第12話 暗黒の歴史

「その声は……道久?」


 強烈な殺気に気圧されそうになりながらも、俺は相手を直視せざるを得なかった。かつて仲間だったその男、温厚で正義感が強く、盾となってメンバーを守るリーダー的存在、そして俺をかばい、命を落としたはずの道久は、黒い甲冑に身を包んだダークロードに変貌を遂げていたのだ。


『私は魂を売った。力を手にするために』


「え? なんで? そこまでする必要、あったの?」


『小太郎、お前もこっちに来い――』


「だからなんでだよ!」


『お前のせいで……私は命を落とした』




 その一言に、俺は逆らえなくなった。




「道久、確かに俺だけ助かっちまって悪かったって思ってる」



『ならば……つぐなえ』



「…………」



『このくだらない世界と……決別しろ……楽になれ……小太郎』




 ……そうだ、俺は道久に償う機会を得るために、あそこデータセンターから離れられなかったんだ。




 道久の声にいざなわれるように、俺は扉の中に歩を進める。呪縛から解放されたかった。彼から許されたかった。




「コタロー! そっちに行っちゃダメだよ!!」




 背後から誰かの叫び声が聞こえる。だが俺は、少しでも早く楽になりたかった。




『小太郎……その娘を……殺せ』



 道久の声に従い振り向くと、涙を流す少女が立っていた。


 俺はためらうことなく右手を振り上げ、彼女の首に――




「コタローッ!」




 その時だった。彼女の持っていた宝珠が俺の姿を映し出したのは。


 己の醜い姿をさらけ出され、振り下ろそうとしていた手が止まる。





 ……俺は……ここで何をしているんだ? 操られてた?






『使えぬっ……使えぬぞ小太郎!』


 背後から道久の声が響く。


 だが俺はすでに正気に戻っていた。



「わりぃ道久。負の連鎖は俺で止める。俺だけ救われて、代わりにこいつに業を背負わせるわけにはいかねーからな!」



『なんだと? 許さん!』



 道久が巨大な闘気を発し、俺に斬りかかる。


 ミオを抱きかかえ、間一髪でかわしたつもりだったが、甘かった。




 道久の瞬速の太刀筋が、俺の左脚を切り落としていたのだ。



「コタローッ! いやーっ!!」


 突き飛ばされたミオの絶叫が耳をつんざく中、床に転がる俺の目に、再び剣を振りかぶった道久が映った。


 その赤く光る目に、感情は宿っていなかった。



 やられる、そう覚悟した時、



『うっ……うわああああっ!!!』


 突然道久が頭を抱え、膝をついた。



「お、おいっ! 大丈夫か?」


 立ち上がれない俺が手を伸ばす。



『くっ、くるな小太郎! あっ……ああああっ!』


 俺を振り払うようにのけぞりながら悶絶する道久。


 いったい奴に何が起きているのか?



 すると、混乱する俺の脳に直接語りかける言葉が聞こえてきた。



 ――なんとか間に合ったようね。


 その声は、エリちゃん?



 ――服部くんの部屋から踏み台遠隔操作サーバー経由でアクセスしているの。闇堕ちしたロード君の呪縛を解いて!



 まてまて! なんで俺のPC使ってんだよ! っていうか踏み台サーバーのこと、バレたらやばいんだけど! 俺もそんなこと言ってられる状況じゃねーけどさ。出血とか痛みとか。



 ――神龍には黙っててあげる。私がロード君の脳に過去の記憶を再現して動きを止めているうちに、世界間の経路をふさぐ元凶を取り除くのよ!



 おお! そうすれば道久も解放されるのか?



 ――黒歴史を鮮明に思い出してるから、余計にこじらせるかもね。



 ダメじゃねーか!!



 ――それしか方法はないの。彼を見て!



 道久に目を向けると、彼は四つんばいになって叫んでいた。



『先生ごめんなさい! 僕が、僕が悪かったです! あっ! アッーーーー!!!』



 ……俺の知らない過去を持つ道久がそこにいた。




 ――急いで! 時間がないの!


 けどよ、この状況でいったいどうすれば?



「コタロー、私がやる! 絶対助けるから待ってて!」


 ミオが、部屋の奥に向かって走る。



「バカ! 行くな! お前は逃げろ!」


 だが俺の叫びを無視したミオは、部屋の中心で右手を挙げて言った。



「救われない御霊みたまよ、この地に縛られた悲しき魂たちよ!」


 詠唱とともに、彼女の右手から優しい光が生まれる。


 この空間ごと浄化するつもりか?



「世に生まれ、世を去る定めに抗う異形の者どもよ!」


 彼女の胸に添えられた左手も輝きを放ち始め、その光が徐々に大きくなる。



 だが、闘気をまとった道久が再び立ち上がり、彼女に剣を投げつけようと振りかぶった。



「させるかーっ!!」



 俺はなんとか片足でとびあがると、道久の足にタックルをかました。道久の投げつけた剣がミオからそれる。


『きっ、貴様! グワァアアアッ!』


「精霊の力によりて永遠の眠りにつくがよい! 解呪ディスペル!」


 ミオの頭上で二つの光源が合わさると、この空間全体が白き閃光に包まれた。

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