探偵たちのメリーじゃないクリスマス 3

『もーしもーし? おや、その様子じゃ無事みたいだ。何よりだよ、シャノンのお友達?』

「ウル・コネリー……!?」

「コネリー? 何で彼が?」

『おや、シャノンの声が聞こえたね。動きが早いじゃあないか。少しは真っ当な探偵になってきたかな?』


 ヒヒ、と人を不快にさせるいつもの笑い声がした。


「何の用だ。そして何故、御前の掛けてきた電話が私の手元にある」

『まあまあ、先ずは電話を二人にも聞こえるようにしてくれよ』


 音声状態モード拡声状態スピーカーホンに切り替わり、周囲に声が響いた。


『やあ、シャノン。そしてジャック? 聞こえているかい?』

「聞こえてるよ」


 不機嫌そうにシャノが返事をした。コネリーから話がある時は大抵碌でもないことだ。間違いなく、今回も。


『それは結構。さて、疑問に思っているね? 何故君たちがてんやわんやのこの場に、オレが現れたのかとね。当然――それはオレだからさ。酒場の主、死体漁りの犬ブラックドッグ! この街のこと全て、オレの知らないことはない。特に、犯罪についてはね」

「この携帯電話セルフォンはどうした」

『想像はついてるだろう? さっきアンタと会った時に忍ばせておいたのさ。オレがそこに行ったのは偶然じゃあない。最初からこうなるって解ってたのさ。いたのが馬鹿な就労学生じゃなくてアンタだってのは、驚きだったがね。さて、オレの情報と予測が正しければ今、アンタたちの手元には二つの神秘品がある筈だ。彼ら曰く――聖体』


 シャノとグリフィンの手には各々一つずつ、怪しげな木乃伊と指輪がある。


「ああ。大きな指輪を嵌めた人間の木乃伊が二つ、ここにある。一つは私が預かった袋に入っていたもの。もう一つはシャノたちが持ってきたものだ」

『そうさ、ヒヒ! 愉快だねえ、聖なる遺体なんて何ともクリスマスにピッタリじゃあないか! アンタまんまと取引に利用されたのさ。そいつは裏組織の一つが怪しげな団体に売ろうとしてたモンでね。アンタたちも気付いているだろうが、それはだ。金持ちを騙す模造品でもなく、とうに力も信仰も失った遺物でもなく、今尚力を持つ、ホンモノだ』

「待て、コネリー。?」


 シャノが怪しむように言った。


「神秘だなんて大層なもの、少なくとも表面化するほどにはこの街にはなかった。それが、今回は違う。ジャックはゴミ捨て場から拾ってきた。グリフィンは求人を請けただけだ。人智及ばぬ魔術。秘匿された神秘。それらはに簡単に触れられるものじゃなかった筈だ」

『今はそうじゃあない。この都市には、この下層ダスト・イーストには今や人知れず不可思議な力が忍び寄っている。――それは何者かの手で導かれるようにね』

「……何者か?」

『人知及ばぬ恐怖。神秘孕む伝承。そういったものが人々に浸透することで、得をする奴らが居る。オレはこの街のことなら誰よりも詳しいが――そいつらに関してはアンタたちの方が詳しいと思うがね?』


 コネリーの含み笑いを乗せた言葉。その内容に、彼らは心当たりがあった。


「――遺変<オルト>

『その通り!』


 出来の悪い生徒を褒めるように、コネリーは声を弾ませた。グリフィンは慎重に言葉を続ける。


遺変<オルト>は人々の想念に根ざしている。怒り。憎しみ。悲しみ。そして――見えざる恐怖。人々の想像した恐怖の形が、遺変<オルト>の形となる。この街に怪異を蔓延らせる者たちの仕業だと言うのか」

『オレの見解はね。信じるか、信じないかはアンタたち次第さ』


 暗い路地裏で赤と橙の大粒の宝石がラウンド・カットをきらめかせている。その輝きは美しくも怪しく、人を蠱惑するかのようだ。


「ホンモノの神秘品――死体漁りの犬ブラックドッグもこの二つの指輪に関心が?」

『勿論。といっても、オレが欲しいわけじゃあない』

「フン、本当かな」

『アッハッハ! 警戒しているねえシャノン! 以前のことは悪かったよ。でも今回は真実だ。その魔術品は、物騒すぎる』


 コネリーの言葉は何時になく真剣に聞こえた。ジャックが興味深げに首を伸ばした。


「ハハァン、面白そうな話になってきた。それってさ、人が死ぬって話だろ?」

『流石、殺人鬼クンは鼻が良い。――<トリャ・ミリャ>という名を知っているかい?』


 シャノには聞き覚えがなかった。グリフィンもジャックも同様だ。


『フム、では専門家に解説頂こう。ドロシー?』

『――私が?』

「……ドロシー?」


 携帯電話セルフォンから若い女の声がした。それは三人も知る相手、都会の魔女ドロシー・フォーサイスである。


『良いのかしら。死体漁りの犬ブラックドッグは何でも知っている――と謳っているのでしょうに』

『ヒヒヒ、いーよいーよ。どうせアンタがウチの神秘顧問なことはこいつらも知ってるんだ。手間が省けて結構』

『ハァ……私、ただの古びた魔女ウィッカンなのにどうして専門外の神秘のことを調べさせられているのかしらね』


 溜息をつくと受話器を受け渡す衣擦れの音がし、女の声が近くなった。


『こんにちは、探偵の方々。雇い主のご命令通り、説明するわ。<トリャ・ミリャ>はとある信仰に根ざす一柱の名でね』

「神様?」


 突然の話にシャノたちは戸惑いつつも、静かにドロシーの話を待った。


『曰く、暗黒の海に浮かび、その三つの目の輝きを見たものは祝福されるか、呪われるかのどちらか』

「ふむ。古き海の神か?」

『そうね。元々は海の安全を祈願されていたようよ。けれど、今回はそのことは大事ではないの。本題は、貴方達の持つ指輪ね。それは――<トリャ・ミリャ>の神秘品よ』


「これが……」

「んー? つまり、そのカミサマってのは実際に居るのか?」

『さあ。それは私の知る所ではないし、<トリャ・ミリャ>の実在とその指輪の真贋とは関係がないわ。この場合の真贋というのは、神秘品としての力があるか、ないか、ということね』

「回りくどい。シンプルに説明してくれ」


 眉間を寄せたジャックがグリフィンに促した。


「……神秘品に必要なのは、望まれた通りの力だ。それが嘘の由来でも。人の手による神秘でも。力があるならば、それは認められる」

『大事なのは、信じられるかどうかということよ。その点――その指輪は認められた。そして望まれた。<トリャ・ミリャ>の力を宿す指輪として』

『――そして、それが問題だ』


 コネリーのねっとりとした声が再び携帯電話セルフォンから聞こえた。


『触れ込みではね、<トリャ・ミリャ>の指輪を揃えると大いなる力が現れるという』

「大いなる力、とは?」

『ヒヒ、さて、何だろうね?』

『三つの指輪の目が見開かれる時、<トリャ・ミリャ>は現れる――だそうよ。文書を読む限りは』

「現れるって……カミサマが? この街に?」


 シャノは街を見上げた。空はいつも通りの薄曇りの昼日中。通りには人々が昨日と変わらず歩いている。こんな場所に、真昼間から神秘が顕現するなど、想像するだけで頭が痛い話だ。


『ま、本当の所は解らない。それを観測した記録はまだこの街にはないからね。爆発でもするか、ビームでも出るか、それとも――本当にカミサマが呼べてしまうか。ま、どれだって結局は同じことサ。この下層ダスト・イーストで、怪しげな団体が違法組織と関わって大きな力を得ようとしている。じゃあ、何をしたいかなんて、決まっている』

「――無差別破壊」

『そうとも! それが答えだ。それがこの下層ダスト・イーストというものさ。勿論、常ならば――何も起こりはしない。彼らの祈りは届くとも、形を成すことはない。物事を起こすのはいつだって真っ当な力だ。権力とか、カネとか、爆弾とかね! けれど、今回は違う。最初に仕入れた裏組織の奴らはいつも通りのオモチャだと思った。ヒヒ、そうだろうな。本当の力があると知っていれば自分たちのモノにしているさ。だが、今回ばかりはその神秘品はホンモノの力があった』


「フーン? 物騒なこったなァ」

「そうとも、物騒さ。オレの街でそんなことが起こるとしたら、悲しいよ。悲劇的だとも」


 ジャックとコネリーは臆面もなく同情してみせる。


「つまりだ――纏めると、厄介な連中が、厄介なカミサマを頼りに、厄介なツテを使って、厄介なトラブルを起こそうとしてるってワケだ。ハ、いつも通りだろ」

「でも、指輪は既にここに揃ってる。わたしたちが持っている限りは彼らに悪用されることはない。あとはこっちで片付けろってこと?」 

『残念だが、足りない。<トリャ・ミリャ>の聖体は――三つで一揃えだ』


 ここにある聖体と指輪は二つ。残りは一つ。コネリーが愉快げに笑った。


『さて、知ってしまった以上、アンタたちは残りの一つを探さないといけなくなった。ヒヒ、そうだろう? 正義の探偵さんたち?』

「うへ。それ、俺も入ってるのか? 自分の仕事じゃなくたって、華々しい死に様なら俺は酒片手に楽しむぜ?」

「いつも言っているが、下らん悪行を見せびらかすのはやめろ」


 グリフィンが静かに睨むとジャックは茶化した。


「はいはい、家主の手前、大人しーく良い子にしておきますよ」

『ヒヒ、じゃ、アンタも立派に正義の探偵チームだ』


 コネリーの命名に、ジャックは心底嫌そうな顔をした。


「確認しておくけど。わたしたちに集めさせて、死体漁りの犬ブラックドッグがそれを横から掠め取るって算段じゃないだろうね?」

『ヒヒヒ! そうしたい所だがね! アンタたちもオレってのがどういう奴なのか解ってきただろう。そんなアンタたちの所から神秘品を盗むのは――まあ、出来るけどね、面倒だ。そこまでして欲しいモノじゃあないな。聖体を手に入れた所でオレにとっちゃ一つ手段が増えるだけ。なくたって困りはしないからね』

「信用とは程遠い相手だけど、今はコネリーの言葉を信じるしかないな」


 シャノが溜息を吐くと、携帯電話セルフォンの向こうでコネリーが奇妙に笑った。


『そうそう、それが良い。何せそろそろ時間切れだからね』

「……何?」


 コネリーの言葉が合図だったかのように、路地の入り口から複数の足音がした。表通りからの光が遮られ、化学繊維の黒いローブに黒いフードの幾人もの男女が無表情に彼らを見ていた。


「<ミ・オラショ・イクト・マル>」「<マグ・ポナ・カドト・ホチム>」「<ポー・トリャミリャ!>」

「<ミ・オラショ・イクト・マル>」「<マグ・ポナ・カドト・ホチム>」「<ポー・トリャミリャ!>」


彼らはもごもごと得体の知れない祈りの言葉を呟き、迫り来る。


「へへへ、マヌケどもめ!」


 先程ジャックが気絶させた二人組の片方、緑髪の男は電送メール画面の開かれた携帯電話セルフォンを握ったまま引きつった笑いを見せた。ジャックが頭を掻いた。


「あ、ワリ。こいつらのこと忘れてた」

「し、しまった! すっかりコネリーの話に気を取られて!」

『ヒヒヒ! まだまだ真っ当な探偵には程遠いなァ、シャノン?』


 ケラケラと通話口からコネリーの声がしたが、構っている時間はない。


「逃げるしかあるまい」

「グリフィン! このまま表には持っていけない、こっちの聖体も袋に!」


 二つの聖体をプレゼント袋で包み、三人は反対側の路地の出口へと駆け出した。繋がりっぱなしの携帯電話セルフォンから楽しげな声が響く。


『そう、走れ走れ、宝物プレゼントを抱えてクリスマスらしくね!』

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