曙光見下ろす街、ガルツ

 雑踏に流されながら辿り着いた街の東に位置する大きなビールジョッキにスプーンがぶっ刺さっている看板が目印の酒場。

 日々多くの人が酒や料理、人や情報を求めて集うのがここ、『ハーモニー』。ラクトさんのお店だ。


 私はその店内の陽のあたる席でアランさんと一緒にラクトさんお手製パイを待っていた。


「楽しみだなぁ・・・お腹すいたなぁ・・・」

「朝から何も食ってないからなぁ。朝に何か簡単なもの食わせてから行けばよかったな、すまん」

「いえいえ、謝らなくても大丈夫ですから」

「そうかい。まぁ、ラクトさんのパイは絶品だ。その日によって中身は変わるがどれも上手い。これ目当てに一週間の仕事を頑張ってるやつもいるくらいだからな、期待していいぜ」


 確かに店内を見渡してみるとたくさんの人が笑顔で酒を飲み、パイを食べて世間話に花を咲かせていた。アランさんの言うとおり、ここは一日の終わりのご褒美を求めて色々な人が集まってきているようだ。


「そら、ペトラちゃん待たせたね!アタシ特製のピーチパイだ!おかわりも自由だよ!」

「やったーっ!」

「おう、うまそうだな」

「あんたの分もあるから少し待ってな」

「そらどうも。ペトラ先食べていいぞ。何も食ってねぇから腹減ってるだろ」

もむたんめまむもう食べてます

「みたいだな」


 苦笑いしながらアランさんはその巨体に見合う大きさのビールジョッキを握るやいなや、一気に口に傾けて喉を鳴らしながらそのほとんどを飲み干してしまった。


「あ゛ぁ゛うめぇ」


 元からもっさりと生えている髭に白い泡が乗っかっている。


「泡ついてますよ」

「気にするな、どうせまたつくしな」

「そうでふか」

「そういうお前さんも口元についてるぞ。その様子だと相当気に入ったらしいな?」

「はい!」


 こんがりと香ばしい匂いのするサクサクのパイ生地を崩すと中にはほどよく熱された桃がトロトロになって姿を現す。甘い香りが鼻孔をくすぐり、桃とパイ生地を共にスプーンに乗せて口に運ぶととろけるような口触りと程よい甘さが広がる。

 こんなに美味しいパイを食べたのは初めてだ。自分でも昔作った事があったが中々うまくいかず、パイ生地がなんだかぬちゃっとしていていた。2回目に作ったものは焼きあがった生地が白っぽくなっていて触った途端にボロボロと崩れていく有様だった。


「底もちょうど良い厚さで表面のサクサクに対してしっとりしてる・・・!」


 底は火がうまく通らないと生焼けでベチャッとなってしまう。また、火が通っても生地が膨らまずにギッチリカチカチの生地になってしまうこともあった。

 しかし、このピーチパイはラクトさんの手腕のなせる技か、厚みがありながらもしっとりとした食感になっていて、全体を通してふたつの違った食感が楽しめるようになっていた。


「美味しい・・・」

「良かったなラクトさん、ペトラすげぇ喜んでるぞ」

「本当かい!そりゃあ良かった!」

「感嘆の息を漏らしてるしな」

「ほんとおいしいですねこれ・・・」


 なんだかうっとりとしてしまう。加えてなんだか身体中の疲れが取れていくような気もする。甘味の威力は絶大だ。

 気づけばピーチパイは皿の上に跡形もなくなっていた。


「ラクトさん!おかわりいいですかっ」

「俺も酒おかわり」

「はいよー!」


 準備していたのかノータイムでテーブルの上に温かいピーチパイが差し出される。


「いただきます!」

「ほれ、酒も持ってきたよ」

「ありがとさん」


 こうして暫くの間、私とアランさんはラクトさんの料理に舌鼓をうち、旅の疲れを労っていた。


「ふぁ~、ごちそうさまでした」

「ごちそうさん、美味かったな」

「はい、とっても!」

「お粗末さま、お腹いっぱいになったようで何よりだよ」


 店内もピークを過ぎたのか先程よりも人の数はまばらになっていた。物音がしたのでカウンターの方を見るとラクトさんがカウンターからジョッキとグラスを持ってこちらに向かってきていた。


「さて、店も落ち着いてきたしペトラちゃん、この街について色々教えてあげようじゃないか」

「ほんとですか?でもお客さんまだいますけど・・・」

「あぁいいんさ別に。もう料理は出し終わってるからね」

「そうですか・・・」

「何でもいいよ?何か聞きたいことあるならじゃんじゃんいっとくれ」


 なら、やはりアレしかないだろう。

 この旅路においていつもその眼前に聳え立っていたあの塔。ここ、ガルツの街と人々の営みを見下ろす伽話の巨塔。


「あの大きい塔は一体どういう・・・」

「あぁ、アレね。アレはまぁなんだ、神様の置き土産みたいなもんだってアタシは聞いたな。ま、気づいたときには既にあったし、わざわざあんなとこに行く必要もないから殆どの人間はあそこに出かけることはないよ。物好きなやつが塔の天辺まで行ってやろうなんて息巻いて飛び出していった事もあったが結局途中で帰ってきちまったってのは聞いたことがあるが」

「聞いた?誰から?」

「アタシの母親の伽話、加えてこの街の神父サマだよ」

「こっちにも塔の話はあるんだ・・・」

「その言い分だと、グロスの方にも塔にまつわる話があるんだね?」

「えぇ、昔父から聞かされまし―――」

「ん、どうした?」


 おかしい。「父から」聞かされた?

 そんなはずはない。私の父は私が物心付く前に死んでいたはずだ。何故、私は父から聞かされたと言おうとしたのだろう。

 一瞬脳裏に見覚えのあるようで、見たことがないような風景が過る。でも、どこでソレを知ったのだろう?


「大丈夫か、ペトラ」

「えっ、あっ、大丈夫です」


 アランさんの声で現実に引き戻される。ラクトさんが少し不安そうな面持ちで私のことを見つめていた。


「すいません、少しぼーっとしちゃって」

「大丈夫かい?疲れてるのなら休んでからでも」

「いえ、大丈夫です。すいません心配かけてしまって。あの、この街の特徴みたいなものを教えてほしいんですけど」

「特徴ねぇ。んー、大陸最大の都市ってのもあるけど、何より王様がいるってのが他と違うかもね」

「王様?」

「そう、皆の上に立って皆のために色々仕事をする王様。最近は少し怪しいけどねぇ」

「怪しいというのは?」

「あぁ、それはな」


 ビールを飲み干したアランが口を開く。酒をかなり飲んでいるはずなのに顔が赤くなったり呂律が回らないなんて事になっていない辺り、かなり酒が強いようだ。


「この都市の中で、王を支持する人間と司祭を支持する人間で二分化が始まってるんだ」

「対立ですか」

「おう。元はそんなに表立って対立するなんてことはしてなかったんだが、ここ最近になって司祭が王に喧嘩を売りやがったんだ。王の考えは未熟で浅はかだとな。んで王はそれを買った。モノの考え方の違いってやつでな、司祭の訴えは戯言に過ぎないと言い放ったのさ」

「対立の理由はなんなんですか?」

「分からん。なんか王がどうたらこうたら言ってたが俺はよく知らんのよ」

「アタシもよく知らないなぁ」

「そうなんですか・・・」

私とアランが難しい顔をしているとラクトさんがため息をついた。


「そうやってると顔にシワが増えちまうよ。それよりも、ペトラちゃん、あんたこの街でどうするんだい?聞いたところだとただのさすらい旅ってわけでもなさそうだけど、ここからの行く宛はあるのかい?」

「あ、そのことで少しお願いがあるんですけど・・・」

「なんだい?またどっか行くってなら馬車を出してあげるけど」

「あぁ、いえ。その、この街に暫くの間身を落ち着けようと思いまして」

「ほんとかい!?そいつはいい!」

「それで、今の手持ちのお金だと住む場所も多分借りれないんです。なので、もしご迷惑でなければ、その・・・ここで働かせてくれませんか・・・?」


ラクトさんが口をぽっかりと開けている。こうしてみているととても表情豊かな人で楽しい。


「ここって・・、アタシの酒場かい!?」

「はい。駄目、でしょうか・・・?」

「そんなの良いに決まってるじゃないか!」

「本当ですか!?」

「本当だよ!いやぁ、ペトラちゃんみたいな子が働いてくれたらうちは大儲けさ!」

「え、いやそんな」

「そうだ、働いてくれるってならここの裏手にあるアタシの家に空いてる部屋がある。そこを使うと良い。金はいらないよ」

「えぇっ、良いんですか?」

「もちろん、キチッと働いてはもらうけどね?」

「ありがとうございますっ」

「良かったな、ペトラ」


こうして、私はしばらくガルツのラクトさんの酒場にお世話になることになった。

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