紊る言葉

「どうでしょうか・・・」

「うん、良いんじゃないかな。問題ないよ、そのまま教えてあげてね」

「はい!」


 とりあえず、好き勝手に勉強の仕方を教えていく訳にはいかないので塾長に確認してもらい、GOサインをもらった。

 しかし、マズいなぁ・・・。最近不摂生していたのが悪いのか、口内炎が出来てしまったようで、喋ると結構痛い。

 私が顔をしかめて頬をさすっていると余程ひどい顔をしていたらしく、先輩講師が心配してくれた。


「大丈夫?虫歯?」

「い、いえ。口内炎が変なとこに出来ちゃって・・・。喋るといひゃいんです・・・」

「あれま。喋ると痛いってのは講師として致命的だなぁ。薬とか塗って、生活リズムもろもろ整えたほうがいいよ?」

「はい・・・」


 うーむ、気が緩んでいたなぁ。ジュース飲みすぎたかなぁ。


「しかしそうかぁ口内炎かぁ。だからさっき少し聞き取りづらかったのかね?」

「うぇ・・・聞き取りづらかったですか・・・?」

「うん?まぁちょっとだよちょっと。節々でちょっとわからないところがあるくらいだから大丈夫だよ」

「そうですか・・・」


 口内炎のせいで聞き取りづらくなっているとなるというのは講師としてはホントにマズいのでは・・・?


「ま、今日はもう終わりだし。早めに寝なさいな」

「はい、そうします・・・」


 塾から出て、電車で家へ向かう。帰ったら薬を塗ってすぐに寝よう。うん。そうすればすぐに治るだろう。


「痛い・・・。うぅ・・・、そんなすぐには治らないよね・・・」


 朝起きて口をパクパクさせてみたがやはりまだ痛かった。昨日よりは痛みは引いているから喋るのには問題なさそうだが。今日もバイトがあるし、準備したらすぐに出かけよう。午前には大学の図書館で少し課題をやらなければ。


「さてと少し遅れちゃったか」

 塾に着いてすぐにロッカーで着替えを済ませる。定刻より少し遅れているので塾長から「急いで」のハンドサインが私に送られる。

 今日は年表を作った彼と大まかに復習する日だ。来週の水曜日にはテストがある。ここから中身を詰めていかなければ。

 既に生徒に付き添っている他の講師たちに軽く会釈をしながら教室奥の席に向かう。通路にはリュックの紐がはみ出している。もうすでに来ているようだ。


「こんにちは。遅れちゃってごめんね、今日も頑張っていこうか」

「え、あ、先生。こんにちは」


 少しきょとんとした顔を浮かべている。もしかして間違えたかな?


「あれ、今日は私が教える日だよね」

「あ、あぁはい。今日は年表を見返して復習するんですよね」

「だよね。びっくりした、間違えたかと思った。じゃあさっそく始めるよー。」

「はい・・・?」


 なんだろう、イマイチ反応がはっきりしない。しばらく思案した後、その原因が自分であることを思い出した。


「あぁ、ごめんね。先生口内炎出来ちゃって。少し喋りづらいから聞き取りづらくなっちゃうかもしれないから、何言ってたかわからないときは言ってね」

「あぁ、そうなんですね。分かりました」


 まだ少し腑に落ちないような様子ではあるがこればかりはどうしようもない。どうしようもないけど講師をやっているからにはちゃんと伝わるように頑張って話さなくては。


「さて気を取り直して、と。まずはこの人物の名前とその出来事の年号、中身を紐付けるよー」


 45分が経過したところで少し休憩を取ることにした。いや取らざるを得なかった。

 教えていくにつれて、彼が聞き取れなくなることが増えていった。

 休憩を取った後もそれが続いた。私は胸騒ぎを覚えていた。なんというか、これは本当に口内炎のせいなんだろうか。これは、これはまるで―――


「すいません、先生」


 彼の申し訳なさそうに曇った顔がこちらに向けられる。


「な、なに・・・?」


 言おうか言うまいか悩んでいる風に、口をパクパクさせている。


「先生が、そのなんというか―――」


 そして、決心したのかこちらをはっきりと見据えて彼はこう言った。


「―――佳奈先生が何を話しているのか全く分かりません」

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