探偵たちのメリーじゃないクリスマス 4

 白色。赤色。緑色。きらきらぴかぴかと、クリスマスイルミネーションが輝いている。

 クリスマスに賑わう商店街の裏側で、三人は走っていた。


「これからどうする。身を隠すか、それとも三つ目の聖体を探すか」

「やるなら一気にカタつけた方が良いんじゃねえ?」

「コネリー、最後の聖体の取引場所は?」

『ああ――ヒヒ、知りたいかい? いや、知る必要があるよな』


 通話口のコネリーは思わせ振りな間を作った。シャノは眉を顰めた。こういう時は決まって良くない返事が来る。


『三つ目の指輪は――ウォルトン新聞社の屋上だ』


「うっそだろ!? 何でそんなトコに!?」

『そりゃ、新聞社に手引したヤツがいるからだろうさ。ヒヒ、アンドレアス・バードも隅に置けない。そんな奴を子飼いにしてるなんてさ』


 ウォルトン新聞社はテムシティでも名うてだ。当然、社屋には二十四時間、社員が詰めている。大胆過ぎる場所だった。


『アンドレアスは今上層に赴いている。ヒヒ、立派な連中への挨拶回りさ。そこを奴らは狙ったわけさ。アンドレアスが留守とは言え、ウォルトン新聞社にそうそう近づきたがる奴は少ない。殊更、アンドレアス直属の記者は奇人揃いだ。横取りされる可能性もぐっと下がるって考えさ』

「……やり手のアンドレアス・バードが、それに気付いていない筈がない」

『勿論。アンドレアスにも情報は届いているとも。だが奴は知っていて尚留守にしているのさ。特にそれを防ぐ手立ても講じずね! 何故か?』


 グリフィンが静かに答えた。


「……いずれ解決することだと理解しているからだろうな。情報を嗅ぎつけた別の組織が横取りを狙うか。厄介な情報屋が人知れず闇に隠すか。それとも――お節介な探偵が阻みに来るか」

『その通り! そして仮に儀式が成功し、何かしらの被害が出たとしても――それはそれで悪くない。なんたって新聞屋だ。愉快なニュースは記事になる! 派手な事件は悪人の弱みへの糸口だ!』


 ジャックが近くのイルミネーションのコードを道に巻きつけ、追手を阻んだ。黒いローブの者たちはピカピカ光るコードに揉まれ、不格好なツリーのような姿で倒れる。


「俺、帰って良いか? 新聞記者に顔覚えられたくねえんだけど」

「悪いけどなし! ジャックが一番身体能力高いんだから、頼むよ! "切り裂きジャック"なら記者に顔を覚えられる程度の怪人じゃないだろ!」

「……ま、そー持ち上げられると、悪い気はしねえな」


 近くの錆びついた雨樋をもぎ取ると、ジャックは機嫌よく黒衣のローブたちをなぎ倒した。黒いローブの追手たちが軽快に薄暗い路地の宙を舞う。


「景気が良いな」

「もっと褒めればもっとエンジン掛かるぜ? お前も褒めてみるか?」


 ジャックが言った時、短い言葉とともに緑色の光が炸裂した。先程より派手に黒いローブの追手たちが吹き飛んだ。


「――フン。貴様を褒めている時間に貴様以上に敵を捌ける。褒める手間だけ無駄だな」

「ほーう、俺と競うか? それも面白い!」


 鈍音。炸裂音。物が散乱する音。人間たちが軽快に飛んでいく。


『ヒヒヒ、いい音が聞こえるねえ、いやいやオレも現場に居たかった。さぞ愉快そうだ。おっと、右から増援が来るぜ』

「高みの見物どーも!」


 シャノは積み上げられたゴミ袋を崩した。山積みになったゴミ袋が増援の押し寄せる通路を塞いだ。幾つかのゴミ袋は向こう側へ落ちた衝撃で中身が溢れたらしく、あふれる臭気と共に悲鳴が聞こえた。


「今のところ追手はどうにかなってるけど、ウォルトン新聞社はセントラルエリアの方だよ。フラットダウンここからじゃ随分遠い。何か足になるものが欲しいところだけど」

「循環バスや、地下鉄は――」


 グリフィンは追ってくる黒いローブの彼らの数を見た。地上の黒波のように追ってくる彼らは何度吹き飛ばされてもめげずに立ち上がり、追ってくる。きりがなかった。


「無理そうだな」

「この人数をくっつけて乗り込みたくないねえ」

『ヒヒ、そこで耳寄りな情報を提供しよう。この先に、アンタたちが今最も望むクリスマスプレゼントがある』

「プレゼント……?」


 首を傾げながら、三人は裏路地から表通りへと出た。昼の光と共にそこに現れたのは――一台の車だった。薄汚れたモスグリーンの車には駐車禁止切符が切られていた。


『あのひよっこの運び屋たちの使っていた車さ。心置きなく使えるだろ?』

「助かるコネリー! 最高にイカしてる」

『ヒヒヒ、アンタがオレを褒めるなんて貴重だ』


 車の扉に鍵はかかっていなかった。これもコネリーの采配だろう。


「シャノ、後ろ乗れ」

「ジャックが運転を?」

「お前の運転、危なっかしくて昼間に任せられるかよ」


 ジャックがアクセルを踏み込んだ。モスグリーンの車は一度跳ねると、がたついた音を立てて走り出した。


「――追ってきたね」


 後方を見ていたシャノが呟いた。追手もまたどこからか車を持ち出し、灰煙を上げて迫ってきていた。揃いの黒いローブが昼の街にはためく。人々は新しいサーカス団かという顔でそれを見ている。


「一体どこに乗り物を隠していたのだか。用意の良いことだ」

「……この車、随分と荷物を積んでる」


 車の後部には幾つもの意味ありげな袋が積まれていた。重い袋の一つを開けると、中からは小粒の宝石や古めかしい細工品が溢れ出てきた。


「ふむ。本物の宝石だが品質は高くない。こちらの細工も古い品に見えるが、アンティークに偽装した最近のものだな。本物のアンティーク品と偽り、目利きの出来ない趣味人に高値で売りつけることを目的としたものだ。何ともけちな悪事だ」

「あいつらの稼ぎか。どうせ出処も言えねえブツだろ? 古物商にでも売っちまうか」


 シャノは幾つかの品を手に取ると、悪いことを思いついた顔で笑みを浮かべた。


「……良いこと思いついた。これ、全部捨てちゃおう」

「捨てるとは――」


 グリフィンはシャノの視線を追った。その先には黒いローブをはためかせる何台もの車両が並ぶ。


「成る程。進行妨害か」

「そ、偽とは言えしっかりした品だからね。これだけの量ばらまけば、車の足止めになるよ」

「悪事の証拠とはいえ、一応彼らのものだ。勝手に扱って良いものか」

「良いじゃない、たまには悪いことしたってさ。もうサンタクロースが来る歳でもないしね!」


 偽アンティークの詰まった袋の口が開かれ、車の窓から中身が投げ出された。袋から溢れ出た小さな宝石がきらきらと輝きながら、無数にこぼれおちる。それは地面を跳ね、後方車両のタイヤを砂利のように滑らせた。

 ギギギギギ――キィ!! 甲高いブレーキ音が響き渡り、何台かの車が停車した。


「どんどん行くよ―!」


 ばらまかれた宝石や細工品が、灰色の街の中できらきらと散る。白や金の輝きが滑稽なほどに溢れてゆく。歩道へも転がったそれらを、通行人たちが一人また一人と拾い集めていた。


「彼らが疑われないと良いが」

下層ダスト・イーストはその程度には強かだよ。上手いこと換金先を見つけるよ」


 走る風に乗って、子供の声が聞こえた。 


「お母さん、サンタクロースだよ」


 その声は楽しげに笑っている。


「ハ、喜ばれてるぜ、サンタクロースどの?」

「ぬぅ。帽子を脱ぎ忘れていた」

「似合ってるよ、それ」

「柄ではない」


 グリフィンは恥ずかしそうに被ったままの赤いサンタ帽を脱いだ。

 偽アンティークのばらまきが功を奏し、追手の車両は随分と遠くへと離れていた。セントラルエリアも程なくだ。


「そういえば――聞きそびれてたけど、何でアルバイトを? こないだの報酬もあるから、今はそんなに逼迫してる訳じゃないのに」


 少し迷った様子を見せてから、グリフィンは静かに口を開いた。


「……クリスマスに何か良い夕食を用意できればと思ってな。私は信心深い訳ではないが、折角の年に一度の盛大なイベントだ。少しは楽しめればと……欲をかいた。結果が、これだが」

「お前、ンなコト気にしてたのか? そんな百人殺しましたみたいな落ち込みようで?」

「うるさい。貴様のような人でなしに理解して貰うつもりなどない」


 グリフィンは恥ずかしさを隠すように悪態をついた。


「良いじゃん、クリスマスパーティ。やろう! 美味しい食事と酒を買いに行こう!」


 笑顔で宣言するシャノに、銅色の仮面は驚いたように顔を上げた。


「節制なんて知ったことか、楽しみは人生の必要経費だよ!」

「シャノン……」

「大丈夫大丈夫、使った分は稼ぐから」

「……すまんが、それはあまり期待できんな」

「探偵ってのはビッグマウスじゃないと務まらねえのか?」

「そこまで言うかなあ!?」


 シャノが憤慨した時、車の後方に黒い影が現れた。見れば、追ってくる車が数台。


「来たか――」


 数は減ったが、ウォルトン新聞社へはまだ着かない。油断はならなかった。

 シャノが残りの偽アンティークをばら撒こうと袋を窓の外に出した時――。そして、手元に強い衝撃。


「うわっ!?」


 突然のことに思わず袋から手を離しそうになった。何とか掴み直した袋には――黒々とした一本の棒が刺さっていた。


「これは――」


 その正体を理解した時、次の風切音がした。既で体を車の中に戻すと、シャノの頭のギリギリをが掠めていった。


「シャノン!?」

「大丈夫、なんとか!」


 助手席のグリフィンが後部座席を振り返った。そこには大きな袋に深々と刺さる――一本の矢があった。


 ――ギリギリギリ。ギリギリギリ。吹き荒れる風の中、固く張られた弦が引き絞られる。それは黒い追手の車上。黒衣のローブの一人が、揺れる車体の上で第三の矢を番える!


 放たれた矢は風を切り裂き、モスグリーンの車の後部窓に突き刺さった!


「うわっ今時、弓!?」

「おいシャノ、どうにかしろ! 運転手おれに当たったらどーする!」

「解ってるけど、どうしたら……!」


 動揺するモスグリーンの車中のことなど構わず、間髪おかずに四射目が放たれた。――狙いは違わない。三射目で亀裂の入った後方硝子に!

 それは考えのない行動だった。反射的に――シャノは手元にあったものを掴み、身を守ろうとした。それは本来ならば、意味のない行動だったのかも知れない。

 ――人の作り出した原初の武器の一つ。最小限の大きさで最大限の力を撃ち出すそれは、人間の頭蓋を容易く貫く。


 だが、偶然にもシャノが手に取ったそれもまた、尋常ならざるモノだった。

 乾いた遺体の断片。嘘か真か、聖体と崇められる<トリャ・ミリャ>の遺物は、その指輪を赤く輝かせた。


 ――光が、奔った。赤い輝きは信じがたいほどの美しさで、一直線に飛ぶ矢を――焼き尽くした。

 矢だったものは黒い塵となってはらはらと風に乗って流れていった。


「な、な――何だ今の、ビームが出た!」

『――それは<トリャ・ミリャ>の指輪の自己防衛機能ね。矢に反応したのよ』


 今しがた謎の神秘光線を放った聖体を握ったまま目を見開くシャノに、携帯電話セルフォンからドロシーが答えた。


「物騒な!」

「丁度良い、あくまで防衛機能ゆえか、射程が短そうだ。私の秘術<フィア>より周囲への被害がない。そのまま防衛を頼む」

「本気で!? この干物死体で!? うわーっ! もう!」


 叫んだ矢先、五本目の矢を聖体から放たれた赤い光が自動防御オートディフェンスした。


「ヘッ、良いじゃねえか。死体はやる気みたいだぜ!」


 飛来する矢を、赤い光線が撃ち落としてゆく。

 片や人智の結晶たる武具、片や人智及ばぬ神秘の呪具。けれども、曲芸のように飛ぶ矢とピカピカとイルミネーションのように輝く赤い光を見て、人々がクリスマスの出し物と思ったのも無理はなかった。


 やがて矢が尽きたか、無駄と悟ったか、立て続けに飛んで来た矢が止まった。


「そろそろセントラルエリアに着く。下層の中心区域だけあって、他の地区と比べて人が多い。上層からの来客も多い――ここでは私の秘術<フィア>も聖体の防衛機能も使えんぞ。目立ちすぎる」


 聖体を抱えたままシャノは思案し、そしてセントラルエリアでも一際目立つ階層連絡駅シティポートの屋根を見た。


「……。考えた、じゃあ屋上に登ろう!」

「何?」

「建物の上なら地上より人目につかない。どうせ行き先は社屋の屋上だし、このまま上から渡っていこう」

「……シャノン、言わせてもらうが――」


 グリフィンは困惑を隠しきれない様子で、並ぶ建物の上を見た。そしてそれらが緑や赤に明滅するさまを想像し、額を抑えた。


「――雑にも、程があるプランだ!」

「おっ、やる気だねえ! 任せてな!」


 ジャックが大きくハンドルを回し、車体を歩道に乗り上げた。甲高いブレーキ音を響かせ、建物にぶつかる寸前でモスグリーンの車は停車した。


「――其の身理より放たれよ<ケヒ・セ・イリク>


 グリフィンが力ある言葉を紡ぐと、停車した車から出た三人の体が不可思議な緑色の光に包まれ、浮かび上がった。秘術による浮遊は短時間のわざだが人を地面から小さな建物の屋上へと運ぶには十分だった。


「ウォルトン新聞社は――あっちか!」


 屋上に足をつけ、シャノが方向を確認した。階段を使い登ろうとした追手をグリフィンが秘術<フィア>で叩き落とした。


「追手はしつこいようだな。急ごう」


 建物から建物へと渡り、二つの聖体を持って三人は走る。目指すはウォルトン新聞社。途中、執拗な追手を払うたびに、灰色の空にはピカピカと赤と緑の光が瞬いた。


「やはり――頓痴気ではないだろうか、これは」

「クリスマスだし、多少の光はイベントだと思われるよ」

『前々から思っていたが、シャノン・ハイドは探偵と言うには繊細さが欠けるな。突撃兵の方がお似合いだ』

「前々から思っていたなら、一々言わないで良いからね、コネリー!」

「おう、見えてきたぜ。あれだろ、新聞社ってのは」


 見れば、他のものより頭一つ高い真っ直ぐなビルがある。遊びの少ない直線を誇るその建物こそが、かの悪名高きウォルトン新聞社だ。

 そして、遠くからでも見える。貯水槽を構えるその屋上に、黒い衣服の群れが集まり始めている。


「敵も最終地点に集まってるみたいだ」

『どうやらあちらにも三つ目の指輪の情報が渡ったようだ。彼らもアンタたちをここで迎え撃つ算段だろうさ。どうする探偵たち? ここで尻尾を巻いて逃げるかい?』

「まさか! グリフィン、もう一度!」


 シャノはグリフィンを見た。その足が止まることはない。


「敵の只中に落ちることになるが?」

「いける!」

「まったく――」

 

 何の根拠もないその言葉に、グリフィンは呆れた。


「君は無茶苦茶だな」


 フィア石を戴く術杖が輝いた。<ケヒ・セ・イリク>――浮遊のわざの言葉とともに。

 三人の体が再び宙を浮かぶ。軽やかに谷間を飛び、ビルからビルへと舞い降りる。目指すウォルトン新聞社の屋上には黒いローブの群が餌を待つ蟻地獄のように待ち構えている。

 屋上の上に立つ三人は貯水槽の柱へとしがみついた。だがジャックだけはニヤリと笑うと手を離しまっすぐに屋上へと落ちていく。


「――じゃ、俺はこっちで」

「ジャック!」

「バァーカ。宝探しなんて地味なコト、俺の仕事じゃねえな。そういうのは探偵おまえがやってろ」


 待ち構える黒いローブたちをジャックは鮮やかに躱し着地すると、四方に立つ彼らを蹴散らした。


「ハ、暇そうな奴らがウジャウジャいるな。精々、死なないように気をつけな! 俺も叱られたくねえからさ!」


 下からの争う音を聞きながら、シャノは周囲を見渡した。聖体らしきものを持つ人物は見当たらない。しかしコネリーが言った以上、必ずここに残りの一つがあるはずだった。

 目を凝らす――周囲の音が遠くなる。見えるのも、聞こえるのも、必要な情報だけだ。

 既にない傷が疼いたような錯覚と共に、シャノの視界の一点が輝いた。――望みを示す黄金色に。


「あった! 貯水槽の上だ!」

「シャノン、気をつけるんだ」


 貯水槽に上ろうとする黒いローブたちを秘術<フィア>で撃ち落としながら、グリフィンはシャノを見送った。貯水槽の冷たい金属の柱は触れる者の手を鈍くする。シャノは柱を掴み、懸命に上を目指す。やがて、貯水槽の屋根に手がかかった。


「やっ、た……!」


 シャノは安堵し、最後の神秘品を探ろうとした。――だが、その腕を踏みつける者が居た。


「待ってたぜえ、探偵とやら!」

「ぐ……っ!?」


 緑色に染めた髪がビル風に揺れる。若い男は貯水槽の蓋に立ち、怒りと優越感をないまぜにした表情でシャノを見下ろした。それはグリフィンを襲い、ジャックが気絶させた運び屋の片割れだった。


「タリさん! 気をつけて! 下見ちゃ駄目ですよ!」

「うるせえ、解ってる!」


 下から舎弟の男が励ました。シャノはタリと呼ばれた男を睨んだ。


「君……!」

「ヘヘ、良くも俺たちの仕事を台無しにしてくれたなァ。だがな、俺たちはデキる奴なんだ。ケツ持ちに泣きついたりしねえ、自分たちの失敗は自分たちで挽回する。こういう風にな!」

「馬鹿、よせ!」


 シャノの背からプレゼント袋を奪うと、タリは二つの聖体を取り出した。そして既に彼の手には三つ目の聖体――額に白色の宝石を埋め込まれた頭部がある!


「ハハハ、商品回収っと! しかも俺たちが用意したやつとは別に、色違いのブツが二つもある! こりゃあ追加報酬を要求出来るぜ。良いか、探偵ごっこ野郎! 俺は絶対この仕事を成功させて、クリスマスにガチョウの丸焼きを買うんだよ!」


 タリが満足気に笑った時――風が止まった。

 ……不可思議だった。高いビルの上で突如風が静まるなどと。気づけば、昼間にも関わらず空は暗く、灰色の雲は常より濃い暗澹を湛えている。


「何――、まさか……」


 術杖を振るう手を止め、グリフィンは空を見上げた。気づけば、昼間にも関わらず空は暗く、灰色の雲は常より濃い暗澹を湛えている。


「何、なんだ、待て、何か変だぞ?」


 周囲の様子に狼狽えるタリの手元で、赤、橙、白。三つの聖体が揃った。

 三つの光が柱となって輝き、天が――渦巻いた。

 轟々と音ならぬ音が人の耳に木霊する。空を見よ。捻じれ、引きつる機科学都市の空を。


 ――そして、天に穴が穿たれた。


 それは雲を切り裂く穴ではない。それは天を見上げる穴ではない。この世の理をも穿つ異界の穴がここに開かれた。


 ――そこに、それは顕現する。


 一粒の光も通さぬ闇から、ぬるりと巨大な腕が現れた。赤きその腕は世界を知覚せんとするように大きく伸ばされる。


「本当に……顕れただと……?」

「うわ、マジで何か居やがる」


 その場に居たものたちは争いを止め、その異物を見上げた。ある者は驚愕を、ある者は畏怖を以て。


「ヒエ……!?」


 理解できぬ事態に硬直するタリの隙をつき、シャノは貯水槽の上に這い上がった。

 天に穿たれた闇の奥から三つの輝く目が見据えた。――答えを望むように。


「いいや。要らない。貴方に望むものは何一つない」


 秘術銃<フィア・ガン>が巨人に向けられる。怪異異能の赤い目が三つの輝きを見据えた。


「悪いけど、君たちを阻止してこっちは――クリスマスケーキを買う! 二段のね!」


 緑色の輝きを纏う銃弾が、空に向かって放たれた。それは天を二つに割るように一直線に伸び、虚空の闇へと吸い込まれた。

 暫しの静寂の後――爆発音が響いた。


 三つの輝きが消える。赤い腕が闇の中へと帰ってゆく。

 空の穴が渦巻き、消えていく間、フィアの緑色の燐光が街の空をきらきらと輝かせていた。

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