Part:Old -[Adventure]

私、旅に出ます

この物語に語りだしはない。


 後の人はこう言ってからこの長い物語を話し始めるだろう。


 ―――伝承に曰く、と。


 遠い、青い空に突き刺さるように高い塔が聳え立っている。広大な大地の景色を妨げるものはなく、世界の果てまで一望出来る。ここからずっと歩いた先、暗い森を抜け、草原を超えた先に私の目指す街がある。ちょうど、あの塔と同じ方向だ。


「ふぅ・・・。ここまでだいぶ時間がかかったわね・・・」


 私の故郷から出立して既に六回の朝が訪れた。道中で狩りをしていたものの、残りの食料もだんだん心許ない量になっていた。

 途中、旅の行商人に出会い道を教えてもらったのだが、連日の大雨による影響で橋が流されてしまっていたのだ。三日間でつくはずだったのが大きく迂回する羽目になり、結局もう六日も経ってしまった。一人旅なので話をする相手もいなくて少し寂しい気持ちになってきた。

 かといって通りすがりの人に気軽に話しかけられるほど明るい性格というわけでもないから一人でのそりのそりと歩いていくしかないのだけれども。


「頑張れ、ペトラ!私ならやれる!」


寂しさを紛らわせる為に自分を鼓舞してみたものの、余計に寂しくなるのに加えて恥ずかしさが襲ってきた。多分他の人に見られてたらかわいそうな子扱いされてただろうなぁ・・・


そうこうしているうちに、前方に深い闇が見え始めた。


 「ここが地上の森塊しんかい・・・」


灰染はいぞめの森通るもの、そのことごとくを飲み込まん―――


私の故郷ではそういった言い伝えがある。

なんでもその森の木々は他の森とは段違いに密生しており、真昼時でさえも陽の光が届かぬことから、「地上の森塊深海」と名付けられている。その名の通り、この森は一つの塊と化しており、その下を通り過ぎるのには用意周到に準備をしなければならない。


「よし・・・」


背負ったリュークから手のひらサイズの紙箱を取り出す。紙箱の片側には細かい砂を焼いたものが塗りつけられており、少しザラザラしている。箱の中には木片の先に火薬を固めてつけたのものが入っており、そのつくしのように膨れた頭をザラザラの部分に擦りつけることで火がつく・・・らしいのだが、如何せんこれも人からもらったものなので私は一度も使ったことがない。

とりあえず、言われたとおりに擦り付けてみる。


「あれっ、あれっ?」


何回擦りつけてみても火がつかない。これであってるはずなんだけど・・・


「こうかっ・・・!こうでしょっ・・・!」


ペンで字を書く要領で箱に擦りつけているのだがどうにも火がつかない。木片の先を触ってみると少しだけ熱くなっている。やり方はあっているのだろうか。


「んー・・・。もうちょっと思い切ってやってみるかな」


なぞるのではなく、こう、掠める感じならどうだろうか。

削れてしまった木片を新しいものに取り替えて、いざ。


「そりゃっ・・・!わっ、わっ!」


思い切り箱に擦りつけた木片の先から確かな熱を感じた。見ると、そこには小さいが確かに火が灯っていた。


「なるほど、このくらいの勢いじゃないと火がつかないのか」


用意しておいた松明に火を移す。これがなければこの森を抜けるのは難しいだろう。


「くらいなぁ・・・」


松明を周囲にかざしてみるものの、ほんの数歩先までしか照らされない。そのせいか余計に怖い気がする。


「よし、行くぞぉ・・・」


決心して闇に身を投じる。

目指すはこの森の先、この大陸の中心に存在する最大にして原初の街、ガルツだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る