19 魔法学校編入
響くのは女性の金切り声と、少年の叫び声。
そして、その地を揺らす地鳴り。
「俺達、入学したばかりなんだけどなぁ」
その場には、そう呟く俺と同じような呆れ顔か、真剣な面持ちで眼前の光景を睨みつける者しかいない。むしろ立場で言えば、俺だって真剣な表情をすべきだろう。
首都近郊に浮かぶそれは、墜落の危機に見舞われているのだから。
何故そのような事態に陥ったのか?
話は約一週間前に遡る……。
その日、俺達はフィオルの元へ集まっていた。
場所はなんと、隠し通路内に作った一階建ての家である。
空間拡張を使えば空間はいくらでも確保できるので、そこに簡易的な部屋を作ってみたのだ。
とりあえず、肌寒さをどうにかするためにカーペットや毛布などの防寒具系から、小腹が空いた時用に、簡単な調理が出来るキッチン。並びにティーポットやティーカップ、ソーサーなどを用意して、シンプルでありながらも近代的な住居っぽくなっていた。
ちなみに、これをリクエストしてからまだ1日しか経っていない。
「見事に仕上がったな」
「ソファがふわふわだよ! ふわふわ!」
「ふふ、ハルカ様に気に入っていただければ、そのソファもソファ冥利に尽きるでしょうね」
笑顔で横長のソファに座っているハルカさんは、それはもう目をキラキラさせていた。それはもう、キラキラキラキラ眩しいほどに輝いている。
あまり整備されていない石の上に直接カーペットを敷きたくなかったので、簡易的な住宅を作ってしまっていた。ざっと見た感じ、俺の家くらいには広いと思うぞ。
広いリビングダイニングは会議室にも使えるし。窓は玉座の間と同じで時間によって色が変わる、魔力で常に光る宝石をはめ込んであるから、ある程度時間は正確に把握できる。
久しぶりのフローリングにはきちんとワックスをかけておいたので、靴下がツルツルと滑るかもしれないな。フローリングはあってもワックスは初心者であるルディ達は特に。
まあ、そもそも、この世界は主に靴を脱がずに家に入る方式が主流なので、靴下のままカーペットでもない場所を歩くというのは初体験かもしれない。
「ひゃぅ!」
「きゃっ」
案の定、ルディは頭から転んで、アムラさんも巻き込まれてしまった。
というか、今「きゃっ」って言ったな。言ったよな。
「邪魔するぞー、と」
一方、野宿が基本だったサトリは、裸足に直接下駄とブーツを組み合わせたような物を履いていたので、今は裸足である。滑らずにカーペットソーンまで悠々と歩いてきていた。
和服だし、もしかしたらこういうお座敷タイプは慣れているのかもしれない。長生きだから、靴を脱いで家に上がる住居にも入った事があるかもしれないな。
何にせよ、ツル達の歓迎会やらこれからの事を話し合うために、この場を設けた。この簡易的でも本格的な小屋も一緒に建つ事になったが、そこはご愛嬌である。
ツル達には事情を話した。俺達が今から一ヵ月後の出来事を知っていることや、その未来にツル達がいなかったこと。その他諸々を、ツル達と再会した次の日に。その更に次の日が今日である。
「じゃ、お菓子は用意して、ジュースも大丈夫。グラスは全員持ったな? じゃあ、ツル達歓迎パーティ&今後の事を話し合う会議スタート! 乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
魔王であるフィオルは、身体が子供という事でジュース。逆に身体は成人であるルディは、度数の低いお酒を試飲している。
他、サトリやアムラ、先生も同じようにお酒を飲んでいるが、こちらは全員酒豪との事。
サトリに至っては酒精耐性なるスキルを身に付けているとの事である。
これはバッドステータスの一種らしく、よく飲んでよく酔うほど付きやすいのだとか。お酒で暴走しがちな者には必要そうな耐性である。
ちなみに、耐性や無効といったスキルはある程度弱める事が出来るので、意味が無いと言えば無い。だが完全に効果が消えるわけではないらしいので、あると便利だそうだ。毒耐性は特に重宝するらしい。
アルコール中毒になり辛いみたいだし、たしかに便利そうだ。
「それで? 俺を呼んだのは何故だ?」
「意味としては、ツル達を救ってくれた事に対するお礼と、今後の協力関係を結びたい。かな」
「協力ねぇ。俺としては、既に仲間だと思っていたが?」
「そこはほら、あれですよ。言質を取っておきたい的な」
オーガは鬼のような見た目をしているが、彼等は持っている魔力の属性や性質で性格が大体決まってくる種族だ。そういう種族は、俺にとって物凄く分かりやすい奴である。
この人、神聖質が人より少し多く、魔力の属性は基本四大属性である火、水、土、風だ。
要約すると、素直で良い人。
頼めばアッサリ仲間になってくれるような感じの人である。そもそも神聖質の魔力が多めの人って、素で良い人が多い。信頼出来る人だ。
これは一種の礼儀でもあるし、彼が旅立ちたいと言えばそれを一回引き止めていた。それを断ればただ単にここでお別れ、またどこかで会おうぜ。となるだけである。
差し当たっての問題は、これから何をするか。
……。
これから何をするか!
「二回も言わなくていいよ、お兄ちゃん」
また声に出ていたらしい。
「でも、そうだね。半月くらいは何も無かった、というか、あったのが腹ペコさんだったし」
「そ、それは、ごめんなさい」
「マキアが謝る事じゃないぞー」
マキナは妙にマキアにべったりとくっついている。マキアが嫌がっていないから日常茶飯事の行動なのだろうが、くっつきすぎじゃないか?
いくら実の弟相手でも、妹大好きナクラ先輩からすれば、超嫉妬モノなのでは。
とは思うが、ここ最近ずっとナクラ先輩が大人しい。前回はあれほどマキナにべったり……まあ、早々に城から離れてしばらく帰ってこなかったが、片時も忘れた事が無さそうだったのは確かだ。
ただ、マキアが仲間に加わってから妙に大人しい。オープンだったシスコンがナリを潜めている。
どこか心ここにあらず、という感じが続いている。
もっとも、今はマキナ達のじゃれあいに微笑を浮かべているのだが。
「あのぅ、皆様にちょっとしたお願いがございまして」
「お、何だ?」
フィオルが何か提案してきた。
重要そうな事の起こる時点はまだ先だし、レベルがそれなりになっている今、戦闘訓練を多めに稼ぎたいところ。1週間、2週間を冒険者の仕事に割り当てたとしても、実はこれ、効率が悪い。
「魔族領の、厳密にはこの首都近郊にある魔法学園へ通っていただきたいのです」
「訪問ではなく、通う、ね」
「はい。魔法をルディから教わった皆様からすれば、あそこはその、いろいろな意味で滑稽に映るかもしれません。ですが、だからこそ、お願いしたいのです」
フィオルはなにやら真剣な様子で深々と頭を下げる。本日の彼女は白いワンピースを着用し、王冠の形をしたバッチを付けた濃い藍色の帽子を被っていた。
ルディの魔法の使用方法は、確か『イメージ力』が重要になってくる方法。呪文や魔力制御より、まずどのような魔法を使いたいかイメージする。そのイメージがより具体的でより精緻であれば、魔法もより威力が上がるというものだ。
対して、この世界での一般常識は違う。魔法は呪文が正確に言えているか、魔力のコントロールはしっかり出来ているかが肝なのだ。
ルディは独学でこの方法に辿りついたらしいな。実は常識はずれである事を認識したのは、俺達と出会う僅か3時間前だと言うから驚きである。
その後、一応学園との話し合いで試験的にこれを教えてみる事になったそうだが、常識を覆す事はいつの時代でもどこの世界でも難しいもの。何より前時代的な方法で魔法が上達している人達が教師であるため、その方法が信じられず、結果は芳しくなかった様子。
長く続ければまた違う結果が見えていたとは思うが……。
「一回や二回の訪問では、皆様がお教えしたとして、賢者様達がいなくなった途端に魔法が衰退する恐れがあるのです。主に自信の喪失が原因で、イメージ力に揺らぎが生じると思われます」
「要するに、体験入学を1~2週間続ける中で、内側から意識改革を起こして欲しい、と」
「そういう事です。王族が上から物を言い、無理やり従わせる事は可能です。しかし、それでは反発も起きるでしょう」
「えっ。魔族の人達が通う学校だよね。魔族の人達って、よっぽどの事が無い限りはフィオルちゃんに逆らわないと思うけどな」
「……魔族だけならば、話はほんの少しだけ、単純になっていたでしょうね」
王立魔法学園:ウォクスバーラエナ。これはラテン語で空クジラと直訳できる。文字通り首都の隣に浮かぶ浮遊島の1つが丸ごと学園の私有地となっているようだ。
この学園には、魔族だけでなく、数は少ないが人族も通っている。エルフやドワーフは長寿種だが、幼少期は人族と成長スピードが何ら変わらないので、普通に子供の年齢、容姿で通っているそうだ。
問題は、人族の教師がいる事である。
魔族の教師なら、渋々であろうと絶対に王命を守るだろう。しかし、人族は魔王であるフィオルを尊敬していても、魔族との感覚が違うが故に反発は大きいと予想したのだ。
実際、前回において生徒達へのイメージ法による魔法使用方法は、魔族の教師は僅かに浸透していたが、人族側では全く浸透しなかった。魔族が長年魔王に対し絶対服従であり、元来生まれつき魔力を必ず保有している魔族にだけ恩恵がある方法だと勘違いしたらしいな。
そこで、フィオル達はこう考えた。
異世界出身ではあるが人族である俺達を学校へ編入させ、魔法の基礎を学ぶ過程で、教えられている基本を無視して『偶然』イメージ法による魔法発動を成功させる。教師からその方法は違うと矯正されるかもしれないが、そこは耐えるとしよう。
この間、密かに他の生徒にもその方法を浸透させていく事でイメージ法を指示する仲間を増やす。それによってやがて教師達のやり方が間違っていると思い知らせ、意識改革成功、というわけだ。
もちろん、賢者がいた事で周囲の生徒達がパワーアップしていると思わせないよう、細心の注意を払いながら学生生活をする事になる。
「たしかに、人族だろうが魔族だろうが、王家の後ろ盾がある人間に手出しをする奴なんてめったにいないだろうな」
「それに、他の利点もありますよ。皆様が編入する学年は、2日に1回の頻度で実技の授業があります。これは実際にモンスターを狩るもので、全員必修です」
「なるほど。俺や先輩はともかく、ハルカさんみたいな攻撃タイプじゃない奴も実践経験を積めるわけか。体力の無いマキナには酷だろうが、大丈夫か?」
「問題ないなー。僕にはこれがあるぞー」
そう言って、ここ数日で作ったと思われる薬品の入ったミニフラスコを取り出してみせる。中身はおそらく爆薬水とか、魔法を閉じ込めた魔法水だろう。
そうだった。接近戦はともかく、中、遠距離攻撃ならお手の物だよ、こいつ。
「前回は城に引きこもっていた奴もいるし、ツル達は魔法初心者。うん、良いかも知れない」
「なら、賢者勢という事で全員同じ学年扱いにいたしましょう。それならば、ツル様、ナツヤ様、アキヤ様も同じ授業に出られますよ」
「助かる。それなら、俺達が直に指導できるからな」
その後、明らかに元からこちらの住人であるサトリやルディ達は護衛という事にして同行。
先生は大人で少し目立つという事で、自ら変装魔法を使い、ツル達と同年代くらいの容姿になった。
学校は安全確保のために変装魔法が見破れる装置があるらしく、これは学校の守る結界と連動していて、魔王権限を使っての停止は不可。そのためちょっとした騒動が起きるか思われたが……。
華麗にスルー。手続き等も無くスムーズに通る事ができた。
唯一足止めを食らったのは、本人曰くハーフオーガらしいサトリ。彼は魔人なので、事前に連絡して準備していてもちょっとした検査があるらしいので一旦別れた。
学校。濃い日々を過ごしていた俺達にとって、既に懐かしい響きと化していた場所だ。
真っ白な壁の外観は、魔王に連なる者の支援と加護の下造られた建造物である事を示している。一見城にも見えるその建物は、事前にそれが学校である事を教えられていなければ、素直に城であると認識するほどの大きさでそこに佇んでいた。
学校が所有していると思われる建築物が何棟も立ち並び、学生専用の商店街が活気付いている。ちょうどお昼時であるため、今頃は購買や喫茶店が盛況なはずだ。
無事サトリとも合流した俺達は、まず、校長室へと向かったのだった。
専用の乗り物は路面電車で、若干目を引かないでもない。何事も無かったのは、しょっちゅう親御さんや出資希望の貴族がこれを利用しているかららしいな。
ところで、サトリが魔法で俺の髪を伸ばして遊んだのだが、これに対する処罰はどうしようか。
頼むから、ハルカさんもスイティアスタイルに結うのを止めてくれ。
「着きましたよー」
何とか髪を元の状態に戻し、学園長と面会する。
サトリ? ああ、ちょっと腹をさすっているな。
ほら、相手が人の形をしていて、内蔵があるなら、急所は必ず存在するだろ? たとえば水月とか。脛とかもそうだろう。
ちょっと歩き方が変だったが、まあ、あいつ強いし。大丈夫だな。うん。
「ようこそおいでくださいました。私は学園長を勤めさせていただいております。― ファムール=レッテーリ ―と申します。種族はドワーフです」
背が高く、肌色が日に焼けすぎたような茶色で、瞳はヒスイ色。
ドワーフは妖精の末裔と呼ばれる種族の1つだ。エルフも耳が長く尖っているが、彼等もエルフの半分程の長さを持ち、尖っている。
ドワーフは背の低い種族として知られている。人族の子供と同じくらいの身長で成長が止まる事も多々あり、伸びても今の俺と同じくらいだそうだ。
男性の場合、種族全体が得意とする鍛冶にかまけて、髪も髭も地面に付く程に長くなっている事が多い。女性は髪が伸びやすいためきちんと切って結い上げ、髭が伸びてもちゃんと剃っている。地下鉄駅村のミグリトさんは美人な方のドワーフだ。
男ドワーフの価値はしばしば身体の頑強さや髪などの長さで決められるらしい。もっとも、ドワーフ女性の間ではこの学園長のような賢そうなタイプの方がモテるらしいが。
白髪多めの黒髪を後ろでまとめる学園長は、タレ目で優しげにこちらを見つめている。学園長質に訪れた俺達をざっと観察したようだった。
白髪は多いが、いわゆる若白髪。黒髪との割合は7:3ほどで、顔にしわは見られない。だが、魔族領の学校で、厳密には魔族ではないとされているドワーフが学園長を勤めているのだ。ドワーフの中でも秀才、天才と呼ばれる類なのかもしれない。
とりあえず、肌色や耳の形はともかく、背の高さが異常である。彼は立った状態で俺達を出迎えてくれたのだが、俺より頭2つ分ほど背が高いのだから。
「彼はドワーフの中でも純血に近い一族の出なのです。エルフにより近いため、背が高く、鍛冶の才能よりも魔法の才能に恵まれやすいのです」
「お久しぶりにございます、陛下。お褒めいただき光栄です。我が一族は魔法に秀でた者が生まれやすいが故に、一族以外のドワーフとは疎遠になりまして。鍛冶の技術を学ぶ機会も減ってしまっているのですよ。いずれ学びたいとは思っていますが」
ドワーフの平均寿命は1000年を越すという。その更に長寿種であるらしい学園長は、フィオルが魔王になる前から学園長を勤めているらしい。
モノクルを取り出してかけると、学園長は再びにっこりと微笑んだ。俺の知っている学園長も相当お年を召していて、貫禄を感じさせる人だったが、貫禄の度合いが違うな。熟達した執事やメイドのように、音も立てず移動している。
マロンさんもそうで、いつも静か過ぎる行動のせいで気配が読めないのだ。気付くと紅茶を淹れて去っている事もままあるとハルカさんが教えてくれた。
ルディも結構良い線行っているのだが、とりあえず気付く事が出来る程度には音がするぞ。俺はその方が心臓に悪くなくて良いと思うけどな。
忘れもしない。あれはマロンさんが淹れた紅茶を、初めて飲んだ時だ。
あの時、クッキーという口が渇きやすいお菓子を片手にハルカさんと談笑していた。当然すぐカップの中から紅茶は無くなり、俺は自分で淹れなおそうとティーポットに手を伸ばした。
すると、いつの間にか、紅茶が再びカップに注がれた状態になっていた。
見れば、部屋の入り口近くでマロンさんが空になったらしいティーポットを片付けていた。
俺は驚きすぎて、過呼吸に陥ったのだった……。
「校内をざっとご案内いたしましょう。おっと、そういえば人を呼んでいましたね。彼等に案内させます」
学園長の言葉が聞こえていたのか、タイミングよく扉が開いた。そこには2つの人影があり、1つは男性のもの、もう1つは女性のものである。
どちらも制服姿であるため、ここの生徒なのだろう。
「お初にお目にかかります。魔王陛下、賢者ご一行様。私は魔王国立ウォクスバーラエナ魔法学園高等部の生徒会長を勤めております、高等部魔法剣士科2年の― ヨルシュデイル=デル=アーカスタ ―です。どうぞ、ヨルシュとお呼びください」
青年は白と青のカッチリした制服を身にまとい、いかにも噛んでしまいそうな台詞をスラスラと述べた。金色の髪はまとめていても腰まであり、緑色の瞳はメガネの奥で静かに煌く。
クールビューティーとはこの事かと、妙に納得する外見だ。
生徒会長と言うだけあって、とても賢そうな印象もありつつ所々伸びる素材が使われているらしい征服の布が張っている部分も見受けられる。先輩ほどではないが、鍛えているようだ。
一方。
「えぇっと。同じく魔王国立ウォクスバーラエナ魔法がぅっ、学園高等部の魔法剣士科1年、― メルシー=マーチ ―です。よろしくお願いしまぁす」
こちらは生徒会ではないらしい。その上、噛んでいる。
少女は白と赤の制服を身にまとっており、だがヨルシュさんよりも幾分か着崩していた。ダブルブレザータイプの制服は前が開かれ、寒い季節には必須のセーターがぴったりサイズよりも大きめなのだ。
セミロングの黒髪は、前髪部分がピンで留められている。
生徒会長のヨルシュさんがちょっと硬い感じなせいもあり、彼女の緩いオーラは全快になっていた。
「私は生徒会長として、皆様の案内を務めます」
「あ、えっと。たまたま……じゃないか。みんなが私と同じクラスに来るみたいだから、自己紹介も兼ねて案内するよ。よろしくね!」
こちらには魔王がいるというのに、敬語の1つも使って来ない。
普通なら、学園長も生徒会長も叱る所だろう。
……だろう、が。
うん。その非常に泳いでいる目線と隠し切れないどんよりオーラが、既に色々試した後である事をうかがわせている。
無駄、だったのだろう。
彼女の失礼、かつやんわりとした態度は、修正不可能のようである。
まあ、こっちにそれを叱るようなやつがいなかった事が幸いか。前回に会った、あの、何だっけ。ゴリラみたいな奴。あいつがいたら大変な騒ぎになっていたかもしれない。
「じゃあ、学園長先生。行ってきまぁす」
「はい、いってらっしゃい。……皆様。彼女が迷惑をかけた時は、遠慮無くお申し付けを」
彼女が迷惑をかけてくる事は想定済みだったようだ。俺達だけに聞こえる音量で後半を述べると、ぺこりと頭を下げてきた。
また、ため息を静かに漏らすヨルシュさんも疲れた様子で学園長室を去っていく。
彼女の説得にかなり神経をすり減らしたようだ。
結局無駄になったようだが。
「私達と同い年だね。どんな子かな」
「それは、さっきの台詞で色々分かっただろ」
「そうだけどさ、何か底が知れないよね。何と無く、スイト君に似ている気がするよ」
……ハルカさん、鋭いな。
俺の目を使って、色々と調べてみた。彼女の魔力の性質は、俺と同じである。
俺のような目を持っていないのに、第六感だけで色々と気付くのがハルカさんの凄い所だよな。ハルカさんは俺がチートだとうるさいが、彼女こそ天才であると思うのは俺だけだろうか?
そういや、鑑定ってスキル、その人自身にも使えるのだろうか。物にしか使っていなかったが、相手のステータスを見る事も出来そうだよな。
ほい。
【 長谷川晴香 異世界から召喚された賢者。女性 】
その後、ステータスがずらりと並ぶ。
あー、そこら辺は省略しておこう。うん。
性格値とか、俺の記憶からも抹消すべきだわ、これ。
もっとも、別におかしな数値は何一つ無かったけども。うん。無かった。無かったよ。
俺の方には無かった『第六感』の数値があった事も、忘れよう。うん。
って、あ、鑑定を切るの忘れてた。壁の材質とか鑑定してしまっている。
と、ん?
【 メルシー=μ=マーチ ■クト■■会から来た人族。■ィ■エク■の■護。
HP:340/■■■■■ MP:590/■■■■■
―― 情■■■み■■ま■ん
バッドステータス:ゲー■■イ■ ■束■■い 】
……。
何だコリャ?
何このいかにも「エラーが起きました」的な画面! ■ばっかりで上手く読めないじゃないか。三列目の文章が「情報が読み取れません」だという事は分かったが、それ以外がさっぱりだ。
■の数と文字数が合っているとしても、HPとMPの表示がおかしいだろう。5桁だぞ、5桁。回復魔法特化のハルカさんは4桁、しかも、たしか1千台だった気がするし。異常だろう、この数値は!
「じゃん、ここが魔法薬学室だよー。魔法薬を作ったり、えっと、作ったり?」
「魔法薬についての知識を学び、作り、小規模な実験であれば行う事ができます。個人的に実験する場合は必ず教師のどなたかに許可を取ってください」
鑑定された本人には、何の違和感も無いようだ。個人情報はほとんど入っていないレベルで読めなかったが、まあ、見た事には見たからな。
しばらく目が合わせられないかもしれない。
「ほい、ここは一押し! 休憩室だよー」
「中庭への出入口がありますが、ここは昼休みに混みます。地下の学食を利用しない場合の昼食は、教室でとるか、なるべく他の出入口を使って中庭へ出てください」
いくつかのテーブルとイス、ソファが置かれた広い空間に出る。あ、自動販売機によく似た物があるな。何なに。野菜ジュースにスポーツドリンク、ココアやおしるこまである?!
おでん、はさすがに無いが、コンポタとノンアルコールワインならある……。
魔法があるなら何でも出来そうだとは思っていたが、まさか向こうにあった物がこっちにもあるとは。今度買おう。
ん、向こうの世界?
そういえば、μ《ミュー》ってたしかギリシア文字だったような。
むりやり俺達が知っている言語に置き換えられているのだろうが、つまりミドルネームがあるということか。ヨルシュさんは教えてくれたのに、何で教えてくれないのだろうか。
単純に貴族身分じゃない、とかかな? どうも、ミドルネームは高貴な身分の人にしかないようだし。
かなり謎だなぁ、メルシー。
とはいえ、元冒険者としてはあまり踏み込んではならない、と勘が囁いてくる。
どうせ2週間くらいの付き合いだろうし、あまり個人の事を詮索するのはやめておくか。
というか、今は案内してもらっている最中だし、集中しよう。
少しでも学校の雰囲気を楽しみたいし。
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