「こんな時間までどこ行ってたの!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛こ゛へ゛ん゛な゛さ゛い゛ぃ゛」

「また遠くまで遊びに行ってたんでしょ!そういうときはお母さんちゃんとついて行ってあげるから一言言いなさい!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」


 顔をくしゃくしゃにして泣き叫ぶミルティエールちゃん(仮)。そう、(仮)である。というかマフラーについている「S.R.」のイニシャルの刺繍からしてそもそも(偽)だった。


「すいません、うちのがご迷惑をおかけして……」

「あぁ、いえ。お気になさらずとも大丈夫ですよ」

「え゛う゛え゛う゛え゛ぇ゛……」


 なるほど、スュンちゃんか。しかし、何故彼女はミルティエールと名乗ったのだろう?


「すいません、ひとつお尋ねしてもよろしいですかね」

「えぇどうぞ」

「ここにあったローシャ教会はすでに廃墟になっていました。しかし、あなたのお子さんはミルティエールと名乗っていました。もしかしてあなたは……」

「そんなことを言ってたんですか、あの子。あぁ、えっと私はローシャ教の信徒ではありませんよ。スュンがそう名乗ったのは私がよくペトラ伝承の絵本を読み聞かせていたからだと思います。祖母から教えてもらった唄もあるのでそれも影響しているかと」

「約束の唄、ですか」

「えぇ。唄とはいっても、とっても短い詩のようなものですけどね」

「すいません、その唄の歌詞を教えてもらってもいいですか?」

「歌詞……ですか?構いませんよ」


 そういうとスュンの母親はご丁寧にメモ用紙に歌詞を書き出してくれた。


「こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」

 ヴォネガット教授が受け取ったメモ用紙には子守唄にしては難解な、それこそ宗教歌のような意味深な歌詞が書かれていた。


 ゆらゆら燃える 此方の海よ

 彼方に積もる 静かの灰よ

 砂塵の大地に 声は幽かに

 氷刃の大地に 声は確かに

 ゆらゆら燃える 此方の海よ

 彼方に積もる 静かの灰よ


「ふぅむ……」

「なんというか抽象的ですね……」

「そうでしょう?私も祖母に意味を尋ねたことがあったのですが、そのうち教えてあげるとはぐらかされたまま祖母は亡くなってしまいました。なので結局意味は分からずじまいなんですよね……」


 燃える海、積もる灰……。うーん、何だろう。何かを比喩したものなんだろうか。


「この砂塵の大地と氷刃の大地は場所ですよね?」

「まぁそうだろうけど……、当てはまりそうなのは砂漠と……」

「雪のたくさん降るところ?」

「曖昧だなぁ……」


 地球上にある名のついた砂漠なんて30以上はあるだろうし、雪がたくさん降るところなんてそれこそもっとたくさんあるだろう。このヒントになるようでならない感じ。実にもどかしい。


「あ、そういえば……」

「そういえば?」

「祖母の話をしてて思い出したんですが、遺品整理してた時に太鼓が出てきたんですよね」

「太鼓?」

「えぇ。祖母は楽器なんて弾けないはずなのになぜか持ってたみたいで。調べてもらったらトーキング・ドラムっていう楽器だったんです」

「トーキング・ドラム……、確かアフリカの楽器だったかな。―――あっ」

「もしかして砂塵の大地って」

「……調べてみる価値はありそうだな」

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