21 星の導き手

 見本が悪すぎる。


 それが第一印象であった。


 優しい笑顔に見えるが、俺の目にはどうみても作り笑顔にしか映らない。

 あの男性教師。魔法は呪文と制御力が全てである、という教えを信じきっている子供達には、毒にしかならない人間だ。

 黒と白が混ざった髪をオールバックにし、鼻の下にあるひげは横に尖っている。

 十年以上もの年齢差がある子供に対して、偉そうな態度と格好を極めたような奴だ。


 そもそも、あの教師は彼等に魔法を教えるつもりが毛頭無いらしい。呪文が大切である事が常識のはずなのに、その呪文を間違えて覚えている子や曖昧に覚えている子に何も指導しない。

 むしろ、間違えた子を見る度に笑みが邪悪になっている。


 俺の見立てでは、20人ほどの生徒全員にちゃんと魔法を使う素質がある。呪文丸暗記の生徒ならイメージ力が足りていないだけ。そもそも呪文ばかりに気を取られすぎて、肝心の魔法に制御力を回せない生徒。そして何より、圧倒的自信不足!


 もちろん、その制御力が無ければ威力が変に増減し、あらぬ方向へ飛んでいく事もある。魔法を使いこなすのであればそれは必要。

 だが、ただそれを発動させるだけなら。

 出したい魔法の『イメージ』や、魔法を出すために必要な『魔力』というエネルギー。魔法に必要なものは、基本的にはこれだけだ。

 魔法に対するイメージが間違っていると発動しない。しかし、ハルカさんのように発動『そのもの』はする。イメージとは、要するに発動する魔法の形を決めるという事。不発するのはそのイメージに確信が持てず、無意識にイメージを否定した時。

 魔法を使うのに必要なモノ。それを自分なりにまとめると。



1.魔法を使うために必要な『魔力』エネルギー。

2.魔法の形を決める、より詳細な『イメージ』を思い浮かべること。

3.そもそも自分には魔法が使える『自信』という感情。



 魔法の不発による魔法不信から来る精神異常。魔法が使えなくなる理由の1つだ。

 そこから魔法が再び使えるようになった事例があった。これが、魔法を使うために自身が必要である、と言える根拠。

 彼等はそれが不足している。

 何人かはそれが理由で使えないというわけではないのだが、早急に改善すべき問題ではあるな。

 まずはあの教師をどうにかしたいが、俺達はこの世界に来て1週間も経っていない。一ヵ月後の精神がこの身体に宿っているわけだが、こちらにいる人々にとって、俺達は所謂魔法初心者だ。

 レベルは既に一ヵ月後のものと同等。だが、いくらレベルが上がっても、それを使いこなす鍛錬は必要。ただ使う事と、上手く使いこなす事では技術に大きな差が生まれる。俺達なら天才という言葉で片付けてもらえるかもしれないけども。

 それにしたって、大した証拠も無く子供が大人を糾弾するのは相当なリスクがある。いくら王族の後ろ盾があったとしてもだ。

 加えて、あの教師、見たところ人族だし。


「ヴィトソン先生。あの教師の特徴を教えてもらえますか」

「見たままですね。物凄く! 嫌な奴です。元々この学校出身の教師ですが、当時の成績は平均値だったようです。外面だけは良いですよ。外面だけは」


 辛辣なコメントである。


「外面、だけは!」


 おぉう、もう一回言ってきたよ。


「あの先生ね、嫌い」


 こっちはド直球だな。

 メルシーも酸っぱそうな顔をしながらコメントしてきた。


「ただね、悲しいかな。教える先生が足りないの」

「それは、そうですね。良い教師は優先的にあからさまに才能のある生徒を教える事になりますから。だからと言って、あれに任せる事もないと思うのですよ」

「ヴィトソン君はマトモだねぇ。あれが来て5年間、誰もこの光景を見ていないから、そういう風に怒ってくれる教師がいないのだよー」


 ……は?


「今、何て?」

「だからね。あいつが来てから今日までの5年間で、Eランク生徒の授業を見た教師も生徒もいないのよ。毎回別の場所でやる上、生徒も教師も実技授業の時は、原則全員一塊になって動くから。私も普段は授業を見学しているし。今日、初めて、これを見たよ。いやぁ、予想以上のクズっぷりだよねぇ!」


 ちょっと待て。

 教師の大半から嫌われているという事は、一応問題視されている人物という事だろう。それに外面が良いと言っても、その手の人間にはすぐ分かるような三流役者だぞ!

 この5年間、一度も、誰一人として、こんな誰が見ても最悪な授業を見ていないのか?!


「見ていないから、未だにあそこにいるのでしょうね」


 アキツグ君がボソリと、目を細めて呟いた。

 この人は笑顔でいる事が多いけど、これは……。


「……疼きます?」

「分かりますか、スイト先輩」

「いつもどおりで良いですよ。ああいう感じの『生徒』を指導、矯正したいって、さりげなく言った事がありますからね、アキツグ君は」


 忘れもしない。この見た目は地味でも存在感が半端無いアキツグ君が、新任教師として泉校に来た時の事を。自己紹介の時のあの言葉を!



『新任のアキツグです。皆さんと仲良くできたら良いと思っていますので、よろしくお願いします。基本的には皆さんと仲良くなるスタンスで続けますが、もし「嫌な生徒」がいたら即刻指導しちゃいますので、気を付けてくださいね☆』



 軽い調子で言っていたし、教師として厳しく行きます、という意思表示と取られたため、多くの生徒は、その言葉をすぐに忘れた。

 ただ、俺を含む一部の生徒はそれをハッキリと覚えている。口調は軽くとも、その瞳からは力強い信念が燃えていたし、実際に態度の悪い生徒は次々に指導されていた。

 驚く事に、指導を受けた生徒は徐々に態度が改善されていった。

 成績の悪かった者達は、僅かながらその成績を上げていった。


 彼が2ヶ月という短期間で、長年赴任している教師を圧倒する生徒人気を集めた理由がこれである。

 見た目からは想像できない実力。人を導く事に関する才能。それに惹かれ、また、理解させられた者は、不思議なほど彼を慕うようになる。


 一時期洗脳や催眠を疑ったが、そうではなかった。

 紛れも無く、この人の人徳が成せる業である。

 そんな彼から見て、あの男性教師は火を見るより明らかな矯正対象だ。

 細めた目の奥で燃える炎。久々にこれを見たよ。僅か2ヶ月で風紀委員の仕事を8割減らした、この人の業がまた見られるかもしれない。

 という事は、だ。

 あの教師の件はアキツグ君に任せるとして。


 問題は生徒の教育者。一応教師である彼を何らかの方法で生徒から引き離した後、生徒に魔法を教える者が必要。アキツグ君はあっちに掛かりきりになるだろうから、それ以外。本職が軍人のルディなら行けるかもしれないけど、ルディが指導者、指導者ねぇ。

 一か八かの荒療治とかする奴だからなぁ。

 一応、俺の時はちゃんと安全確認した上での荒療治だったが、20人もの子供全員に繊細な作業を施すとか、とてもじゃないが無理だろう。

 俺じゃないと解決できない奴もいるし。

 ん、俺じゃないと?

 という事は、単純に俺がやればいいだけの話なのでは?


「よし、教師はアキツグ君に任せます。その間、臨時には……ヴィトソン先生を指名しておきます」

「えっ」

「俺はツル達を指導する傍ら、個人的にセルク達を指導しますので。後はお願いします」

「えっ、ちょっ」


 俺が立ち上がると、ツルやアキツグ君も一緒に立ち上がる。状況に追いつけていないらしい先生は、慌てた様子で自身も立ち上がり、結界の移動をし始めた。

 それを見たメルシーは大きく口を開けて笑い飛ばしている。


「あはは! スイト君って、意外と自分勝手な性格だよねー!」


 俺を指して笑っている気もするが、今はそれよりセルクの事だ。

 以前からあんな感じの教師が雇われていたのかは知らないが、明らかに5年以上在学していそうな生徒が混じっている。他のランクはともかく、Eランクの生徒は魔法が使えないという条件を満たせばどの学年でも同一の教師に教わるようだから、まあ、あんな幹事の教師が先任だった可能性は高い。

 魔法が使えない事による絶望。導きもしない教師による間違った目標。それらによってEランクの生徒は総じて目が死んでいる。

 そんな中、セルクの瞳だけはまだ、どこか希望があるように見えた。

 何故、彼だけはまだ失っていないのか? もしかすると、あんなクズ教師より良い見本を見る機会があったのかもしれない。


「ねぇ、一緒に見ても良い?」


 あ。案外メルシーが何かやらかしたのかもな。


「別にいいけど。何も面白いものは見られないと思うぞ」

「ぬっふっふふー。いかにも面白そうな事を、このメルシーちゃんは見逃さないのだよ! というかねぇ。色々とネタバラシをした方が良いと思うわけよー」


 闘技場から離れてしばらく進んだ位置。まだ授業中なので、校内に人気は無い。先生は闘技場から離れて魔法を解除した後、ふらふらしながら職員室に向かっていたが……大丈夫だろうか?

 メルシーは俺達に付いて来た。俺達はAランクの授業を見学しているハルカさん達の所へ戻ろうとしているわけだが、それは彼女曰く「つまらないこと」なのではなかろうか。


「ネタバラシって、何の事だ?」

「もぉ、惚けても無駄ですよ~? メルシーちゃんは全てお見通しなのだ!」


 むふん、とメルシーは腕を組んで胸を張る。

 おぉ、マフラーが意思を持っているかのように、その先端が上向きに! 魔法由来の装飾品だったのか、これ。どうも彼女は年がら年中これを着けているらしい、彼女のトレードマークなマフラー。後から聞けば着用者の心理をある程度表す効果が付いているのだとか。

 素直な彼女向けのマフラーである。


「じゃあ、私が何気なくセルク君をおびき出してあげる。ね、良いでしょ?」

「……自然と、呼び出せるのか?」

「うん。ただ単に『魔法見て!』って言えば、大抵大丈夫!」


 ド直球じゃねぇか!


「前もそれで呼び出せたし!」


 前にもやってた?!

 というか、セルクの目の件は多分メルシーが魔法を見せたからだろうな……。

 セルクの場合、魔法に対するイメージだとか、制御力云々の問題じゃない。メルシーの魔法を見たからと言って、間違った方法で魔法を使おうとしている限り魔法は発動しないのだ。

 セルクは、多分だけども。

 ある意味「俺と同じ」である。

 まあそれはそれとして。うん。メルシーの動く速度といったら、舌を巻くぞ。


「スイトさんも、メルシー先輩に呼ばれたのですか?」

「まあそんなところだ。セルクは時間、大丈夫か?」

「はい。今日も特に予定はありませんから」


 時は進んで放課後。

 Aランクの授業……あっちはあっちで色々ともめそうな雰囲気はあったが、俺無しでも解決できるだろうな。多分。

 というわけで、俺はこっちに専念だ。

 賢者メンバーから、俺、ツル、ナツヤ、アキヤ、ルディ。

 アキツグ君は早速ちょ……ゴホン。例の先生とOHANASIしに行った。こちらには魔法があるから、まず逃げられる事は無いと、不気味に笑っていたな。


 ……。


 うん、あの笑顔は忘れよう。

 それと学校メンバーから、メルシー、ヨルシュさん、先生、そしてセルク。

 えっとぉ。


「先生はともかく、何故ヨルシュさんがここに?」

「メルシーに……呼ばれてな……」


 哀愁を漂わせている彼の手には、資料と思われる分厚い紙の束。そしてそれを木製の板とクリップで固定しつつ、小さめの判子を片手に朱肉と資料の間を目にも留まらぬ速さで手が循環する。

 お仕事中に呼ばれたのか……。

 メルシーの誘いを断ったとしても、というか、断った結果がこれなのかもしれない。

 断ったところで無理やり連れて来られるだろうからな。


「大変ですね」

「お互いに。それより、何が始まるのだ」

「ああ、聞いていませんでしたか。要点だけを掻い摘んで言うと、魔法の講習会です」

「……Eランク、か」


 資料に目を向けているのに、会話が成立している。時々判子を押さないままめくられる資料があるという事は、内容に不備のあった資料を選別出来ているという事だな。

 ザ・仕事人と言っても過言ではない貫禄がある。

 加えて、フィオル情報だと彼の一族は竜人という種族で、その仕事の多くは戦闘。決して事務仕事が上手いわけではなく、むしろ苦手な者が多いようだ。


 彼はいわゆる、脳筋一家に生まれた頭脳派、それも一族特有の強固な肉体持ち。

 この世界で言うチートである。どちらも優れているエリートは、この世界でも生まれづらいらしい。

 とはいえ、彼もメルシーという少女には逆らえないようだ。魔道具で身体が人族になっていても、筋力はそのまま。人族のもろく柔らかい身体を傷付けないように扱うためか、はたまた単に彼女には頭が上がらないだけか。

 どちらにせよ、尻に敷かれるタイプに見えなくも無い。

 言わないけども。


「講師は君か」

「何故そうだと?」

「竜人の目は、相手の力量を測る能力があってね。この中でパラメーターが突出しているのは君くらいだ。メルシーは面白がりだから、君のやる事を見学しようとしている。ついでに僕を巻き込んだ方が面白そうだからここに僕がいる。どうだろう」

「メルシーの所は不明ですが、多分当たっていると思います。というか、口調変わっていますね」


 初対面時にはバリバリの敬語を使っていた。多分年上がいたからだろうけども、気になっていたのだ。

 真面目な性格である事は初対面の時の敬語や、生徒会長である事から分かる。だからこそ、賢者である俺に敬語を使っていない事にちょっとした疑問を抱いた。

 先に述べたとおり、俺が年下であると知ったからなのだろうが。


「君も賢者ではあるが、年上から敬語を使われるのはしっくり来ない。違うかな」

「当たっています。俺達も学校に通っている身ですから、年上には敬語を使うようにと言われていますよ。役で先輩にタメ口を利いた事はありますけど、それはあくまでステージ上の話ですから」

「高等部1年生に当たるのか。メルシーと同年齢か……」


 あ、哀れみの目をこちらに向けられた。

 いや、メルシーと同年齢って、手を止めてまで哀れむ事なのか?!


「ともかく、お手並み拝見する」

「了解です」


 場所は『第七の中庭』と称された場所。

 本来は薬草などを育てる温室になる予定だったらしい。いかにも普通ではない魔法性の植物が大量に見られるこの場所は、魔法ガラスで覆われたドームになっている。組まれたレンガはかつて、畑の部分と通路を分けていたのだろうが、どれだけ放っていたのか、植物が通路にまで侵食してきている。

 通路に土が敷かれている事も一因だな。タイルとかにすれば見栄えも良いし、踏みたくない領域が拡大せずに済みそうだ。


 太陽光を取り入れるための天井は、限りなく透明。透明すぎて鉄製の骨組みしか見えないが、ガラス部分に鳥っぽいのがいるのでちゃんとガラスは存在している。

 ベンチを兼ねた噴水は大きく、誰もいない時に周囲の植物へ水を撒く機能があるらしい。人が放っておいても、自然と緑が繁殖するわけだ。

 ちなみに、ここの広さはテニスコート9つ分ほど。かなり広い。


「じゃあまず、私からやるよ、やっちゃうよ!」


 メルシーが手を挙げてから、自ら土で的を作る。周囲にあった黒に紫色の斑点を持つ不気味な薬草(?)も巻き込んだ、いかにも不気味な四角い的が出来上がる。

 あれ、毒草じゃないよな。火であぶったら毒素が出るとかじゃないよな?

 後で調べたら、強力な解毒剤になる草だったので、この時の心配は杞憂に終わるぞ。


「ではでは~……ファイアァーー!!」


 メルシーは、マトモな魔法名を唱えなかった。その代わり、気合のこもった掛け声と共に、的へと向けた手の平から炎の珠を作り出して発射する。

 メルシーから的までの距離、おおよそ10メートル。

 メルシーの手から放たれた魔法は、僅か1秒後に見事、的に命中した。


「わぁ!」

「これが、魔法ですか……」

「すっげぇ!」

「凄いです、先輩!」


 10歳組は惜しみない拍手を送る。それに対し、ドヤ顔で胸を張るメルシー。

 まあ、うん。

 初めて魔法を見るなら、この反応が正しいのか。


「君は驚かないのか」

「ルディの魔法を見たので。って、ん?」


 そういや、ツル達は全員ルディの魔法を見ていたような。雷をいくつも束ねたような魔法だったし、衝撃が強すぎて頭から抜けたか。

 もしくは、単純にメルシーが使った魔法に対して感心しているか。

 個人的には、後者であってほしい。


「じゃ、次はスイト君!」

「え、俺? もう?」

「もう、というか、スイト君しかいないよ」


 俺の隣に現役の生徒会長がいますけども?

 と、隣を見ると、バリバリと資料に判子を押しているヨルシュさんが。

 心なしか、資料が増えているような気がする。

 いや、これ、本当に増えていないか? 死角になっている場所に、資料が積まれているみたいだ。

 そもそも、これは俺がやろうとしていた事だし、良いのだけれども。むしろメルシーはメンバーに入っていなかったけれども!


「じゃあ、何の魔法が良い?」

「あっ、俺、かモゴッ?!」

「お兄ちゃん、私、お水の魔法が見たいな」


 ツルがナツヤの口に何かを突っ込んで黙らせていた。うーんと。黒くて紫の斑点がある……あれが毒草じゃない事を祈っておこう。

 というか今、不可抗力とはいえツルとナツヤが触れていたよな。

 後で一緒に風呂入るか。隅々まできれいに洗ってやらねば。

 あ、ドサクサに紛れて水をぶっ掛けるか?


 ……。


 それだとツルが濡れそうだから、却下だな。ツルが風邪を引いた所は見た事無いけど、用心するに越したことは無い。

 うん。後で風呂に誘おう。というか、連れ込もう。

 それにしても、水魔法か。何気に使った事が無いな。人のを見た事はあっても、使った事がない。炎魔法と風魔法、光魔法も多少使ったけども。

 ふむ。この機にどうなるか、やってみるか。

 形は水晶球。

 水を凝固させた物は氷だから、あくまで柔らかな「水」を出すイメージ。

 大きさは手の平に収まるサイズ。

 色は何でもいいが、とりあえず透明度を上げすぎない程度に調整。


「んっ」


 ゴポン、と音を立てて、天井に向けた手の平の上に水球が現れる。

 あとは、これを投げるだけ。

 というか、そのまま発射させても良かった気がするぞ、これ。


「ほいっ」


 野球の選手を真似たポーズ。普通のボールだったらフラフラとどこかへ行ってしまうだろう。

 だが、これは魔法。

 水球は俺が思い描いたとおりの速さで、思い描いたとおりのコースで飛んでいく。

 いきなり的破壊を起こさなくとも良いだろう。むしろ、魔法初心者であるはずの俺が水で土の的を破壊するとおかしいしな。

 土属性と木属性は、正に水属性が苦手とする属性だ。下手に水属性であの的を破壊すると、衝撃が大きすぎる可能性がある。これがツル達だけなら問題無いが、セルクは最悪、メルシーの魔法が中級くらいに見えてしまうだろうから。

 メルシーが使った魔法は初級。基本魔法の1つ上位に当たるくらいの威力だった。それはたとえば、ただ、木属性は火属性に弱いから派手に壊れたのだ。

 これは、水。

 土を濡らす程度の威力で良い。

 濡らす程度で――


「バン!」


 水球が的に当たる直前、メルシーが思い切り手を叩いて叫んだ。

 おかげで一瞬集中が途切れてしまう。

 水球は一瞬だけスピードを上げて空中で解け、的に炸裂し、そのショックで的が四散した。

 って、あっ。


「「「……」」」


 セルク、先生、ヨルシュさんの3人が、崩れ去って土くれと化した的を呆然と見つめる。その誰もが驚いた表情で静止しており、先生なんかは口をあんぐりと開いた状態だ。

 そうでなくとも、ツル以外は多少なりとも驚いた表情である。事情を知っているルディは平然としたものだが、俺達が一ヵ月後から来た未来人ということを知っていても、この威力だと驚きますわな。

 もっとも、威力だけで言えば、先日のイノシシ討伐で見せたルディの雷魔法がダントツだ。あれよりかは衝撃も少ないだろうから、ツルはもちろん、ナツヤ達もそれなりに驚かずにいられているのだろう。あの時と違って「おぉ」とか「わー」とか小さく感動しているっぽいし。


「おぉ! 凄いね、これ!」


 こちらの世界組であるメルシーは、唯一人、飄々と笑っている。目を輝かせ、まるで魔法を始めてみたかのように興奮していた。

 その場で跳ねたり、手を叩いたりと、落ち着かない。


「凄い、じゃないだろ?! 何だ『バン』って! おかげで集中力が乱れただろうが!!!」

「お兄ちゃんが感情的になった! メルシーさんすごぉい」


 ツルは基本的に冷静な子なので、俺が使った魔法よりも俺の様子が気になったらしい。

 まあ、たしかに、意図はしていないがポーカーフェイスになっている事が多いからな。俺。怒る、泣く、笑うといった動作が少ない、というイメージがあるらしいから、驚くのも無理は無い。

 もっとも、このイメージはそれほど話した事の無かったハルカさんから聞いた事なので、実際にそうなのかは謎である。


「な、なん……っ」

「何ですか、今の! 水魔法で、土と木の複合属性である的をあんな容易く破壊できるのですか?! というか、今完全に無詠唱でしたよね! 魔法名まで省略するなんて、聞いたこともありませんよ?!」


 続けざまに詰問してきたのは、驚いた事にセルクである。てっきり先生辺りが来ると思っていたのだが、鼻がキスしそうなほど近くまで寄ってきたのは、セルクだった。

 彼は魔法が使えないからとふてくされずに、基本をしっかり押さえて勉強していたらしい。

 それも、彼もまたある程度冷静な性格のようだ。今俺がやった事は、第二次世界大戦後間もない日本人にスマホを普及したようなもの。彼等が持つ『魔法』の常識を覆す行為だ。もう少し言動が支離滅裂になってもおかしくない。

 だが、セルクは驚きこそすれ俺に詰問する理性を保っていた。

 それは単純に冷静だからか、もしくは俺の魔法に夢中になりすぎて混乱そっちのけになっているか。

 ともあれ、色々と答えてやらねばなるまい。

 じゃないと、荒い鼻息と一緒に何か出てきそうで、怖い。


「言っておくが、俺は約一週間前までこことは違う世界にいた。俺の使う魔法が、この世界のルールに従わない可能性はあるが」

「だとしても、あちらの世界に魔法は無いと聞きました! そもそも向こうに魔法があったとして、魔法が得意ならこの学園に来る理由はありません! その場合、この世界と貴方の世界で魔法の使い方が違う事になります。なら、今の魔法だってまだ使えないはず。いずれにしろ今の魔法は異常です!」

「あー、分かった、分かったから、一旦落ち着いてくれ」


 ギラついた目が、近い。

 気心の知れた相手なら力任せに押さえつけても笑いが起こる。が、ここでやっても弱いものいじめにしかならないので、やりたくない。

 よし、とりあえずほんの少し、せめて腕一本分の距離くらいは開けよう。

 目標は噴水の縁に座ってもらう事。


 魔法を教えようにも、使用中は危ないって事くらいはセルクも知っているはず。これまでこういう威力の高い魔法を目にする機会に恵まれなかったようだし、この反応も当然かもしれないけども。

 そもそも、こちらはセルクが魔法を使えるようにするために来たのだ。

 絶対に使えるようにするさ。

 だから、な。

 そのために、ちょっとで良いから離れてくれ、セルク。




 後世に語り継がれる、誤った魔法使用法が常識となっていた世界で、魔法の定義を覆した者達。

 その中において、仲間全員が認める天才。

 彼は魔法社会の最底辺から勝ち上がり、頂点にまで辿り着いた、数奇な運命の持ち主である。

 同時に、それまで幾度も途中放棄された、魔力性質による魔法への影響検証を提唱した。


 ―― 彼の二つ名は、星の導き手。


 彼自身特殊な性質の魔力を持ち、それまで誰も信じなかった事象を証明して見せた彼の名は。



 ― セルク=アヴェンツ ―である。



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