの危険度ランクは、仮に襲われたとしたらほんのちょっと怪我をするかもしれない程度である事を示す、最低ランクのGランクであった。
見かけただけの者でも経験値がもらえる、危険の無い超絶レアな魔物である。
普通は人の前に姿を現さない。その上同族だとしても自身を触らせることは無いという。繁殖方法が未だ不明な魔物だ。
それを触ったのだから、そりゃ大量すぎるほどの経験値が入るだろう。
レベル1で出会ったとして、一気に25まで行っていてもおかしくない。
タツキ曰く、昼ごはん目当てで近寄ってきたところを偶然触れたのだとか。最初はただの子鹿だと思ったらしく、鹿せんべいをあげるようにサンドイッチを差し出したらしい。
そうしたら、懐いたそうだ。
「俺の頭の上でまったりくつろいでかわいかったけど、連れて帰るととんでもない事になりそうだから、森で会った女の子に渡しておいた」
「え」
「小鹿が森の中を案内してくれて、その森の中でちょっと大人数に囲まれてな。けど、どうやらラッキーべバーを守る一族だったらしくて、俺がバッハ……あ、小鹿のことだけど、バッハを捕まえようとしている人に見えたらしい」
ベバーは知能が高かったのか、タツキを取り囲んだ奴等を説得したらしい。容姿の特徴からしてエルフの人達だったようだな。
長耳族と書いてエルフと読む。エルフは魔族領だろうが人族領だろうが森にこもっている者が多く、外に出る者は珍しい。森に住むエルフの多くは木の実、野菜、果物が主食。そのため、森の動物は神聖視され、狩るのは最低限である。
彼等は森に住む者を守り暮らす。
だからこそ、ただでさえ希少種の動物や魔物は、よほどの事が無い限りは狩らないそうだ。そのため多くの希少種とは顔なじみであることが多い。
ラッキーベバーも当然守護対象。本来捕まえようとして捕まえられるものではないが、そのラッキーベバーが人族の頭の上にいるのだ。
ああ、勘違いするかも。
「結局一度捕まったけど、バッハが懐いていてくれたし、俺が勇者だって分かったら案外アッサリ釈放してくれたぜ。話が分かる人達で良かったわー」
ケラケラと軽い調子で笑い飛ばすタツキ。だが、非常に稀な経験をしたものだ。
エルフは規律に厳しいと同時に、頑固だ。思い込みも激しい者が多い。
拘留されたのがどれほどの期間かは知らないが、この調子なら本当にすぐ出られたのだろう。であれば、かなり珍しい事なのだ。運が良かったらしい。
とりあえず、タツキが学園についてくる事にはあまり問題が無い事は分かった。あるとすれば、未だ人族領にいるであろう他の勇者一行の事。こちらに来る事は伝えたらしいので大丈夫だと思いたいが、勇者がそう何日もこちらにいても良いのだろうか。
という心配は杞憂に終わりそうであった。
何故なら、彼は何度か1週間以上散歩をして、行方不明扱いをされた事があったらしい。それも、前回から今回に至るまで。
多分俺がいない間に溜まったストレスによる弊害の一種だろうな。はた迷惑な事だ。
こういった話を、学園に着くまで続けた。1か月分をダイジェスト版で、中には国の機密に当たる情報も混ぜていたが、その辺りは聞かなかった事にしよう。主に、皇族のプライベートな部分だったのだ。
誰が顔も知らない人の下着の好みを聞きたがるだろう。
誰が顔も知らない人の性癖を聞きたがるだろう。
社交界スキル:聞き流すを使い、俺は情報を記憶の隅へと追いやった。
え、忘れないのかって?
いざという時のために、思い出せる範囲で忘れておきますとも。
「で、ここが現場?」
俺達は移動する間中、ずっと近況報告し合っていた。
事件の話は、現場、というより俺達が昨夜見つけた階段の奥で話す。
タツキへの説明は略式だったので、ちょっと詳しいところまで、丁寧かつ素早く話す事となったのだ。
そして現在の状況確認。
数日前の地下と違い、鉄製ではなく地面を掘って固めただけの階段だ。空間拡張の応用で、階段を20段ほど下った地点で、階段の横に穴を掘ったららしい。いくつかのテントや簡易の台所、松明や燭台等が置かれた拠点だ。数人の冒険者や、身形を整えた教師らしき人物なども見受けられた。
俺は、前回においては見覚えのある、若い青年冒険者から調査の進展があったのかを聞き出す。
「昨夜25時から現在9時30分に至るまで、調査隊として4つのチームが潜りました。内3チームは戻っています。どうやらいくつか部屋が発見されているようでして、転移魔法を使用しながら、チームを交代で送っております」
「今の所、地下は何層あるのか分かりますか?」
「現時点で判明しているのは5層……いえ、今連絡が来て、6層だそうです」
階段を一定の距離進むと、平らな部屋に出るそうだ。そこには罠などが仕掛けられていた『跡』があったらしいが、特に危険は無いらしい。
部屋毎に様相が違っているようで、その特徴を纏めると。
部屋1、何の変哲も無い長方形の部屋。
部屋2、破壊済みの罠があったらしい円形の部屋。
部屋3、迷路になっている正方形の部屋。
部屋4、石造りで水路が端にある長方形の部屋。
部屋5、水路があるせいか湿気が多く、謎の丸い鉱石が大量に置かれた円形の部屋。
部屋6、謎の少女像の置かれた、空気の美味しい円形の部屋。
……で、ある。
ちょうど転送魔法で、6つ目の部屋を脱出した者がいたようだ。青年は快く状況を話してくれた。
罠は、そのほぼ全てが破壊された後。もしくは不発の物だった。それも、破壊された方は、その破壊跡が新しかったそうだ。
つまり、最近侵入した者がいた、という事だな。
十中八九、事件の犯人だろう。
ウルル。彼女が瞬間移動的な能力を持っている事は予想できたが、それ以上の事は容姿情報しか無いな。魔法が使えるのかは怪しい。
だが、何らかの攻撃手段はあるに違いない。
彼女が作ったと思われる罠には、明らかに俺達の世界で作られた機械が使われていた。元の世界から取り寄せたのか、あるいはそれらをこちらの世界の物質で忠実に再現したか。どちらにせよ、驚異的な力があるかもしれないという事だ。
魔法のあるこの世界において、科学系の攻撃に対する対策は皆無だ。かろうじて、俺達のような異世界の住民が持ち込んだ技術で、蒸気機関車くらいまでなら再現できているようだが。
魔法があるこの世界では、主に電気エネルギーを使う科学はあまり役に立たない。魔力エネルギーがあれば大抵どうにかなってしまうので、わざわざ電気エネルギーを生み出す必要性が皆無なのだ。
「ともかく、今現在で最も深い部分にあるらしい部屋に行ってみるか」
「人数はどうする? さすがに危険だからって、ちびっ子達は置いてきたけど。ていうか、先生は?」
「アキツグ君も置いてきただろ。今の容姿だと、タツキの言うちびっ子に当てはまるからな」
「……え。あれ先生?! どうりで不満そうな顔だったわけだ」
アキツグ君は、子供の姿だと感情を表に出しやすくなるらしい。大人の姿である時にはあまり見せなかった言動をよくするのだ。
タツキが言ったような、不満そうな顔。わくわく顔等。
それはもう、子供らしい態度をとる事が多くなっていた。
一応俺達の担任なので、あれは子供っぽくみせるための演技、と思いたい。不思議と、子ども扱いされても不満そうな顔をしないので、楽しんでいるだけかもしれないな。
まぁ、それは今度、本人に直接聞くとして。
「とりあえず、俺とタツキ、それからハルカさんは確定。タツキとハルカさんは言わずもがな、戦士と回復職だからな。俺はハルカさんが比較的苦手としている攻撃魔法の補助。というわけで、欲しいのは支援役と物理攻撃の補助もしくは盾職だ」
「要するに、チームのサポートと、防御力が高い奴って事だけどさ。支援だったら1人しかいなくね?」
タツキはマキナに視線をやった。
ああ、まぁ。うん。そうなるよな。
俺達賢者の一行でパーティを組んだ時、役割を配分するとこうなる。
前衛攻撃職。ナクラ先輩。ナツヤ。ひぃ先輩。
中衛支援職。マキナ。マキア。アキヤ。
後衛魔法職。ハルカさん。
それと、万能職。俺。先生。ツル。
加えてあまり戦闘と関係の無い後方支援に、イユが入る。
出来ることはみんなバラバラだが、こんな風に判別する事は出来る。
今回、そもそも調査に参加させていないのがツル、ナツヤ、アキヤ、アキツグ君のちびっ子4人。彼等の見張りという理由を付けてマキアとイユがいない。ちなみにサトリも彼等の護衛だ。
自然と、メンバーが決まる。
というか、いるだけのメンバーでいいだろう。
俺、ハルカさん、タツキ、マキナ、ひぃ先輩。そしてルディ。
この6人でパーティを組んでおく。
「よし。じゃあ行くか!」
「「「おぉー!」」」
「キュイー」
……。
あぁ、うん。
何か聞こえたけど、気にしない事にしよう。多分、タツキの頭上にイキナリ現れた子の鳴き声だろうし。タツキもあまり気にしていないようだから、俺も気にしない。
見た事は無いけど、ラッキーベバーだと思う。うん。
レベルが5くらい上がったけど、それはまぁ、いいや。
「さて、ここが6つめの部屋だな!」
早速やってきた6部屋め。
やり方は簡単。6階まで辿り着いた人に、連れてきてもらうだけ!
本当は俺達をここまで連れてくる魔力が残っていなかったようだが、持っていたMPポーションをあげたら連れてきてくれた。
ラッキーアイテム:MP回復ポーション。まさかこういう形で使うとは。
転移してくれたのは妙齢の女性魔導師だった。ちょっと色っぽい上目遣いでお礼を言うと、さっさと拠点へ帰ってしまったな。
俺はバンバン魔法が使えるから良いけど、もし俺達が転移魔法を覚えていなかったら大変だったぞ。あまり考えたくないが、まさか俺達を閉じ込めるとか、考えていないよな?
そうではない事を祈る。
「さて、これが少女像か」
部屋は確かに円形で、上へ行くための階段がある。
だが、先へ進むための階段が見当たらなかった。
行き止まりである。かろうじて意味深な石のアーチはあるが、そこは土で埋められている上、アーチは4つもあった。どれかがフェイク、もしくは全て一応通路なのだろう。
そして、報告どおり、部屋の中央には少女像があった。
「凄く細かい細工がしてあるね。今にも動きそうだよ」
「手彫りぽくはないなー」
少女像は、どうやら踊り子のようだ。身体そのものは薄紫色のツルツルとした質感の、透明な鉱石で作られている。服は色とりどりの宝石を薄く伸ばして作られたらしい。
透明な鉱石で作られた少女像は、俺達と大して背丈が変わらなかった。原寸大なのだろうか。
いつごろ作られたのかは分からない。ただ、見えそうで見えない絶妙な色の濃さが、作り手のこだわりを示す。あからさまに見せたいとは思わなかったようだ。
それにしても……。
「きれい。だね」
「だぞー……」
「はは、芸術に関心の無い俺でも、こう、グッとくるものがあるぜ……」
「……?」
少女像は変わらない微笑をたたえ、とても楽しそうで、今にも動き出しそうだった。
俺達はほぼ全員、しばし彼女に見惚れてしまう。……タツキ以外は。
タツキは、どちらかと言えば芸術に関心のある方だ。意外かもしれないが、ピカソの絵はタイトルを見なくても何を描いたのかすぐ分かるくらいには好きらしい。
そのタツキが、理解しがたいとでも言いたげな表情になった。
「どうした?」
「ん。ああいや。何か、見覚えがあるような」
「あるのか?」
「……無い、ような……」
どっちだ。
「や、気のせいだろ。つーか、この少女像、ヘスカトレイナじゃないか?」
「ヘスカトレイナって、平和の女神だよね。ジョーク教の」
「そうそう。って、魔族にもジョーク教あるの?」
「あるよ。というか、魔族は全員ジョーク教だよ。ジョーク教じゃない魔族はまず見ないくらいには普及しまくっているみたいだね」
「マジか!」
雑談も交えつつ、少女像、改め女神像を眺める。
先へ行くための仕掛けは、おそらくこの少女像が関係している。かもしれない。仕掛けのありそうな部分を探そうと考えたのだ。
まぁ、それはハルカさんの直感でどうにかなりそうだけども。
「あ、ここ、アビリティ使えないみたいだね」
「何だって?!」
「この辺りは、種類によってはスキルも魔法も使えないみたいだよ。私のアビリティは、発動できなくても75%の確率で直感が当たるけど」
ハルカさんは、何度か直感で少女像を触った。
ただ、絶対に当たるわけではなくなったためか、しばらく試行錯誤が続いた。どうやら正しい手順があるらしい。ようやくカチリ、と音がしたのは、30分後の事だった。
アーチのあった部分の土壁が、溶けるように無くなっていく。
「今ので残数はどうなった?」
「そもそも使用していなかったから、まだたくさんあるよ」
「なら、そのまま温存してくれ。運が悪ければ4回迷うだろうが、それでも立ち止まっているよりかはマシだ。まず右端の階段から進むぞ」
俺の勘はあてにならないらしいから、俺が選んだ左端の反対側を指す。すると、右端の階段に足を向けた俺の目前に、大きな手がにゅっと現れる。
「あー、待て待て。ちょっと待て。ここは俺のカンに任せてくれよ。左から2番目に行こうぜ」
「「「えっ」」」
ひぃ先輩以外、全員が呆気にとられた表情に切り替わる。
「え、何。俺じゃ不満か?」
不満、といいますか。
ひぃ先輩って、いざという時には頼りになる。なる……けどもなぁ。
普段は、意外と頼りにならない。
それがひぃ先輩クオリティ!
「相変わらず本音が声に出る奴だな?!」
おっと。
「俺のアビリティは、ステータス補正系でさ。確認したけど、外で見たステータスと変わらなかったのよ。ステータス補正は消えないみたいだからさ、俺の『運』の数値は25000。どうだ?」
にまんごせん、とな。
2万、5千。
……。
は?
「運のステータスって、ハルカちゃんは分からんが、みんな軒並み3桁だろ。俺は5桁だから、ちょっとは信頼してくれよ」
運に限らず、ステータスにある物攻とか、魔防などの数値は、常人であれば3桁の域を出ない。千を超えて4桁になるというのは、相当鍛えた人だ。冒険者の極みだ。
それが、5桁。それも、運。
運のステータスはレベルでは上がらない。普段の行いだとか、パワーストーンを身に着けるだとかで、一時的に上がる程度だ。
それが5桁。25000だという。
鑑定で確かめるが、嘘を吐いているわけではなさそうだった。
「その勘が当たっていなかったら、いくら年上でもそれなりに怒りますよ」
「……外れていたらぶん殴る。を、一応オブラートに包んだ事は褒めとく」
「どうも」
微妙な表情のひぃ先輩だが、自身の勘に不安は無いらしい。左から2番目の階段をずんずんと進んでいって、先導する。
ただまぁ。うん。
どう見ても、行き止まりになっているよな? これ。
「……ひぃ先輩?」
「……えぇっと」
特に何も無い、土をちょっと削ったような壁。少し湿っているのは湿度が高いからだろう。
とはいえ、目の前に立ちはだかるものが壁であり、後ろにしか道が無い事は火を見るよりも明らか。俺がひぃ先輩を一瞥すると、何を言われるでもなくひぃ先輩は震え上がった。
俺はにっこり笑って、ひぃ先輩の頬をわざと掠めるように剣を突き立てた。
土壁の一部が崩れて剥がれる。
「わ、わ、ごめんって! もう出しゃばらねぇからさ。な?」
ひぃ先輩が慌てている。
俺はひぃ先輩の頬を掠っている剣に魔力を込め、今出せる最高に爽やかな笑顔を浮かべた。それはもう、周囲が暗くてもキラキラと光るエフェクトが見えるような、眩しい笑顔だ。
一部の人間には、恐ろしい含み笑いに見えるだろうがな!
「ちょっ、ストップ、ストップだってー!!!」
―― ガラガラガラ……
「「「えっ」」」
ちょっとした脅しのつもりで剣先に力を込めたのだが、案外力が伝わったのか壁が崩壊を始めてしまったようだ。
慌てるような規模ではない。目の前にあった壁だけがきれいに崩れて、階段も何も崩れていないからな。だが、これは、ちょっと。
「か、壁の奥に通路があるみたいだね……」
「驚きだぞー」
崩れ去った壁の奥には、通路があった。階段ではなく、通路。
……それも。
「ぅおえっ。何だこの酷いにおいは……」
「血のにおい、ですね。それも、超高濃度の上、一部腐った感じの」
ルディが鼻をピクつかせて答えた。初等部の地下室のような魔力濃度の濃い場所ではないらしいが……。血のにおいが、半端無い。
むせ返るほどに濃い血のにおいが、そこに充満していた。
「うぅ。鼻が曲がりそうだぜ。スイト、まさかとは思うが前回の救出もこんな感じのとこだったのか?」
「においをちょっと引いて、視覚的にきついものと魔力濃度が濃すぎる感じはあったぞ」
「……どっちもどっちだな」
どちらとも酷いとも言える。
タツキのみならず、パーティメンバーのほとんどが鼻をつまんで調査する事になりそうだ。
通路は階段に対して左右に伸びているが、左は目に見えて行き止まりになっている。というわけで、右に行くしか無いらしい。
「この先は間違い無く危険ゾーンだ。ハルカさん、結界魔法が張れるなら張っておいてくれ」
「あ、うん。多重結界なら大丈夫」
俺を閉じ込めたアレか……。あれは基本魔法をただ単純に多く張っただけだからな。何十枚も重ねた紙が上手く切れないのと同じで、かなり頑丈である。
それらを全て、俺達の移動に合わせて動かすのは至難の業のような気がしないでもない。
まあ、多重結界という1つの魔法としてみれば、それほど難しくないのか?
こればかりは本人お間隔の話になる。後で聞こう。
それはともかく、おそらく正規の進入方法ではないのだろうが、敵のアジトらしき部分には入れたらしいな。そこは僥倖である。
状況は全く僥倖でも何でも無いが、時短は出来たはず。多分。
さて、と。エネミーサーチを使ってみるか。魔法制限に引っ掛かれば使えないかもしれないけど。条件は前回と同じにして、と。
……!
「近い……」
「ん、どうした、スイト?」
「セルクが、近い」
反応があった。それも、壁の向こう側だ。
少し条件をゆるくしてみよう。20歳以下の子供。すると、反応の数がどっと多くなった。
一部屋分程の間隔をあけて配置された反応が、いくつもある。少なくともセルクは壁1枚向こうにいるらしい事も、分かった。
誘拐されたほかの被害者もだ!
「壁を壊して助けるのが一番手っ取り早いがな……」
「さすがに、それは見つかるから、ダメでしょ」
(地道に削れば時間がかかる。派手に壊せばすぐ気付かれる)
(だからといって、正面突破は充分な準備が出来ているわけでもない現状、すべきではない)
(しかし、これ以上時間をかけるのも、被害者の心身の状態を考えると……)
「って感じで迷っていると思うけどもよ?」
頬に付いた傷を完璧に治したひぃ先輩が、俺の横でぶつぶつと呟いた後で俺の顔を覗き込んだ。
「スイト少年は、要するに今すぐにでもこの壁の向こうに行きたくて、でも敵にはあまり気付かれたくないし、その他にもいるであろう被害者達を、出来ることなら全員救いだしたい。合ってる?」
俺は頷く。
まだ無事な奴がいるなら、彼等が傷つく前に、迅速に助けたいからな。
「じゃ、やる事は1つだな」
「……1つ?」
ひぃ先輩は、持っていた大弓に手を掛けた。構えるのではなく、ただ手に持っただけだ。
そして、弓に魔力が込められる。綺麗な青色の光。性質は神聖と邪悪の混合、つまり一般的なもの。その属性は、一点の曇りも無い水。水属性魔力の純度が高い。
純度が高いと、それだけその属性の魔法の威力が上がる。ただ、意図的にそうしない限り、つまり最初から持っている魔力の純度が高い事はほとんど無い。
ひぃ先輩もまた特殊な魔力の持ち主だったらしい。
大弓はどうやら、魔力でその弓矢と弦を作り出す武器だったようだ。この武器の利点は、後から武器の形を自在に変形できる事。空気抵抗を気にせず飛ばす事が出来ることなどである。
その、形状を変える能力を使い、恐ろしく鋭い刃を作ったらしい。
やり方は違うが、レーザーで壁を焼き切るつもりのようだ。壁の厚さに合わせて刃の長さを調節し、それを壁に這わせる。
俺達が通れるくらいの穴が、空く。
「行くぞ!」
タツキの小声の号令に合わせて、突入する。
出来うる限り静かに、警戒心を持って。
……。
そこにいたのは。
「―― あぁ。来たわね」
本誘拐事件の最高重要人。
魔法の無い、俺達の世界からの来訪者。
白衣を纏い、不敵な笑みを浮かべる女性。
―― 種作雨……その人であった。
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