寿司よ、寿司よ 4

 ――廃工場内部。工場として使われなくなって長いそこは、今は様子を変えている。使われなくなった機械の間にはソファや棚などの生活用品、そして奪った品を保管する装置などが置かれている。


「ア~、今日の仕事は良かったなア!」

「へへっ、トラックを壊さずに済んだし、最高の仕事だったな!」


 工場内部に作られた生活空間では、屈強な男たちが楽しげに酒を飲み、仕事の成果を自慢しあっていた。彼らは元は皆、様々な理由で仕事を失い落ちぶれた日々を送っていた。それが何時しか集団になり、今ではこうして酒を交わし合っている。


「あの魚、見るからに高いやつだろう。何だか立派な機械に入ってるし、ありゃ上層の凄いやつだぜ」

「ああ、魚も売れるがあの機械だって良い値段で捌ける!」


 奪った品は、買い手が決まり次第、今日中に売り捌く予定だった。大きな金額が入ってくるであろう期待に男たちは胸を膨らませる――その時だった。


 ――!!!!


 空気を切り裂く駆動音がした。

 男たちが驚く中、工場の木製正面扉がメキメキと音を立て、歪み、破壊される!


「な――――」


 木片を撒き散らし、粉々に破られた扉が倒れる。舞い散る粉塵の向こうから――三人の人間が現れた。


「チッ、やーっぱ駄目だ、拾い物じゃ手に馴染まねえ」


 長い赤毛の男が不満げに手にした動力鎖鋸チェーンソーを投げ捨てた。熱を持った動力鎖鋸チェーンソーは床に跳ねると、駆動の名残のように振動した。


「な、なんだオマエら――」


 動揺した強盗団の男たちは慌てて立ち上がり、各々武器になりそうなものを手に取リ始める。紺白の長衣を棚引かせ、逆光に仮面を彩られた男は謎めいた杖を構え、口を開いた。


「貴様等に名乗る名は持ち合わせていない――しかし告げておこう。貴様等は、してはならないことをしたのだと。――力よ薙ぎ払え<ダティ・ガガ・ティキ>


 グリフィンの術杖つえにフィア光が収束し、緑色の輝きが男たちに炸裂した。


「ぐあーーーーーーッ!?」


 酒の瓶や缶と共に、男たちは不可思議な力によって吹き飛ばされた。男たちがピクリとも動かず気絶したのを確認し、グリフィンはツカツカと工場内へと踏み込んだ。


「極力早く事を済ませよう。盗難された車両に品質管理機能があるとはいえ、時間の経過には勝てん」


「て、てめえ、ら――ッ!」


 攻撃範囲の端に居たお陰か、一人無事だった男が銃を構える。ジャックは瞬時に距離を詰め、男を蹴り倒した。男は哀れな声を上げて壁際の機械に強かに頭をぶつけ、倒れ伏した。


「あー、しっくりこねえ。やっぱ自前の武器チェーンソー持ってくるべきだった」

「人間に使ったら死ぬって」

「そういやそうか」


 ジャックは今気づいたというように、床に転がった強盗団の頭を足で小突いた。


 そこからは、シンプルだった。部屋を進む度に現れる屈強な男たちを、秘術<フィア>の光が掃討していった。


力よ薙ぎ払え<ダティ・ガガ・ティキ>――力よ薙ぎ払え<ダティ・ガガ・ティキ>力よ薙ぎ払え<ダティ・ガガ・ティキ>!」


 対人間用に調整された秘術<フィア>が放たれ、強盗団たちを壁に叩きつけていく。燃えるようなフィアの燐光は、術者の怒りを映すように舞い散った。


 ズンズンと進んでいくグリフィンの後ろで、秘術<フィア>が打ち漏らした男を締め上げながら、ジャックはシャノを見た。


「……これ、俺達要るか?」

「あー、ウン。殆ど秘術<フィア>で倒してるけど……」


 通路の角の先から緑色の輝きがまた数度瞬いた。人間相手の出力ではフィア石の消費も大したことはない。だがそれも回数を重ねればかなりのエネルギー消費量になる。


「グリフィンが珍しくはりきってるんだから、付き合ってやろうよ……」


 シャノもまた天井の換気管から襲ってきた男を殴り倒した。


「ウ、ウウ……ッ、グエッ!?」

「尋ねたいことがある」


 グリフィンはまだ意識のある強盗団の男の喉に術杖つえを押し当てた。気道を圧迫され男は苦しげに呻く。


「お前達が今日の昼前に襲い、盗んだマグロは何処に置いている」

「な……て、テメエら、やっぱり……」


 杖で抑え込まれた男は悔しげにグリフィンを見上げ、睨みつけた。


「やっぱり、他の強盗団だな!!」

「…………何?」


 言葉の意味を図りかね、グリフィンが僅かに首を傾げる。


「最初はサツのガサ入れかと思ったが……マトモな奴が仮面を被ったり、扉を動力鎖鋸チェーンソーでブチ破ったりするわけねえ!」

「…………」


 ジャックと同列の扱いに、グリフィンは傷ついたようだった。かなり。しかしやがて気を取り直し、術杖つえで男の顎を上げた。


「そうか……そうだな、まあ、それで構わん。うむ。つまり……我々は同じ強盗団から奪いとる、強盗団の中でも極悪な強盗団だ。特にそこの赤毛の男は……凄い犯罪者だ。奴に目をつけられた者は、生きるよりも死ぬよりも辛い目に合わされるだろう」

「ヒ……ッ」


 男はジャックの剣呑な目付きを見て怯えた。シャノも頷いた。


「そうだぞ。この男は赤子を長寿の薬として売り捌き、逆らった女は路上に裸釣りにし、身寄りのない老人を川に沈めて財を掠め取る、極悪非道のならず者なんだ」

「シャノォ、やってねーことばっか並べるんじゃねえ!」

「いや、実際にやったことはアシがつくからあんまり言わないほうが……あっ、ごめん、待って苦しい、足が床についてないってこれ」


 ジャックに襟元を掴み上げられ、つま先立ちになりながらシャノは謝った。強盗団の男は仲間にも容赦なく掴みかかる姿に怖気づいたようだった。


「……我々のことは理解したな? であれば――話せ、マグロを隠した部屋の位置をな。さもなければ、どうなるか……想像するが良い」

「あ……あっちだ……ここを右に曲がって、二つ目の部屋が、一番デカい倉庫に繋がってるんだ、魚はそこに車ごと置いてある……」


 強盗団の男はすっかり抵抗する気力を失い、震える手で廊下の先を指さした。方向を確認すると、グリフィンはジャックに視線をやった。 


「……頼む……教えたから殺さないでくれ……」

「ほーう? つまり、殺さなきゃ良いんだな?」


 にやついた声がした。強盗団の男が声の方を見ると、赤毛の男が楽しげに彼を見下ろしていた。しゃがみこんだジャックの指が、つうと男の腹部を撫でた。


「ヒッ、あっ、違う、そうじゃない、助けてくれ……!」

「知ってるか? 体のどこから切り出せば、意識を保ったまま、一番長く痛みが続くかとか――」

「あ、ああ……」

「腕とか、足とかだけ分けてもさァ、意外と家族が見れば誰のモノか解るんだぜ? 凄いよな。ああ、安心しろよ。胸くらいまであればさ、今の技術じゃ生きられるし……そういうのを買いたいモノ好きもいるからよ」

「ァ――――」


 頬を撫でられた時、恐怖が限界まで達し、男はあっさりと気絶した。ズボンからは汚れた液体が漏れ出していた。


「チッ、落ちるのがはえーよ。あーあ、つまらねえ奴だな」

「……まあ、少しは懲りただろう」


 グリフィンは押し付けていた杖を離し、男の示した部屋へと歩き始めた。通路の奥には確かに、他よりも大きな金属扉があった。鍵はかかっていない。ドアノブを握り、ゆっくりと扉を押し開ける――。


 そこは、広い倉庫だった。元々大きな機械が置かれていたのだろう。天井は高く、壁には機材調整用の足場が設置してある。強盗団の男が言った通り、床には幾つもの"戦利品"が放り出されていた。

 野菜のダンボールや、未加工の布の山、果ては子供の玩具など、盗品には纏まりがない。


「あまり統率のとれた連中ではないようだな」

「これさァ、何か貰っていこうぜ。ちょろっとだけさ、どうせ後からじゃ分からねえって」

「駄目だ」

「えー」

「これが終わればすぐ寿司屋に戻る。余計な荷物は持つな」

「そっちかよ……」


 ジャックが呆れた時、シャノが何かを見つけ声を上げた。


「あっ、アレ、魚を輸送する用の車両じゃないか?」

「む。確かに――」


 倉庫の一箇所に、真新しい運輸車両が一台停められていた。正面には大きくマグロと思わしきキャラクターイラストが印刷されている。荷台は曲線状の独特なデザインに幾つもの配管が繋がれており、物々しい。


「盗まれた車両がアレである可能性は高いな。調べてみよう――」


 その時だった。――バララララ!! 壁に設置された警備用自動銃が動き、三人に向かって銃弾を乱射した。三人は咄嗟にそれを避ける。


「フン……避けられたか」

「御前は……」


 積まれた盗品の影から、ぬうと現れる者がいた。強盗団の中でも優れた体格。鋭い目つきに、長い口髭を蓄えており、その両端は三本に分かれている。その後ろには数人の男たちが付き従っており、この三股髭の男がこの中で最も高い地位を持つことが伺えた。


「随分と我々のアジトを騒がせてくれたようじゃないか。我々の商品を……何の苦労もせず横取りしようという輩か。許し難いィ……!」

「御託は良い。――御前達を打倒し、マグロを回収させて貰う。それだけだ」

「ならこちらもオマエたちを倒すのみだ!! いけ!」


 三股髭の頭領の声を合図に、強盗団の男たちが吠え、武器を手に襲いかかった!


「ジャック!」

「はいはい、で、何人殺して良いのかなァ?」

「殺すな。半殺しに留めろ」

「おっ、今日は気前が良いじゃねえか。なら思う存分――嬲ってやるかよ!」


 飛び出したジャックが、三人纏めて敵をなぎ倒した。シャノもその後に続き、一人を床に叩き伏せた。

 グリフィンは術杖(つえ)を構える。盗まれた品があり、リーダー格の男が現れた。ここで決着をつける。


「――範囲を指定<セーティ>フィールド展開<ティキ>


 ――力が、場に満ちる。周囲に揺蕩うフィアの光が、厳かな声によって具現化する。大いなる緑光が収束し、範囲の敵に狙いを定める!


力よ<ダティ――」


 ――しかし、それはあと僅かの所で阻まれた。言葉を紡ぎ終える前に、術杖(つえ)を持つグリフィンの腕へと何かが叩きつけられた!


「ぐっ……!?」


 グリフィンはよろめき、後ずさった。辛うじて取り落とさずに済んだ術杖(つえ)を握り、表情のない同色の仮面で敵を睨む。そこには、大きな冷凍マグロを武器に構えた三股髭の男が居た。


「貴様……!」

「グハハ! 金目のもので殴られるのは効くだろう! 気をつけるが良い、こいつを壊したらオマエらの得る金額だって下がる訳だからなア!!」

「っ……!」


 乱雑に振り回される冷凍マグロを、グリフィンは術杖で受け止める。マグロの冷気が金属製の術杖に伝導し、氷が僅かに溶ける。――大丈夫か? 今の攻撃で傷んだのでは? 内心に焦りが走る。


「その杖も、上層の最新機械かなァ? 妙な攻撃をしてくれたようだが……だがこうなってしまえば手も足も出るまい!」


 マグロの冷気が金属製の術杖に伝導し、氷が僅かに溶けた。焦れるような水滴がぽたりと床に垂れる。グリフィンは――術杖(つえ)を強く握った。


「ならば、御前達だけに当てれば良い」

「な、なにっ……!?」


 冷凍マグロとしのぎを削りあった侭、グリフィンは新たな言葉を紡ぎあげる。


四方に杭を穿ち<セーティ・ハイ>生者を見つけ出せ<セタク・セ・ニン>我が光は人を示さず<シュギ・セ・ゼ>我が刃は違うことはなく獣を貫く<ダンゼ・セ・ジャ>。ここにフィアは満ちた。」


「呪文が長い――大技だ……!」


 部下たちを粗方始末し終えた、シャノが目を見張った。

 一つ、言葉を重ねるごとに、周囲のフィアが収束してゆく。より正しく。より精密に。力の矛先は敵を見つけ出す。そして、眩い力の奔流が放たれた。


高級黒鮪天罰波<クリエ・ガガ・フドゥ・キガモン>!!!!!」


 緑光に輝く秘術<フィア>を操る杖から、激しい力が放たれた。フィアの光は雷光のようにうねり、強盗団員たちを貫いた! ――後には、シャノたちと、無傷のマグロと、倒れ伏した男たちの姿があった。


 ――グリフィン、テンション高いな。

 煙をあげる強盗団たちを見て、シャノとジャックは同じ感想を抱いた。



 ――すっかり動かなくなった男たちを縛り上げた後、シャノたちは本来の目的であるマグロのキャラクターイラストが印刷された運輸車両を調べた。多少の外損はあるものの、中の機械もネタも無事のようだった。運転席を覗いたジャックが銀色の鍵をぶらつかせた。


「お、鍵も刺さったままだぜ」

「じゃあ運輸車両はわたしが運転して――」

「「やめろ」」


 シャノの提案を、グリフィンとジャックは同時に止めた。


 ◆ ◆ ◆ 


 ――一時間後。無事スシ屋へと届けられた鮮魚たちは、一流の料理人の手により、美しいスシへと姿を変えた。艶めかしい光沢を讃えたスシたちが、四角い皿に行儀よく並べられる。


「ん、ん―! 二度目も美味しいな~!」

「ム……んー……これは確かにな……」


 素材を厳選し、運搬から品質管理を徹底し、そして一流の技術と熱意によって作られたスシは――完璧だった。

 シャノは先程ぶりの味に頬を緩め、ジャックも何の皮肉も捻り出せずにモグモグと口を動かすばかりだった。グリフィンは満足そうにイカのスシを口に運んだ。軟体生物に慣れぬ西洋人にも食べやすいように、この店のイカは切れ目を入れ、咀嚼しやすい食感にしている。


「御前達は寿司の適合者となった。その味を遺伝子に刻み、子々孫々伝えるが良い」


 最後までグリフィンの様子はおかしかったが、寿司の味は本物だった。



--------------------------------------寿司よ、寿司よ(了)

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