起源 -Context-
半年以上にも渡る長き旅を終えて、私たちは墓國・日本へと帰国した。数十カ國を回って得られた情報は、今の統一言語の世界の影響を如実に表し、過去の言語達の亡骸を看取るようなモノばかりだった。
結果から言えば、統一言語により、個々の文化はその特異性を失いつつある。魔術的な儀式であれ、日常的な入浴風景であれ、ある人々が特異としたものは既に統一言語によって世界中を巡り、様々な人に受け入れられて"常識"へと姿を変えつつあった。
ある一つのモノゴトが他の國へと巡る時、それが一度目の旅だったのなら、そのモノゴトを受け取る伝承者はモノゴトの全てを受け入れる事ができる。
一度目の旅の
―――話を本筋に戻そう。
さっき私が言ったとおり、旅は一度目なら問題ない。ただ、それを何度も繰り返すことにより問題が生じる。私たちは互いに互いを思いやるが故、それぞれがそれぞれの我欲を貪るが故に、意図的に情報の一部を削ぎ落としてしまう悪癖がある。
「これだと他の人はとっつきにくいかもしれないから」
「ココらへんは伝えてもどうせ使わないだろうしいいかな」
「これはこうした方が使えるかも」
そうして、伝えられてきた情報は徐々に真正性を失っていく。異國からの
問題なのは、その情報の取捨選択により削ぎ落とされることの多い、「
コンテクストとは、何故その文化が成り立つに至ったのか、その起源を示すものだ。
わかりやすい例えを挙げるとするなら……
そうだ、例えば、墓國・日本においての葬式。これは友人から聞いた話だ。
その友人Aはある異國の友人Bを引き連れて、葬式に参列することになったそうだ。厳粛な空間で行われる社会的殺人……というのは文化人類学的に過ぎるな。故人を偲ぶその葬式において、必須なのがお経。
お経はお釈迦様の有り難い言葉を字に残したもので、これを葬式の最中、お寺さんが唱える。その間、参列者は故人に思いを馳せて、その別れを惜しむのだ。
だが、そんな最中、その友人Bは何故か、いそいそとスマートフォンを取り出して、録音し始めた。友人Aも流石にまずいとそれを止めた。葬式の終わった後、友人Bに何故そんなことをしたのかを聞いてみると、彼はこう答えたという。
「聞いたことのない素晴らしい音楽だったから、つい。あの人が歌っていた曲はなんていう名前なんだい?聞いたことのない音楽だけど、すごく落ち着く良い曲だった!どこで買えるかな?」
これを聞いて「何を言っているんだ」とか「異國の人だから仕方がないか」とか思える人は十分に葬式においてのお経のコンテクストを大体は理解している。
葬式においてのお経は故人を偲ぶ為に必要なものだと。これは亡くなったあの人が幸せに死後を過ごせるように必要なのだと理解している。
だが、友人Bは異國の人間である。彼はそのコンテクストのことを知らなかった。だから彼は録音しようとしたし、その後オンラインショッピングでお経のCDを買って、リビングでヒーリング・ミュージックとして流している。
そう、コンテクストを知らなければ、それはただのBGMだと誤認することだってあるのだ。
これが一番の問題。私たちは何故それが成り立つかを知らなければそれの使用用途を間違える。ハサミで肉を掴もうとすれば切れてしまうし、トングで紙を切ろうとしてもうまく切ることは出来ない。真正性を失った文化は起源から離れていき、最終的には全く異なる形へと変質してしまう。
この世界が様々な墓語で溢れかえっていた時代ならば、その言語の違い自体が、文化の渡航を妨げた。それにより、文化の真正性もかなり高い水準で保たれていただろう。なにせ、その時代において、言語の違う人と意思疎通を図るのは想像以上に難しいのだから。
だが、言語が統一された今。言語の違いはなくなり、万人が心通わすことの出来るこの世界においては、言語の壁は存在しなくなった。文化は容易く海を渡り、空を飛ぶ。"流行りモノ"として輸入される文化の数々はそのコンテクストの多くを剥離されていた。
今回の旅において、私は様々な文化をその真正性、コンテクストの残留度から測定した。結果はどれも芳しくない。ほとんどは形ある骸、肉の消失した
だが、僅かな量ではあるが、その特異性を今も失わず保持し続けている文化も確かに存在した。文化が特異であればあるほど、それは真正起源に近く、普遍であればあるほど、それは贋作に等しい。
私は情報集積機構LITERAL・PETRAに積載している数々の情報と、今回の旅で得た情報を照合し、その真正性を算出することで、コンテクストの残留度が高いモノ、文化濃度の高いモノを選出。それらの情報からペトラ伝承を解き明かそうと試みた。
しかし、コアとなるローシャ教の退廃により、それが困難になった。代替手段、もしくは対象の捜査が必要になることと相成った。
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