act.009 To the core
2人は昇降機に乗り込んだ。
動いている時点で、ドアが開いた時点で、疑うことでは無いがやはり電気が通っている。操作パネルに光が点っていた。
上にもまだ複数階数があり、下にも同じようにまだまだある。
どの階に止まるのか。L777はドア横のパネルの前に立ったゼロの動きを見た。
少し顎に手を添えていたが、ゼロはすぐにとある階を押した。
B3。
「そこが、ラボですか」
「兵器開発は確かここ」
兵器開発は。
なら他には何をしていたのか。
「そうなんですか」という言葉の裏にそれを隠した。
「他の階も回りますか?」とL777。
「んー……」と相槌のようなものを曖昧に打ながら、ゼロはとあるパネルを指先でなぞった。「何も見つかんなかったらね」
B4。
ゼロの指が止まったパネルにはそう書かれている。
「……地下は全部ラボなんですか?」
昇降機がおり始める。
ゼロの傍の操作パネルよりも上のパネルに現在の階が表示されていた。
「大体はそう。仮眠室とか、ウチで言うところの情報部とかも地下だけど、まぁラボが専らかな」
「B1からB4まで?」
「そ。なんつーか、ジャンルによって違うはず」
「B3は何なんですか?」
「兵器関連の実験室的な?あ、でもチップとかはそっち」
「へぇ……。じゃあ、B2は?」
「まぁ、そっちも兵器なんだけど。なんていうか、規模がB3より小っちゃかった。偵察用ドローンとか」
「色々あるんですね……じゃあ、B4は?」
「んー……なんだろ、人体改造っていうべき?」
「人口臓器とか?」
「そーそー」
俺がいたときはね、と最後に付け足した。
もしかしてこの人が今の基地で迷いやすいのは、昔の配置と混じってるからなんじゃないのか、ふとそんな気がした。
ポーンと小さな音がして、目の前のドアが開く。
ここも無害とは言えないが、上の階と比べるとずっとマシに見える。
「あれ。アン、こっちの障壁も上げちゃった感じ?」
『はい。エレベーター前に障壁があったりと進行を妨げるかと思いまして……何か問題ありましたでしょうか?』
「いや。てっきり下りてると思ったからさ」
視線を少し上に上げると、確かに天井には障壁と思われるものが収納されていた。
2人は歩き出す。
「……ここは争いの形跡が少ないですね」
「多分避難用シェルターでいっぱい死んでる」
あ、と。その形に口が開いたまま固まった。
そうだ。自軍も非戦闘員が居るフロアには必ずそれが存在する。そこに逃げ込むように訓練されている。
少し考えれば分かることだったはずなのに。なんで聞いてしまったんだか。
『あ、ゼロさん。さっき言ってた稼働している場所の件なんですが』
「あー、そんな場所あるって言ってたね。どこの話?それ」
『……あの、B3なんですが』
「ここじゃん」
そこでマップが転送された。
通路は広いのが1本中央に走っており、所々細い通路で枝分かれしている。
『B3の最深部です』
「突き当たりか」
ゼロは真っ直ぐ突き進んでいる。
このままなら間違いなくその場所に当たる。
「敵性反応はないんでしょ?」
『はい。ないですよ』とO202。
「じゃ、とりあえず放置で」
そう言って、ゼロはすぐ隣の部屋に目を移した。
窓は一切無いので中は見えない。
ドアらしいものは見当たるが、ドアノブはない。
「どういう仕組みで開くんですか?」
「確か……所属研究員の脳内チップとうんたらかんたらだったはず」
そう言いながらドアに左手を当てる。
西軍の人間なら誰もが、なのかは分からないがきっと左手のチップのことは考慮して作られているはず。
ドアが横にスライドし、研究室内部が明らかになる。
その一手間で開くのなら、ロックの意味をなさないのでは無いのか。
ゼロが1歩踏み出す。
続こうとすると軽く手で制され、反射的に踏みとどまる。
右足から踏み込んだゼロは、その足を軸に入ってすぐ左の壁を蹴飛ばした。
バチバチ!!という鋭い音と、一瞬暗転するような刺激が目に飛び込んだ。
「ゼロさん!?」
止められていたことも忘れて、L777はゼロが潰したものを確認した。
「だいじょーぶ」と気の抜ける声を聞きながら目に映ったのは、罠だった。
「無理矢理開けるとこうなんの」
ゼロが蹴飛ばした箇所はガラスが割れたようにぼろぼろになっていた。
正当な開け方をしない限り、網で捉えられてしまう。その網はおそらく電気が走るように設計されている。
ゼロは足を元に戻すと、構えていた銃を背のホルダーにしまった。
そして、研究室内の探索を始めた。
シェルターで防護されていたからなのか、廊下よりもずっと綺麗なまま残されていた。棚に収まっているのは今時珍しい紙の資料だった。ファイリングされ、なんとか片手で持てる分厚さのものがいくつも並んでいる。
L777は試しにそのうちの1冊を手に取り、ページをめくる。
中にぎっしり詰められた文字は手描きのものがほとんどだった。
兵器の設計図らしきものにはいくつもいくつも訂正を記すような書き込み。
見覚えのある図に対面したことのある攻撃手段。
間違いなく自分たちの敵はここで制作されていたのだ。1から全部。
今となってはこの憎らしい軌跡も人類の文化の欠片として残しておくべき貴重なものだ。
「……紙の書類が多いんですね」
「あー、確か、データだと消える可能性あるけど紙なら残るからとか語ってた奴がいた気がするわ」
懐かし、とゼロが零す。
「つっても、電子書類もあるぜ」
引き出しを漁っていたゼロが小さな立方体を指で摘まむ。
探しにくいからなのか、グローブを脇に挟んでいた。
「それ、どうやって使うんですか?」
「んーっと……」
右手で持っていたそれを左手に持ち替える。
そして手のひらの上に置くと、バチン!!とゼロの手から火花が散った。
「大丈夫ですか!?」
「あー、平気平気」
「平気って、今、火花が」
「なー。びっくりしたわ。ロックが硬いって事は機密事項だぜ?これ」
パチパチと小さな音が断続的に左手から鳴る。
親指の方から火花が出たかと思えば、次の瞬間には小指の方で火花が散る。
静電気と言えば幾分か可愛げがあるが、だがまるでゼロの左手が帯電しているようだった。
戦車ですらあっさり乗っ取れる高性能なものなのに、今回は随分と長い。
やがて火花がおとなしくなると、机の上に紙の山が現れた。
そこにあるようでどこにもない虚構の物質。そこにも手書きの数式びっしりと敷き詰められていた。
L777がそれに触れようとすると、その書類はL777の手をするりとかいくぐる。
手に伝わるのは紙の感覚ではなく、一番下の机の硬い感覚だった。
「……ヴォルコプフ。そりゃロックも硬いわ」
ぽつりと発せられたゼロの声に聞き返すと、紙の一番上を指さした。
確かにそこには『ヴォルコプフ』という文字。
「兵器の名前ですか?」
「まぁね」
ゼロは虚構の山積みの一番上を撫でるように手を動かした。
一番上のページがめくれ、次のページが露わになる。
そこには小さく殴り書きされた図のようなものと、やはり数式が。
おそらくこのデータはその兵器のことだけで埋め尽くされているのだろう。
再び、ゼロの左手がバチン!と火花を散らす。
見えていた書類の全てが立方体の中に吸い込まれるように消えていった。その立方体をゼロは自身のベストのポケットにしまい込む。
「そこにあるデータ、全部持って帰りますか?」
「それがいいんじゃない?俺ら確認しても分かんないし」
分かんないっしょ?と一応聞かれ、L777は控えめに、だがしっかりと首を縦に振った。
「まぁ、かさばんないし、いいでしょ」
ゼロは引き出しの中に整えられていた小さな立方体を次々にポケットへ流し入れる。
よく見ると、その引き出しにもロックがつけられていた。
続いて、机の上に置かれていたPCに手を伸ばす。
どれが電源なのか分からないので、手当たり次第にボタンを押した。
薄暗い部屋。モニターの光が2人を照らす。
起動したPCは真っ先にパスコードを入力するように訴えてきた。
もちろんそんなもの知るはずが無い。
ゼロの左手が、モニターを中央に伸びた。
火花は散らさなかったが、少し時間をかけた後にモニターが変わる。
ビー!!という音がして、黒い背景に解読不能な文字列が一気に並んだ。
「アン、ぶっ壊れたわ」
『L777さん。渡していたものをPCに挿していただけませんか?』
「あ、はい」
ベストのポケットからL777は小さな機材を取り出す。これが何なのかは分からない。だが、アンが言うのなら何かを疑う理由はない。
L777はPCのくぼみに手当たり次第それを差し込んでいく。なかなかはまらなかったが、ようやく収まる場所を見つけた。
『はい、私に任せてください』
アンの口調が堅苦しいものから上機嫌なものへと早変わりしていた。
ここから先はハッカーの領分なのだろう。
「O202、どんな感じ?」
休憩がてらゼロはPCが置かれていた机に腰を下ろした。
『動きは一切ないですね……。敵性反応も相変わらずないですし』
「カメラ的なものから何か探れないの?」
『もちろん探ってますよ。けど、一切動きが無いんです。電気が入っていた部屋なのに電気もついてないですし……』
L777はマップを開き、例の部屋の位置を再び確認した。
このフロアの一番奥。
このフロアは兵器関連の実験室だとゼロが言っていた。最悪そこには兵器が眠っていると考えておくべきだ。なら戦闘になる可能性だって十分あるし、今この瞬間起動する場合もある。
いや、電源が入っていたということは既に起動状態ではあるということなのか。
モニターの文字列が目まぐるしいほど移り変わっていく。
動きがあるのはそれだけだ。
薄暗いこの室内も特に危険物は無い。
仄暗いこのフロアも静寂に包まれている。
音一つしない。
けれど、その奥には今にも動き出しそうな殺戮兵器がある。
『完了しましたー!!』
アンの歓喜の声に、L777はびくりと小さく飛び上がった。
「おー、おめでとさん」とゼロ。
『はいっ。データも全部すっぱ抜けたので、もう大丈夫ですっ!』
ふふ、と笑うアンの声を聞きながら大きく胸をなで下ろす。
なんとなく、その笑い声につられて笑っておく。そうすると落ち着けるような気がした。
「この後どうするんですか、ゼロさん」
「んー。まぁ、このフロアの他の部屋も見て、それから一番奥かな」
「いィ!? やっぱり行くんですか!?」
「まーね。どーする? ナナは留守番する?」
「い、行きますよ! 行くに決まってるでしょ!」
ゼロが口元に笑みを浮かべながら机から下りる。
「じゃあ、行くか」
「イエッサー!!」
鼓舞しようとして裏返ったL777声に、ゼロの笑い声が隠れた。
beyond the call of……. 玖柳龍華 @ryuka
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