旅の終わり
もうどれくらい乗ったか覚えていない飛行機の中、私は小さなモニターで映画を見ていた。
心電図の規則的な音がヘッドフォンから流れてくる。モニターの中では、長い間眠っていた女性が、何十回とお見舞いにやってきた主人公のそばで目を覚ましていた。
そんな感動的なシーンとBGMが流れているうらはらに、私の眼に映ったのはあの日の曇天と、
傍らに佇む女性と、そんなことなんて識るよしもないあの男。
彼の罪は私の大事な人を殺したこと。
だから彼がいま植物人間状態にあったところでそれは当然の報いだと思うことも出来る。
けれど。その彼もまた、誰かにとっては大事な人であるわけで。
―――心電図の音が大きくなってくる。規則的なリズムはまだ心臓が動いていることをうるさいくらいに教えてくれる。
それと同じくらいにいろいろな言い訳が私の頭の中を木霊する。
彼は人を殺したよ。
彼は何人も殺したよ。
だから、別にいいんじゃない?
だって
痛みを訴えたわけじゃない。
手足も頭も何もかも。五体満足で彼は今も横たわっている。彼女の横でこれからも横たわっている。
「あぁ、そうだね」とすべて押しくるめようとした矢先、
それでも、選んではいけない選択肢はあるでしょう?
と、立ち竦んでいる私がいた。
あぁ、本当に嫌になる。散々言い訳をしておいてこれだ。どうせなら、最後まで悪い人に成り切らせてくれればいいのに。それならこんなに苦しむことなんてなかったのに。
そうやって、どうしようもないエゴを垂れ流す
「―――い、おーい」
「おーい、起きてー」
「ん……」
「おぉ、やっと起きた。ほら、ついたよロシア」
「……はい」
いつの間にか眠っていたらしく、周りの人はさっさと自分の荷物を取り出して搭乗口へと向かっていた。
「ロシアにはミルティエールに関する教会があるはずだ。あまり情報が出回ってないが教会なんていくらでもあるだろう。よし、行くぞー!」
「すんごい元気……」
やる気満々なヴォネガット教授の背中を追いかけて寝起きの体を動かす。
墓國漫遊もここロシアが最後。ここでペトラ伝承に登場するローシャ教に親しい教会を見つけて文献、口頭伝承などの調査を行う。
はずだった。
「どこにもなーーーーーい!!!」
一面銀世界の中、寒風に打ち付けられながらヴォネガット教授が叫ぶ。彼女がひとしきり叫び終わった後は再び辺りは静謐に包まれた。すごいなぁ、雪って。めちゃくちゃ音吸うんだなぁ。
私たちは通りすがった人全員と言っても過言でないくらいの聞き取り調査を行った。結果、町の郊外に教会があるということが分かった。
街から5kmは離れた場所に、教会はあった。
ただ、すでに廃墟と化していたが。雪に埋もれていた入り口から中を覗いてみても、あるのは朽ちた木材と散らばったガラス片のみ。見た感じではすでに何年も前に人々から捨てられたように見えた。
隣にいるヴォネガット教授が歯噛みする。
「くそっ、よもや誰ひとりとしてローシャ教に関する教会を知らないなんて!」
「だいぶ廃れてるんですかね……」
「ペトラ伝承の残滓はもうこれくらいしかなかったのに……」
「そうなんですか?」
「あぁ。感錠とか彼らの有していた情報はほぼ全てが時の流れに消え去った。残っているのは物語としての情報だけで、有力候補のローシャ教もこのザマだ」
憔悴したような表情を浮かべるヴォネガット教授。
「これ以上、伝承を追いかけるのは難しいかもしれない」
そうつぶやいた一言も、銀雪に吸い込まれて消えていった。
私たちは街に戻り、ホテルで身支度を始めた。
資金的にもこれ以上、旅を続けることは叶わなくなったゆえ、明日には墓國・日本へ戻ることになった。
伝承希求の旅は、皮肉にも血縁伝承の消失により終わりを迎えた。
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