42/ 死の剣は誰の首に 4

 大広間では、研究室へ差し入れに行ったシャノの代わりに、ジャックと首なし騎士がフリルドレス姿の怯えた中年男性を宥めていた。涙をにじませたイルフェンの横で、ジャックはうんざりとした様子でテーブルのクッキーをつまんだ。


「それ、何でフリルなんだ?」


 ジャックの素朴な疑問がイルフェンに緊張の限界を突破させた。イルフェンは病的に興奮し、叫んだ。


「そんなの、馬鹿かあんたは! 当たり前だろ、これは職人たちが一生懸命に作ってくれた服だ、優しさと温かみがこめられてるんだ! だからつらい時も俺を包み込んでくれるんだよ! わかるかっ!」


 怒鳴りつけている間に恐怖が込み上げてきたのか、イルフェンは再び泣き始めた。


「お前さあ、そろそろ腹を括れよ?」


 赤毛の男に冷ややかな視線を送られ、イルフェンは鼻水を啜った。可憐なフリルがフルフルと震えた。


「や、やろうとは、してるっ! でも、無理だろ……! 大体さあ!」


 イルフェンは自分の両側に座る二人を見た。大柄な体格をずしりとソファに沈めたジャック。片や、首の上でめらめらと炎を燃やしている男。


「お前ら二人がそもそも、おっかないんだよ! 一人はデカくて、堅気には見えない! もう一人は首のない怪物だろ!」


 ぶるぶると震えるイルフェンだが、しかしソファから逃げ出しはしない。一人になる方が恐ろしいためだ。ジャックは嘆息し、それからイルフェンに顔を近づけた。


「おいおい、忠告しておくけどさあ、


 怯えたイルフェンがのけ反り、ソファに背を沈める。冷たい声で、赤毛の男が囁いた。


「そうやって不用意なこと言いふらすと――死にやすくなるぜ?」

「ひいっ……!!」

「あまりからかわないであげてね、ジャックさん」


 向かいのソファからやんわりと声を掛けたアンリエッタに、イルフェンが視線だけで縋る。体はびたいちとも動かせない。


「あ、アンリエッタ、君が傍にいてくれっ」


 か細い悲鳴を向けられたアンリエッタは、まあ、と同情的に呟いてナッツのクッキーをつまんだ。


「でもその方たち、今屋敷にいる中でも一番頼りになる二人ですわよ? 彼らの傍にいるのが、最も安心できるかと」


 イルフェンは押し黙った。暫し熟考し、それから涙の痕が残る顔を明るく輝かせた。


「なるほど……! よろしく頼むよ、ミスター・ジャック! ミスター・怪物!」

「調子のいい奴。たしかに敏腕経営者らしい性格だよ」


 ジャックは呆れたが、イルフェンが大人しくなるなら文句はなかった。アンリエッタが扉に目をやった。研究室がある方に向けて。


「……スラーたち、うまくいっているかしら」


 案ずるアンリエッタに、すっかり気を取り直したイルフェンが自信に満ちた声で答えた。


「当然、私が財産を注いで作った研究室を、スラー・セジウィークが使うんだ。必ず成功する。失敗なんてありえない」


 そこには成功した資産家らしい、自信に満ちた確信があった。


「そうね、ええ。間違いないわ」


 アンリエッタが微笑んだ――その時だった。何かが切断される音と共に、大広間が暗闇に包まれた。


「な、なんだっ!? 停電か!?」


 イルフェンが叫んだ。央の大きなシャンデリアも、棚の小さなランプも何一つ、明かりがついていない。先の見えない暗闇の中、ただ一つ揺れる首のない男の黄炎を頼りに、四人は近くに集まる。


「……架線のトラブルか?」


 もう一つの可能性を念慮しながらも、ジャックは尋ねた。だが、アンリエッタはそれを否定する。窓を見れば、広大な庭の向こうには明かりがついているのが見えた。


「いいえ――違うわ。誰かがこの家の電気だけを絶ったのよ」


 ◆  ◆  ◆


「サーシャ、それは……」


 スラーが問いかけようとした時だった。天井の明かりが消え、廊下が突如暗闇に包まれた。暗転の数秒後、緊急用照明だけが浮かび上がる。


「なに……?」

「事故……ですかね」

「まさか、このタイミングだよ?」


 サーシャの言う通り、追い詰められた彼らにとってこの状況はいかにも仕組まれたものに思えた。スラーは暗い廊下を見渡し、あることに気付いた。


「……妙だな。予備電源が動いていない」

「予備電源?」


 シャノの疑問に、スラーは頷いた。


「この屋敷には有事に備えて、予備電源が二つある。だが――今点いているのは小さな緊急用照明だけだ。あれは照明一つ一つに独立した電源が組み込まれている……つまり予備電源が両方とも尽きた時の、最後の照明だ」

「つまり……誰かが意図的にこの家の電気を切り、予備電源も止めている?」


 その時、彼らの背後の絵画がゆっくりと動いた。研究室の扉を隠すそれは、もしもの時のために、手動開閉機構も備えていた。音を立てて隠し扉が開くと、回転レバーを前に、息をつくグリフィンが居た。


「シャノン、スラー。暗くて見えないが……そこにいるか?」

「ああ、三人ともいる」

「こちらで突然、演算機コンピューターの電源が落ちたのだが――これは……」


 見渡す限り真っ暗な廊下を見て、グリフィンは理解する。


「どうやら、研究室だけのことではないようだな」

「……まずいな。グリフィン、秘術<フィア>の設計図は?」

「最後のチェックを行っている所だった。だがこれでは……製造機械を動かせん」


 いくら高性能な機材を揃えていても、電気がなければ動かせない。

 屋敷中、どこにも電気が通っていないこの状況では――対抗策であるフィアを精製することは出来ない。今にも、ネクロクロウが追ってきているかも知れないというのに。スラーはじわりと手の平に汗が滲むのを感じた。


「――誰かが予備電源を動かさねば」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る