17/ 過ぎ去りし者の病棟 3
大いなる力。人智及ばぬ偉大なるフィアの緑光が収束し――輝いた。
フィアの力を込めた弾丸が、ネクロクロウの銀の仮面に炸裂した。
「――――ッ、ぐ、、くそ……が……!」
確かにフィア弾はネクロクロウの頭部に着弾した。だが――ネクロクロウは無事だった。いや、正確にはそうではない。女の仮面は確かに攻撃を食らい、半壊していた。しかし、攻撃の威力よりも仮面の防御が勝った。壊れた仮面の隙間から、女の顔が見えた。
「――ッ、ハア……、ハア……!!」
シャノは膝に力を込め立ち上がる。視界を黄金の光がちらついた。ネクロクロウの心臓部へ集うように黄金の輝きが舞う。頭を振り、その視界を打ち払う。そして目の前の女を見据えた。
仮面を破壊された衝撃で血に塗れたその表情は――憎しみに満ちていた。憤怒で歪んだ黒い目が、食い殺さんばかりの意思でシャノを睨みつけた。
「この、ゴミが!! よくも!!」
血を零し、怒りを噴き上げ、ネクロクロウが吠えた。
「弱い奴が! 無力な奴が! 自分の持つ価値相応に、大人しくしていれば生かして返してやったものを!!」
「がっ、ぐ……!!」
ネクロクロウの金属の手甲が容赦なくシャノを打ち付ける。重い拳が幾度も生身の体に入る。激情による拳は激しく、反撃の隙を見せない。シャノに出来ることは意識を落とさぬように耐えることのみ。
「……、っ、あと一秒……あと一秒耐えれば……」
何かが変わるかもしれない。隙が生まれるかもしれない。誰かが現れるかもしれない。
――けれど、何も起こりはしない。誰も現れはしない。響くのはネクロクロウが殴る音だけだ。
――何も変わらない、永遠の一秒先を待ち続ける。
「何も変わるものか! 貴様のような奴に、先を変える力などない! 死ね! 下らないゴミが!!」
ネクロクロウが大きく腕を振り上げた。銀色の手甲に淡黄色の光が収束する。――
その力を収束する時間。その瞬間にシャノはネクロクロウの襟首に掴みかかった。
何が出来るわけでもない、ただ相手の襟を掴んだだけだった。だが、服を強く引かれたネクロクロウの拳に隙が生まれた。
――それで、十分な時間だった。拳を力で満たしたネクロクロウの背後に――緑色の光が降り注いだ。
「チィ――ッ!」
焼き焦がす陽のごとく炸裂する光の散弾から、ネクロクロウは身を転がして離れる!
「――シャノン!」
「ハ、みっともねえ面!」
舞い散る緑の燐光の向こう、部屋の入口に、機械的な杖を構えた仮面の姿と、赤毛の男が立って居た。赤毛の男――ジャックは膝を付くシャノの腕を掴み、乱暴に立ち上がらせた。
「おう、立てるか? それとも諦めるか?」
「っ、大丈夫、負けただけだ! 体は問題ない!」
口元の唾液を拭い、シャノは立ち上がる。
「また無茶をしたな」
「そうでもない。今度はちゃんと頼りにしていたよ」
「その負傷具合では、あまり差はないと思うが――しかし、よく待った」
グリフィンは術杖を構え、ネクロクロウを牽制する。ジャックも
「また出たな、あの仮面女」
「……フン、悠長に遊びすぎたな。再度お守りに邪魔をされるとは」
ネクロクロウの金属の拳から発動しそこねた薄黄色の光の残留が舞った。グリフィンは
「――何故。何故、お前はその力を使っている」
グリフィンの問いかけに、女は僅かに間を置き、それから捻れた笑い声を上げた。
「何故? 何故だと? ククク!! 何故、貴様が私にそれを問う? この
「――――っ……!」
ネクロクロウが自らの名を口にした時、グリフィンが表情の読めぬ仮面の奥で動揺したのが見て取れた。
「貴様のことは、知っているぞ。そして――貴様も知っているはずだ。
「――――! ……では、まさか、お前は」
「おっとそれ以上は口にするなよ? 我々の為にも、貴様の為にもな!」
ネクロクロウはドロシーを片手で掴み上げ、もう片方の拳に再び薄黄色の光を纏わせた。ドロシーを盾に、力を発動させようというのだ。
「ハ、させるかよ」
しかし赤い影は躊躇わず、その敵へと踏み出す。
――ギャルルルルルル!!!!!!!
空気を引き裂く唸りが、二人の女めがけて振り下ろされる!!
「ジャック! ドロシーは駄目だ!」
「アア? チッ……!」
ギャルルルルルルル!!!!! ――既の所で、回転する死の刃は二人の女の僅か手前を抜けた。ハラリとドロシーの黒い髪が一房舞った。
「ちぇ、そういうことは先に言えよな」
「そのくらいは察してくれ」
ジャックは不満げに
「……危ない男だな。ヒヤっとしたぞ」
息を呑み、ネクロクロウが呟いた。当然だ。眼の前を幾重の刃を重ねた電動装置が通り抜けていったのだ。シャノが止めなければドロシー諸共、胴体を切り裂かれていただろう。
「だが、今の一撃、入れておけば良かったと後悔するかもな――!」
「――<
――ごう、と音がした。それは
目に見えぬ超常の
閉ざされた調理室の中で強い風が押し寄せ、ネクロクロウの金属の手甲を上へと押し上げた。
「チ――ッ!」
黒く長い髪が、風によって吹き上げられる。
流行とは程遠い、厚手のスカートが美しくはためいた。
女は、ネクロクロウの手から逃れたドロシー・フォーサイスは緩慢に立ち上がった。
「心配をかけたわね。行って。キールを探して。私がこの女を止めるわ」
ドロシーの表情に先程までの高熱の様子はない。その足元に空の
「薬を……フォーサイスさん、でも」
「あら、私がやると言っているのよ。そのくらい任せなさいな。魔女に恥をかかせると、酷い呪いを受けるわよ?」
長い黒髪の魔女は振り向かずに言った。その指には水色の液体で満たされた、新たな
「……解った。フォーサイスさん、必ず
「ええ、そちらは頼んだわ。私にはあの怪物は倒せそうにないもの」
シャノは頷き、ネクロクロウとの戦闘中、床に落とした銃を急ぎ拾い上げた。
「ジャック! その黄色いシャツの人を担いでくれ! まだ重症じゃない!」
「ああ? 必要かそれェ。一人二人死んだ所で大して……」
「良いからやる! やらないなら食費を減らしてやる!」
「げっ、仕方ねえなあ……」
渋々とジャックは調理室に転がり呻く男たちの内、まだ症状の軽いその男を担ぎ上げた。
「行かせるか!」
ネクロクロウが吠え、その拳が出口へ向かうシャノたちの方へ振るわれる! しかしそれは届かない。グン! と何かの力に引き寄せられ、ネクロクロウの拳が止まる。その手首には水色の紐状のものが絡みついていた。その紐は、ドロシーの持つボトルから伸びている。
「チ……小器用な
走り去る三人を横目に睨み、ネクロクロウは舌打ちした。
「ええ、便利なのよこの
「ハ! 煽るな、女。たかが薬を捏ねるのが能の貧弱な寄生虫女が、私とやりあえるとでも?」
「ええ。だって私――魔女だもの」
ドロシーは両手を懐へと差し入れた。その指の間には幾つもの小さなボトルが挟まれていた。薄暗い電灯の下で浮き上がるボトルの中には、赤、青、紫――様々な色の、粘度の違う液体が揺れている。
「ハ、
ネクロクロウは並んだ瓶を見て吐き捨てた。
「……確かに、
「ハ、啖呵だけは一人前だな女ァ! だが、私の力は貴様の持つような忘れられた力ではない。これからを作り上げる力だ。貴様の虫のような抵抗、潰してやる」
ネクロクロウの金属の拳が薄黄色の発光を纏った。ドロシーもまたボトルの蓋を一つ、跳ね飛ばした。
「――今回はやられっぱなしというわけにはいかなくてよ」
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