ケーキせんそう

「あー、眠い」


 晩御飯を食べて、お風呂も入って自分の部屋に篭る。スマートフォンでSNSを適当に見ていたがだんだん眠くなってきた。スマートフォンを机の上に放おってベッドに寝転がる。目を瞑り、今日あったことを思い返す。

 今日の英語の授業のこと。昼食のこと。ファミレスでの佳奈と話したこと。印象に残っているのはそれくらいだった。


「もう高校3年生かぁ・・・」


 光陰矢の如しとはまさにこの事か。ついこの前に中学生になったと思えばもうこんな年に。

 小学校の時って、一体何をしてたっけ、私。眠りに落ちる前に少し思い返してみるのも良いかもしれない。


 私の学校では年々多国籍の子供の受け入れ数が多くなって、私の時には四分の一は外国人だった。と言っても日本で誕生した子も多いので特にコミュニケーションに困った事は無かった。


 「私、富田佳奈っていうの、よろしくね、御陵さん」

「こっちこそよろしくね。あと、由加でいいから」


 私が佳奈と出会ったのは小学校三年生のクラス替えの時。私と佳奈はたまたま席が隣同士になりそこから友達付き合いが始まった。


「由加ちゃ~ん、一緒に学校行こう?」

「由加ちゃ~ん、一緒に昼休み遊ぼう?」

「由加ちゃ~ん、一緒に帰ろう?」

 

 佳奈の熱い由加ちゃんコールに、当初は少し戸惑っていた。まさかこんなにも自分に懐いてくる子だとは初め思わなかったのだ。

最初に佳奈を見た時、私は「あ、頭良さそう」と直感した。眼鏡をかけたその奥の瞳は青く爛々と輝き、物静かな雰囲気で、周りの子よりも少し大人びた感じ。

実際、テストの点数はいつも良かったし。そんな子が、隣同士になってから、ちょこちょこと子犬のようについて回るなんとも可愛い感じに豹変したのだ。なんだか分からないけど、私は少し、自分がおねえさんになったみたいでちょっと嬉しかった事を覚えている。


 授業間休みにはこんな話もしたっけ。


「由加ちゃんって普段何してるの?」

「え?うーん、テレビ見るとか?」

「テレビ面白いよねー!あ、そうだ!この前数字占いの番組やっててね、私がやったらすごい当たっててびっくりしたの!由加ちゃんもちょっとやってみない?」


 尻尾が生えていたらきっとすごい勢いで振り回しているだろう期待に満ちた目を向けてくる佳奈。


「面白そうだね。どうやってやるの?」

「んとね、ここに数字を書いていって・・・」


 机の上に広げた自由帳に数字を書き連ねていく佳奈。せっせ、せっせと準備をする姿がなんとも小動物っぽい。


「はい、出来た!この中から好きな数字選んで」


 自由帳にはバラバラの数字が9つほど書かれていた。私はなんとなく、目に入った数字を答えた。


「2」

「2ね、じゃあこれから私の聞くことを答えてね」

「はーい」


 そこから自分の誕生日だったり、好きな色だったり、好きな動物なんかを聞かれた。全ての質問に答えた後、なんだか妙に真剣な顔つきで眺めていた淡い緑色の手帳から顔を上げた由加。


「ん、ずばり分かりました・・・。由加ちゃんは・・・」

「・・・」


 自分を占われるって結構気恥ずかしいような、どんなことが聞けるか楽しみで仕方がないような気がして、なんとなく姿勢を正してしまう。


「由加ちゃんは”。意外とよくぶかいタイプ”ですね」

「よくぶか・・・!?」

「よくばりなのよ、由加ちゃん。あなたは甘えん坊で、量が多いものを選びがちなんじゃないですか・・・」

「は、はい・・・そうです・・・」

「当たってますか・・・」

「当たってるけど・・・。佳奈ちゃん、何か喋り方変だよ・・・?」

「テレビに出てた人の真似です・・・」

「そ、そうなのね・・・」


 青い瞳を細めてこしょこしょと喋る佳奈からは確かに謎のオーラが発せられていた。形から入るタイプなんだろう。たぶん。


「プリン5個入りとか好きでしょう、あなた・・・」

「あ、はい、そうです・・・」

「ピリキュアのお母さんとか、好きだったんじゃないんですか・・・」

「はい・・・」

「良いですよね・・・」

「はい・・・」


 なんとなく口調がつられてしまう。傍から見たらこの二人はなぜ目を細めてこしょこしょと話しているのか不思議で仕方がないだろう。


 そんなこんなで好きなアーティストだったり、漫画だったりの色んな趣味趣向に関する話をした。お互いの好きなものを共有することはとても楽しかったし、より仲良くなっていっている気がしてとても嬉しかった。

 だが、ある一点において、私達は相容れなかった。ここまで築き上げてきた友情を超える譲れないものがあったのだ。

 

 その日は特にすることもなく、曇り空で薄暗い教室で、放課後まで二人で話し込んでいた。最近面白かった漫画。気に入った音楽。勉強の愚痴云々。

 曇り空からぽつりぽつりと雨が降り出した頃、話題は移り変わり、好きなデザートの話になった。


「佳奈はケーキの中で何が一番好き?」


 何となく聞いてみたその一言。佳奈は迷う素振りも見せずに

「レアチーズケーキね」

 と答えた。


「えー!ベイクドじゃなくてー!?」

 

 衝撃。お母さんがよくベイクドチーズケーキを作ってくれていた私は、その時までチーズケーキといえばベイクドチーズケーキだと思っていたのだ。

 王道。食べごたえがあり、焼きたてのふわふわの食感を楽しむのも良し、時間をおいてしっとりとして濃厚な味わいを楽しむのも良し。一つのケーキで二種類の味わい方を楽しめるのだ。

 これが中学生、高校生あたりならグッとこらえて「あー、それもいいよねー!」なんて相槌を打つことも出来ただろうが、当時は小学生。私は友軍から現れた思わぬ敵対者に攻撃を仕掛けてしまった。


「レアチーズケーキよりもベイクドチーズケーキの方が"絶対"美味しいよ!」

 

 絶対。小学生がよく使う「最強」とか「一番」とかと同類の、そういう「自分」が何にも揺るがぬ強固たるものであると他人に知らしめる宣言。

 当然小学生の時にそんなことを考えて言っている子はいないだろう。彼らがそういった言葉を使うのは単に、物理的にも精神的にもまだ未熟な体で精一杯見渡せる限りの友人たちへ「自分はこんなにソレが大好きなんだ!愛してる!」だということを、自分の思いを伝えるため。

 その精一杯の「好きなもの」を伝える言葉は、相手にその意味を理解させるにはまだ幼い。だから佳奈も私の発言に何となく苛立ちを感じたのだろう。ちょっとムッとした顔をして

「そんなことないよ!レアチーズケーキの方が美味しいもん!」

 と応戦。


「なっ・・・!?」

 誰だって、自分の好きなものに文句を言われたら良い気はしない。私も佳奈の一言にカチーンと来てしまった。


「レアチーズケーキはしっとりしてないじゃん!」

「レアチーズケーキはなめらかな感じがいいの!ベイクドチーズケーキはなんか途中で飽きるの!」

「飽きないよ!」

「絶対飽きるし!ていうか、レアチーズケーキの方が作るの簡単だし!」

「ベイクドチーズケーキの方が焼くだけだから簡単だもん!」

 

 今思い返してみれば何故チーズケーキの種類でここまで白熱しているか分からないが、当時の私たちは多分、自分の好きなケーキを否定されることは我慢ならなかったのだろう。

 果てのない議論はこのあと、雨が本降りになっても続いた。


「何が何でも!どう見ても!誰もがみんな!ベイクドチーズケーキの方が美味しいって言うよ!」

「そんなことはないもん!レアチーズケーキこそがケーキの中で一番美味しいよ!」


 他のケーキをも巻き込んだ大規模論争。いや、話って広がるものですね。


「これは戦争ね」

「戦争だわ」

「"ばいお"が大変で"ひさん"なことになっちゃう戦争よ!覚悟しなさい!」

「そっちこそ!合ってるのはこっちの方なんだから!」


 当時のニュースで聞いたことのある意味のわかっていない単語を並べ連ねる両者。

 この「ケーキ戦争」は3日間に渡って繰り広げられ、最終的にはそれを見かねた先生の「どっちもおいしいっていう結論にしよう?」という提案の元、二人して半ば不服そうな顔をしてはいたが一応は終戦に至った。

 

 それからは何となく二人して少し成長したのか、相手の好きなものを否定するような真似をすることが少なくなった。

 何かを好きであることは、別に悪いことではないはずなのに、どうしてこうも争いになってしまうことがあるのだろうか。

 そんな漠然とした疑問が浮かび上がっては消え、うとうととしていた私はいつの間にかぐっすりと深い眠りについていた。

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