残響の在り処

「大丈夫!?」

「ぅ……」

 頭を抱える佳奈に駆け寄る。どうやら先程の"音"による影響が強いのか、顔を苦痛に歪めていた。


「とりあえず、安静にしなきゃ……。あそこのベンチまで歩ける?」

「ん……」


 ふらつく佳奈を支えながらベンチに座らせる。少し落ち着いたようで先程よりは顔色が良くなっていた。しばらくの間ここで休ませれば大丈夫だろう。


 ―――しかし、先程のあの声は一体なんだったのだろうか。

 街中に響き渡る、というよりさっきのあれはもっと広範囲にまで聞き及ぶほどのものだっただろう。あの声の残響の最中に佳奈がつぶやいていた言葉も気になる。全く聞いたことのない響きだったが、もしかしてあれが墓語なんだろうか……?

 加えて、もう一つ異変を上げるとするならば、街中のそこかしこから様々な動物や鳥達の鳴き声が聞こえることだろう。大地震の起きる前に、地殻変動により生じる微小な"匂い"を感じて犬が吠えるとかなんとかは聞いたことがあるけど……


 思考を巡らせる最中、ビルの大型ディスプレイにニュースが流れ始めた。


『速報です。先程、正体不明の轟音が街を襲った件について、関係者の調査によると、"音"の発信源は南極点だったことが明らかになりました。また、それと同時に"音"は世界中、各都市に響き渡っていたことも確認され、現在パラボリックの政府が各都市と連携を取り、調査に当たっています。カスプ政府関係者によると南極点での何らかの兵器の使用の可能性もあるとのことです。新しい情報が入り次第、引き続き速報をお伝えします』


「世界中に……」


 星に響き渡るおと。その発信源は南極点らしいが、あの場所は絶氷の大地だ。氷以外は何もないはずだが……。


「ん……?」

 袖をくいくいと引っ張られる。振り返ってみると佳奈がこちらを見つめていた。


「あぁ、ごめん。少し考え事してた。体調はどう?少しは良くなった?」

「―――」

 コクコクと頷く佳奈。見た感じでは彼女の顔色も元に戻ったように見える。とはいえ、このまま外を歩かせるわけにもいかない。少し肌寒くなってきたし、風邪を引いてしまっては意味がない。今日のところは大人しく帰ることにした。佳奈もそれに同意してくれた。


 ―――あの日から一週間が経過した。


 あの"音"の正体は以前分かっていないが、様々な情報が出揃い始めてきた。

 まず分かったのは"音"が発せられたのは南極点の深海、厚い氷の壁の下からであること。しかし、どうやって発せられたのかは全く分かっておらず、地球の極低周期振動によるノイズが何らかの影響によって増幅されたとか、1万年前からあるという南極点の深海の底、その更に下の階層レイヤーの空洞から発せられたとか様々な説が飛び交っているが真相は定かではない。

 次に判明したのが動物への影響。先の残響が残したのは人々への恐怖のみならず、動物たちにも何らかの影響を及ぼしていることが分かった。とはいっても明確に判明しているわけではなく、一部の動物が少し気性が荒くなったり、怯えたりしているという。一部科学者曰く、ゲノムコードの一部に変容が見られるという報告もあるそうだが、今回の件と関係があるのかまでははっきりとしていない。


 これらの情報はひっそりとネットニュースや新聞の隅に載せられていたものだ。世間はもう、あの日のことなどどうでもいいようで、いつもどおりの生活に戻っていっている。私もそうであろうと努めている。けれど、その心とは裏腹に、私の奥深くで怯えている自分がいた。何かに怯えている自分が、確かに存在した。


 ―――何かが。何かが"怖い"。漠然とした恐怖がこの身を蝕んでいた。

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