寿司よ、寿司よ 3

 ――ルルルルルル。

 その酒場に、静かな合成音が響き渡る。下層ではまだ流通していない、洒落たデザインの固定電話。ぼやけたオレンジ色の明かりの下、金糸模様のビロードファブリックのソファに腰掛けた優男は受話器をとった。


「ヒヒ――ああ、そうだよ。このオレだとも」


「御前に尋ねたいことがある」


 受話器から聞こえた声はグリフィンのものだった。グリフィンは古びた公衆電話をフードごしに当てる。電話ボックスにはポップな文字がスプレーで落書きされていた。

 強盗団を探し出す為、三人は再び階層連絡線シティポートを使い、下層へ戻ってきていた。そしてすぐに連絡をとった先がこの死体漁りの犬ブラックドッグ、ウル・コネリーの酒場だ。


「おやおや、珍しい! シャノじゃなくて、アンタが直接オレに用があるなんて。その"尋ねたいこと"っていうのはつまり――オレと取引したいって意味かな?」

「そうだ」


 グリフィンは率直に肯定した。愉快そうにコネリーが口元を歪めた。


「良いねえ、面白いじゃあないか! アンタみたいな堅物が連絡してくるってことは、余程の大事なことと見たね。ヒヒ、良いじゃないか。言ってみなよ、アンタの求めることをさ――この死体漁りの犬ブラックドッグが全て、答えてやろうじゃないか」

「――最近、テムシティ近辺で頻発している、強盗団による輸送車両襲撃について知りたい」

「ハハア、その件か」


 当然、強盗団のことはコネリーの知る所である。高額な品を積む輸送車両に目をつけ、奪い去った品物を裏で売り捌く。典型的な集団である。元々は職を失った男たちが集まった崩れの集団だったが、最近では調子づいたのか闇組織モッブの運び屋にも手を出すようになり、裏でも問題視されつつあった。


「御前の耳にも入っているか」

「勿論――知っているとも。それが、このオレってものさ。特にこういうちゃちな悪事は情報が回りやすいからな。つまり――オレはアンタの役に立てる。だがその前に、条件を話し合う必要がある。何せ、オレとアンタが取引するのはこれが始めてだ」

「金の話か」

「そう! 正にそれだ。金は大事だよ。評価であり対価。そして可能性の貯蓄。それが金だ。哀れなシャノンには少しまけてやっているが、アンタが相手だったら、ちょっとイロをつけても良いと思うんだがね」

「構わん」

「ヒヒヒ、物分りも気前も良いねえ」


 コネリーは上機嫌に笑うと、同じ部屋に居るバイロンとベーコンの方へ顔を向けた。


「おーい、シャノン・ハイドの所の仮面クンに無茶振りするふっかけるチャンスなんだけどさァ、何か欲しいものはあるかい?」

「ではウィルスドルフ社のクロノグラフモデルを」

「ワタシはねえ! 殺人鬼クンの右腕かな!」


 ベーコンは満面の笑みで言った。バイロンの言うウィルスドルフ社は高級時計メーカーであり、その中でも有名なクロノグラフモデルは700万円の品だ。


「よし、決まった。代金は秘術<フィア>の技術提供、ウィルスドルフのクロノグラフモデル、ジャックの右腕一本だ」

「ジャックはくれてやる。何なら腕二本でも構わん。他は情報相応の金で我慢しろ」

「勝手に俺を売るんじゃねえ」


 電話ボックスの扉を開け、ジャックがグリフィンの尻を蹴った。


「ヒヒヒ! まあ冗談だよ。支払いは金で良い。請求書は用意しておくから後で払いに来なよ。それで、他都市から運び込まれる荷物を狙った強盗団の情報が欲しいんだったな。それで、何がしたい?」

「見つけ出し、壊滅させ、警察に突き出す」

「成程、単純明快だ。じゃあ必要なのはそいつらの拠点の情報だな」


 コネリーは幾つかの住所を口頭で告げた。


「じゃあ精々、頑張るんだよ。シャノンとそのお友達」


 ヒヒ、と不快な笑い声と共に受話器の音声は途切れた。


 ◆ ◆ ◆


 テムシティから車で30km程移動すると、背の高い建物はみるみる減る。科学栄えし都市の気配は薄れ、風景には木々や小麦畑が増え、道路は整備の行き届いたものではなく、罅割れ、がたつき始める。


 コネリーから教えられた場所は三箇所だった。二つはテムシティ内に存在するもので、恐らく中継地点と見られた。盗品をテムシティ内で売り捌いたり、逆にテムシティで奪った品を他都市に運び出すための場所だ。


 そして残りの一つ――それがテムシティから40km程離れたここ、ダレント近郊にある。強盗団の被害の殆どがテムシティに向かう途中で発生している。となれば、こちらが本拠地だろう。

 大都市に近く、不便はしないが程よく人目を忍べる郊外――都市で失職したならず者たちにとっては暮らしやすい場所だろう。


 コネリーに教えられた場所には、古い工場が立っていた。マルーン色の屋根は所々錆付いている。工場の外には銀色の大きなタンクが打ち捨てられており、以前は牛乳の加工工場だったようだ。

 シャノは緩やかにブレーキを踏み、工場の前に小さな貸出車レンタルカーを止めた。


「ああ、着いたか……」


 走行中一言も発しなかったグリフィンは、疲弊した様子でドアを開けた。シャノのは凄まじく、テムシティの中央からダレントまで十五分しかかからなかった。屋根のある形状の車種であったのが唯一の救いだろう。


「で、何処から攻める」


 車の天井に頭をぶつけたジャックが、額を擦りながら尋ねた。

 グリフィンは術杖つえを取り出し、フィアを展開する。緑色の光が舞い散り、力を満たす。


「ふむ。工場内を軽く探知してみたが、内部の人間は入り口近くの部屋に集中している」

「ということは」


 シャノの言葉にグリフィンは頷いた。


「正面から殴り込む」

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