08 私の決意

 ― ハルカ ―



 焦げ臭さと鉄臭さが混じる中、ルディ君が笑顔で手を上げる。

 それまで隠していた真っ白なウサミミを全て曝け出して、まるで重力など感じさせない動きで着地した。その場にいた全員がその動きに一瞬だけ見惚れて、静まり返る。

 しかし次の瞬間、わっと歓声が上がった。


「―― 大丈夫ですか?」


 まるで何事も無かったかのように、ルディ君が尋ねてくる。

 色々と衝撃的だったからか、目を瞑る度にその光景が私の脳裏でリプレイされていた。

 ガタガタと揺れる馬車の中、もうすぐお城が見えてくるという段階で、既に5回はリプレイされている。鮮やか過ぎるとも言える紅と華麗に魅了するルディ君の光景だ。


 この世界では脅威である黒の森から来たモンスター。どんな猛攻も効いていなさそうだったイノシシを、実質一撃で沈めたルディ君は、誰の目にも明らかなほど凄まじい実力者なのだろう。

 聞いた話によれば、ルディ君はレベルが25あるらしい。それでも低い方らしいけど、あの雷魔法は凄まじい威力を誇っていた。

 レベル25なんて、嘘じゃないかと勘ぐってしまう。


 でも、ルディ君自身が見せてくれたルディ君のステータスには、たしかにレベル25と表記されていた。その辺りの事を聞いてみようかな。

 ルディ君があのイノシシを倒した後、ルディ君は一度、村の中心部にある衛兵の駐屯地に向かった。本人曰くあまり目立ちたくないらしかったけど、あんな倒し方をしたら、嫌でも目立つよね。

 空高くからの攻撃だったから、屋内にいた人を除く村にいた全員から見えたと思う。

 黒の森からモンスターがやってくる事はほとんど無いらしいし、感謝状とかもらったのだろうか?


 ともかく、何とか地下鉄の時間に間に合ったのは良かった。


 あのイノシシが出たのは予想外だっただろうけど、時間的には予定通りにお城に帰る事が出来そうだ。

 もっとも、イノシシ討伐の歓声と一緒に、ルディ君の胴上げが始まった時は驚いた。衛兵さんらしき鎧の人が沈静化するまでの10分、ルディ君はボールみたいにぽんぽん飛ばされていたから。

 なので。


「大丈夫、はこっちの台詞だよ。そっちこそ大丈夫? 主に、人混みに酔っていないかとか」

「あ、あはは。大丈夫です。酔う事そのものには慣れているので」


 ウサミミがしおれているので、実際には大丈夫じゃないかもしれないね。


「ねえ、ルディ君がレベル25だって事は信じるよ。でも、あの雷魔法、素人目だけど、絶対中級とかっていう威力じゃないよね?」

「あー……まあ、使っている魔法そのものは、中級と呼ばれている魔法:サンディアロートですよ。ただ、僕の持つ『スキル』に秘密があります」

「スキル……。あ、MP上昇率増加とかのあれ?」

「それです。中でも、僕が生まれた頃から持っているスキルの中に、雷魔法超強化Ⅴというものがありますので、そのせいで中級魔法が上級魔法以上の威力になったのですね」


 雷魔法超強化Ⅴ。

 聞くだけでも凄いスキルだと思う。

 スキルは、スキル名の後に数字の付いた、後からその効果を上昇させられるスキルがある。それらのスキルレベルの上限はⅩで、Ⅹになるとスキルそのものが進化することがあるらしい。


 雷魔法超強化。このスキルの前者となるスキルは、雷魔法強化という。この雷魔法強化のスキルレベルをⅩまで上げて、初めて雷魔法超強化というスキルが得られるのだ。しかも、スキルレベルというのは上がりやすいものから上がりづらい物まであるらしく、Ⅹまでいく、更に進化させられる者は稀だとか。


 それを、進化した状態で最初から持っていたと言うのだ。


 人が得られるスキルには、最初から持っている『潜在技能』と、後天的に手に入れる『習得技能』があるらしい。潜在技能はデフォルトと呼ばれていて、固有のスキルもあるという。

 デフォルトは後から能力を伸ばす事ができない代わりに、後から手に入れた能力とあわせて使う事ができる。これは凄い事だ。


 本来、既に雷魔法強化Ⅱを手に入れていると、後から同じようなスキルを手に入れてもただ単に元からあるスキルレベルが1上がるだけだ。

 しかし、デフォルトに雷魔法強化Ⅱがあったとして、後から手に入れたスキル:雷魔法強化Ⅰは、それに吸収される事がない。


 ルディ君がこれから先、雷魔法超強化Ⅹを手に入れた場合。元からデフォルトで持っている雷魔法超強化Ⅴも合わせて、雷魔法超強化Ⅹ+Ⅴとなるわけだ。これはとんでもない。

 本当なら、水が表面張力まで使って限界ギリギリまで入っていて、人はそれ以外を持てないとする。しかし彼は、それとは別のコップと水を持っているようなものなのだ。ルディ君は、自分では言わないけど天才というやつなのだろう。

 その人が天才かどうか文字になって表れてしまうのだから、この世界は分かりやすい。


「それは凄まじいね」

「そうでしょうか? デフォルトスキルは完全に運任せのスキルですし、僕の場合は雷魔法だけしか効果がありませんよ。軍人という職業柄、役には立ちますけど」

「軍?」

「あっ、えと。魔王国家アヴァロニアが所有する軍隊ですね。雷魔法だけとはいえ、強力な魔法が使えるので『魔王軍魔法師団第四隊長』にこの春任命されたばかりですが……」


 ふむふむ。

 えっ。


「ルディ君って軍の人だったの?!」

「えっ?! あ、はい! まだ半年ほどしか隊長には在籍していませんし、実質本職はフィオル様の傍仕えでしたし、今はスイト様の世話役で皆様の護衛の任に就いておりますが、軍関係者ですよ!」


 お互いわたわたと慌ててしまう。

 ルディ君の年齢は14歳。聞いただけでは分からなかったけど、亜人や獣人の人達にとって、成人は16歳くらいらしくて、その前に自立する人も多いらしい。

 それでも、14歳で魔王軍の隊長を勤めているのは異例だと思う。

 やはりこの子、天才だ。


「ねえ、スイト君。ルディ君が軍関係者だって知ってた?」

「……ん、ああ、何だ?」

「「……」」


 あ、そうそう。行きと変わらないメンバーで馬車に乗っているのだけれども、スイト君は地下鉄に乗る前からずっとぼぅっとしている。

 心此処に在らず、というのは、超絶元気の自由で気ままな泉校の生徒には縁の無い言葉だったのだけれども、まさかのスイト君がその状態に陥っていた。


 スイト君はクールというか、どこか天然なのだけれど、思慮深いというイメージは強い。

 いつもポーカーフェイスで何を考えているのか分からない所がある。とはいえ、放心している姿は見かけた事が無いのだ。だから珍しいと言えば珍しいのだけれど、それ故にいつもと違う様子だから心配になる。声を掛けるタイミングを逃していたので、つい話しかけたのは僥倖だ。

 私を見る目も、小さい頃から見てきたようなものじゃないのだ。

 いつも無表情だけどどこか温かい光の灯っていた目が、今は濁っているように見える。


 ルディ君が、イノシシを倒した後からだ。


「え、と。何かあった?」

「……別に。ルディは軍人だったのか。どうりで強いわけだ」


 いつもみたいな笑顔を浮かべているつもりなのだろうか。いつもなら本当に自然な笑みをこぼすのだけれど、今のスイト君は目が笑っていなかった。

 でも、驚いた風の口調なの。不思議。表情と声色が一致していない。

 絶対何かあったよね、これ。

 もう窓際で頬杖突いて、何も無い空を眺めているし。


「あ、その。ハルカ様はご夕食をどちらでお食べになりますか?」

「えっ」

「朝食は状況説明も兼ねて個人でお食べになりましたが、夕食は重要書類の無い部屋であればどこでも良いですよ!」

「……フィオルちゃんと一緒でも?」

「えっ、ぅ、お仕事が片付いていらっしゃれば可能です!」


 フィオルちゃんの話題が出た辺りからは、何を話したかよく覚えていない。あ、いや、思い出せはするのだけれど、正直変すぎる内容だったので思い出した瞬間に自らぼかしてしまうのだ。

 面白くないような事なので、割愛させてもらおうかな。


 あ、ちなみに夕食はフィオルちゃんと食べました。見た目は年下っぽいけど、口調や礼儀作法なんかはそこらへんの大人よりも大人だった。でも、時折見せる笑顔はちょっと子供っぽくてかわいかったなー。

 とまあこの辺りで閑話休題にさせてもらって、その日の夜。

 レコードプレイヤーとかはあるけど、どれも聞いたことが無い曲だから、聴いているだけで目がさえてしまいそうだった。何気なくスマホを取り出してみるけど、きっと使えないだろうな。


「あっ、点いた」


 ……。

 あ、そっか。電波が届かないだけで、既に記録してある音楽とかは再生可能だよね。盲点だったよ。

 寝る前にいつも聞いているクラシックに近い音楽を流す。イヤホンは無いので、音量を小さくして耳元に当てて聞く。


 うん、落ち着く。人によっては苦手かもしれないけど、この機械音声が良いのだ。

 ふわぁ、と大きなあくびが出る。今、他の人には見せられない顔になっていると思うな。

 突然異世界なんかに召喚されて、乗りなれない馬車なんかに乗って、聞き慣れない魔法なんかを使おうとして、ついでに落とし穴に落ちて。

 それと、あんな『凶悪』を丸々無理やり生物という形に納めただけのようなモンスターと会って。


 疲れないわけが無いのだ。


 それなりに強行軍だったと思う。だから、疲れすぎたのかよく眠れなかった。それに加え、寝ようとする度に視界が真っ赤になってしまって、どうにも寝付けないのだ。

 なので、本当はいけない事なのだろうけど……。


 プチ家出、しちゃいました。


 濃淡はあるけど、一面ピンクで揃えられた部屋のタンスに入っていた服を、適当に見繕って出てきた。さすがに部屋の外には門番さん的な人がいるかな~と身構えていたのだけれど、どういうわけか誰もいなかったので、今朝から今に至るまでに通ってきた道順を思い出しながら静かに歩いてみる。

 ランタンの光量は朝や昼と変わらない。むしろ寝る前だからと部屋の明かりを消していたからか、薄暗かったように思えた視界は明るく見えたほどだ。


 表は開く時に大きな音の出る、とても大きな扉からの出入りとなるのでやめておく。

 というわけで、とりあえず誰もいない入り口までやってきて、そこから裏口を探す。最悪窓から出てもいいかな。とにかく、本格手に外の空気を吸いたい気分だ。


 というわけで。

 思い切って窓から脱出(?)します。

 見回りの人がいると思うけど、書置きを窓に張っておいたので大丈夫だろう。

 ……日本語が読めれば、だけど。


 ルディ君が言っていたスキルの話を聞いて、早速自分のスキルを見直してみたのだ。

 私が潜在的に持っているデフォルトスキル。その中に、とても興味深い物を見つけた。

 スキル:言語理解。

 スキル名に触れると、便利な事に説明文が出てきてくれた。どうやら名前そのまま、言語を理解するスキルらしい。更に読み込んでいくと、会話、文字などを自分が理解するのと同時に、私が書いた文字を相手が分かるように翻訳するスキルでもあるようだった。


 ただ、試してはいないので、私が書いた所を見せていないとダメなのか、それとも私が書いただけで翻訳されているのかは分からない。

 ともかく、書置きはした。気付いてくれればいいけど……。

 あ、お城の敷地内からは出ないよ? ただ、城を囲っている壁の近くまで行こうかな、とは考えている。さすがにお城の外へ行く勇気は無いからね。


 馬車からは治安よさげに見えたけど、それは昼間の話だ。

 私達が乗っていたのは貴族用の馬車だったしね。

 というわけで、庭園にやってきた。

 夜なのにとても明るいと思ったら、空には3つもの月が浮かんでいる。大中小の3つで、小指の長さほど離れていたり、広げた手の親指の先端から小指の先端まで距離が空いていたりしている。


 とても明るかった。

 部屋は薄暗かったので分からなかったけど、着ている服は月の光を反射する素材のようで、とてもキラキラしている。

 あっ、これ魔力の光に似ているかもしれない。魔力に関する素材なのかも。

 勝手に持ち出しちゃったけど、叱られるかな?

 ああでも、叱られても良いか。それでも、外の空気を思いっきり吸いたい時ってあるから。


 たとえば、今とか。


「ふわぁ……っ!」


 庭園はとても美しかった。

 ひし形や球など、様々な形に刈り込まれた植木。

 低木によって作られた草木の迷路。

 月明かりに煌く噴水。噴水は真っ白な石造りで、質感はツルツルしている。水はかなり透き通っていて、手にすくって飲めそうである。

 水は2人の彫像が持つ水がめから溢れるように流れ、合計二段の皿部分に一度溜まってから下へと落ちてきていた。


 水は酸素を取り込むと青く見える、とか誰かに聞いた事がある。青白い月明かりもあって噴水の水はとてもきれいな青色をしているように見えた。


 ただ、それ以上に。

 この噴水ももちろんきれいなのだけれど、それよりも存在感を放つ者がいた。

 私が来た方向とは、ちょうど逆の位置。

 溢れる水に隠れるように、そこに―― 彼がいた。


「……スイト君」

「おう」


 柔らかな笑みを浮かべるスイト君は、真っ白な噴水の縁に腰掛けていた。彼もまた部屋にあった服を持ち出していたらしい。その姿は制服とも、寝巻きとも言えない服だった。

 私がスイト君に声を掛けると、今度はちゃんと反応してくれた。かなり小さく、呟くような音量だったのだけれど。


 と、そこまで考えて思い返す。そういえば、いつも呟くような声量で会話を余儀なくされるイユちゃんの声を、彼は聞き逃した事が無いのだ。それなら噴水の水が落ちる音が大きくても、彼の耳には聞こえてしまうかもしれない。

 月夜に照らされたスイト君の横顔は、とてもきれいに見えた。


 艶がある黒色で、さらさらしているけど、寝癖なのかちょっと跳ね気味の髪。

 健康的な肌色と、痩せぎすでも肥満でもない、程よい体格。

 真面目に見た事がないけど、これは多分、美形と呼ばれる程の顔ではなかろうか。


 ただ、明るみのある笑顔に対し、疲れの色が濃い表情は、見ていてとても不安になる。

 大丈夫、と聞こうとして、躊躇った。

 その表情は、明らかに大丈夫じゃなくて、どこか見覚えのある雰囲気を醸し出していたから。


「隣、いい?」

「いいよ」


 そう言うと、スイト君はハンカチを取り出して敷いた。気が利くなぁ。

 ただ、お礼を言う以外に話題が無い。

 本当は1人になるつもりで出てきたからね。こんな所で会うとは思わなかったよ。

 静寂に包まれた夜の中、私は周りに合わせて静かに座った。


「なあ、ハルカさん」


 1人で悶々としていたら、スイト君から話しかけてくれる。


「その服、虹色に光っているけど、何」

「虹色? 虹色なの、これ?」

「鏡を見なかったのか? って、よくよく考えれば、こんな深夜に出歩くなら隠れて着替えるか。暗い中で着替えて、いや、部屋の中も少しは明るかったはずだが」


 首を傾げつつ、私の着ている服をジロジロと観察するスイト君。事情を知らなければ変態に見えなくもない視線だね。

 この様子だと、まだ自分の目について何も知らないみたい。

 帰ってからずっと呆然としていたなら、話なんて聞いていないか。


「スイト君、自分のスキル、調べた?」

「スキルか。レベルが上がった時に手に入れるやつな」

「そうじゃなくて。スキルって、最初から持っている物と後から手に入れる物とで2種類あるの。その最初から持っている方のスキル」

「そんなのがあるのか。分かった」


 スイト君は無言でステータスいじりを始めた。そういえば、最初にステータスを出した時、スイト君は何も言っていなかったような。

 イメージ力が強いって、こういう事かも。


「あ、本当だ。あった。ほれ」


 ほんの少しだけ私に近づいて、可視化されたステータスを見せてきた。

 他人のステータスは、本人の許可無しには見られない。何か随分下の方に『性格値』なんてものが表示されていたから、私のは見せたくないなぁ。

 ただ、画面はスクロール形式だし、間違えて下に行き過ぎなければ大丈夫かな。


 見せたくないけど。

 まんま個人情報だからね。


 そんな事より、スイト君のデフォルトスキルだ。

 えーと。



 五感強化Ⅳ 思考能力強化Ⅵ 記憶領域拡張Ⅷ 魔法超強化Ⅴ

 魔法超制御Ⅹ 言語理解Ⅱ 全属性耐性Ⅱ 余剰魔力削除

 MP量増加Ⅵ 精霊可視化 魔力可視化 スキル機能調整Ⅹ



 あー……。

 超絶チートな刺激臭がするね?!

 何これ、と、私は驚いて、口が塞がらなかった。

 どれも見過ごせないようなスキル名がびっしりと並んでいる。私のデフォルトスキルは、せいぜい言語理解とかMP量増加が同じくらい。

 それでも凄いのだろうけど。


「うわぁ」

「そう呟きたいのは私だよ、スイト君?」


 それも無表情でとてつもなく驚いたような口調だったから、尚更驚いてしまった。スイト君って、何故か常にポーカーフェイスなのよね。


「精霊可視化、と、魔力可視化。これってスキルなのか」

「うん。私には見えなかった。スライム退治の時、ルディ君が何かやっていたでしょ? あの時、私は魔力がほんのちょっとも見えなかったの。スイト君は特別だと思うよ」

「そうなのか?!」


 あ、今度はちょっと表情に出た。目が僅かに見開かれたのだ。

 魔力光というのは、魔法を発動する時に見えるもの。魔法の発動方法はいくつか種類があるそうだけど、共通して魔力を使わなければならない。

 まだ見た事は無いけど、魔法陣なんかは魔力を圧縮した液状魔力を使って描くらしいので、魔法発動前からでも魔力光が発生するらしい。


 そもそも魔法で魔力光が発生するのは、使用する魔法に対し、余剰分の魔力が発生し、その余剰分の魔力が力を持て余す故に発光する。魔力の魔法変換用のエネルギーを、その余剰分が勝手に光エネルギーに変換されてしまうが故に発光現象は起きるのだ。

 理論的に言えば、この余剰分の魔力が無ければ魔法陣が発光する事はない。

 魔法陣には、これから使う魔法の情報をふんだんに詰め込んでいるので、この魔力光が無ければ色々便利そうなのだけれど、実際問題、それは不可能だそうだ。


 加減を間違えれば、魔法陣の一部が本当の意味で消えてしまったり、奇跡的にそうでないとしても、必ずどこかの文字などが発光してしまったりするとの事。

 先程言った魔法の発動方法は、大きく分けて3つ。



 1.発声法。文字そのまま、詠唱する事による発動方法。ただし、詠唱によっては発動時間や誤作動もありえる。練習次第で詠唱破棄が可能だが、その分難易度は跳ね上がる。


 2.魔法陣。液状魔力で出したい魔法に対する魔法陣を描いての発動方法。ただし、正確に文字を刻まなければ発動しない上、そもそも描くのに時間がかかる。その代わり発声法や魔道具より複雑な魔法を扱う事が出来るので上級者向け。


 3.魔道具。自らの魔力で、予め魔法が封じられた道具を使用する方法。ただし、自らの魔力をどのように使っても一定の出力になり、思い通りの効果が得られない。しかし汎用性はずば抜けている。



 最も一般的に使用されているのが発声法。

 最も難しいとされているのが魔法陣。

 最も扱いやすいとされているのが魔道具。


 どれも一長一短の特徴があり、この世界では重宝されている。どれも魔法に対して相応の魔力を支払うので、学校に行かなくとも経験則でどうにかなる発声法がポピュラーなのだ。

 実の所、詠唱は個人の自由。こちらの人は無意識にやっているようだけど、自分のイメージに沿った魔法を発動しているわけであって、詠唱に左右される魔法は存在しない。


 実際、イメージだけで魔法を出せてしまったスイト君がいるのだから、それが証明だ。

 さて、長々と説明したけど、要するに、魔力光は魔法を発動させる時に出るものであって、常人の目には白く映る。

 しかし、彼の場合。魔力が充填された状態で既に見えるのだ。


 ルディ君は、手に魔力を集中させただけだった。それを属性まで言い当てたのはスイト君の持っていたスキルによるものだ。

 魔力可視化。これが普通なら見えないはずの魔力を光として捉えている理由。更に、その魔力の属性まで見えたのは精霊可視化、この世のあらゆる物質を形作る、目には見えない微小な存在が見えていたからである。魔力光と精霊光は、違うものなのだ。

 精霊光が見える人は、魔力光が見える人よりも更に希少。それを併せ持っているなんていう人間はほとんどいないだろう。


 彼がそうなのだ。


「そうか、てっきりみんな見えているものとばかり。あ、だからルディは色々な属性の魔力を見せてきたのか。なるほど」


 納得して何度も頷くスイト君。

 あ、そうだ。


「ねえ、この服、虹色なの? 魔法由来って事は何と無く分かるけど」

「ちょっと待って。スキル調整の技能によっては……。ああ、やっぱりそうだ。可視化系をいったん切ってみたが、一気に視界が暗くなるな。ハルカさんの服も、ちゃんと薄いピンク色の服だって分かる。切ってこれならその服は魔法由来って事か。虹色は様々な属性に対する耐性の表れかな」


 子供っぽさを感じさせる、好奇心旺盛な表情。まだ疲れの色は無くなっていないけど、大丈夫そうだ、と思えるくらいには明るい笑顔だ。

 すぐに寝れば、明日には顔色もよくなっている、と思いたい。


「あ、そうだ。気晴らしに魔法書を読んでみて、気付いた事がある。言って良いか?」


 あ、大丈夫だ。そう思えるような明るい声色で、スイト君が話を振る。


「ほら、鍛冶屋の人が、ハルカさんは回復魔法に向いているって言ったいただろ? 回復魔法がどんな魔法か載っている本だった。たしかにハルカさんに向いているよ」

「? 何で?」


 今日3度目の、回復術師に向いている宣言である。

 まさか、同じ世界の出身者で、同じ魔法初心者であるスイト君から言われるとは思っていなかったけど。でも、スイト君ならちゃんと説明してくれそうだな。

 前の2人からは、ちゃんとした話を聞く事が出来なかったのだ。


「回復魔法は特殊でな。属性とはまた別の『性質』がその威力に関係するみたいだ」

「性質?」

「ああ。聖なる剣と書いて聖剣、聖火、聖水とかがあるだろう? あれって要するに、神聖な性質と書いて神聖質らしい。それとは反対に邪悪質っていうのもある。邪悪な魔剣とかが例だな」

「ふむふむ」

「回復魔法は、イメージにもよるだろうが、神聖質の魔力を持っていなければ発動しない」


 そりゃ、邪悪な心持ちで回復魔法なんて使えないだろうね。よく解毒魔法とかゲームで使うけど、逆に毒を盛りそうだよ。

 というか、そもそも回復魔法で悪巧みって出来るのだろうか?


「人は必ず、神聖質も邪悪質も含んだ魔力を持っている。俺とハルカさんは魔法で言う属性は全属性を備えているが、性質で言えば俺は神聖質も邪悪質も持っているんだ。均等に持っているわけじゃないから、俺にしてみれば、神聖質が多いほど透明感がある光、邪質が多ければより濁っている光に見える」


 性質の違いで魔法の威力とかが変わるわけではない、とスイト君は続けた。あくまでそういった性質があるのだと言いたかったらしい。

 「明記されていなかったが、この性質の違いは心のありように起因するのではないか」という考察も述べていた。たしかに、神聖質の魔力でしか回復魔法が使えないというのは少し不思議だ。


 仮に神聖質をポジティブ。

 邪悪質をネガティブな心持ちだとする。

 ポジティブな心持ちじゃないと、回復魔法が使えない。うん、ネガティブというか、暗かったり怒っていたりという感情は、癒す、という行為とは離れたものである。

 納得である。


「昔から、この神聖質の魔力と邪悪質の魔力との対比をアンケート調査で調べた人がいるみたいでな。幾人かが偏りが出ていたものの、おおむね神聖質と邪悪質の対比は1:1らしい。この比率は成長するに従って若干変化するが、生まれてから激動の人生を歩んだ人の比率はそれほど変化していないそうだな」


 という事は、ただ単純に心のありようを示すものでもないわけだ。


「じゃあ、私に回復魔法が向いているって言ったのは、その神聖質が邪悪質より多かったからって事?」

「そう、思っていたのだが」


 ん?


「ハルカさんの場合、大部分が神聖質。見た限りだと約8割、いや9割近いか? これは通常ありえない事で、教会で聖女とかって呼ばれるような人くらいしか持たない性質。かなり珍しい」


 せっ。

 聖女?!

 あの、清純で知られる聖女の事ですか?!

 私達の世界では比喩的表現でしか使わないけど、こっちの世界で言うとシャレにならない気がする。


「この世界の聖女は、癒しの力に秀でた存在という意味合いが強いようだ」

「じゃ、じゃあ、回復魔法を使っていたら、賢者様の他に聖女って呼ばれるかもしれないの?」

「あえてくっつけて、聖女賢者って呼ばれるかもな。元の世界では常日頃から女神とか天使とか呼ばれていたから、ある意味グレードダウンだが」

「ちょっと待って。元の世界でそんな風に呼ばれていたなんて、初耳なのだけど」


 どこと無く熱い視線を受けた記憶はあるけど。

 それに、明らかに人外と言える女神とか天使よりも、とりあえず人の身だって分かる聖女の方が何と無く良いと思うけど。


 あ、そういう話じゃないや。


「俺とハルカさんは全属性の魔法が使えるし、揃ってMPの量も多い。賢者特典ってやつだろうな。明らかに魔法特化の職種だが、やりようによっては物理攻撃にも使えそうだ」


 目を爛々と輝かせるスイト君。

 良かった。ちゃんと休めば大丈夫そうである。


「と、ともかく、私はこれから、回復魔法を覚えていくよ。さすがにすぐには覚えられないだろうけど、ちゃんと役に立つくらいにはがんばるから」

「俺も魔法を中心に色々やりたい事が出来た。俺はまずレベル上げをしたいかな」


 私は回復魔法を覚えるために、これから図書室辺りに引きこもりそう。

 対して、スイト君はモンスターを狩ってレベル上げがしたいと。

 うーん。これだと一緒に行動出来ないよね。どう考えても私はインドアで、スイト君はアウトドア。

 見知らぬ土地ではなるべく別行動を避けたいところなのだけど、どうしても二手や三手に分かれて行動する機会なんて、これからいくらでもありそうだ。


 私は無言でスイト君を見つめる。

 スイト君もちょっとだけ難しそうな表情をしていた。

 でも私の視線に気付くと、ぎこちなくはにかむ。どうやら妙案は思いついていないらしい。


 きっと、ここでこうして考えていても埒が明かない。

 こんな異世界では、モンスターがいるのは当然。フィオルちゃん達は、世界に迫る危機とやらを回避または解決すれば自然と帰れると言っていた。でも、今のところどのような危機が迫っているのか分からない。フィオルちゃん達だけでは分からないかもしれない。


 であるならば、私達自身も調査をした方が良いのかも。旅に出て、異世界人である私達だけにしか分からないような異変を察知するとか。

 ただ、そうだとしても。まだ来たばかりで準備なんてまるでしていない。心の準備は特に。

 イキナリ召喚されて世界を救ってくれと言われても、こっちは事情も何も知らないのだから、飲み込むまでにはそれ相応の時間が要る。


 世界を救って。


 はい良いですよ。


 などと言えるわけが無いのだ。今回はそれを考慮した上で、あえて、ストレートに『救ってくれ』なんて言われなかった。むしろ最悪の場合救わなくてもよいと、元の世界に帰る方法も一応探してくれると提案してくれる人の所に召喚されたのは、運が良かったのかもしれない。


 もし、強制的にこき使われていたらと思うと、ゾッとする。

 昼間のイノシシが出すような、もしかするとそれよりも凄惨な光景のど真ん中に放り出される可能性だってあったのだ。

 ああ、考えていたら身体が震えてきた。

 私は不意にスマホを取り出した。そういえば、先程落ち着くためにと音楽を流していたので、その影響だろうか。ストレスに対する癒しを求め始めたのだ。


 ……。


 スマホかぁ。

 これが元の世界に通じたらどれほど良いか。相変わらず電話帳に記載された名前は黒く塗り潰されているし、やっぱりどうしようも無いのかな。

 と、何気なく電話帳をスクロールする。


 ……。

 …………。

 ………………。



 あれ?



「ねえスイト君。ちょっと提案があるの」

「おう?」


 私がスマホに映し出されたとあるページを見せると、スイト君の目が一瞬光る。

 魔法が存在する世界では普通に目が光りそうだけど、これは比喩だ。

 スイト君は驚愕に目を見開いて、しばらく黙り込んだ。

 けれども、ようやく声が、出てきた。


「これ、大発見だ」


 私とスイト君は、にぃ、と笑いあう。

 どことなくではあるけど、希望が見え始めた瞬間だった。

 後で聞いた事だけど、月が3つも出るなんて、奇跡だったらしい。この世界に存在する3つの月が揃うのは、奇跡が起こる日とされているそうだ。

 私達の場合、その奇跡に気付いた日という事になるのだろうか。


 ともかく。

 私達は、至急『電話』をかけまくる。


 今夜はちゃんと眠れそうな予感がした。


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