06 魔法の時間
魔法。
魔力という、目に見えないエネルギーを使って不可思議な現象を起こす力。
俺達が元いた世界では、使えない事が常識だった。使えると豪語する連中は中二病という妄想癖の塊みたいに呼ばれる。かろうじて手品が魔法「みたい」と呼ばれる程度しか知らない。
実際に使う事なんて、無いと思っていた。
だが。
こちらの世界では、使える事が常識で、どれだけ魔法を使いこなせるのかがステータスとなる。
言い方を変えると、魔法が使えない奴は究極の劣等種。
最低限のレベルは確保出来たものの、俺達はまだ魔法が使えない。どうやって使うのか、そもそも自分達が魔法を使えるという実感が沸いていない。
ルディが使っていた魔法だって、まだテレビの向こう側で起きている事のような、遠い存在のように感じていた。
それを、使ってみようと。ルディは満面の笑みで告げたのだ。
「魔法というのは、自身の魔力と引き換えに、空気中の精霊をあらゆる現象へ変換する行為です。自身の中にある魔力というエネルギーを、物質変換のエネルギーにあてるわけですね」
うーむ、意味がさっぱり分からない。
「と、言っても分からないでしょうから、まず実践ですね」
ルディは俺達を集めると、6人全員に見える位置で右手の平を空に向ける。
そして、その手に黄色みを帯びた光を纏わせた。
さっきの魔法か?
と、先程の光景を思い出すと同時。ルディの手の平から少し離れた上空に、青白い火花を放つ電気の球が現れた。詠唱は無いが、見た目は同じ魔法である。
「この魔法の工程を説明しますと、まず体内の魔力を手に集めます」
一度魔法を消して、そのまま手の平に魔力とやらを纏わせる。体内にあるらしい魔力を体外に放出している状態みたいだな。
お? 今度は、魔力が白い。何か意味があるのだろうか。
「次に、この魔力に対し、これから使いたい魔法をイメージします」
あ、黄色くなった。もしかして、使う魔法によって色が変わるのか? 面白いな。
「そして、詠唱でイメージを完全に固定します。
【 精霊よ 我が呼びかけに応え 我が力を糧に 雷の力を今ここに 】 『サンディ』!」
バチリ、と、火花が起こる。
はぁー、こんな感じで魔法が使えるのかー。
って、なるか。
「魔力かぁー。何だろうね。魔力って」
「それな。魔力はエネルギーと言われても、なぁ」
「うーん、説明が難しいですね。血液と同じで、体内を循環する力なのですが、血液と違って血管のような目に見える器官がありませんし。ただ、こう、出したいな~と思うと、出てきますね」
うわ、説明がふわっとしているなぁ。
要するに、呼吸をする方法を教えるような難しさなのだろう。肺という器官に空気を送り込んで、なんていう説明が通じない相手に、呼吸を教えるという事なのだ。
立って歩いた事のない相手に、立って歩く方法を教えるのは大変だ。自分達は物心付く前に立って歩けるようになっている。説明されずに出来てしまった事を、後から説明するのは非常に難しい。
以前魔法を使った事があれば違ったかもしれない。
しかし、俺達は魔法なんてものが使えない世界から来た。使えないという基本概念が染み付いているし、使えたとしても手品のように見えてしまう。
表面的には、ああ、この世界は魔法が使えるのか。と理解していても、自分で使っていない。
使えると、思えない。
魔力か。
魔力ねぇ。
「ああでも、魔法が使えれば何か変わりそうですね。実際、魔力はともかく、魔法はイメージ力が大事ですから」
「イメージ?」
「はい。あまり知られていない事ですが、詠唱破棄、魔法名省略は、イメージがしっかりしていれば出来るようですから。それに、あの詠唱って実の所、どんな言葉でもいいので」
「イメージってたとえば?」
「先程、僕が使った魔法をイメージしてください。その工程や火花の散り方。思い出せる限り正確に。ただ、最初は詠唱を使ったほうが良いですよ。基本的な詠唱は書いておきますね」
そう言って、ルディは地面に先程の詠唱を書き込んだ。
基本形。イメージがしっかりしていれば、この詠唱も破棄できる。
正確にイメージ、ね。
「じゃあ、私からやってみる! んと。
【 精霊よ 我が呼びかけに応え 我が力を糧に 雷の力を今ここに 】 『サンディ』!」
ぷすんっ。
ぷすぷす、しゅぅ~。
……。
線香花火の不発みたいな感じだな……。
というか、今、ハルカさんが手にまとった魔力が赤色だったぞ?
何らかのイメージ違いが起こったらしいな。
「うぅ。線香花火じゃだめかぁ」
「や、線香花火だと火属性になりそうじゃないか?」
「……あ」
予想通り。
イメージが火による魔法で、実際に使おうとしているのが雷属性の魔法。イメージと使用魔法の相違による不発だったようだ。まあ、発動そのものは出来たみたいだけど。
「じゃ、次は俺だな」
線香花火みたいだ、とは思ったが、あれはあくまで火属性に含まれる。火薬でもってあの火花を出しているわけだから。
電気的な火花。アニメみたいな表現はアテにならない。あれは創作だし。
素直にルディの使っていた魔法を、そのままイメージする方が早そうである。
うーん、魔力を集中とかはよく分からんが、使われた魔法の工程をイメージしてみるか。
魔力集中を飛ばして、魔法の形は球形。青白い電気的な火花が、球形に収まっている。
「イメージ……。よし、せ」
―― バチンッ! ドゴォオオォッ!!!
急に目の前が眩しくなって、ぐい、と後ろに引っ張られる。
目が開けていられないほどの真っ白な光だ。
それと同時に聞こえてきた、聞くだけで全身に痛みが走りそうな音。
光と音から何と無く何が起こったのか分かった気がする。
だからこそ、俺は状況を確認しようと、ゆっくりと目を開いた。
「こ、これは」
そこには、直系1mほどの円い焦げ後があった。
何が、起こった?
横には、俺を引っ張ったであろうルディが倒れこんでいる。
更に、先程まで近くにいたハルカさんは、女性の世話役に連れられて結構離れていた。他の4人も同様に離れていたため、ケガは無いらしい。
っ、ルディは?!
「大丈夫か、ルディ!」
「……それはこちらの台詞です。大丈夫ですか?」
土埃は付いているが、どうやらケガの類は無いらしい。ルディはウサミミを両方ともピンと立てて、目を見開いて訊ねてくる。
俺も大丈夫だ、と伝えようとして、気付く。
あー……。
「腰抜けたっぽい」
「えっ」
何で先生が驚いたのだろうか。
ともかく、何度か立ち上がろうとするも、全然足腰に力が入らない。
「うーん、さっきの音のせいかな。昔から雷の音で身体の力が抜けるし」
「何その体質!」
「さあ? 初等部からこんな感じだし。すぐ治るし。……うん、もう力入る」
俺はちょっとよろめきながら立ち上がった。実はまだちょっと力が入りにくいのだが、なるべく心配させたくないからな。
ルディは強がりだと気付いたのか、さりげなく支えてくれている。
うん、執事っぽい。
「イメージが足りないのか……?」
「でも、それだったら私みたいに不発に近くなりそうだけど」
「多分、足りないわけではないと思います」
ルディが真面目な顔つきで否定する。それに、多分と言いつつその確信しているような、そんな顔だ。
「じゃあ、どうなんだ?」
「恐ろしく、イメージが正確なのだと思います」
……おそろしく?
「僕が言ったとおり、魔力制御の部分をすっ飛ばしたと思いますが、本来勝手に適量の魔力が流れるはずが余計に大量に流れてしまったのです。それに加え、想像を絶するほど正確なイメージによって余分な魔力の消費が抑えられた結果、威力が中級クラスになったのでしょうね」
中級、は、基本の上に当たるのだろうか。後で聞いてみよう。
ともかく、イメージがしっかりしすぎて暴発した、って事だろうか。それに魔力が大量に流れたと言っていたな。じゃあ、MPがかなり減っているという事か?
というわけで確認してみる。
ふむふむ。
MPは最大値から、1くらい差し引かれているな。
……。
「MPの消費が1なのだが」
「えっ」
だから、何で先生が驚くの。
もっとも、今度はルディも驚いた表情になったのだが。
「本当ですか? あんな強力な魔法を、MP1の消費に抑えたと?」
「状況をそのまま伝えるとそうなるな。ルディ、MPの回復スピードってどのくらいか教えてくれ」
「え、と。休憩している場合なら5分で1。戦闘中は回復しません。寝ると全回復します。スキルによって回復量や速さが変動します」
5分、という事は、回復していてもおかしくないが、それでも1かそこらしか回復していない、と。今の雷魔法に使った魔力が1か2という事だ。
これはどうやら異常な事らしい。
この時聞いた事だが、基本魔法は一律でMPを5消費する。それ以上の消費は意図的に威力を上げた時、あとは暴発した時などしかないという。
ところが、俺の魔法は暴発したにもかかわらず、MP消費が1の上、余分な消費分が無い。
「スイト様は、しばらく魔法の使用ではなく、魔力制御に時間を掛けてみましょう。詠唱開始よりも前に、イメージの先行による魔法が発動してしまったようですし」
「魔力、ねぇ」
「一度でも出す事ができれば、理解できると思ったのですが……」
「うん、私は何と無く分かったよ。何かこう、あったかいのが身体中をぐるぐる~って。それとね、魔法を使う時はちょっとだけ寒くなって、その分力が増す気がする」
ハルカさんの説明もどこと無くふわっとした説明になっているな。
魔力、魔力ね。うーん、血管でもイメージしながら……うーん。
血管は、血管だよなぁ。
「せめて、魔力の流れが掴めれば良いのだけれど」
「ハルカさんはイメージの固定化が課題だよな。火花のイメージで、炎属性っぽい魔力は使えていたようだが、火花とかは出なかったわけだし」
「へ? あ、うん」
そういや、自分の手にあの黄色い光が出れば魔力が使えたって事だよな。でも魔力がどんなものなのか、せめて見えるものなら良かったんだが。
あれ? 光っている時点で見える物ではあるのか。うーん。
「えー、スイト様」
「ん?」
「ちょっと、これを」
ルディが、右手に黄色い光を纏わせている。
「雷魔法か? さっきと同じ色だ」
「じゃあ、これは?」
今度は、ハルカさんが出そうとした奴だな。
「赤色だから、炎か?」
次は緑。
「風とか? 緑だったら草とかありそうだけど」
白。
「見た事無いやつだな。推測だけなら、光、氷属性辺りか」
「……なるほど、大体分かりました。ちょっとお手を拝借いたします」
「? おう」
ルディが俺の両手を握って、じろじろと俺の右手を見つめてきた。
あ、砂糖みたいな甘い匂いがする。それに、ルディの手って意外と小さい方みたいだな。相当剣の扱いに慣れているようだったが、マメの出来ていないきれいな手である。
14歳だよな、ルディって。それにしては俺と同じくらいの背丈だ。細身の身体や童顔のせいで子供っぽく見えるが、意外と背はある方だ。
もっとも、俺はちょっと背が低い方だけどな。
そんなルディが、俺の両手を握り、目を瞑った。
……。
温かい感覚が、右手から伝わる。
お湯をかけられたとか、暖かい所にいるみたいな温かさじゃない。
手の温度は変わらない。なのに、温かいと感じている。
不思議な感覚だ。
その温かな感覚が、右手から全身を巡って左手に流れ、ルディに戻っていく。
この、温かいのが魔力ということなのだろうか。
ああ、ハルカさんの説明がふわっとするのも分かる気がする。説明のしようがない感覚なのだ。
体内の魔力を意識すると、身体が温かいのに、本当は温くないのだ。
そんな矛盾した感覚を伝えられるはずも無い。
魔力は普通なら見えない物質。空気に含まれた酸素と同じで、魔力も見えないだけでそこにある。ルディが行ったのは、おそらく自身の魔力を俺に流して、俺が魔力を使う感覚を無理やり養ったというところだろうか。
「ふぅ、どうですか?」
「このあったかいのが魔力なのか?」
「そうです、それです。良かった。これで分からなかったら、魔力はあるのに魔法の使えないなんて言う、おかしな感覚の狂った人間として見られる所でした!」
もうちょっとオブラートに包んでくれない?
「じゃあ、その魔力を手の平に集中させましょう。ごく少量で構いませんから」
「オッケー。それとイメージだな」
「はい。あ、一応皆さんは離れてください!」
まあ、さっきは見事に暴発したからな。幸い誰にもケガは無かったけど、一歩間違えれば近くにいた春香さん達が危なかった。
あんな草原を丸焦げにする雷が人間に落ちたらと思うと、ゾッとする。
まあ、雷で人間が死ぬ確率は、意外にも低いらしいけどな。
ん、と。
魔力を、手の平に集中させる、と。
お、手が光った!
で、次はイメージ。
青白い電気の線香花火的な形の球……。
略して、電気球!
―― バチッ
「おっ」
「わ、きれい!」
離れていろと言われていたのに、ハルカさんが横にいた。
「やったー、大成功だよ!」
まるで自分の事のように喜んでくれている。ぴょんぴょんと跳ねる姿が子供っぽくて、つい噴出してしまったのだが、それは内緒だ。
言ったら多分怒られる。
ただ、俺の笑顔が珍しいのか、ハルカさんにほんの少し不思議がられていたが、気付かれなかったようで安心した。
ところで、俺の笑顔ってレアなのかね?
「ね、ね、今度は私!」
「順番で言うならハルカさん以外だろ?」
「うっ、それはそうだけど」
「もしもしー。提案があるぞー。各々練習して、出来た奴からお披露目するのはどうだー?」
「それだ! それだよマキナちゃん! そうと決まったら早速行動だね。私あっちに行くから!」
「あ、あまり離れないでくださいね?!」
急に騒がしくなったな。
「俺も練習するか。マキナに褒められたい」
その理由はどうかと。
「では僕も練習しましょう。生徒に負けるわけには行きませんからね」
先生ならすぐ出来ると思います。
「……」
ふむふむ、がんばる、と。
イユも何気にすぐ出来そうだな。
もっとも、先生とナクラ先輩は炎魔法を見ていないのだが、使えるのだろうか?
それにイユも風魔法。風って目に見えないだろうし、何をイメージするのだろうか。
うーん。
まあ、後で見せてもらえば分かる……。
「……」
「ん、何だイユ?」
「……ウィンディル」
ゆったり待とうと草原に座ろうとすると、制服の裾をイユにくいくいと引っ張られる。
そして聞き慣れない言葉を放つと、ふわり、とつむじ風が起こった。
お?
「ああっ、成功ですよ、それ!」
「マジかよ」
「これはマッチ代わりに使えそうですよ」
見ると、ろうそくのようなオレンジ色の炎が、先生の手の平から少し離れて揺らめいていた。
確かにマッチ代わりに使えそうですね。って。
「先生も?! や、すぐに使えるだろうとは思っていましたけど!」
更にその先生の隣で、マキナがニヤニヤしている。
ま、まさか。
「僕はスイト達をずっと観察していたからなー。これくらいは容易だぞー」
立てられた人差し指の先に、パチパチと火花を弾けさせる青白い電気球があった。やけに勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
この速さ。一回で成功したらしい。
……何か、悔しいな。
ともかく、あとはハルカさんだけか。というか、どこまで行ったのだろうか。あまり離れるなと言われていたはずだが、見えなくなる程度には離れてしまったらしい。
一体どこに――
「―― ……わぁーん」
あれ、何か遠くで泣き声が。それも、ハルカさんの声っぽかった気がするけど。
「だぁーれぇーかぁー……」
「ハルカっちの声がするぞー? それも、意外と近くから聞こえるなー?」
それに加えて若干くぐもって聞こえてくる。
これは一体……。
「そういえば、ここは様々な身分の方が訪れるのですが、聞いたところ、悪戯好きな子供達がよく罠を仕掛けるらしいですね」
「ルディ、その話は今重要か?」
「場合によっては。その悪戯の種類ですが、網を使った吊り上げ方式の罠や、中には―― 落とし穴とかがあるそうです」
……。
えっ。
ハルカさん、落ちたの?!
その後、罠が発動後に出入り口を巧妙に塞ぐなどという、無駄に高等技術が使われた落とし穴からハルカさんを助けるべく、30分ほど探し回った結果。不自然に魔法が効かないという地面辺りを捜索し、ようやく探し当てたのだった。
ちなみに、犯人は魔物を効率良く捕まえようという冒険者3人組であった。
他の冒険者に獲物を取られないよう工夫したら、なぜか自分達が落ちて被害を受けたらしい。そのため、ハルカさんが掛かった罠以外は全て回収していたそうだ。
ただ、それで全て回収したかと思ったら、後で回収した罠の数を調べて、いくつか足りない事に気付いたらしい。そこで、こちらに戻って罠の回収をしようとしていた。ただ、魔王の権限で貸しきり状態になっていたため、施設内部に入れなかったようだ。
ちなみにこの冒険者は、ハルカさん救出に尽力してくれた。
……。
その後冒険者達は、異世界からの、知らない者達の痛い視線に悩まされていた。
何とか3日で消えてくれたらしいけど。
「うぅ、ひどい目に遭ったよぅ~……」
「よしよし、だぞー」
ハルカさんはしばらく草原にへたり込みながら泣いており、俺と先輩はそんなハルカさんがギリギリ見えるか見えないかという位置でオロオロしていた。
何故かって?
掛ける言葉が見つからないから(俺の場合だが)だよ!
先生も難しい顔で何か考え込んでいるし、ここはハルカさんと同じ女子に期待したわけだ。
そこで、マキナがまずは頭を撫でてみよう、と動いた。
結果は上々。泣き止みはした。
「うぅぅううぅ……」
泣くのをこらえている状態とも言う。
そんな状態がしばらく続いたが、とにもかくにも泣き止んでくれたので、帰ることになった。
色々と疲れたからだな。
さて。どうにか泣き止んでくれたが、俺は再びハルカさんとルディと一緒に馬車に揺られていた。
何でこういう時にまたじゃんけんで決めるのかな。
普通は女子と男子で分かれるものだろう?
「……」
行きはかなり上機嫌だったハルカさんが、物凄く気まずそうにしている。そのせいで会話が弾まないというか、むしろ無言の状態がずっと続いていた。
地下鉄前の村までは数分もかからないと思っていたのだが、行きはちょっと飛ばしていただけで、実際には20分ほどかかるらしい。
で、今現在10分程度の地点なわけだが、馬車に乗り込んでからというもの、ずっと沈黙が続いていた。時間がやけに長く感じる。その上空気の重さが伝わってきて、非常に居心地が悪い。とはいえ、フォローの仕方を俺は知らなかった。
演劇部でも、フォローの上手い役など演じた事が無いのだ。
ルディも気まずそうに外を見て……あ、ただ単に景色を楽しんでいるような。
と、ともかく。ルディに助けを求めようにも、さりげなく合図を送るにはハルカさんとの距離が短すぎるし、どうも先程から、ハルカさんがチラチラと俺達を見てくるのだ。
下を向いているせいで、前髪で顔が隠れて見えないのだが、どうにも鋭い視線が刺さってくる。
うーん、どうしたものか。
と、俺が内心物凄く悩んでいた時だった。
ハルカさんが、急に顔を上げたのだ。
「切り替える」
「お? おう?」
「スイト君。負けないから」
「はい?」
急に頭を上げて何を言っているのやら。
さっきの魔法の事を言っているのか? 別に、あれは出したい魔法とイメージが食い違っていただけで、発動そのものはしていただろう。
ルディによれば、イメージが大切だという魔法は、出したい魔法とイメージの相違があると、普通は発動すらしないらしい。それを、発動そのものが出来ていたのは、とてつもない才能の表れなのだとか。
初めから大失敗をやらかした俺よりも、明らかに才能が上じゃないか。
俺は想像力が足りないのだろう。イメージ力は優れていると言われたが、魔力を何と無くでも捉えられなかったのは頭が固いせいだ。発想の転換が苦手なのである。
ほとんど落ち込んだ事は無いが、たしか、どうでも良い事で2、3日は悩んでいた記憶があるのだ。頭の柔軟さが不足していると自覚できる程度には、硬い。
あ。
考えていたら何か落ち込んできた……。
「あ、あれ? スイト君?」
「どうしました、スイト様?」
景色を眺めていたはずのルディまで、俺を心配そうに見つめてきた。
そんなに落ち込んでいるのだろうか。
「あ、そうだ。チケットの時間までまだあるよね?」
「はい。遅めのものを手配していたのですが、予定よりずっと早く終わってしまいましたから」
「う、ごめんなさい」
「えっ、あっ! ハルカ様のせいではありません! そう、観光! 観光いたしましょう!」
「うぅ、うん。気分転換しよう。ね、スイト君」
「おぅ……」
「そ、そうと決まれば少し急いでもらいましょうか」
御者をしている女性の世話役さんに、ルディが窓から乗り出して何かを伝える。
そういや、あの女性の世話役さんって名前は何と言うのだろうか。
今は聞くような気力がなくなってしまっているので、今度聞こう。
はてさて、今度はいつになるのやら。
「マロンさん、ちょっと張り切っていますね。大丈夫でしょうか。張り切りすぎてスピードを出しすぎなければいいのですが」
「あ、スイト君、マロンさんって、私の世話役さんの名前だからね! ― マロン=カスターニャ ―さんだって。ちょっとおいしそうな名前だよね!」
マロンさんというお名前のようです。
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