間話/ かつての雨

 ざあざあと、雨が振っていた。

 その日は一日中雨天で、空気は気怠い重みを抱えていた。


 冷え切った路上の上、水溜りで蹲る若者が居る。


「このッ、生意気な! ぶつかって謝りもしねえのかァ!? 何だその目は、オレをバカにしてやがるのか!?」


 男は酷く酔っており、この大雨でも頬が紅潮しているのが見て取れた。男が蹴りを入れる度に、若者は空気を吐き出し、苦しげに呻く。


「――おい、よせ」


 声がした。現れた第三者は男を殴りつけた。酔った男は驚き、水溜りで蹈鞴を踏む。

 殴ったのは、恰幅の良い男だった。やや肥満体型だが、それでもそれが修練により、鍛えられた体であることは明らかだった。


「なんだあ、テメエ!」

「警察だよ。ガキに絡むんじゃねえよ。酔いを冷ましてこい」


 酔漢といえど、流石に警察に歯向かうほど無謀ではなく、男は舌打ちして立ち去った。

 すみません、とか細い声で若者は呟いた。


「おい、大丈夫か御前――……相当、酷いことがあったツラしてんな」


 顔を上げた若者の表情は酷いものだった。殴打の痕だけではない。印象的な薄い灰色の目は、膿み疲れ、自責に満ちていた。


「大丈夫です、お世話になりました」


 若者は頭を下げ、立ち去ろうとした。それを警官は止めた。


「どう見ても大丈夫じゃねえだろ。ちょっと来い」


 警官は若者の腕を掴み、歩き出す。若者は抵抗しようとしたが、その力強さに諦めた。

 若者は項垂れ、押し黙ったまま、警官の後をついていった。

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