大いなる元凶

「あの塔が?」

「然り。あれこそが元凶よ」


 男はソレを忌まわしげに睨みつけながら言葉を連ねる。


「あの塔についての話は聞いたことはあるか」

「グロスに伝わる伽話なら・・・」

「ではアレがどんなものなのかも知っているだろう」

「多くの言葉を蒐集し、そして一つの言葉として造り替えるんですよね」

「如何にも」

「それで、その塔が何故元凶なんですか?ガルツは伽話の男のように言葉が通じないから対立が起きている訳ではないでしょう?」

「そうだ。だが、あの塔がもたらすのはだ。言葉は全てを咀嚼し、嚥下し、消化する機能を有する。そしてソレにより得た栄養いみが人に染み渡り身体を動かす力になる。思想も物語も言葉が集い、カタチになったものだ。つまり、そのカタチを得たものも、塔の管轄下にあると言える」

「でも、もしあの塔が原因なら今まで対立がなかったのは何故なんですか?」

「分からん。だが原因は塔のはずだ」

「はずだって言っても・・・」

「証拠ならある」


 そういって男は懐から古ぼけた一冊の本を取り出して、テーブルの上に広げた。

 挿絵にはあの塔が描かれている。

 男はページのある一点を指し示した。


 そこには、


 ――――――聳エ立チシ塔、不変ナレド永久ニ非ズ。


       不定ナル言葉紡グ一条ノ曙光、大地ノ果テニテ時ヲ待ツ。


       驕ル事ナカレ。惟ウ事ナカレ。


       夜ハ再ビ、大地ヲ覆ワン。


 とあった。


「不変なれど永久にあらず、夜は再び大地を覆わん・・・。確かに、いずれ塔には何かしらの異常が起きるみたいな事は書いてありますけど・・・」

「うむ」

「もしそうだとして、どうやって解決するんですこれ」

「神へ訴状を出す」

「はい?」

「訴えるのだ、神に」

「な、なるほど」


 なんというか、私にはついていけない話だった。神様がどうとか、塔の異変だとかは私にとってはグロスの伽話と同じようなもので、架空の話としか思えなかった。

 現に、グロスのそれは文字通り、ただの伽話だと人々は思っている。現実にそうであるなんて人間を私は生まれてこの方見たことがない。私にとっては今話している言葉なんてものも、塔の力で統一されたものが云々というより、ただ昔からそうだっただけとしか思えなかった。


 私が微妙な顔をしているのに気づいた男は注いだ水で喉を潤した。先程までの熱は冷め、前のめりになっていた姿勢が真っ直ぐに矯正された。


「失礼、少し話しすぎたようだ。ともかく、そのような考え方もあると思ってもらえればそれで構わない。もし何か関連の有りそうな情報があったら私に教えてくれないか。ここにまた来た時に」


 男はそう言って立ち上がり、金を置いて出ていこうとした。

 私はそれを慌てて呼び止める。


「すいません、そうはおっしゃってもまだ名前を教えてもらっていません!」

「む、そうだったか」


 男はゆっくりとこちらに振り向き、静かに頭を垂れた。


「私の名はザックィン。元カウン教団神父だ」

「やっぱり、教団の方だったんですね」

「そうだ。真王主義が台頭し始めてから私はすぐに退いたがね」


 ザックィンが苦笑交じりに言葉を呟いた。


「それで、私も君の名前を聞いても良いかね」

「えぇ、もちろんです。私はペトラといいます。グロスから来て、今はここで働かせてもらってます」

「ここまでは一人で?」

「途中までは。地上の森塊でアランさんに助けてもらって、そこから平原の途中でラクトさんの馬車に乗せてもらってここに来たんです」

「なるほど、そういう訳か」

「はい、そういう訳ですのでザックィンさんのお役に立てると思います。まだしばらくはここで働かせてもらうので」

「そうか、ありがとう。ではまた来る」


 ザックィンさんが店を立ち去った後、酒場から誰にもいなくなり皿洗いをしているとラクトさんが私の側に歩み寄ってきた。ほのかに柑橘系の香りがラクトさんから漂ってくる。今日のパイはオレンジを使ったものだったからだろう。一日中料理を作り続けていたラクトさんは疲労困憊のようだった。


「お疲れ様でした、ラクトさん」

「んーお疲れさまぁ・・・!いやぁ、さすがに疲れたねぇ」

「今日はいつもよりも少し多めでしたねぇ」

「そうだねぇ。店が繁盛するってのはありがたいけどね。んで、今日は面白い人いたかい?」

「面白い人っていうか、新しいお客さんならいましたね」

「新しい・・・、あぁそうか、あの神父サマがここに来るのはペトラちゃんが来てから初めてだったか」

「常連さんなんです?」

「いや、毎日のように来るわけじゃない。たまにふらっと来ては酒とフライを頼んで誰と何を話すわけでもなくぼーっとしてるだけだ」

「そうなんですか」

「このご時世だ。教団と関わりのある人間と話したいっていう人間はいないからねぇ」

「悪い人ではないんですけどね」

「そうさなぁ。塔について教えてくれたのもあの神父サマだったしねぇ」

「調べてるみたいですね、色々と」

「色々とあるみたいだからねぇ。良かったら協力してやってくれないか。なに、ここに来る人間の話に少し聞き耳立てるくらいでいいからさ」

「もちろんです!約束しましたから!」

「そうかい、そりゃ良かった。・・・あ~もう疲れた。今日はもう寝るから、ペトラちゃんもさっさと寝るんだよ」

「あーその前に私は・・・」

「あぁご飯か。大丈夫ちゃんと用意してあるよ。カウンターの方に置いてあるから食べといで。私はさくっと済ませちゃったからね」

「ありがとうございます!」

「それじゃ、おやすみ」

「はい!おやすみなさい!」


 夜が街を包み込む。

 今日が死に絶えてゆき、明日がやってくる。

 明日はどんな人がどんな話を携えてこの酒場にやってくるだろうか。

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