18 一段落

 泣き疲れたツル、ナツヤ、アキヤを俺達の乗っていた馬車に入れる。

 見た目より頑丈さや機能性に優れた馬車にしたので、いくらか広い。ソファはそれなりの堅さだが、言っても以前はよく乗っていたバスなどのイスと、さほど感触が変わらない。

 高級馬車が柔らかすぎて落ち着かなかったほどだ。

 でもまあ、車で寝る事はよくあったし、家族に会えた安心感もあってぐっすり眠れるかもしれない。そういう意味では、この移動方はちょうど良かった。


 突如として異世界へ放り出された事による困惑。イノシシに追われていた時の緊張感。それらから一気に開放されたのだから、嬉し涙の泣き寝入りをしてもおかしくない。たとえ制服のズボンがびしょ濡れになったとしても。

 ハルカさんの方では、ナツヤが寄りかかり、アキヤが膝枕をしてもらっている。ルディは俺の隣でうとうとしているな。


 もうすぐ地下鉄駅前の村に到着するのだが……。


 それはさておき。大きな仕事を終えた所で、ちょっと確認したい事がある。

 レベルの確認と、スキルの確認だ。


 スライムでレベルを10まで上げる。ここまでは前回と同じ。

 しかし、前回は村に着いた時点では既にパーティ編成を解除しており、イノシシ討伐による経験値は一切入ってこなかった。

 パーティ編成は見方を変えると、常に居場所を知られるプライベートも何も無いシステムになっている。それが一種の束縛になりうると考えたルディの配慮だ。


 今回は自分達の意思で編成を解かず、イノシシ討伐による経験値の収入を図った。

 結果。

 スライム討伐によるレベル10に加え、更にレベルが15上がった。


 これを予想して大量に食べていたので、今は普通にお腹が空いたな、という感覚に収まっているが……何の準備も無くあれを倒していたら、あまりの飢餓感に倒れていたかもしれない。

 ちなみに、ルディもあのイノシシを倒した事で25レベルから29レベルになっていたとの事。イノシシの子供、凄まじいわぁ。

 というわけで、身体的ステータスが跳ね上がっていた。どうやら、前回引き継いだレベル上昇で手に入れた精神的ステータスやスキルの部分は、別のスキル入手に充てられるらしい。


 既に手に入れたスキルの上位版が手に入るわけではなく、既に手に入れたスキルなどの次に手に入るはずだったスキルが、前倒しで手に入っている。レベル2で手に入れた全基本魔法習得は無く、レベル10以降で手に入れていた物理攻撃耐性Ⅰなどが急に入ってきたのだ。


 強くてニューゲーム、本領発揮である。


 更に、レベルとは違う部分で特殊なスキルを手に入れていた。

 その名も『鑑定』である。

 前回は持っていなかったスキルで、やり直した際に世界の意思から贈与された力だ。

 対象の情報を読み取るスキル。たとえば制服を対象にして、鑑定!



【 異世界の制服 : 異世界製の制服。泉校のオリジナルデザイン。基本的なデザインは初・中・高等部で同一であり、それぞれ色や模様が異なる。これは初等部の制服(女性用)である。夏服は風通しが良く、冬服は裏地が温かい素材で作られた特別製。他の学校との差異を表すために、校訓であり校風でもある自由をテーマとしたパーカーが制服の一部として採用されている。ただ、いつの世もアーティスティックな若者がいるため、制服の下に二重にパーカーを着るのは泉校のファッションリーダーは基本としている。異世界において魔法防御力は皆無だが、熱変動耐性、物理攻撃無効の能力を持つ。 】



 情報量多いな?!

 たしかに、制服としてのパーカーとは別にパーカーを着ている妙に濃い連中はいたけども!

 どんな災害時にも身を守れるようにって、燃えにくさや丈夫さをウリにしていたが、まさかこんな異世界でこの制服がとんでもない効能を持っていると知る事になるとは。

 誰だよ、こんな警察が喉から手を伸ばしそうな制服を作ったのは!


 とはいえ比較対象がないと、これが高性能かどうかイマイチ判別がつかない。

 いや、普通に高性能だけども。

 うーん。よし、これで良いか。

 鑑定!



【 客用軍用馬車 : ビードに引かせる目的で作られた軍用の馬車を、客人用に快適に過ごせるよう改造した馬車。乗り心地はそれなり。耐久度もそれなり。 】



 ……。


 みじかッ?!


 ああいや、このくらいがちょうど良いはず。さっきのやつは情報量が多すぎたという事だ。うん。

 そういう事だよな? な?


「あっ、村に着いたよ。ナツヤ、アキヤ、ツルちゃんも起きて!」

「「「うみゅぅ……」」」


 驚いた事に、うちの妹と同じ反応をして起きた双子。

 地下鉄に乗る前に、ミグリトさんへお礼と報告をしなければならないからな。前回、こいつらが死んだと知った後、ミグリトさんはしばらく店を閉めていたからな……。

 さすがに無断で連れて行くのは気が引けるので、あらかじめ用意しておいたクッキーを差し入れてお礼をするのだ。ちなみに、訳を知っている奴以外にはおやつとして食べる用に作ったと説明してある。救う前提で作っているので、本当の理由を話すわけには行かないだろう。


 ちなみに、プレーン、イチゴ、チョコ、紅茶味を用意してみた。穏やかなティータイム、とは、あの無骨な工房では出来ないかもしれないが、甘い物はイイモノなのだ。きっと気に入ってくれる。

 というわけで、3人を連れて工房にお邪魔する。


「やぁ、兄弟さんもこっちに来ていたとはねぇ。この子達、泣きそうな顔でうちに着たけどねぇ?」


 ミグリトさんは、前回お会いした時とは違って眉間にしわを寄せている。

 そりゃまあ、怒りますよね。10歳の子供達を保護者も無くうろつかせてしまっていたのだから。事情を話すか? いやぁ、それもなぁ。


「ミグリトさん、お話が」

「おやまあ、ルディウス様じゃないか!」

「実はですね……」


 ひそひそと話し始めるルディ。

 あ、そういえば、ここに俺達賢者勢が召還された事は普通に開示された情報だったわ。

 別に時間遡行の話まで織り交ぜる必要は無いわな。


「……賢者様、だったのかい」

「あ、それは俺じゃ――」

「私と! スイト君が! そうです! ただこんなに多く召喚されているとなれば、混乱してしまうでしょうから、大っぴらに公表していないだけで」

「……召喚の間の、外でも召喚が起きていた、ねぇ。にわかにゃ信じられないわ」


 それはごもっともです。

 ただ、召喚の間に召喚された人数だって7人なのだ。歴史上多くとも4人以下でしか召喚されなかったはずなのに、この数は異常である。

 異常に例外が重なった。それだけだ。


「そうさねぇ。うん、ちょいと待っていてくれね」

「?」


 しばらく思案気だったミグリトさんが、にぃ、と笑ってから工房の奥へと引っ込んだ。この光景にはデジャヴを覚える。

 おそらく、これは。


「ほら、賢者様にこれをあげるよ」

「……この、杖……」


 1分も経たない内に戻ってきたミグリトさんの手には、見覚えのある杖が握られていた。水晶のような石から作られた、木の枝のような形の杖だ。

 回復、支援魔法の効果を高め、攻撃魔法の威力を下げる杖。

 前回において、ハルカさんが愛用していた薄紫色のきれいな杖である。シチュエーションは違うが、まさかこちらから切り出す前に差し出されるとはね。

 そういえば、何でこの杖は攻撃魔法の威力を下げるのだろうか。

 こういう時こその、鑑定!



【 女神の錫杖 : 平和の女神の涙から作られた杖。誰よりも平和を願った彼女の想いが込められ、回復魔法と支援魔法の威力を高める。大切なものを守りたいと心の底から願った者には、戦の神の祝福が与えられる。 バッドステータス:不戦の呪い 】



 って、ちょっと待て。

 何だこのバッドステータス。



【 不戦の呪い : 攻撃魔法の威力を極端に下げる呪い。 】



 あぁ、攻撃魔法があまり使えなくなるの、このバステのせいか。え、じゃあ何。この杖、元は攻撃魔法に何の制約もかけないやつなのか?

 というか、女神の涙って何だ。この世界で言えば、平和の女神ヘスカトレイナの事か。人族は色々な宗教を信仰しているが、平和の女神と言えば彼女の名前しか挙がらないし。

 ちなみに、魔族は全員同じ宗教を信じている。

 その名もジョーク教。ジョークはこちらでは自由という意味らしいな。


 自由と平和の女神、ヘスカトレイナ。

 規律と罪の神、アスタロット。


 至る所に彼等を模したと思われる像が建てられているのだ。何の像なのか気になって調べてみたら、こんな冗談みたいな名前の宗教が出てきた。

 その信仰内容はいたってシンプル。



 自由であれ。



 ヘスカトレイナは、平和という状態に定義を見出した。それは、つまらないと思えるような日常が続いている事。刺激は少ないが、無いわけではない日々。

 何て事の無い、ふとした時に「ああ、平和だなぁ」と思えるような時である。

 それが続く事を拒否した瞬間に平和は崩れ去る。刺激を求める者が現れれば、それは癇癪を起こした子供のように暴走し、小規模であれば口喧嘩。大規模であれば戦争を生み出す。


 普通平和の女神なら、ケンカだろうが戦争だろうが争い事を止めると思うだろう。だが、彼女は一味違った。彼女は平和の女神であるが、同時に自由の女神でもあるのだ。無論、戦争を推奨するような神ではないし、もし仮にそうだったとしたら、信仰する人数は激減するだろう。


 では、実情はどうなのか?

 ジョーク教の言う『自由』を語るためには、もう1人の神が必要だ。

 規律と罪の神、アスタロット。

 こんな名前の悪魔が元の世界の神話にいた気がしないでもないが、彼はジョーク教の要とも言える役割を担っている。


 自由を得るためには、それ相応の対価が必要である。そう説くのが彼だ。ただただ無償で与えられる自由と平和は、既に自由でも平和でもないと言う。

 考えてみればその通りだ。自由に生きる、と聞いて、まず思い浮かべるのは、学校には行かずに家でだらだらゴロゴロしながらお菓子を食べつつテレビを見たりゲームで遊んだりして、仕事もしないで一日怠惰に生活する。という光景。

 それが無償で支給され、あまつさえ一生保障され、気紛れに仕事っぽいものをしてみたくなったとしたら面接も試験も何も無く受かって、どんなに態度が悪くとも辞めさせられない。もっと言えば殺人だって許されてしまう。そもそも殺しても良いよ、と言われているようなものだ。


 自由の極みとは、つまり人生超絶イージーモードである。

 そこにある程度の規律を持ってきたのがアスタロット。何もかもが無償で与えられるだけの人生では、人は堕落し、世界は無法地帯と化す。それではいけないからこそ規律が生まれ、道徳が生まれた。

 アスタロットは、世界を正しく機能させるためのシステムを組み上げた。少なくとも、人の全てが堕落しないように。相手を傷付けないように、あらゆる『罪』に『罰』を設けた。自由を選んだ末に規律に殺されてしまう者を見せしめとし、無法地帯が生まれないように仕向けた。

 罪には必ず罰が下されるようになっている。


 平和と、それを形作るための代償。世界を循環させるシステムを構築した、原初の神達。彼等は兄妹だとも、夫婦だとも、赤の他人同士だとも伝えられている。

 彼等についての伝承には多くの解釈があるものの、総じてこの世界を創造した者だという記述が残されている。何より信仰するための制約は何も無いので信仰しやすいという面もあってか、教徒の数は多い。ただ平和な時代を尊いものだと感じる事こそが信仰心である。

 シンプルで分かりやすい。無償で助けるわけじゃないと初めから言う正直な所が、現実的で良い所かもしれない。


 ……。


 あれ。そういや何の話だったかね。

 ああ、そうそう。ハルカさんの杖の話だ。あの枝が本当に女神の涙なのかどうかはさておき、一応それに由来する品だというわけだ。

 店頭の目立ちまくった杖より、よっぽど良いものなのではなかろうか。


「それと、ツルのお兄さんだったね」

「え、ああ、はい」

「アンタにはこっちだ」

「……俺にも?」


 見ると、不思議なデザインの杖が、ミグリトさんの手に握られ、俺に差し出されていた。

 イメージとしては、羽ペンだろうか。藍色の柄に、つるっとした光沢のある白、いあ、クリーム色かな。そんな色の金属がはめ込まれ、羽ペンの形を模している。ただ、柄に対して垂直に立っている羽部分は別の金属製で、鋭く研がれた刃を彷彿とさせる。

 刃の部分は中がくり抜かれていて、緑色の透明な板がはめ込まれている。


「賢者様なら杖が無くちゃね」


 と、ミグリトさんが告げたので、笑顔を浮かべておく。

 すみません。俺、賢者といういかにも頭脳派な職業ですけど、剣を振ったり、剣を振る途中で魔法を放ったりするメチャクチャ前衛職なんです。

 杖よりも剣が欲しいなぁ、なんていう台詞は出さないぞ。

 俺はちゃんと意識すれば空気が読める。妹を一宿一飯お世話してくれた人だ。失礼があってはならない。今こそ、演劇で培った能力を発揮すべき時!

 ミグリトさんがかなり腕の良い鍛冶師だという事は分かっているが、ここで好意を無駄には出来ないのだから、他の店で剣を見繕うかな。ただ、ここ以上に良い物を売っている店があるだろうか……。


「はは、そんな上手い演技入れても無駄だよ。アンタ、前衛職だろう?」


 即行でばれた?!


「えっと……」

「何も言わなくて良いよ。賢者っていうのは、頭脳派に見られがちだろう? それを逆手に取ったデザインなのさ。ほら、ここをこうすると……」


 ミグリトさんは緑色の板に魔力を集中させた。すると、杖がほのかに光を帯び、柄ではない部分が変形を始める。

 変化は10秒も経たずに終了した。

 あのクリーム色の金属が柄に巻きつき、左右非対称の翼を模した形になる。刃部分も本当の刃へと変化して、西洋風に打たれた刀のようなデザインになって変化は止まった。


「こ、これは……」

「凄い、変身したよ、スイト君!」


 刀身は藍色。銀色に輝く刃はどんな物でも切ってしまいそうな危うさを秘めていながら、同時に頼もしさを感じさせる。


 か。


 かっ。



「かっこいい!」

「おぉ、お兄ちゃんを感心させるなんて、ミグリトお姉ちゃん凄いね!」

「うーん。まさかここまで喜んでくれるとは。変身モノに弱いのは、男のサガかねぇ」

「俺は別にいらねぇなー」

「……良いなぁ」


 ナツヤは関心が無さそうだが、アキヤは興味津々といった体で刀をまじまじと見つめてくる。

 おや、てっきりナツヤの方が食いつくと思っていたのだが。彼は自由奔放といった感じの性格なので、てっきりこういう武器には飛びつくものだと。

 むしろ、インドア派に見えたアキヤが食いついた事に驚く。


「あっちの杖と同じでちょいと癖があってね。そもそも魔法と剣術どちらも極められるような奴がいない、っていうのも理由だけども。戦闘時に役立つ機能があれば良かったけど、それが持つ能力は『魔力超制御』って言って、バカでかい魔力を持った奴しか使わないようなものなのさ」

「あ、じゃあ役に立つね」


 ミグリトさんの困り気味の笑みに答えたのは、俺の横で杖の感触を確かめていたハルカさんだった。

 まあ、うん。たしかに、俺は初めて魔法を使った時に失敗した。けどあれは、魔力の制御云々じゃなくて想像力の問題だったわけで。肝心の魔力はあまり使われていなかったし。

 この想像力に、魔力制御の機能が効くとなれば話は別だが。


「効きますよ。魔力は精神エネルギーの一種ですし、流出する魔力が少ないとしても使用されていないわけではありませんから。むしろ、膨大な魔力を持つスイト様が怒りに任せて魔法が暴発するような事態を想定すると、非常にありがたい武器ですね」


 横からひょこっと出てきたルディがそう述べる。

 ああ、そういえば魔法って、魔力を込めれば込めるほどに威力が増していくんだったか。なら、俺が感情任せに魔法を使ったとして、魔法が暴発すると……。

 あ、国1つ消せる自信あるわ。


「幾らですか」

「あげるよ。というかそういう話だったろう? それに、アンタの魔力はちょいと、危ういからね」


 そういえば、この人も俺と同じで「見える」人だったな。

 思えば、俺の魔力ってどんな感じなのだろうか。どんな属性の魔法でも違和感無く使えるから、無属性とか全属性が怪しい。魔力の性質も気になる。

 実は、自分の魔力ってあまり見た事が無い。周囲の魔力を集める、魔法を使うなどはやった事があるのだが、自分の魔力のみを空中に出した事は無いのだ。

 この機にやってみるか。

 やった事ないけど。

 えっと、魔力をほんの少しだけ、手の平に出して、と。


「あっ、スイト君の魔力、見たい! 私にも見えるように、濃度高めで出して!」

「え、見るの、ハルカさん」

「見たいよ! というか、スイト君だけみんなの魔力が見えるの、ずるいと思うの。スイト君の魔力、見たいから見せて!」


 ハルカさんはいつもよりテンション高めに身を乗り出す。

 今日はグイグイ来るなぁ。

 自分だけで見るつもりだったけども、なるほど。言われてみれば、俺自身の魔力の事は誰にも教えた事が無い。逆に俺は無意識に知る事が出来ている。

 俺も自分の魔力は見た事が無かったけども、そうだな。別に秘密にするような事じゃないと思うし、見せておいて損は無いか。

 よし、これで見えるはず。


「おぉー。何か、雲みたいにふわっとした感じがあるね。何これ」

「色は……無属性っぽいな。けど、これは……」

「性質が謎、だねぇ」


 ミグリトさんが興味深そうに覗き込んでくる。


「神聖でもなく、邪悪でもない。見た事の無い珍しいものだ」

「えっ、何、またチート臭倍増させるの、スイト君!」

「またって、俺がいつチート臭を臭わせたよ」

「最初から?」


 最初?


「職業とかの前に、元の世界でもスイト君って意外とチートだったよ。家事全般、主に料理やお菓子作りはプロ顔負け。成績優秀、容姿端麗、加えて演劇部の若きエースとか呼ばれていたじゃない。そこへ更に賢者の職業と珍しい魔力質の持ち主! これがチートと呼ばずして何がチートになるのさ!」

「そうですね。そこは同意いたします。スイト様はちょっと、コホン。少し、ゲホゲホ。かなりの、才能をお持ちですから」


 おぅ、ハルカさんの熱弁にルディが後押しを入れてきた。


「お兄ちゃんはもうちょっと、自分の才能を自覚した方が良いと思うの」


 ツルまで?!

 更に、その横でナツヤとアキヤが頷いているし!

 しかも、更にその後ろにいたマキナ達も頷いている。

 って、いつからそこに?!


「そろそろ集合した方が良いと思ったからなー。一部始終会話を聞かせてもらったぞー」

「……スイトは、自分を、下に見すぎ。と、思うの」

「多分、演劇部エースっていう肩書きに納得していないの、スイト君だけだと思うよ」


 最後のハルカさんの台詞に、俺は驚愕する。いや、だって、演劇部エースだぞ? 俺はたしかにそう呼ばれているが、全員同じようなものだろう。

 演劇の発表会がある度にいろいろな所からスカウトされるけども、それはお世辞のようなものだ。将来は化けそうな若者に声をかけているだけである。

 まあ、俺以外で声をかけられていた部員は、知っている奴だけだと2人くらいしか知らないが。


 学校外での発表でも、他校の連中じゃなくて何で俺にばかり声をかけてくるのか疑問だったけれども。

 え、そうなの? マジでそうなのか?

 俺以外は全員、俺が演劇部エースという職業に納得していたと。

 むしろもとの世界でもそう呼ばれていたと?!


「あぁ……これは完全に気付いていなかった感じかな」

「気付くわけ無いだろ!」

「お兄ちゃんは変なところで鈍感さんだからね。ラブレターもファンレターになっちゃうくらいだし」

「は? ラブレター? いつ?」

「ほらぁ」


 ツルが呆れた表情で俺を一瞥した。

 そ、そんな目で見る事無いだろ。

 ファンレターならいくらでももらった事があるぞ。熱烈なやつは校舎の裏に呼び出されて応援されたな。たまに他校からも来ていた。

 だが、ラブレターなんて……。

 いや。まさか、あれがラブレターで、校舎裏の応援が告白だったとでも? 手紙の封にハートのシールが使われていたが、それがラブレターという証拠だと?!


(実際、どうなの? その。ラブレター率)

(えーとねぇ。全体の90%とかそのくらい行くと思うよ)

(わぁ……)


 後ろでハルカさんとツルが内緒話をしているが、内容は聞こえない。2人共俺に背を向けている上、小声なのだ。

 普段なら聞こえていたかもしれないが、今は混乱中だからなのか耳に入ってこない。

 ただ、まあ、俺がいかに鈍感かとか、そういった類の話をしているのだろう。だったら聞き難い内容って事じゃないか。

 聞きたい。でも聞けない。

 ああ、もどかしい!

 俺は俺自身でも珍しくその場で悶絶していた。マキナ達は物珍しそうな表情で、もしくは生温かい笑顔を浮かべていて、それがまた恥ずかしい。

 無限とも思える悶絶のループだった。

 パン、と響いた、ルディの拍手が無ければずっと続いていただろう。


「そろそろ、駅に向かいましょう。チカテツ、乗り遅れてしまいますから」

「地下鉄かぁ。ねぇねぇウサギさん。それって本当に地下鉄?」

「チカテツはチカテツですね。皆さんが言うには、チカテツで間違い無いそうです」

「お兄ちゃん、本当?」

「おぅ……。俺達が知っている地下鉄と、まぁまぁ同じだな。もっとも、地下を走っているわけじゃないから、実際には違うかもしれないが」


 どこかに地上を走る地下鉄があるらしいし、世界樹の化石内部を通っているだけのあれも地下鉄で良いと思う。電車は電気の力で動いているわけだから、あれは違うだろう。

 言うなれば、魔力で動いているわけだから魔車……あれ。何か違う響きになったな。

 うん。ややこしいから地下鉄で良いな。


「では行きましょうか。ミグリトさん、お世話になりました」

「あっ。ありがとう、ミグリトお姉ちゃん!」

「助かったぜ!」

「助かりました!」


 ツル、ナツヤ、アキヤの3人は、ぺこりと頭を下げた。

 城の中へ召喚された俺達と違って、異世界に、それも誰もいない場所へ急に放り出されたのだ。子供だしお金も持っていなさそうな彼等を泊めてくれた恩は、返しきれないほどにある。


「あんた達、気を付けなよ? いつでもここにおいでね」

「うん!」


 ツルはミグリトさんの、少しだけ焦げた服に抱きついた。ドワーフ特有の筋肉質の身体は、女性にしては太く、硬く感じるだろう。

 しかし、ミグリトさんのマメだらけの硬い手は、柔らかくツルの頭を撫でていた。

 ミグリトさんがおいくつなのかは知らないが、自分よりも小さな相手に母性本能がくすぐられているのかもしれない。その瞳はとても優しげだ。

 平和で恵まれた日本育ちの子供にとって、一食でもご飯を抜いた生活は耐え難い。ツルはかろうじてそういう体験をした事はあるが、それは旅先で食料やらお金やらを強奪された時だ。そういう可能性があると、両親から聞かされていたはず。


 今回はそういう注意も何も無かった。きちんとした心構えも何も無く放り出されて、何も出来ずに泣いていてもおかしくなかったのだ。

 ミグリトさんは、そういった絶望的な状況で助けてくれた、正に救世主と言うべき存在である。

 その上、この性格だ。ある種の母親に対する感情を抱いてもおかしくない。

 今生の別れではないし、また近い内に顔を出そうとも思っている。

 だが、俺達は性質上、一緒に固まって行動した方が良い。それはツル達も理解しているから、当然のように俺達と一緒に行こうとしている。説得もしていないのに。

 物分かりの良い、素直で良い子達なのだ。


「行こう、お兄ちゃん!」


 たった一日とはいえ、寝食を共に過ごしたのだ。分かれるのが寂しいのは当然。

 それでも、ツル達は笑顔で馬車に乗り込んだ。


 ……。


 その日の夜、心配になってツル達の部屋に近付いてみた。

 鼻をすするような音が聞こえてきたのは、きっと幻聴ではないのだろうな。

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