Part:Neutral
今日も今日とて
5時を報せるチャイムが鳴り響く、昨日より少し涼しい風が吹く夕暮れに染まる街。金曜日の放課後、私達は通学路の途中にあるファミレスに立ち寄った。
店内にはそこそこの数の客が入っているようで、あちらこちらから多様な話が飛び交っている。外国人も多数いるようだが、グローバル化の進むこの時代、特に珍しいという訳でもない。
佳奈の座っている席の右後方ではモジャモジャの髭を蓄えた黒人男性二人が何やら真剣な顔つきで話し合っているが、会話の節々の単語しか聴き取れず、何を言っているかまではわからなかった。
そんなことは露知らず、薄いメニューをオモテ、ウラと忙しなくひっくり返している佳奈が質問してきた。
「週末どうしよっか?どっか行きたい所とかある?」
「んー、特に無いなぁ。それに正直なところ、あまりお金使いたくないんだよね―」
「あれ、由加のバイトしてるとこって15日締めでしょ?そろそろバイト代入ってくる頃合いじゃないの?」
お眼鏡に叶うデザートが見つかったらしく、佳奈は少し、青い瞳を見開いた後に満足そうな面持ちで、メニューをこちらに突き出してきた。差し出してきた佳奈の細い腕に夕陽があたり、白い肌を橙色に染め上げている。
「ありがと。バイト代は入ってきてるんだけどさ、こう、なんか自分の口座の預金残高が減っていくのってなんか嫌じゃない?」
「そういうの守銭奴って言うのよ・・・」
「いいじゃん別にー・・・」
私はメニューに目を通しながら、今自分がもっとも食べたいであろうデザートを思索する。
くるりくるりとメニューをひっくり返す私を見ながら佳奈は
「まぁ確かに私達はそんなに出掛けるのが好きって訳でもないしねぇ・・・」
とぼやく。
「近くに遊べるようなところなんて無いし、遠出する気力もないよ」
出掛けること自体は嫌いではないのだが行くのが面倒くさい。そんな女子高生がいても別に問題はないでしょう、多様性の時代なのだから。
「よし、決まった」
「じゃあ呼ぶよ」
テーブルに設置されているスイッチを押してから程なくして、引き締まった丸顔の男性店員が注文を取りに来た。
「オーダーをお伺いします」
「えっと、私はこの、黒糖ゼリーと抹茶アイスをひとつ」
「黒糖ゼリーと抹茶アイスをおひとつ」
「私はこのチョコバナナとマスカルポーネのパンケーキをひとつで。あ、あとドリンクバーを二つで」
「かしこまりました。ではご注文を確認させて頂きます―――」
店員が注文を確認し、厨房へと向かっていったあと。
眼鏡の位置を直しながら佳奈が言う。
「由加ってほんとカロリーとか気にしないよね」
「モチのロン。食べたい時に食べたいものを食べてこその人生ぞ」
「清々しいわね・・・」
「昔からそうでしょ」
「まぁ、そうなんだけどね。年頃の女子としてはそこら辺一応気にしておいたほうがいいんじゃないかなって思っただけ」
私はグラスに沈む夕陽色のオレンジジュースを飲み下す。
私は昔からそういった事を気にせずに自分の食べたいモノを食べてきた。別にそれで死んじゃうわけでもないし、そのほうが美味しいし。
無論、体重が増えたり、ニキビが出来たりはするけどそこらへんは女子力の見せ所。体調を整える、健康を維持することに関しては昔から得意だった。
というより、そうしないと体が弱い私はすぐに寝込んでしまうのだ。健康管理に関しては、長年培ってきた自分の体験を元にある程度マニュアル化されている。ただ単に夜更かしをあまりしないとか、疲れを溜めないとか、そんな誰もが気をつけるようなことを人より少し慎重に注意するくらいのことだけど。
「お待たせしましたー」
暫くして、マニュアル通りのセリフを口にしながら店員さんがデザートをテーブルに運んできた。
「おいしそ~」
「いただきまーす」
待ち侘びた糖分を口にする。
「うむ、うまい」
デザートを頼む時にはやはり自分の直感に従うに限る。いつも同じものを頼むのも一つの手だが、私はコロンブス気質。どんどん新しいデザートを開拓していきたいのだ。チョコバナナの程よい甘さと口溶けの良さ。マスカルポーネの乗ったパンケーキもふわふわだ。
私が甘味に舌鼓を打っていると、佳奈が黒糖ゼリーをぷるぷる突きながらメニュースタンドの方に目を向けていた。
「なんかあった?」
佳奈の視線の先に目を向けてみるとそこには「30秒で数字占い! あなたの運勢を占っちゃいます☆」なんてキャッチコピーと、装飾過多のデザインの広告紙が、たくさんのご馳走の写真たちの中に紛れ込んでいた。華美な装飾もここまで所狭しと並べられては過美でしかない。
「相変わらずそういうの好きだねぇ。よくあるやつでしょ、それ」
「まぁ、そうなんだけどさ。なんか気になるじゃん」
「昔からそういうの好きだったよね」
「んー、そうかな?あ、この中から好きな数字選んでみてよ」
手に取った佳奈がこちらに紙片を突き出してきた。私はその中に瞬時にその数字があるのを認めるや否や即答する。
「2」
「やっぱりねー。一応聞いてはみるけど毎回2を選ぶよね、由加」
「んふ」
「小学校くらいからずっとその答えだからなぁ」
「んむ、んむむ」
口いっぱいの幸せを噛み締めながら反応してみせる。別に私は「2」という数字に特別な思い入れがあるわけでもない。ただなんとなく好きなだけだ。
初志貫徹、ではないけど自分の意見を貫き通すのは良いことなのではないでしょうか。特に、趣味趣向に関しては。自分の好きなものは人生においてのオアシス的存在であるのは万人の共通認識だろう。砂漠のオアシスは動かない。いや、干乾びちゃったりすることはあるかもだけど。
そういうことを先の発言に込めてみたんだけど如何でしょうか。
「んむ。んー、んー?」
「何言ってるかわからないけど何を言おうとしているはわかった。どうせ自分の好きなものをを貫き通すのは良いことだとか言いたいんでしょ?」
さすがは親友。ここまで絆を築けば独自の言語で会話をすることも可能なのだ。
「小学校の時にあそこまで好みの問題で喧嘩すれば嫌でもわかるようになるわよ」
「確かに。あの議論は実に白熱したものでした」
「他人事みたいな言い方だけどあなた当事者でしょ・・・」
「如何にも。あの"ケーキせんそう"は私も当事者ですとも。というより私から仕掛けたようなものだったよね」
「まったく・・・。あー、いやだ」
「何が?」
佳奈が途中まで呆れた様な笑みを浮かべていたのだが途端に苦虫を噛み潰したような顔になった。
「いやさ、今急に脳裏に進路のことが思い浮かんじゃって」
「あー・・・」
最近の私達の悩みのタネにして人生で大きな分岐点。高校3年生の私達には否が応でも選択しなければならないものだ。楽しいことをして忘れようとしてもソイツはふと現実が入り込めそうな時間を見つけるとすぐに私達「受験生」を脅かしてくる。
早く選ばないと大変だよ?
本当にそれでいいの?
あなたのやりたいことなの?
恐らく、今隣のテーブルでパソコンと向き合っている草臥れたおじさんも、子供連れで買い物帰りに楽しくお茶会をしているあの主婦たちもが向き合ってきた、人生においての選択。
このファミレスの喧騒は、これまで色々な事に悩んできた大人たちの「ここまでやってこれた」という安堵の声と、今悩みに悩んでいる若者の「どうしたらいいんだろう」という苦悩の溜息によって構成された人生交響曲だ。
無論、私も佳奈も後者に属している。佳奈は大学への進学を決めてはいるが本当に自分のやりたいことなのかが不安で仕方がないようで、今も自分の悩みをその中に溶かし込もうとしているかのように、目の前のリンゴジュースをストローでぐるぐるかき混ぜている。
私はといえば、幼い頃からの夢に向かって努力はしているのだが、本当に自分はこの道を歩み続けられるのかといった具合。こんな時に神様っぽい人が現れて、「それで大丈夫っすよ」みたいなことを言ってくれるか「こっちのがいいよ」とか指示してくれたら楽なのに、とか思ってしまう。
自分の意見を貫くっていうのは、余りある「自由」を放り出して、ただひとつのものを選ぶということだと私は思っている。私達はあまりにも数字の魔術に弱すぎる。
そして私は自分が追いかけるただひとつの夢の周りを通り過ぎていく、星の数ほどある「自由」に目移りしてしまう。
即断即決出来るのはせいぜい自分の好き嫌いくらいのもの。今まではそれでもよかったのに、私たちは「大人」に一歩ずつ近づいていくにつれてより規模の大きな「好き嫌い」の決断を求められる。
「はぁ・・・」
「まぁ気ばかり焦っても仕方ないし、ゆっくりしっかりやれば大丈夫・・・だよ、多分」
「うんうん、そうだそうだ、そういうことにしておこう」
その方が気を楽に出来る。
リンゴジュースを飲み干す佳奈。佳奈も受験生特有の気分のゆらぎに踏ん切りをつけたようで、先程までの辛気臭い顔は何処かへ消え失せていた。
「それじゃーねー」
「またねー」
私たちは結局、この週末はそれぞれ好きなように過ごすということになった。
ファミレスで佳奈と別れ、帰路に着く。
沈みゆく夕陽に、アスファルトの道路をじりじりと塗りつぶす私と、街の影。
交差点で立ち止まった折、スマートフォンにニュースアプリの通知が来ていたので確認する。
天気予報に、芸能人の熱愛報道、電車に飛び込んだ会社員に空前絶後の大ヒットアニメ映画。色とりどりの見出しによりどりみどりの世間事情。当然すべてを交差点の信号が青になるまでに読みきれるはずもないので適当に流し読みする。
よくもまあこれだけのコトが短期間に起こるものだ。そんな適当な感想を心の中で呟きながら、青に変わった横断歩道を渡っていく。
小学校を背景に橙色に染まる電柱の側には、シオンとゼラニウムの花束と、ヤングドーナツやサイダーなどが道標のように供えられていた。
昔この場所で交通事故があったのだろう。いつもこのくらいの時期になると供えられている。
日常に紛れ込む事故現場。それを横目に家へと向かう。その花束が示していたのは知らない誰かの不幸と、遺族の悲壮な思いと、道行く誰もが無関心な他人の死だった。
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