閑話01 意外?な特技
ここ一ヶ月の話をしよう。
俺達は魔法の無い世界から、魔王領に召喚された。
翌日になって目を覚ました俺達は、レベル上げをするために城を出て、スライムを倒したり、魔法を覚えたりした。
だがその帰りに、この世界におけるモンスターの恐怖をそのまま形にしたようなイノシシと遭遇し、それを倒す者を見た。上には上がいると理解させられた瞬間である。
ただ、その時の俺は、イノシシなんかよりももっと重大な事に気付いていたわけだが……。
ああいや、この話はまた今度だ。
ともかく、イノシシと遭遇した日の夜に、俺とハルカさんはある重要な事に気が付いた。
スマホ。
文明の利器の中でも、人々の多くに普及している通信機器。それがスマホだ。
この手の平サイズのスマホ。
異世界では何の役にも立たないと思う事なかれ。
俺達も知った時は驚いたが、このスマホ、どうやらインターネットやゲーム、従来のアプリの中で既にダウンロードしている物に限っては使う事ができた。
元の世界との通信は出来なかったが、サイトの多くは閲覧でき、何よりこちらの世界にいて尚且つスマホを持っている相手とは無条件で通信できるようだった。
無料通信アプリ『LEIN』は、相手の電話番号さえ知っていれば、文字でのやりとりや複数人同時の会話も出来てしまう。これが使えると知った時の喜びようったらなかった。
え、誰が喜んだかって?
ハルカさんですが?
また、魔法の存在する世界だからと色々身構えていたのだが、その必要は無かった。
当初は、町並みが中世ヨーロッパのそれだったので、料理の質や衛生面に期待はしていなかった。しかし蓋を開けてみれば、俺達が元いた世界と同等の衛生状態が保たれていたのだ。
厳密に言えば、トイレ、風呂、調理器具の科学的技術のみだが。
ただ、この世界にはちゃんとした電気を生産出来る機械は少ないため、魔法の力や理論を利用する魔道具による発展した文化を創りあげていた。
トイレは魔力を固めた『魔法石』という石の中でも、水の魔力を多く含んだ物を使った水洗トイレ。オーブンやレンジなども同じように、魔法石やその上位版を使った魔法によって成り立つ魔道具が一般家庭にも置かれているのだ。
俺達のいた世界では、太陽光や風、水などで電気エネルギーに変換していた。中には取り出すのに危険を伴うエネルギーもあった。
しかし、この世界では人から無限に湧き出てくる魔力をそのまま石に変え、それを便利に生活するための糧としている。あくまで使いすぎない事を前提にすれば、人にも世界にも優しいエネルギー活用だ。
一方で、車や電話などは発明されていない。全て魔法で事足りるからだ。
移動手段は、ビードの足が速いからというだけで馬車だけ。
ビードは好きで馬車や荷車を引いているようなので止めないが、取り扱いに注意しなければならないガラス製品。またビードが生き物であるが故に、道が整っていたとしても揺れる車体に困っている人はいる。車体に工夫をすればよいのでは、と思わなくも無いが、彼等はそこまで思い至らないらしいな。
と、話が逸れてしまったか。
スマホによる最速連絡法が俺達限定で確立したわけだが、それによって遠くにいても会話が出来る。それも6人全員同時でも可能となれば、生存確認も容易となった。
1日1回、必ず城に日帰りしている俺か、俺よりも城にいる時間の長いハルカさんに連絡をとる、という条件で、俺達は一時解散した。
また一週間に一度は帰ってくる事を約束した上で。
もっとも、先輩は即座に約束を破ってマキナにこってり叱られていたがな。
「では、異世界召喚一ヶ月目の記念ティーパーティを楽しみましょう」
「口調が固いよ、スイト君」
ワイングラスを片手に、ハルカさんが苦笑する。
ちなみに、グラスの中身はリンゴジュースだ。
とても広い上に天井の高い、いわゆるダンスホールを会場としたパーティ。立食の舞踏会、ドレスコードはある程度着飾っていれば何でも良し。
豪華で巨大なシャンデリアに照らされ、バイオリンやピアノ、多くの楽器で構成された複雑かつ優雅な曲が流れる。人々はきれいに磨かれた床の上で、思い思いに踊っていた。
これは親善パーティだ。一緒に食べて飲んで騒ぎましょうって事である。丸々焼かれた俺達の背丈ほどはある鳥型モンスターのローストチキン風を初め、常に保温できるという魔道具の容器に入れられているピラフなどもある。
とても美味い。
用意された菓子類も豊富で、女子陣は大いに満足そうだ。
さて、一応パーティという事で、俺達が信頼を置ける顔見知りだけで開いたこのパーティでは、俺を含めた全員がちょっとだけ着飾っていた。
正確には、イユの仕立てたドレスなどを着込んでいるのである。
「ねえ、スイト君だよね?」
そう話しかけてきたのはハルカさん。桜色でフリルたっぷりなドレスを身にまとっている。くるぶし丈のドレスに最初動きづらそうにしていたが、すぐに慣れてあちこち歩き回っていた。二の腕まである手袋は、伸縮性に優れているのであまり不自由は無いとの事。
透けた素材のケープを身にまとい、留め具にはバラらしき花をモチーフにした装飾品を使っていた。
正直、似合いすぎていると思います。
ケープのおかげで目立たないが、ボディラインをある程度くっきり見せるデザインのドレスだ。特に、くびれはコルセットでも着けているのか、その。すごい。
「ああ、見違えるだろ」
「見違えすぎだと思うなぁ」
ハルカさんは哀れむような目つきで俺を見つめる。
うん。俺もそう思うよ。
ハルカさんは、あの時の宣言どおり、この世界のありとあらゆる回復魔法や支援魔法を、王族が所有する書庫にあるものは全て読み込み、覚えた。使えるまでには至っていない魔法もあるようだが、そちらは知識とイメージの度合いによって効果が違うだろうし、今後はその試行錯誤をするものと思われる。
ちなみに、鍛冶屋のミグリトさんからもらった杖は今も身に付けている。
自衛用の武具を着けるのはもはやマナーと化している世界なので、俺も身に着けているぞ。
「えっ、スイトだったのか?! き、気付かなかったぞー」
次に、ハルカさんの声が聞こえていたらしいマキナである。
今回ばかりは白衣を脱いでいるが、その代わりにコートのようなデザインを取り入れたドレスを作ってもらったらしい。
袖口にたっぷりフリルの付いたドレスだ。長袖の上、コート部分の丈は膝まである。全体的に薄い青や黄色を取り入れたのは、マキナが主に水と雷魔法の使い手だからだろうな。コートの中身は太ももが隠れきらない丈のフリルスカート。3段重ねでグラデーションのかかった色合いである。
靴は濃い茶色で皮製のブーツ、ゴム底の物だな。
マキナらしいデザインである。
コートの上部分はドレスシャツ風なので、周囲の雰囲気と合っている。普段白衣ばかり着ているマキナとはイメージが違っていた。彼女もある意味で見違えているわけだ。
彼女は魔法薬に関心を持った。いわゆるマジックアイテムの1つで、水薬(ポーション)も魔法薬に含まれる。衝撃を与えると爆発する、飲むだけで傷が治るなどの効果を持つ魔法薬は、彼女の好奇心を鷲掴みにした。城の一室を借りて、既にそこを自分好みの城にしてしまったようだ。
ちなみに、今の所彼女が常備しているのは、爆破水薬、回復薬、解毒薬、魔力水などなど。コート風ドレスの下に大量に隠し持っている。
「別に気付かなくても良かった気がするがな」
「またまた~。気付いてもらえなかったら落ち込んでいたと思うぞー?」
ギクリ。
などとは思っていない。別にばれなくてもいいというか、ばれない方が良いのだ。
何を言っているのかって? それは――
「おやスイト君、イユさん懇親の作品がよくお似合いですよ」
「……ありがとうございます。先生も似合っています」
会話の途中に、先生が入ってきた。
先生もきっちり参加している。
先生は、黄緑を基調とした燕尾服をちょっと豪華にしたような服だ。それだけだと地味だと考えたのか、左耳部分には頭1個分はある大きな白い羽飾りが。
イユの仕業だな。
おかげで地味ではない。
先生はこの一ヶ月、王族の書庫にこもりきりになっていた。それはもう、寝る間も食べる間も惜しんで、時にはハルカさんと知識の共有化を図った論議も行っていたらしい。
そのため、ハルカさん共々水分不足やら栄養失調やらで倒れた事もあるらしく、度々俺達を心配させた。俺は日帰りだったし、ハルカさん達の様子を見に行くのが日課だったので一命は取り留めたが。
たとえ本を読んでいても、水と食べ物は摂ってほしい。
本当に。
「はぁ、最上級の濁し方ですね。その言い方」
「ふふ。似合っている事には変わりありませんから。ね、ナクラ君」
「……ぉぅ」
先輩は、黒を基調とした、これが貴族だ、とでも言わんばかりの服を着ている。とても緊張しているのかその表情は硬い。それに、俺から顔ごと目を逸らしている。
先輩は俺とハルカさんがスマホの事を話した翌日から、世話役と数人の従者を連れて旅に出た。いわゆる武者修行の旅である。各地のモンスターをなぎ倒し、経験値を稼ぎ、今では何とレベル69である。このパーティの事を聞いた時、レベル70になっておきたかったと聞いて一度は笑った。
1ヶ月でレベル50も上がれば奇跡と、ルディに聞かされたからだ。
しかし、彼は一ヶ月でそこまで行った。時々飢餓状態に陥ったらしいが、それでも経験値を得ていったからこそのレベルだろう。
おかげで比較的ゆったりと経験値を稼いでいた俺よりも、3倍近く力が付いた。もっとも、魔法の才能は無いに等しいらしく、未だに炎の基本魔法しかまともに使えないとの事。
俺は心配になって、俺から逸らされていた先輩の顔を覗き込むと、彼は顔を真っ赤にしていた。
熱があるのだろうか。
「……違うと、思う」
横からイユが近づいてくる。イユはピンクのフリルたっぷりな、いわゆるロココ文化風のドレスを身に纏っていた。結っていた髪を下ろし、小さな花飾りを使って前髪を留めている。ドレスの裾は床すれすれまであるので、歩きづらそうだ。
とは思ったが、不便ではなさそうなので歩くのを手伝おうとは思わない。
彼女はこの一ヶ月、日課と言って商人用とされている坂を毎日必ず2往復し、たまに襲ってきたモンスターを散歩がてらに倒してそれなりに経験値を稼ぎつつ作品作りに没頭していた。
おかげで衣服には困らない。
魔糸木(マシ木)から取れるという、絹に近い質感と多分に魔力を含み、編み方によっては剣を通さない頑丈さを誇る糸で大量の衣服を作っていた。
糸から布を作るのは誰にでも出来るらしいのだが、魔法に対する耐性も持ち合わせた材料とのこと。そのため魔法で縫製することが出来ず、全て手縫い、もしくはミシン縫いで作らなければならなかった。
しかしこの世界では、ミシンよりも手縫いや魔法による縫製が一般的で、更に手縫いでやるとなると相当な技術力が必要という事で、マシ木製の衣服を作る職人はかなり少ない。ミシンは普及していない上、魔法が使えない。手縫いは技術力がかなり必要。
うん。
イユは全部の条件をアッサリとクリアしていた。
というわけで、俺達が今着ているドレスはもちろん普段着も何もかもイユの特別製である。フィオル付きの護衛騎士や魔法使いなどが、イユ謹製の服をわざわざ高額で買いに来るほど使い心地は良い。
丈夫で長持ち。それは良いが、イユが毎回デザイン性の違う物を販売するようになって、偶然立ち寄った貴族達はどうでも良い理由をつけてまで城にイユの服を求めて買いに来るようになった。これまで城の倉庫で肥やしとなっていたマシ木製の布は、僅か1週間で無くなった。
今は材料を取り寄せたり、作らせたりしている途中で休憩期間だ。一応魔力を含んだ麻のような質感の布などでこさえたコースターなどは、現在進行形で販売中である。
「何が違うって?」
「……熱は、無いよ」
「そうなのか。じゃあ何でかな」
「……スイトの、服装だと思う」
「それをお前が言うか」
「…………………………ごめんなさい」
大量に用意されたはずの料理をブラックホールと化した胃袋が吸い込んでいく。もごもごと口を動かしながら喋るなんて、無駄に器用だよな。
ああ、さっきは言いそびれていた。
今の俺、女装中です。
………………。
いや、趣味じゃないぞ? ただ、イユが勝手に着付けをしたのがこれであって。決して、そして断じて、俺の趣味ではないのだ。
演劇部で何故かヒロイン役をさせられた事はあるが、まさかドレスの着付けにあまり違和感をもてなかったなんて。一生の不覚である。
第一、俺は男だ。身長は女子の平均よりは高いと思っているし、肩幅だって女性よりも広い。にも拘らず肩を出すデザインのドレスにしやがった。唯一男性っぽいのは、胸の無さと色が青い所だろうか。青は男の子っぽいイメージが……無くもない。
フリルは控えめだが、その代わりに大量の薄い布地でボリュームの出されたドレスだ。装飾品も控えめ。髪型はどうしようも無いのでウィッグを付けているが、よくばれないな。
多少化粧はしているが、男性特有の輪郭が目立つだろうに。
「スイト君って、女性って言われても分からないような顔つきだよね!」
ハルカさんの爆弾発言で、俺の発言が壊された。
「……メイクは、最小限。スイトの肌、すごく、きれい」
「うんうん! 良いなぁ。髪だってツヤツヤだし、どんなお手入れしているのかな」
「多分ハルカさん達が使っている物と同じリンスやシャンプーを使っているぞ?」
「でも、私の髪はそこまできれいじゃないよ? 結構気を遣っていたつもりなのに、どうしても負けちゃうもの。体質かな?」
ハルカさんは誰にも聞こえないような音量で「スイト君ならありえるよね」などと呟いて、何度か頷いている。とても真剣な表情だ。
ウィッグは予め編みこんでいた物を付けられていた。色合いは似ているが、髪質は違うらしい。イユのこだわりに反していたようだが、用意していた男装、じゃない。元々着る予定だった服は召使の1人が汚してしまったとかで、急遽洗った。まだ乾いていないので、背に腹は代えられない。
渋々。本当に渋々ではあるが、女装を決断したのだ。
今思えば、体格の似ている奴から借りれば良かったのだが。
「ところで、さっきからこっちをじろじろ見てくる人がいるよね。スイト君が見慣れないからかな」
「そうだろうな。この格好じゃ、分かりづらいか」
「分かりづらい、というか、絶対分からないと思う」
このパーティは俺達の知り合いしか呼んでいない。とはいえ知らない貴族も数名混じっているが、そいつらはルディ達が厳選した者達だろうな。
完全に見覚えが無いわけでもない。
少なくとも、俺やルディは冒険者として彼等の依頼を受けた事があった。
モンスター退治、討伐などは自由に行われているが、それなりにマナーがあるし危険もある。魔族領全域で、大まかに危険区域が設定され、そこには一定以上のレベルを持つ者しか入れない。そのレベルに達するにはそれこそ大量のモンスターを狩って、経験値を稼ぐ必要がある。
この経験値。自分よりレベルが5以上高いと、得られる値が1,5倍。自分よりレベルが10以上低いと0,5倍になる。
ただ、この世界には、相手に見せてもらう以外で相手のステータスを覗くという技術が無かった。ルディはスキルであれば存在すると言っていたが、それでも希少性はかなり高いとの事。
普通なら弱いモンスターでも、高レベルであれば危険となる。それを知らずに格上へ挑んでしまう冒険者もいるそうで、そのせいで死亡してしまうケースもあるらしい。見ただけでヤバイと分かるモンスターはいざ知らず、稀に見た目ただのスライムだけどめっちゃ強いのがいたらしい。
ギルドでは、義務的訓練と称してスライムの討伐クエストが大量に用意されていた。報酬は少なめだし、訓練と聞くと途端にやる気を失くしてしまいがちだが、俺は断然やった方が良いと思うね。
何故ならスライムは、同一個体を吸収する事で無限と思える進化を繰り返す種族だ。擬態などしなくともレベル、体力、知能などが進化する度に倍々に膨れ上がり、やがて凶悪かつ厄介なスライムの王になってしまうと手が付けられなくなる。
その恐怖がギルドに置かれる数少ない教本に載せられているとかで、ある程度レベルが上がって有頂天になった冒険者に強制的に開示するのだとか。
だから、高レベル冒険者ほどスライム討伐クエストを引き受ける。
おかげでスライムの王と対峙した冒険者はほとんどいない。一応いるというのが怖い所だな。
スライムは魔力だまりに自然と出来てしまうモンスターなので、全体的に魔力だまりと化している魔族領では無限に沸くのだが、だからこそ訓練にはうってつけ。
とはいえ経験値にはならない個体が多いのも事実なのだが。
さてこのギルドだが、この組織に登録している冒険者身分の者に、ギルドに寄せられた依頼を紹介するというのが仕事だ。冒険者のレベルや実績に応じてランク付けをし、そのランクに見合った依頼を紹介してくれる。最初はスライム討伐や薬草採取などで点数稼ぎをしていくのが常識だ。
ランクは、初心者に分かりやすく言うならHから始まりAまであって、その上にSとかURとかのランクがある。最後の2つの称号を持つ者はほとんどいない。
最初はHランク。これは比較的上がりやすいな。Hランク依頼を5つくらいやっていれば誰でもすぐ次のランクに昇級できる。
俺の場合、これを飛び級で、最初からEランクだった。コネではなく、実力で勝ち取った飛び級だ。
受けられる依頼としては、1つ上のDランクから下のもの。
分かりやすく言うと。
害獣指定されている狼やイノシシのちょっと大きいバージョンを、無傷で倒せるレベルだ。
これらはモンスターじゃない場合もあるのだが、実った作物を食べたり、人を襲って死なせたりする場合も多く、時に冒険者も餌食となってしまう。
農作物が採れなくて困るのは、その農地を統括する貴族身分の者達。そこで彼等は冒険者に依頼を出す。貴族達は若干冒険者を見下す風習があるようだが、それは我慢すれば良い。
我慢さえすれば、高額の報酬がもらえるのだから。
ただ、そんな彼等の中には悪徳とも呼べる者が混じっているわけだ。
たとえば、依頼対象は討伐したのに農地が傷ついたから減給するとか。
そこで、俺達の登場である。
余計な単語は付いているが、一応俺は賢者で、俺よりも前に冒険者登録をしていたルディは魔王の傍仕えである。それらを知らせず、悪徳貴族の依頼を受注する。ルディは目立つので変装し、俺はまあ、無名なので変装はしなかったが。
そして依頼達成時に、お決まりのごとく自分達から、あくまで「さりげなく」身分を明かす。これが効果絶大。ルディ曰く、モンスター退治のモットーは「トドメは死んだと思った後にさす」だそうで、徹底的に潰しにかかっていたな。あの悪魔の微笑み……悪役顔レパートリーに加えておこう。
魔族の貴族にはよい反省の材料となったようだな。
で、今回呼ばれているのは、本当の意味で俺達が領地を傷付けて困らせてしまった貴族。俺はもちろんのこと、ルディも高出力の魔法を使ったことがあり、それが田畑に影響をもたらしてしまって、5名ほどにお詫びとしてこのパーティに招待したのだ。
貴族の中にも良い人はいる。彼等は困ってはいたが、賠償金などは請求してこなかった。
普通に頭が下がる度量の持ち主ばかりだ。
「お嬢さん、私と一曲踊っていただけませんか」
と、貴族、と言っても俺が受けた依頼主本人ではなく、その息子と思われる出で立ちの人が話しかけてきた。そのポーズはさながらプロポーズというか、キザな奴がやりそうな片膝立ちである。
まさかとは思うが、俺にダンスを申し込んでいるのか?
隣にハルカさんやイユがいるが、その手はどう見ても俺に差し伸べられていた。
うーん。
「申し訳ありませんが、わたくしは今、かの賢者方と歓談の最中にございます。また後ほど」
また後ほど、というのは、オブラートに包んだお断りの辞だとフィオルが言っていた。社交界ではとても役立つ言葉だそうだ。
それが本当かどうか疑わしかったのだが、やけに落ち込んで帰っていく辺り、本当なのだろう。
というか、ばれなかったな。
これは後から聞いたことだが、その時の俺は落ち着いた雰囲気のある美少女であり、黒髪が艶めいて目が切れ長。物憂げなお顔が美しかった、との事。
以上が、今現在満面の笑みを浮かべるフィオルの感想だ。
「ふふっ。今日のフルーツケーキも、クッキーも、プラリネショコラも、美味しいですね!」
フリルたっぷりの真っ白な、ウェディングドレスを髣髴とさせる格好で、フィオルはこちらに近づいてきた。横に控えさせたルディの手には、大量のスイーツが乗せられている。
ルディも簡易的な召使の服ではなく、女王の傍仕えとしての正装に身を包んでいた。白い髪や肌を際立たせる黒色の燕尾服で、襟などで見える裏地は濃い灰色の格子模様。有事の際動きやすいようにと伸びる素材で作ってもらったそうだが、見た目だけはお堅い服装である。
ケーキを初めとしたスイーツは、俺達からすると和風、中華風、洋風など、ジャンルがごちゃ混ぜだ。だがこの世界のスイーツは、そういった観念は無いらしい。
以前来た勇者や賢者が食べたい物を作っている内に残ったレシピと思われる。
ちなみにフィオルは全種類をコンプリートする気のようで、ルディの持つ皿には全種類のスイーツや料理などが少量ずつ盛られている。スイーツも料理も温と冷があるため、マロンさんも手伝っている。マロンさんはいつもより若干フリルの多いメイド服だな……。
フィオルは1ヶ月前に比べて、俺達限定だが子供っぽい態度を見せるようになった。年齢で言えば俺達を軽く上回っているが、それでもお城の中でずっと暮らしていたために友達がいなかった。
かろうじて、ルディがそれっぽいだけである。
以前居たという友人も数は少ない上、寿命が尽きてしまった者ばかりなのだとか。
この一ヶ月、フィオルは事務作業の合間に俺達と会話するのが日課になっていた。常に城にいた先生とは茶飲み仲間でもある。
久々に召喚者全員が集まった事で、少々はしゃいでいるのかもしれない。
それを察しているからこそ、俺達はそれを指摘していない。たとえ、周囲の貴族がフィオルの子供っぽい笑みを見て生暖かい視線を送っていてもだ。
「気に入っていただけて何よりですわ、陛下。クッキーはわたくしがお作りいたしましたのよ」
「えっ、そうなのですか?! 美味しいです!!」
「スイト君が作ったの、これ! じゃあ、あのパウンドケーキの味に覚えがあると思ったのは勘違いじゃなかったのね」
そういや、元の世界ではクラスメイトに手作りのお菓子を売っていたな。ただ、ハルカさんに売った覚えは無いけど。
友達からもらったのかな。
「チョコ系と冷やして固める系は違う人ですわ。ご姉弟でパティシエをなさっておられる方達です」
「チョコケーキが凄く美味しかった! ゼリーとかもそうだよね。食べ慣れない味だったけど、癖になりそうだよ」
以前、興味本位で城の厨房にお邪魔した。その時に成り行きでお菓子や料理を作ることになったからな。それで腕を買われて、今回のお菓子も作ってみないかという誘いがあったのだ。
腕が鈍るといけないので、参加させてもらった。
「スイト君のお菓子、前よりも美味しくなっていない?」
「ふふ、お褒めいただき光栄ですわ。そういえば、この容姿でスイト君、は無いと思うのですが」
「……意外と、ノリノリ?」
ノリノリではないな。ただ、いつまでもその名前で呼ばれたままだと、余計に多くの人に正体がばれる。それは嫌だ。
「たしかに、女装の時の名前を考えておいた方が良いかも。これから変装とかするかもしれないし」
「だなー。考えるぞー♪」
「面白そうな事をしていますね。私も混ぜてください」
演劇以外で女装するのはこれきりにしてほしい。
「スイト君の名前をもじって、くっつけて、スイティアが良いと思う」
「いやいや、エメリーラヴィはどうだー? 緑と兎だぞー」
「いっそスイト君の名前を使わない方が良いのでは。ルビーリオーネとかどうです?」
何か色々と案が出ているな。それも、3人とも凄く楽しそうだ。
女装時のみとはいえ、自分の名前だ。今後使うとは限らないが、どうせなら自分で名付けたい。とか言えない雰囲気である。
「ふふ、わたくしはスイティアがよろしいですわね。気に入りましたわ」
とりあえず、今出た中で適当に選ぶ。一応自分の名前が一部使われているし、覚えやすそうだ。
何か負けた気がしなくも無いが、自分を納得させておく。魔法のあるこの世界ではどうか知らないが、女性であると言うだけで色々と都合の良いように動く事もあるだろうし。
と、そんな感じで、近況報告を兼ねたパーティは無事に終わった。
明日はまた別の話で、俺達6人とフィオルが厳選したメンバーで会議室を陣取る予定である。
今日のパーティは、この一ヶ月を、自分達なりにがんばったご褒美みたいなものである。
どれだけ言っても夜遅くまで騒ぎ明かす連中が出てくるだろうが、そういう奴に明日の会議参加メンバーが含まれていないことを神に願っておこう。
どうやら、この世界にも敬うべき神様とやらはいるらしいので、神頼みは普通にしてもいいよな。
たしか、規律の神と平和の女神だったか。
俺は悲しい事に、着慣れてしまっているドレスを翻し、脳筋でダンスを躊躇っている先輩の元へ近づく。
この人、見た目は良いのだ。これから先、ダンスが出来ないとそれなりに恥ずかしいだろうから、せっかく女装をしている事だしレッスンしようと目論んだわけである。
そういや、さっきから先輩が俺を見てくれないのだが。
何でだろうな?
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