05 スライムと魔法

 美しく輝く青空。流れる真っ白な雲。遠くに薄く見える山々。

 爽やかに吹く風が、全身を吹き抜けていく。

 大自然の大パノラマが、そこに広がっていた。


「わ、ぁ。何、これ。きれい……」


 横にいるハルカさんが、感極まって目を潤ませている。それほどまでに、その光景は美しかった。

 魔王国家アヴァロニア。その首都から離れ、大陸の端まで来ていた。

 大陸の端、と聞くと、思い浮かべるのは海と大地の境界線だろうが……視界に海は存在しない。あるのは手に触れそうな高さに浮かぶ雲と、はるか下に見える小さな町並み。更には視界の半分を占める森の緑と、数本の道である。

 道は多くの馬車らしき物が列を成して埋めていた。


 ソファが柔らかかったので、体に痛みは感じない。しかし、ずっと座っていると疲れるものだ。それが常に揺れているなら尚更である。

 城で馬車に乗り込んでから30分。まるで信号の無い高速を移動しているかのように、馬車は走りっぱなしだった。一応は整備されているらしいが、平らではないタイル張りの広い街道はでこぼこしていた。完全に人の手で削られた上、長年補修もしていないのかかなり形が歪んでいるのだ。


 雨ざらしの上、木や鉄で作られたタイヤによって、硬い石には轍が生じている。タイヤ、というか車輪は幅がまちまちだ。特別丈夫な特殊金属で出来ていると言う俺達が乗っている馬車の、かなり細い車輪はでこぼこの轍に合わせて動いてしまうため、更に揺れてしまっていた。

 何にせよ、道がでこぼこなのでとにかく揺れた。で、疲れた。

 疲れたなら休憩する。それが普通である。


 移動に一段落ついたらしいので、一度馬車を降りて休憩する事になった。ルディが言うには、休憩を挟まないと身体が保たないのだとか。

 それに加えて、とある移動手段を利用するらしいが、その準備に手間取っているらしい。

 一応内容を聞いてみると、貴族御用達の高級なものを手配したのだとか。一般でも利用可能な移動手段、と聞いて、バスだとかタクシーだとかを連想したのだが、どうやら違うらしい。

 であれば汽車とか?


「というか、普通に馬車で降りられそうな坂があるが」

「あれは商人達の使う、つまり一般用の道です。徒歩で進むのは、下に向かうのは良いですが、上に行く時が大変ですね。加えて馬車を引くのはビード。休憩所があっても、ずっと坂を上り続けるのは辛いですし、何より休憩所も満席である事が多々ありますから」


 ルディの言う高級な移動手段を手配する際、行きのチケットを買う必要があるらしいのだが、同時に帰りのチケットも買っておけばスムーズだという。

 時間を指定しなければならないが、どうせモンスターを数体倒して帰るだけである。予定より少し長めに時間を取って、早めに用事が済んだらぷらぷらと観光するだけだ。

 にしても、チケットのいる乗り物か。ますます汽車っぽい。蒸気機関車であれば俺達の世界にもあるが、見た事は無いのだ。それにあれって、中世ヨーロッパとかを連想するし、いかにもファンタジーという感じである。

 でも、汽車なら結構な音がするイメージがある。あくまでイメージだが、それらしき音が聞こえないので違うのではなかろうか。

 うーん。


「スイト様」

「お?」

「準備が整いましたので、こちらへ」



 結果から言わせてもらおう。

 そこには、地下鉄があった。


 俺達のいた世界、それも現代で普及している公共交通機関の中で、地面の下を高速で移動する列車。それが地下鉄である。

 巨大な箱に人がたくさん乗って走る、あれである。

 車体の模様が魔方陣という、妙な中二病感を醸し出す地下鉄がそこにあった。中央の二車両以外は、車体が赤茶色に錆びている。

 とはいえその錆び具合も車両によってまちまちなので、車両の交換そのものは定期的に行われている、と思いたい。


「えー……これは、何と言いましょうか」

「世界観が一気にSFに傾いたぞー」


 先生は乗り物酔いのせいで顔が青褪めている。なので、おそらくこの地下鉄という乗り物に乗る事に対して顔色が優れないのだと思う。馬車による酔いは、休憩を挟んで回復していたのだが。

 マキナは兄である先輩の肩に座りながら、わくわくした表情で地下鉄を観察している。先輩の肩は厚みがあるのでギリギリ座れなくもなさそうだが……超細身のマキナでなければ座れなさそうだ。鍛えている先輩と、見るからに軽そうなマキナだからこそ出来る芸当である。

 この世界では見ないであろう制服を着ているせいで、目立ち方が半端じゃない。

 遠くからでもこちらへ視線が突き刺さってくるのだ。


「あの、申し訳ありませんが、目立っているのはおそらく僕ですよ?」

「へ?」

「僕の髪色。というか、耳の色が原因でしょうね。今回は隠す方が面倒な事になるので隠していませんが、本来この色は、ちょっと」


 そういや白は王族に関する色だ、ってルディが教えてくれたな。

 そうか、ウサギにも色々な色があるはずだけど、すっかり忘れていた。ルディのウサミミはきれいな白なのだ。見た感じ、人族っぽい人や獣人、亜人も見られるが……ルディ以外に白い者がいない。


 白い服を着る、というのは、要するに自分を魔王であると言うようなもの。それは明らかに魔王であるフィオルへの挑発行為であり、だからこそ無いのは分かる。だが、老人の白い髪以外に白い部分が見受けられないのだ。

 魔族特有の動物的特徴を全て眺め見てみるが、耳や尻尾に至るまで、白い者はいない。

 白髪は、元々の髪色が混ざった白髪はあるが、それも数が少ないのだ。

 若い、そして白いウサミミを持つルディ。たしかによく観察すると、マキナというよりもルディに視線が集まっている気がするな。


「うーん、パーカーでもあれば良いのですが……」

「パーカー、ね。どう思う、イユ?」

「……ある」


 イユは、腰に提げたバッグから青い布を取り出した。更に、バッグの横に付けたソーイングセットを手に取り、青色の糸を小さめのはさみで切って――

「出来た」

 次の瞬間には、ベストにフードの付いた簡易パーカー風ベストの完成である。


「ん」

「へっ」


 ルディは呆気にとられた様子でパーカーを手渡されていた。

 ああ、まあ、初めて見る奴は全員そうなるんだよな。

 イユの超速縫製は、以前から凄まじかった。布を手にし、糸を通した針を手にして、次の瞬間には作品が完成している。

 もはや魔法の域であったが、残念ながら俺達が元いた世界に、魔法は存在しない。どうやったらそんなに速く、それも丁寧な仕事が出来るのか、毎回疑問である。


「あ、ありがとう、ございます?」

「ん」


 人が行き交う中、ルディはベストを脱いでパーカー風ベストを羽織った。耳はまだ出てしまっているが、先程よりは目立たないな。うん。


「わ、軽いです……防御力は皆無ですが、その代わりに俊敏性が上がっていますよ!」


 自分のステータスでも見たのだろうか。ルディはその場で何度か飛び跳ねたり、周りに迷惑がかからない程度に腕を回したりしていた。

 俺達が制服なので、服装的に目立つかも、なんて考えていたが、マキナは白衣で先生は私服に近い格好なのだ。そういう集団だと周りは見てくれるだろう。

 ルディが言ったように、視線は主にルディに向いていたらしい。ルディがフードを被ってからしばらくすると、突き刺さるような視線が減っていた。


 こうして、結果的にあまり目立たず地下鉄に乗り込めた。前が3車両。中2車両が高級車。後ろ3車両。更に貨物用に2車両が組まれた、計10車両編成。俺達が知っている地下鉄よりも多いな。

 地下鉄の音は、主に車両と線路がこすれる音だが、こちらでもそれは変わらないようだ。

 高級車両は個室になっており、俺達は1部屋借りて乗る事となった。


 1車両に3つの部屋があり、その真ん中が俺達の部屋。俺達6人、ルディ、御者の2人が入る事となったが、まだ広々としている。

 馬車よりかは揺れない車体に安堵しつつ、停車時間も含め目的地に着くまで1時間は掛かるとの事。

 車内弁当(要するに駅弁だよな)を食べながら、会話が弾んだ。

 主に、女子陣が。

 御者の1人がハルカさんの世話役だそうで、女性なのだ。イユはともかく、女子会トークにマキナが加われるとは驚いた。

 対して男子陣はあまり会話が弾まなかったので、この間の事は中略する。



 さて、地下鉄発車から1時間後。

 無事、下に着いたわけだが。


「でっかぁ……」

「う、うん。さっきまで、本当に雲の上にいたみたいだね」


 俺達が先程までいたのは、通称『世界樹の化石』と呼ばれる迷宮の上だった。きのこのような形の岩は、ぱっと見ただけでも直径が50キロはくだらない幅があり、内部はモンスターがうじゃうじゃ。外側は傘状の部分が行く手を阻んで登るのは至難の業という絶壁。

 事実上、許可を得なければ通れないという緩やかな外側の道か、結界に守られた岩内部に螺旋を描く地下鉄でしか上へ向かうのは困難を極める。

 高さが半端無い。俺が知るどのビルや塔よりも高く、太い。そんな、正に世界樹であると認めざるを得ない感覚が、俺を支配した。

 簡単に言えば、とても感動したのである。


「では、行きましょうか」


 俺の感動などどこ吹く風、といった体で、ルディが話しかけてくる。ルディはよほどパーカーが気に入ったのか、鼻歌混じりにパーカー風ベストを調えていた。

 簡易的な物であるが故に、俺の隣でイユが手直ししたくてうずうずしているのだが……それはまた別の話である。

 どうやったのか、地下鉄よりも背があったはずの馬車は既に用意されていて、後は乗り込むだけとなっていた。仕事が速いな。


「早めに乗ってくれ、賢者さん方」

「もう、そんな言い方をしてはいけませんよ?」

「へいへい。とにかく急ぐんだろ? ほれ早く」

「先程よりも雑じゃないですか」


 これは御者の会話である。女性はハルカさんの世話役で、乗馬用っぽいイメージの服を着ている。とても賢そうな人で、目が優しい。

 もう1人は傍から見ても面倒くさがりっぽいというか、不良っぽいイメージのある狼亜人の青年だ。黒い毛並みが風に揺れている。切れ長の目はどこも見ていないようで、常に虚空を眺めていた。ただ、ビードに対しては仕事が丁寧だったので、言葉遣いだけが悪いのかもしれない。

 そんな2人が運転する馬車は、出発してからものの数分で目的地に着いた。

 ビードの足は速いのだ。


「では、今からスライムを倒します。見ていてくださいね」


 だが、ビードの足よりも、ルディ達世話役の仕事の方が速い気がするのは何故だろうか。俺達を狩り場へ案内するルディ、それよりも迅速に狩り場の手続きを行う女性。更にビード達を邪魔にならない所で世話し始める青年。


 とてもじゃないが、人間業では無さげな速さである。

 馬車が止まってから、降りるまでに掛かった時間は1分ほど。

 降りてから狩り場へ向かうのも、1分弱。

 そして、先程から狩り場狩り場と言っているが、実際にはモンスターの養育施設であり、人が運営しているので、その運営側へ手続きをしに女性が向かったわけだが……。


 俺達が降りた時、その女性はニコニコしながら俺達に手を振ってくれていたのだ。だから当然「留守番をする側なのかな」と考えるわけである。しかし実際には施設の入り口で手続きを終わらせた女性が悠然と、それも先程浮かべていたものと全く同じ笑みを浮かべて手を振っていたのだ。


「なあルディ。魔族ってこんな人族離れした連中なのか?」

「ふぇ?! そ、そんなわけ無いじゃないですか! 僕だってその、がんばればあのくらい出来ます。たしかに、魔法も使わずにあのスピードを出すなんて、脅威でしかありませんけど!」


 魔族であるルディからも脅威呼ばわりされているぞ?!


「うふふ、世話役歴は私の方が上ですもの。そう簡単に出来るとは思わないでくださいね」


 どこからどう見ても人族らしき容姿だが、きっとこの人も魔族だ。魔法なんてものがあるのだから、姿を偽る魔法とかもあるはずなのだ。

 それを使って、見た目だけ人族に見せているだけなのだ。きっと。


 とまあ、そんな驚きまくった会話の後の実践なので、イマイチ気が乗らない。


 というか、集中できない!

 養育場だという建物はドーム型の白いレンガ造り。

 中は見た目よりもずっと広く、何故か天井が見えない。


「えっとぉ……」

「魔法による空間拡張です。ここは特に拡張したり、直接外と空間を繋げている箇所もあるので、空模様を外と合わせたり、逆に外は雨で中は晴れ、という仕様も可能です。場合によっては、外が冬なのに中を夏にする事も出来ちゃいます!」

「あっそぉ……」


 ちょっと興奮気味のルディには悪いが、話が全然頭に入ってこない。


「では、これからバーベキューをします」

「ああうん、って、バーベキュー? 何で」

「スライムをおびき寄せるためですね」


 え、スライムってバーベキューで釣れるのか?

 普通に肉と野菜を、炭火焼にしていくルディ達。鉄製と思われる半球の容器に木炭を入れて、魔法で火を起こすと網に具を載せたのだ。

 そりゃ俺達みたいに人間や人型の魔物ならともかく、今おびき寄せようとしているのはスライムだろ? あの目も耳も鼻もない液体の身体で知られているスライムだろ?

 どうやってバーベキューの事を知る……。


「あ、スライム、出てきましたね」


 本当にバーベキューでおびき寄せられた?!

 透明で青っぽい液体が、ぽよぽよと独特な弾み方をしながら近づいてきた。水饅頭の中身が無い、その上完全に向こう側が透けて見える感じだ。

 決して、某ゲームのキャラみたいなトンガリは無かった。

 やはり口や目もないし、当然鼻も無い。どうやってにおいを感知したんだ?


「スライムは熱と、その熱が動いているかどうかを察知できるようです。そのためまず炎による高温空間を作り出します。そしてその後、スライムは自身の万能細胞を使って聴覚や嗅覚などを感じ取る器官を作り出すので、それを利用するためにバーベキューを」


 スライム。

 全身が液体のように見えるが、実際にはどんな形にもなれる万能細胞の塊。知能が低すぎてあまり知られていないが、その細胞による他種モンスターの再現度は高い。

 またその際、擬態したモンスターによっては知能の高さが変動し、自身がスライムだった事を理解する者もいれば、完全に記憶から消去して、擬態した種族として生きていく個体もいるのだとか。

 ただ、擬態する条件は、ちゃんと対象の生物に触れ、サンプルを入手する事。

 レベルが低く、知能が無いに等しいスライムは、そんな自分の能力をも理解していない。そのため、目の前にいるスライム以外の個体を真似するに留まるものが多いらしい。

 結果。


「……あのぅ」

「皆まで言うな、ハルカさん。言いたい事は分かる。凄く分かるから」

「う、うん。でも、あの。……が、がんばっているよね……」


 人型になろうとしたのだろうが、髪の毛プルプルの関節曖昧で顔の構造が埴輪っぽくなっている。

 その上、身体中が溶けてぼたぼたとスライムが下に落ちているのだ。

 何か、がんばって粘土で人形を作ろうとしたけど、かなり失敗した時のような形である。後から治そうとして、間違って水を付けすぎたみたいな。

 透明だからか、そんなに怖さが無いのが救いだな。

 これであの身体が汚水っぽく濁っていたら、一種のホラーっぽく見えていただろう。

 ハルカさん辺りが怖がりそうである。

 とはいえ、何処かがんばっているように見えてしまうその姿に、躊躇してしまうのだった。


「あ、そうだ。忘れる所でした。皆さん、今から申請を送るので、必ず『はい』を選んでくださいね」


 ルディが手元を操作する。ステータス確認だろうか?

 などと考えるよりも前に、それは現れた。


【 ルディウス からパーティ申請を受けました 承諾しますか?

  はい or いいえ 】


 ピコン、という音と共に、ステータス画面のようなモニターにそれは表示されていた。

 「はい」と「いいえ」はそれぞれ別のアイコンとして表示されていて、どうやらタッチする事で承諾出来るらしい。

 パーティってあれだろ? 5人とか6人で組んでモンスターを倒しに行くあれだろ?

 絶対お茶会とか舞踏会とかのパーティじゃないよな。

 俺達はルディも含めて7人だけど、大丈夫なのか?


「リーダーを除く20人までであれば、パーティ編成は可能です」

「多いな?! そんなに多いと、1人1人の経験値が少なくならないか?」

「ああ、経験値の分配量が減るのは、規定である20人を超えた場合です。経験値を無視するなら、100人でも1000人でも編成は可能ですね」

「多いな……」


 千人もパーティにする場合とかあるのか?

 って、そういやここって戦争が身近な世界だったか。魔王軍っていう響きからして兵の数も相当いそうだし、千人規模なら結構ありそうだな。

「申請を承諾しない限り、経験値が入ってこないのでお気を付けください」

 おっと、そもそも承諾しないと経験値が入ってこないんだった。えー……「はい」っと。


【 ルディウス からのパーティ申請を承諾しました 】


 よし、これで良いはず。


「はい、皆さんパーティに入りましたね。では、行きますよ! まずは見ていてください」


 ぽよぽよと、分速1mくらいの速さで進むスライム達。饅頭型と人型で何か違わないのかな、と思っていたのだが、形だけで速さは全く変わっていない。

 おそらく、その強さも。

 ルディは右手をスライムに向け、左手を右腕に添える。

 途端、ルディの右手から、僅かに黄色みを帯びた光が発せられる。目を瞑るほどではなく、せいぜいろうそくの炎程度の光量で、何と無く温かみを感じる光だ。


「じゃ、やりますよ。

【 精霊よ 我が呼びかけに応え 我が力を糧に 雷の力を今此処に 】 『サンディ』!」


 バチリ。


 ルディの手から発せられていた光の一部が、小さな火花を放つ。次の瞬間には、アニメでよく見るような電気的な火花の珠が生まれていた。

 見た目はこぶし大の線香花火みたいな、青白い光を放つ珠である。

 あれ? ルディの手が放っていた光とは違う色だな。

 電気の火花は青白かったが、あれは自然の雷もそんな色だったと思う。ルディが放っていたのは魔力なのだろうか。魔法になる前の魔力が、あんな色をしていた、とか。

 と、そんな事を考えている間に、ルディが電気の球をスライム1体に向けて放り投げた。


 液体の身体全体が青白く感電し、全身が白い煙となって空気に解けていく。

 煙はキラキラと光って、やがて消えた。無駄に格好良い消え方である。

 えっと、これで倒した事になるのか?



【 経験値が一定に達しました レベルが 2 に上がりました 】



 業務連絡を伝えるがごとく、無機質な声が響く。


「ねえ、何か聞こえてきたよ。レベルが上がったとか何とか」

「……私、も」

「全員レベル2に上がったようです。この調子で、レベル10まで上げるわけですね、ルディ君」

「ええ」


 振り向きざまに笑みを浮かべて、すぐさまスライムに向き直るルディ。その手には、いつの間にか細身の剣が握られていた。

 どこから出したのだろう。そんな疑問をよそに、ルディは剣……レイピアを鞘から抜き、構える。


 フェンシングのような柔らかい剣ではない。金属で作られた真っ白な両刃は、指と同じくらいの幅と非常に厚みの無いつくりをしていた。少し動かすだけでも折れてしまいそうな見た目である。

 しかし。

 その剣を一閃、また一閃し、スライムを一瞬で真っ二つにして魅せた。


 剣の軌跡が見えたような気がする。

 そのくらい、速かった。

 一瞬。本当に一瞬で、ほぼ同時に2体のスライムが消滅したのだ。

 この時、俺達のレベルは4まで上がった。

 ……。

 小腹が減ったな。


「あっ、野菜が良い感じですよ」


 え、バーベキューってこのために焼いていたのか?!


「タレが美味しい!」


 ハルカさんは早速食べている。


「もぐもぐもぐもぐ」


 というか、その横で追加分の肉を投入するイユがいるのだが、追加分用の皿に「イユ」と書かれていたのは俺の気のせいか?


 ……ゴクリ。


 おぉ、甘みの強いタレだな。肉の臭みを消すためかハーブやスパイスの匂いが若干きついけど、美味い。酸味が抑え目のポン酢、という感じかな。

 あ、そうだ。ステータス確認しておこう。

 レベルが上がったなら、それなりに能力地も変わっている可能性があるからな。


 あ、またレベルが上がった。

 ん、と。

 レベル5になって、おお、筋力とか知能とかが若干上がっている。

 HPとMPも若干だが上がっているようだ。

 それと……。


「魔法と技能の項目に何か足されているな」

「あ、私も! えぇと、全基本魔法習得とかMP上昇率増強Ⅰとかでしょ?」

「俺とハルカさんは同じ感じみたいだな」

「僕は違うぞー? 基本雷魔法習得とか、雷耐性Ⅰとかだぞー」

「マキナ! お兄ちゃんは基本炎魔法とHP上昇率増強Ⅱだぞ!」

「……基本風魔法、と。敏捷上昇率増強Ⅰ……です」

「僕はナクラ君と同じ、基本炎魔法ですね。知能上昇Ⅰです。上昇率増強とはまた別のようですね」


 それぞれ食べながらステータス確認をする。俺とハルカさんは、どうやら賢者としての成長をしているようだ。全基本魔法習得、というのがどれだけ凄いのかは、他の4人から聞いたステータスで分かる。彼等は一種類の魔法くらいしか使えないのだ。

 どうやって魔法を使うかはまだ分からないが、これは凄い事なのだろうな。

 雷や水魔法があることは知っている。どれだけの属性があるのか。多ければ多いほど、この全属性という言葉に重みが増していくだろう。

 あ、そうそう。

 ステータス確認をしている間に、レベルが6に上がった。


「うーん、ちょっと効率が悪くなってきましたね」


 スライムのレベルは、大体5レベルほどらしい。なので、こちらが同等もしくはそれ以上になると、すぐ格下になってしまう。

 格下を倒しても得られる経験値は微々たる物らしく、それから10体ほどスライムを倒していたが、レベルが上がらなくなっていた。

 あ、11体目で7に上がった。でもこれじゃあ、たしかに効率は悪いかも。


「どうする?」

「こうします。

【風よ 集束せよ】 『スパイラル』 」


 ルディの手から薄緑色の光が発せられ、次の瞬間には小さな竜巻がスライムを飲み込んだ。

 バーベキューにつられたスライム5体を巻き込んで、俺達の背丈ほども無い竜巻は消える。そこに、大きな一体のスライムが――


「え、何で」

「スライムは、同一個体をおよそ4体吸収すると進化します。モンスター名はビッグスライム。一応レベルは10相当ですね」


 なるほど。あえて進化させてレベルを上げ、こちらよりも格上にする事で効率化を図ったわけか。

 にしても、進化かぁ。こんな簡単に進化するものなのか。

 あ、でも、スライムはモンスター界では最弱らしいし、その分ちょっとでも強い個体に進化しやすいのかもしれないな。

 あ、8に上がった。


「では、このままレベル10まで上げてしまいますね」

「おう」

「あ、そうだ」


 スライムを寄せ集めながら、ルディがにっこりと微笑んだ。



「レベル上げが終わったら、魔法を使ってみましょうか」

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