22 星雲の師弟

 落ち着いてはいないが、セルクは渋々といった様子で噴水の縁に座ってくれる。イラついているようにも見えるな。

 メルシーはけらけらげらげらと笑い飛ばしてくるし、本当、何がしたいのか。

 本当は「やっている内に自然と出来た」的なシチュエーションで行こうとしていたのに!

 まあ、結果的には教えられるし、実物を第一撃で見せ付けた事で、相当深く記憶に刻み付けられただろうから良かったが。


「あー……今、俺は無詠唱で魔法を使ったわけだが」


 先生をチラリと見ると、先生も立ち直って俺の話に耳を傾けている。

 何と、年上のヨルシュさんも同様だ。

 ツル達だけなら言葉を選ぶ必要は無いが、セルクや先生、何よりヨルシュさんがいるのだ。ここは、先生から聞いた授業の内容と、先程のメルシーの実践を利用させてもらおうか。


「先生の授業では、呪文や魔力の制御が正確でないと魔法は発動しないと教わった。けど、メルシーがやったように、炎の基本魔法で使う魔法名には、基本であれ中級であれ『フィエラ』が含まれていたはず。そうでないとしても、メルシーの使った魔法の名称。あれ、嘘だろ」

「よく分かったねぇ。オリジナルだよ~。本当は初級魔法『アルフィエラ』だけど」

「「えっ」」

「これであの魔法が使えたという事は、本当は『呪文』というものが、さほど重要ではないのでは、という仮説が立てられるという事。

 それなら、魔力制御が最も重要なのか? だったら、初めて魔法を使えた者が魔力制御のせの字も知らない者も含まれているはずが無い。

 だよな、ルディ」


「はい。僕の部下に当たる者の中に、魔力制御が全く出来ていない新人がたくさんいます」


 タイムラグ無しでルディが答えてくれる。

 何の打ち合わせも無くスムーズに答えてくれる人がいて良かった。今の解説だと、ルディのように色々と事情を知っている人がいないと説明できなかったよ。

 後でクッキーを差し入れよう。


「魔力制御が疎かでも魔法が使えるなら、魔法を使うのに必要なのは『呪文の正確さ』でも『魔力制御』でもない。他の要因があるはずだと考えたわけだ」

「他の、要因……」

「とはいえ、それは考えても分からない。というわけで、とりあえず、俺達のいた世界にある物をイメージしながら魔法を作ってみた。たとえば水晶球、たとえば野球だな。野球はボールを投げる動きのあるスポーツで、水球を飛ばす時のスピードの参考にした。

 そうしたら、呪文も魔力制御もしていないのに水球は生まれたし、ちゃんと飛んでいった。一瞬水晶球のイメージが飛んじまったが、そこ以外は『イメージすれば』魔法が使えた。

 つまり。魔法を使うのに必要なのは、より正確な、より詳細な『イメージ』!

 これはあくまで、個人的な意見ではあるが、検証はすべきだと思う。どうだ?」

「い、イメージ……?」


 魔法はイメージに左右される。俺が知る限り、呪文なんてものは必要無い。

 おそらく、長い歴史の中で魔法師が不作となった時代があったのだ。その時、イメージ力を補助する形で呪文が生まれた。後に呪文が重要という当時の文言だけが残り、イメージ力が重要だという情報が劣化していった、と。

 新たな方法でも魔法が使える人が多くいただろうから、それが真実だと信じられてきたわけだ。

 相当昔からそうであった事は、先生が茫然自失になっている事から窺える。常識が覆されてすぐには受け入れられない。そんな感じだ。

 無理も無い。本物のカニだと信じてきた物が、実はカニかまぼこだったと知らされたようなものだし。


「ただ、セルクの場合、イメージの問題じゃないと思うぞ」

「……えっ」


 これは、これまで魔法が使えなかった者に希望を持たせる発言だ。だが、彼は違う。イメージ法に魔法を切り替えたとして、すぐに魔法が使えるわけじゃない。

 むしろ、今と同じまま停滞する。

 希望を奪うわけじゃないが、勘違いだけはさせたくない。もっとも、今の発言でセルクの表情がこの上なく暗くなってしまったが……イメージ法を実践して、それでも魔法が使えないと、また絶望してしまうだろうから、その前に教えてあげなければならない。


 俺は、念のためにスキルを発動させた。

 普段からスキルを発動したままだと、メチャクチャ視界が眩しいのだ。人族の土地では大気中に含まれる魔力が少ないらしいし、そこまで眩しくないと思いたい。

 ただ! 魔族の土地はそこらじゅうが光っているのだ。

 この視界がスキルのせいだと自覚してからは、それはもう眩しいの何の。

 とはいえ、こういう時は役に立つ。

 セルク。彼が魔法を使えない理由は、彼自身が持つ魔力に起因する。


「セルクの持つ魔力の性質が、魔法不発の原因だよ」

「性質、って。あの、神聖な性質とか、邪悪な性質が魔力にあるっていう説の事ですよね。回復魔法に神聖な性質が必要だという、あれですか」

「そう、それ。俺と一緒にいた女の子の賢者。ハルカさんは、神聖な性質の魔力を多く持つ特殊な人間だ。回復役に超向いている人材だよ」

「その性質が、何ですか? スイトさんは、僕の魔力が見えるとでも言うつもりですか」

「ああ、見える」


 俺のハッキリとした物言いに、セルクは気圧されたのかつばを飲み込む。

 最初から俺の言葉を信じない者がいなくて助かるよ。先生もヨルシュさんも、とても真剣に俺の話に耳を傾けてくれる。

 ここで嘘を吐いても意味が無い。こういう時は、探偵役の時に使える確信顔。もしくは決意を秘めた若者か覚悟を決めた剣士の顔だ。

 表情は硬くなりすぎないようにする。声は通常時の声より若干低め。話す相手をしっかりと見据え、裏技的に下から目線を取り入れて。

 まあ、この裏技はかわいい女の子がやって何ぼのやつだから、やらないけど。

 代わりに、ちょっと憎たらしい人の演技をする時には欠かせない「ちょっと上から目線」をやってみる。俺はつり目だから、怖く見えるかもしれない。だが、これが相手を納得させるのだ。

 ……と、部長が言っていた。


「ここ数日で判明したのですが、スイト様は魔力可視化、及び精霊可視化のスキルを持っておられます。それ故に、普通は分からない個人の『魔力の性質』も見抜けるようなのです」

「性質を、見抜く……」

「その目で見た限り、セルク。ツル。ナツヤの3人は、特殊な魔力である事が分かった。特にナツヤの魔力は特殊すぎるのか、どんな文献を漁っても出てきていない」


 魔力の性質が遺伝するのかはさておき、ツルは俺と同じ性質だ。これもどの文献にも無い性質だから、どう教えようかね。さっきの魔法では検証も出来ていなかったし。そもそも普通の魔法と大差無い威力や効果の魔法ばかりしか使っていないから、どういう性質なのかさっぱりだ。

 名称はともかく、性質も要検証。幸か不幸か同じ性質の奴が2人もいる。それも兄妹だ。近い条件で色々と試せそうだし、後でお互いに魔法を使ってみるか。

 そしてセルク。こいつの魔力の性質だが……。

 こちらは、僅かだが文献に名称があった。

 神聖の性質は『浄化』で、邪悪の性質が『侵食』といったような、その性質の特徴が、分かる。

 彼が持つ魔力の性質は――


「お前の魔力の性質は、星。セルク自身の適正属性は月と陽みたいだし、面白い組み合わせだ」

「ほ、し? そんなの、聞いた事……」

「無いだろうさ。薄っぺらい上に古ぼけた、それも途中で頓挫した研究の報告書に書かれていたからな。それを見たのは偶然。覚えていたのも偶然だ。それによれば、星の魔力性質は主に『拡散』らしいぜ」


 拡散。

 不特定多数の一般市民の多くは、神聖と邪悪の性質を持った魔力を、およそ半分ずつ所有している。普段放つ魔法は、意識しなければどちらも混ざり合った中性の性質を持つ、要するに何の性質にもならない魔法が放たれる。

 これを普通の状態と位置づけるなら、星の魔力はかなり特殊だ。神聖も邪悪も関係なく、所有魔力の全てが星の性質になってしまう。


 星の性質である『拡散』とは、文字通り、魔法を拡散させてしまう作用を持った魔力だ。

 放った炎の魔法が次々何かに燃え広がる、などという効果だったら話はもっと単純だっただろうが……。

 実際には、人という器から離れた魔力が、自然と散らばるという作用。言ってしまえば、氷が昇華して、イキナリ水蒸気となって空気中に逃げてしまうようなもの。

 一箇所に留まっていられないのだ。留めようとすれば膨大なエネルギーを要し、1つの魔法使うだけで、十の魔法を使うほどの魔力が消費されてしまうだろう。

 魔法は発動している。

 しかし、発動した瞬間に、魔法を形成している魔力が周囲に散ってしまい、結果魔法が維持できなくなるのだ。傍から見れば一瞬しか発動していないので、不発と見なされてしまう。

 これが、セルクが魔法を使えない理由だった。


「星の、魔力。そんな、魔力の性質だけで……」

「それだけだ。それだけを何とかすれば、マトモな魔法が使えるということだ」

「えっ」


 セルクはいやに驚いた。


「さては、勝手に『解決法は無い』とでも思っていたな?」

「え、あっ。はぃ。って、あるの?!」

「解決法ならあるよ。ある意味、単純明快な方法だ」

「な、何ですか? 教えてください!」


 再び興奮状態で向かってきたセルクを押さえて、再び落ち着かせる。

 星の性質の魔力。一箇所に留まる事の出来ない、一見魔法使い殺しの魔力だ。ただ、実の所あまり制御を意識する必要の無い、操りやすい魔力だとも記載されていたのだ。

 一点に留まる事が出来ない。

 ならば、移動させながら魔法を発動させればいい。

 常に移動先にも魔法を発動させて、その2つ、3つ同時発動させた魔法の間に魔力を……。

 俺が説明をしている最中に、セルクは実践してみせる。魔法を発動させる二箇所を決め、その間に魔力を循環させて。


「じゃあ、かみな」

「炎で」

「えっ」

「炎。ほ、の、お。ほぉのぉおぉー」

「……ほ、炎の、魔法で」


 若干ツルに意識誘導を受けつつ、実践する。

 俺には見える。魔力がきれいな楕円を描いているのが。キラキラしたエフェクトが宙を舞っているのが。星の魔力が、流星のように流れているのが!

 セルクが指定した部分に、炎が灯る。手の平サイズの炎だ。

 これまで、どれだけ練習しても一瞬しか点かずに四散していた魔法。

 それが、今――



「っ……つか、ぇた? 魔法。僕の、魔法が……っ」



 炎は不思議な煌きを放ちながら、灯り続ける。

 元々セルクはとんでもない量の魔力を持っていたが故に、それはずっと煌き続けていた。

 1分、2分と経っても消えない。

 セルクは集中を乱しても、消えない。

 消すのはもったいないと言いつつも、危ないからときちんと消化するために、水の魔法まで出して見せたくらいには余裕を見せた。

 そう、魔力の性質『だけ』が問題だった。

 それが無ければ、彼は……。


「使えましたぁー!」

「ぐぶぉふ」


 人間の急所の1つ、水月。

 鳩尾とも言う。

 セルクの頭が、クリティカルヒットを繰り出した。

 本能的に自分のステータスを覗いたが、HPが10ほどマイナスされている。レベルは上がっても、物理系の耐性が前回よりも下がっているせいで色々とダメージを受けやすいのだ。

 今のはクリティカル。通常よりも大きくダメージの入る攻撃だった。

 おかげで、一時的に倒れる羽目になる。


「わあぁー?! すみませんすみませんすみま」

「いい、だいじょうぶ……」


 吐き気を我慢しながら、物凄い勢いで頭を下げたり上げたりするセルクを静止させる。まんま人間シェイクが出来てしまいそうな勢いだったのだ。

 案の定、目を回してしまったセルクは、大人しく噴水の縁に戻っていった。


「少し、良いかな」

「どうぞ、ヨルシュさん」


 ゆっくりと起き上がりつつ、ヨルシュさんの声を聞き取った。一気にダメージが入ると、視界が揺れて気分が悪くなるのだ。それが直るまでは視線を誰にも向けないようにしておこうかな。


「君の魔法の事なのだが」

「俺の。ああ、さっきのやつですが」

「そうだ。君の魔力もまた、特殊と考えていいのかな」

「まあ、そうですね。自分で自分の魔力を見た時、ツルと同じ魔力の性質だという事は分かりました」

「えっ、お兄ちゃんと一緒? 本当?!」


 ツルと俺は同じ魔力の性質を持っている。名称があるのか、その性質がどんな特徴を持っているのか。何も分かっていない。

 城に戻ってからゆっくりと検証しようと考えている。


「という事は、君自身、その性質の特徴は知らないと捉えていいのか」

「ええ、まあ」

「なら我々の意見を聞いてくれないか。その様子だと、君自身もどのような性質なのか、客観的に捉えられていないのだろう? 僕が先程見た時、君の魔法はその。随分と特殊に見えたのだよ」

「特殊?」


 何か変だっただろうか?


「君の手から放たれた後の水球が、段々と大きくなっていた。そうだな。手の平に収まるリンゴサイズだったのが、イチゴのサイズになっていた」


 ああ、この世界のイチゴね。

 この世界のイチゴって、手の平サイズじゃないのよ。むしろメロンやスイカの類と同じなのよ。しかも味や匂いがリンゴという詐欺まがいの果物なのよ!

 加えて、普通のリンゴも存在している。

 俺達で言う普通のイチゴは、カリベリーという果物が近い。見た目はガラス球なのに、パリンと割れて、じゅわっと果汁が広がる。新食感だった。

 と、ともかく。


「そんなに変わっていたのか?」

「うん。ちょっとずつ大きくなったよ。速くて見え難かったけど、ちょっとずつ!」

「俺も見た! ちょっとずつだったよなー」

「ねっ」


 いかにも動体視力の高そうなツルとナツヤが言うのなら、その通りなのかもしれない。

 言われてみれば、一箇所で魔法を維持することはこれまで無かった。長い間留まる魔法じゃないと分からない性質かもしれないし、ちょっとやってみるか。

 炎の魔法は危ないので、水にしておこう。

 よっ。

 ポヨン、と水球が現れる。

 おぉ、あまりイメージしていないから、スライム形になった。

 ん、お?


「何か、ちょっとずつ大きくなっているような」


 十秒、二十秒とその場で維持していると、ちょっとずつ、けど確かに、水の量が多くなってきている気がするぞ。

 一分、二分と続けて……。

 気付くと、人の頭2人分は体積が増えていた。最初はリンゴくらいの大きさだったのに。


「こ、これ以上は怖いし、屋内だし、投げるぞ」

「あ、はぁい」


 適当に草が密集しているところへ、水を放り投げる。

 しばらく水が要らないだろうな。あそこ。

 それにしても、不思議なくらい大きくなったな。追加で魔力を投入したわけでもないのに膨張を続けていたぞ。性質は『膨張』という事だろうか。

 膨張、増幅、倍増……まあ、詳しく調べるのはまた今度だな。


「お兄ちゃん。私の魔力、どう見えるの?」


 ツルがくい、と俺の服のすそを引っ張る。どんな感じかと言われると、そういや、ちゃんと見ていなかったな。魔力可視化のスキル、ある意味強力だが、あまり多用したくない。目が痛い。


「そうだなぁ。ふわふわ、かな」

「ふわふわ? わたあめとか、雲みたいな感じ?」

「ああ。無色だから、ツルは俺と同じ無属性が適正属性。兄妹でこうも似るのか」

「じゃあ、わたあめの性質だね!」

「いや、それだとべたべたしそうだから、雲の性質って事にしよう。うん」


 わたあめって、要するに糸状の砂糖だから。溶けるとべたべたして気持ち悪い。味はもちろん砂糖。縁日屋台や夏祭りでは子供達から人気を博す存在だな。

 わたあめは、あくまで性質による魔力の見え方だけを示唆した呼び方だ。邪悪や星のように、その性質を遠回しにでも表した名称じゃない。仮とはいえ、わたあめの性質と雲の性質。どちらがより『膨張』という性質を表しているかは明白である。

 雲は、正確には上空にある凍った水蒸気の事だった気もするけども、まあまあ表せていると思う。


 ……わたあめの性質。どう考えてもふざけているとしか思えない。子供が考えた名称だから仕方無いけども、うん、雲の性質の方が、後々の事を考えると良いと思うのだ。


「というわけで、ツル。雲の性質だぞ」

「えー……」


 表情からして不服そうである。しかし許せ、妹よ。わたあめの性質は無理なのだ。後でみんなに説明する時に、恥ずかしくなるから。

 わたあめの性質なんて、俺は付けないような名称だから!


「雲の性質か。仮とはいえ良い名称じゃないか。呼びやすい」


 ヨルシュさんが肯定してくれると、途端に頼もしくなるな。じゃ、仮だけど、俺とツルの魔力の性質は雲って事にしよう。


「特徴は膨張とか、増幅かな? 凄いねー。炎だったら、本当に危ない感じだね!」


 メルシーがニコニコと満面の笑みで言うと、緊張感に欠けるな。だが確かにその通りだ。俺の魔力が続く限り、また誰の邪魔も入らなければ、炎が無限に大きくなり続けるという事である。

 他の魔法にも言える事だが、少しでも扱い方を間違えれば大量の犠牲を出してしまう性質らしい。

 炎の海を作る事も、意図的に海のような場所を造る事も簡単になってしまいそうだ。


「それはともかく、おめでとう、セルク。初めて魔法が使えたんだろ?」

「あっ、はい!!!」


 先程のクリティカルの件から静かになっていたセルク。

 何はともあれ、彼が生まれて初めて魔法を使えた事はめでたい。何かしらお祝いでもするか。少し派手にやって、アキツグ君が相手をしているであろうあの嫌味な教師も呼んでやれば、色々と面白い物が見られそうだ。

 どうやらセルクは、あの教師を嫌っているようだし、これまで見下されていた分、思い切り見返させてやりたい。あのにやにや、誰が見てもムカつくし!


「お兄ちゃん、顔がダーク」

「ん、そぉなの? あまり変わっていないような」


 さすが兄妹。ツルは俺がダーク思考を巡らせている事を見破ったらしい。メルシーが笑顔のまま?マークを浮かべている事から、今の俺はそれほど表情に変化が無いはず。

 ツルはどうやって見破ったのか。

 謎だ。


「よし、お祝いするか。城でちょっとしたパーティを開こう」

「そ、そこまで大事ではないと思いますけど?」

「セルクが初めて魔法を使えたことがメインだけど、星の性質が存在する事はより多くの人に知らせた方が良い。これまで研究されていないせいで、セルクみたいに魔法が使えなくて困っている人は少なくないはずだ。俺の魔力も、な」

「なあ、俺は? 俺のもトクベツなんだろ?」


 ナツヤがおもむろに近付いてきた。

 あ、そういえば、こいつも相当レアな性質だったわ。

 雲と同じで、全く情報が無い性質。俺の目に映る彼の魔力は、とても不思議なのだ。

 四角がいっぱい。

 魔力は常に人が纏っているように見える。その纏った部分で性質を見分ける事が出来るのだが、雲の場合はもこもこ、ふわふわとした感じだった。

 神聖の場合は後光がさしているような感じ。邪悪の場合は湯気が立っているような感じである。星はキラキラしたエフェクトが浮いている感じで、それぞれある意味分かりやすい。


 ナツヤの場合、大小様々な大きさの四角い光がパッ、パッ、パッと点いたり消えたりしているのだ。加えて細い線がカクカクと曲がりながら走り、端から消えていく。

 イメージとしては、パソコンなんかに使われている基盤。機械的な光がこの目に映った。雲の性質もそうだが、こっちも相当よく分からない。

 見てみないことには、何とも言えない。

 まず、魔法を使ってもらわないと、その性質がどのようなものなのかが分からない。


「魔法を使えば分かるのか?」

「そうなる。あと、なるべく敬語を使え」

「おぅともよー」


 あ、こいつ、聞いてねぇ。

 ナツヤははしゃいでおり、敬語を使え、と言った部分は完全に聞こえていない。魔法の使い方も、分かっているのかどうか怪しいぞ、これ。

 堅苦しい呪文が要らない分、イメージ法での魔法は簡単だ。とはいえ、その説明さえ聞いていない可能性があるぞ、こいつ。

 大丈夫だろうな……。


「出来たぜ!」

「お」


 ちょっと目を放した隙に、ナツヤが天井に向けていた手の平の上に、光が浮かんでいた。

 光球。光属性の珠である。

 基本光魔法【ライト】だな。無系統魔法に属する、光属性の魔法だ。基本魔法なのでそれほど難しくはないが、この中で光の魔法を使った奴はいないはず。

 言ってしまえば電気ランタンの光をそのまま持ってきたような光。

 まさかとは思うが、今言ったようなイメージを浮かべられたのか?


「ちょっと失礼だよな、スイト先輩」

「あ、また声に出ていたのか」

「開き直んないでよ! で、で? 俺の魔法の性質って何よー」

「それはまだ分からん」


 雲の性質のように、留まる事で特徴が出る性質ではないらしい。見ている限り、変化らしい変化が起こっていないのだ。

 という事は、動かす事で分かるのだろうか。

「よし、それを、的に当ててくれ。造るから」

 先程破壊してしまった的をもう一度造る。

 魔法:ライトは攻撃魔法ではないので、別に強度は関係ない。はず。

 攻撃力があって壊れたとしても、また造ればいいだろ。うん。もう無詠唱は見せちゃったし、別に隠す事は無いだろうから。


「でぃりゃあ!」


 声と顔の迫力に反して、光球はふよふよへろへろと、それもゆっくりと的へ向かって飛んでいく。


「ありゃ?」


 本人も予想外のようで、素っ頓狂な声をこぼした。

 俺の水球みたいな速度は出ていないし、コースもへろへろ。ここで大人気無く笑い飛ばす事も出来るが、ちょっとおかしいな。

 運動神経の良いナツヤなら、野球くらいやった事があるはずだ。やっていないとしても、野球の試合とかなら、テレビだろうが見た事はあるだろう。たとえさっきの俺の魔法を見ていなかったとしても、それくらいはイメージできるはず。

 こいつのイメージ力が弱いのか、これが魔力性質なのか……。

 と、考え込むと同時。

 ピタリ、と、光球が止まってしまう。


「お?」

「げっ、止まった!」


 ナツヤの放った光球が、音も無く消える。


「んっ?」


 光球消滅の後、一瞬遅れて的が崩れた。


「おっ?」


 崩れた的の土埃が晴れた後、光球は静かに空気へ解けていく。残るのは的の残骸と僅かな土埃のみ。後は俺にしか見えない、魔力の痕跡。

 明らかに、おかしい軌道だったよな。今の魔法。

 ためしにもう2、3発撃ってもらったが、指定したポイントに着くまでの時間、軌道の2点がメチャクチャだった。その2点だけは、何度魔法を発動してもランダムになってしまうらしい。


 ナツヤの魔力性質、名称未設定。その特徴は『不規則』というところか。留まる魔法であれば色々と魔法が出せていたので、イメージ力に問題は無い。

 不規則。魔法戦闘において致命的とも言える速さの時もあるが、最終的な終着点は、必ず指定した場所になるのは良いな。それに、位置指定だけをした魔法にのみこの特性が表れるようだ。使いようによっては、うん、便利かな?

 普通、魔法は指定した位置にまっすぐ飛んでいくだけで、発動後の軌道修正がちょっと難しい。プラスチック製ストローで煮魚を食べろと言われているような感じ、かな。

 この軌道修正が、容易に出来るようであった。

 さながらプログラムの修正。普通の人は出来ないけど、ゲームのシステムを組み立てるように、魔法というプログラムを組み立てる。

 よし、仮で『プログラムの性質』と呼んでおこう。こっちの世界にも科学技術はあるみたいだし、プログラムという単語はあるようだからこれもそれほどおかしくない。と思いたい。

 漢字じゃないけど、別にいいや。どうせ仮だから。


「とにもかくにも、ありがとうございます、師匠!」


 一人でぶつぶつ呟き始めたナツヤをよそに、セルクが駆け寄ってきた。


「俺、いつの間に師匠になったの?」

「僕に魔法を教えてくれた師匠ですから! 賢者様に失礼な物言いをいたしますが、どうか今後もご教示ください!」

「いや、そんな堅苦しい態度をとらなくても」


 そもそも師匠じゃない。俺はセルクの魔力の性質を教えただけで、魔法そのものは彼自身が彼自身の力で培い、手に入れたものだ。

 俺はただ、彼に足りなかった1ピースをはめただけ。

 ん? これって充分、師匠と呼ばれるに値する働きのような。


「ではスイト先輩とお呼びしますね!」

「そうじゃない……」



 そういえば、この時からセルクは俺の事を師匠もしくは先輩と呼び始めていた。俺の意思は全く尊重されていなかったが、まあ、悪い気はしなかったな。

 この時の俺は、彼が後に、とんでもない事をやらかすとは夢にも思わないわけだが……。


 その話は、相当後の話なので、かなりぼかしておく事にする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る