墓國漫遊・乙

 曇天の空、靴にまとわりつく泥もそのままに、上裸の男が拳を振るう。

 受ける男はそれを包帯を巻いた腕で防いで、ガラ空きになった腹部、腰辺りを目掛けて鋭い蹴りを放つ。

 それをまともに食らった上裸の男は地面に倒れ、自らの敗北に歯噛みしていた。


「おーおー、やってるねぇ」

「ほ、ほんとに殴り合ってる……」

「何しろ喧嘩祭りだからねぇ」


 私達がタイの次にやってきたのはペルー。大陸都市・カスプからバタフライへの移動と相成った。

 この小さな町はサントトマスと言い、ここでは一年に一度、キリスト生誕の日に様々な事情により揉め事を起こした男たちが集まって殴り合うという奇祭、"タカナクイ"が行われているそうで。


「しかし、すごい人の数ですねぇ」

「そりゃあ家族ぐるみで来ているのがほとんどだからね」


 円形闘技場みたいな場所に集まっている男たち、その家族が観客席から事の成り行きを見守る。

 ルールは単純に一対一で戦い、相手を打ち負かした方が勝ち。無論、命を奪ってはいけない。

 試合相手はいざこざを起こした相手。両者はいがみ合う者同士、互いに拳を振るう。

 だが、見ていた限りでは試合後はお互いを労い、戦いを称賛していた。競技としての面が強いのだろうか。まぁ、中には倒れた相手に追い討ちをかけている、もしくは引き分けと審判に判断されたが、闘気収まらずそのまま殴り合いを続けようとして、審判達からボッコボコに蹴られたり殴られたりしている人達もチラホラと見かけたが。


「んー、不思議な世界だ」

「不思議でもないさ。あれを私たちの知っているモノに置き換えるとするのなら、裁判だよ。この試合はここらに住んでいる人にとっての法であり、裁判だ。ここらは土地の問題が多くてね。土地の権利を明記したものなんてないし、そもそも土地自体が痩せているから何年かごとに畑を別のところに耕さなきゃいけなくなる。そうすると、そこが誰かの使っていた土地だったりして、そこでいざこざが起こるのさ」

「"ここは俺の土地だー!"って事ですか」

「だが、不思議な事にここの人達は問題が起きたその場では相手に手を出すことは少ない。それがどんな問題であれね」

「他に比べてとびっきり分別のある人達って訳じゃあないですよね?」

「もちろん。彼らがその場で殴り合わないのはただ単に、だ。等しくここに住む人達全員にね」


 前日に降った雨による水たまりが、戦う男たちの姿を映し出す。

 お互いに"譲れぬモノ"を持ち、その牙を相手に振るう。そこには害意はなく、あるのはどちらがその"譲れぬモノ"を手にするか、それだけらしい。


「法に庇護されている人達ぶんかからすれば野蛮に見えるかもしれない。だが、これほどシンプルな機構はないだろう。特に、こういった問題においてのね」


 機構、裁判。

 なるほど。確かにそうだ。この観客席は傍聴席とも言える。

 被害者/加害者の男は相手を力に基づいて打ち負かす。ここでは勝ち負けが全てだ。非行(追い打ちをかけたり、審判の判断に従わない)を行った人々は幾百もの観客の目に晒されて、その蛮行を非難される。狭いコミュニティではその男の蛮行が広まるのに多くの時間を要さない。

 故に。

 勝てば、その場にいる人々にあの土地はあの男のモノになったと、

 負ければ、その場にいる人々にあの土地はあの男のモノではなくなったと情報が発信される。

 よくテレビで見る急いでテレビカメラの前に駆けてきて"勝訴"とか書いた紙を映し出すアレ。

 カタチが変われども、やっていることの本質は同じなのだ。


「ちなみに、戦う前の人達がマスク被って変な声出しているのは何なんですか?」

「あー、あれね」


 私とヴォネガット教授が話している間にも、広場ではマスクを被って辺りを見回しては素っ頓狂な裏声を張り上げて相手を呼び出している。


「"自分"を隠しているのさ」

「じぶんを隠す?」

「あのマスクを被って、裏声で話している時、そこには"その男"は存在しない。"謎の覆面の男"だ。そこに揉め事を起こした個人は存在せず、戦う前、闘気を発したその時―――観衆の目にさらされる時―――に初めて個人を示す」

「戦う時に個人を示す……。そっか、そういうことか」


 勝敗を決するには、"個"が存在しなければならない。

 負けたのであれば、それは揉め事に加担した"あの男"でなくてはならない。

 勝ったのであれば、それは揉め事を起こした"その男"でなくてはならない。

 "覆面の男"は個人ではない故に。

 それは或る男達である。

 或る浮気をした/された男であり、或る土地を奪った/奪われた男でもあり、或る可愛い女性と付き合っている/付き合いたい男である。

 それら様々な事情があり、その裁定の時を待つ者共こそが"覆面の男"だ。


 そこには前提がある。

 タカナクイにおいて雌雄を決するその時まで、どちらも善人でも悪人でもないということである。

 この広場で泥だらけになりながら戦った果にこそ、善悪が生まれるのだ。


 善悪は"個"に根付くものであり、"個"を育み、枯らすものであるのだから。


「"個"の大きさは決まっていない。それが人であれ、國であれ、一つとして考える。一つ思想がそこにあるのならば、それは"個"だ」

「じゃあ"全"というのは……?」

 ヴォネガット教授は苦笑いを浮かべる。

「今のこの世界かな。統一言語が齎したのは普遍的な平和と理解だ。言葉が通じるということは素晴らしい。当たり前だが、ソレは"分かる"のだからね。だけど、それは

「どういう事ですか?」

「一つの文化の、いや遍く人の創りしモノの根底にあるのは言葉だった。大地を大地たらしめるのも、空を空たらしめるのも、全てはそれを見て、聞いて、感じた人々の言葉だった。それはそこにあったからこそ"空"としたのではなく、見上げた人々が"空"としたからだった。言葉が違えばその"空"から降る"雨"を示す言葉の語彙にも各地域で差があった。それは"異質"であるのと同時に特筆した"文化"だった。それは"正しい"でも、"普遍"でもなかったんだ」と彼女はそう言うと、ため息のようなものを吐き出した。


 それは単純な話だった。

 それ故に私達が忘れていたモノだった。

 文化というのは普遍とは違う。

 文化とはそれ独自の特徴を持った一条の光であった。

 普遍とは全てを呑み込み、全てを一定の基準に落とし込める機構であり、私達の法でもあった。

 "一部"と"全部"の違いである。

 "文化いちぶ"はその土地における他から見て異質なモノ達全てであり、"普遍ぜんぶ"とはそれをかいつまんで人々に分かりやすく概念化したマスコットである。

 彼女の言っている事はそういうことだった。

 彼女が嘆いているのは、その"文化いちぶ"の根底にある言葉がごそりと"普遍ぜんぶ"に属する統一言語へ挿げ替えられた事によって死にゆく"異質いぎ"の果てだった。


「統一言語の上に新たな文化が現れる時が来るのかもしれない。でも―――」

 それは私に向けて話しているのではない、ヴォネガット教授の独り言のようなものだった。

 自分でもそれに気づいたのか、彼女は少し笑みを浮かべた後、「柄にもないことをした」とでも言いたげな表情で持っていたメモ帳に何かを書き記していった。


「さてと、行こうか。次はあの國かな―――」


 広場から離れていくヴォネガット教授のポニーテールはいつもよりもその銀の輝きを失っているように見えた。きっと、それはこの曇天てんきのせいなんだろう。

 私はそういうことにしておいて、彼女の背中を追いかけた。

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