四辻の咆哮
帰国後、久しぶりの墓國・日本で買い物をする。長期間ここを離れてたから家に何もないので近隣のスーパーまで歩いていく。
「いろいろなもの買えるなぁ……」
調査後に給料が振り込まれたのでコンビニのATMで預金残高を見たら腰を抜かしそうになった。まさかこんな量が貰えるとは……。確かに誘われた時、ヴォネガット教授は"それなりの金額"が貰えるとは言ってたけども、これはそれなりなんてものじゃない。一般市民からすれば目玉が飛び出るくらいには多い。
「なんか急にこんなにあっても怖いし、いつも通りでいいか……」
後々使いすぎて税金で色々面倒なことになっても嫌だし。とりあえず今までと変わらない量を買った。そんな時、途中割引になっていたスイーツコーナーを見ていてふとあることを思い出した。
あれは調査に行く前の話だ。佳奈が家に来てくれた時に約束したこと。
「帰ってきたらケーキバイキングでも行ってみようか」
そう言うと佳奈は嬉しそうにコクコクと頷いていた。
手に取っていたケーキを商品棚へ戻す。こういうのも美味しくないわけじゃないけど、やっぱり食べるなら彼女と食べたい。さっさと家に帰って連絡してみよう。
レジで会計を済ませてスーパーを出る。外はいつの間にか黄昏時。街行く人々はそれぞれの目的地に向かってひたすら歩いていく。5時のチャイムが鳴り響く街のいつもの光景。横断歩道手前の道で制服姿の学生とすれ違う。こうしてみると高校生って幼く見える。いつか着ていた制服に郷愁を感じながら横断歩道へ目線を移すと、そこには―――
「あっ―――」
「噂をすれば影がさす」とはまさにこのこと。横断歩道の先には信号待ちをしている佳奈の姿があった。スマホを取り出していじいじしてるのでこっちには気づいていないみたいだけど。
「よし」
スマホを取り出してメッセージを送信してみる。
『おーい』
『?』
スマホをいじっていただけあって返信が早い。
『前見て』
『え?』
おずおずと辺りを見回してから正面を向く佳奈。どうやらこっちに気づいたみたいで「あっ」と小さな声を上げた。
信号が青に変わる。流石に横断歩道の真ん中で話し込むのは迷惑なので歩道脇にそれて佳奈を待つことにした。
「久しぶり!」
「―――!」
コクコクと頷く佳奈。青い目を輝かせて走ってきた彼女は少し寒くなってきたからか、服装がモコモコしている。うーむ、非常に子犬っぽい。なんというか一回撫でたらずっとついてきてくる感じ。
『調査どうだった?』
スマホの画面に文字を打ち込んで質問してくる佳奈。
「大変だったよ……。まず中国まで行ってそれから―――」
旅路の中で見た多くの人々。同じ感性を抱く人々の紡ぎ出す紋様は確かにその國独特のものばかりだった。まぁ、私はあまり海外に行ったことがないからなんだろうけど、そう感じた。ヴォネガット教授は文化の純度が薄まることを危惧していたみたいだけど、私はイマイチ分かっていない。個性を消費する現代社会、その先に何があるのかまでは私にはまだ理解できない。今まで目の前の事で精一杯でそんな広い視点を見る余裕なんてなかったから。
「―――こんな感じかな」
ひとしきり話し終えた後、私たちはいつものファミレスにでもと、歩みを進めていた。今度はゆっくり、彼女の話を聞きたいから。
夕日が沈みゆく。だが、夜が訪れるにはまだ早い。街を黒く濡らす影は雲天の形で揺れ動いている。
ファミレス前の交差点で信号待ちになる。電柱の下には『彼女達』へ宛てられた供養の品がひっそりと置かれている。
信号が青に変わり、雑踏が動き始める。
―――ああ、"いつもの場所"だ。海を超えたどこかじゃなくて、子供の頃から慣れ親しんだこの場所。隣には佳奈もいる。全くもって、あの日と同じような風景がそこにはある。だからこそ安心できるのだろう。横断歩道を渡りきるのと同時に5時のチャイムが鳴り響く。
「ねぇ、佳奈。今度さ、一緒に―――」
その
【111001111000010010111100111001011000110110110100111000111000001010110111111000111000001110111100111000111000001010110001111000111000001110110011111000111000001010111001111000111000000010000001111001111010110010101100111001001011101010001100111010011000000110001110111001111010100010001011111000111000000110111000111001111010011110111011111010001010000110001100】
空間を掻きむしるような何かが響き渡った。
それは音だったのか。それとも声だったのか。
がなりたてる声のようでもあり、痛みの悶える悲鳴のようでもあった。
街の風景は何も変わらない。ただ、多くの人が耳を塞いでいた。
「あ、ぐぅ……」
「佳奈、大丈夫―――、っぐ……!」
隣りにいる佳奈もこの響き渡る"何か"に苦しんでいる。しかし、彼女の口からこぼれ出る苦悶の声の狭間に、何か、別の音が混じっている事に私は気づいた。
「Se...r...h.a]f]a]b]jyrt]」
音の波が彼方へと去っていく。代わりに訪れたのは人々の困惑する声。辺りを見回してただただ、恐怖の表情を浮かべる人々。
黄昏に突如として訪れた異変を喜ぶかのように、町外れの森から鴉の群れが飛び立っていった。
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