第9話 死に絶えた世界

 一瞬死を覚悟した俺が意識を取り戻すと、そこは荒れ果てた荒野だった。空からは分厚いグレーの緞帳どんちょうが垂れ下がっており、遠くまで霞がかっている。空気の流れも感じられない。


 足元は固くて脆い土が地表を覆い、いたるところに地割れが走っている。確認できる範囲では他に何も見えない。



「ここは……?」


 思わずそう口にした俺の横に、俺同様、意識を取り戻したミオが立っていた。



「すべてが死に絶えた世界……私のいた世界です」


 突然口調が変わり、びっくりしたが、見た目はさっきまでのミオのままだ。



「だけど何もないぞ?」


「間に合わな……かった……の……」



 そう言った彼女は、静かに涙を流していた。


 森の民のエルフが存在していたとはとても思えない環境だが、突然変貌を遂げたのだろうか?


 ミオの手にしている宝珠もその輝きを失い、うなだれる彼女の頬をつたって落ちた雫だけが、その表面に痕を残している。



「コタロー……あなたまで連れてきてしまった。本当にごめんなさい」



 常人では聞き取れないくらい小さな声でつぶやくミオ。



「私……バカでした……」


「どういうことだ?」


「あの時――私がコタローの世界に転移することになったあの日、みんなで私を逃がそうとしてくれたんだと気づいたんです。この世界が救われないことを知って。私だけ、転移させてくれたんだとわかったんです。私の力だけではこの宝珠が手に入らないことを知ってて――」


「えっ?!」


「コタローに出会って思ったの。私なんか、到底及ばないレベルの人だって。そしてわかったんです。無理だって。この世界を救うためには、ぜんぜん力が足りないってことが……」


「…………」


「実際、私には想像もつかない世界でした。スマホっていう見たこともない道具や、コタローの仕事や、心が通う神龍とか。神のご加護で理解しようと努めましたが、本当はまったく理解が追いつかなかったというか、いまだに何もかもが信じられないというか……」


 ミオが神妙に、陰のある笑顔を見せながら語る。


「実はあの私のしゃべり方も、神がご指導くださったんです。ああ言えば、コタローはきっと私を助けてくれる、私の思うとおりに動いてくれる、そう指導してくださった……のですが、あなたの立場で考えたらひどい話ですよね……」


 しゃべりながらいたたまれなくなったのか、俺から顔を背けるミオ。



 その体は震えていた。



「……ごめんなさい。他に頼れる人がいなかったんです…………だけど、関係のないあなたを巻き込んで…………こんな……終わった世界に連れてきてしまった…………やってはいけないことでした……ご…………ごめんなさ――」



「おいこら、ミオ!」



「は、ひゃい!!」



「その神は今何か言っていないか? この世界に神はいないのか? 加護は消えたのか?」



 俺は彼女の前にしゃがみ込み、両肩に手をかけて聞いた。



「……ご加護は……消えたみたいです」



 まったく……涙と鼻水でどうしようもない顔してやがる。



「そうか。それだけわかれば十分だ」



 俺は彼女から手を離すと、そのまま四つん這いになり、大地に耳をつけた。





「……コタロー、何してるんですか?」


 ミオの声に答えず、耳に全神経を集中させる。





 ――聞こえる。かすかに振動が聞こえる。





「コタロー?」




 俺は立ち上がり、手で埃をはたくとミオに向き直った。



「神がいない世界には悪魔がいるんだよ。ここから西、2km。行くぞ」


「え?」



「せっかく来たんだ。この世界の果てを見届けなきゃな」


 そう言って俺は、ミオの髪をくしゃくしゃになでてやった。

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