act.009 PIN
◇
警報が鳴った。
「おい、O202!何の警報だ!」
そのとき部屋にいたSF-E001はチップを介して情報部に連絡をいれる。
だが、返事がない。
雑音が遠くから聞こえたり、通信環境が悪かったり、そういう状況ではない。
無音。
連絡機能が遮断されている。
ピンは作業机の引き出しを開けた。
ずっと前。まだ戦場をかけていた頃。チップの不具合により、通信が出来なかった時期があった。そのときに利用した片耳に装着する型の旧無線機がそこに入っていた。
そのとき担当だったSF-O202がもう片方の無線を持っていれば通じる。
処理に困っていたものがまさかここで役に立つとは。といっても、相手が持っているとも限らない。
一か八か。
「おい!O202!聞こえるかクソアマ!」
ザー。というノイズ音。
ザーザーという波の音に混じって、高い声が聞こえる。
『…………が……ア……ク………』
「あ"!?ちゃんと喋れ!言葉下手くそか!」
『誰がクソアマだつってんのよ!このクソ野郎が!』
ピンはグッと拳を握る。
『アンタねぇ、いきなり無線起動させるんじゃないわよ!びっくりするじゃない!ってか、うっさい!今それどころじゃないのよ!』
「おーおー所詮
『手が空いたら殺すッ!』
「お前に殺せるもんかよ」
『ハッ。あたしが殺すまでもなくアンタ死ぬかもしれないわよ』
機械越しにカタカタカタとキーボードを叩く音がひっきりなしに聞こえる。
無線がしっかり機能するのを確認し、ピンはそれを耳にはめて準備に取りかかる。異常事態だということは言われるまでもなく分かる。
今はE番号の仕事をする時間ではない。M番号、ないしはS。
「へぇ。俺が誰に殺されるって?」
『聞いて驚きなさい――味方よ』
グローブをはめる手が一瞬止まる。
「……ハッ。全員格下じゃねぇか」
『「1」年代より前の全員が、と聞いてもそんな余裕ぶっこいてられる?』
「……『1』年代?まさか、旧型チップ全員が乗っ取られたのか!?」
『えぇ、そのまさかよ!ウイルスに感染したっていうのかしらねぇ!』
「ウイルス……ってことは何か!?旧型チップと情報部間の通信機能から割り込んできてるってのか!?」
『今のところはそう言う見解よ!だっからアンタとお話ししてる場合じゃねぇってのいうのよ!
動きやすい靴から戦闘用のブーツに履き替える。白衣は――いいか。服まで着替える必要は無い。
「基地内の敵は!?」
『すでに戻ってきてた旧型チップ所有者と、機械共。それと、聞いて驚きなさい。西軍ご自慢の
「……ジャガノ?」
『はァ!?アンタ、忘れたっていうの!?人が操作するバケモノ兵器よ!』
「覚えてるわ!舐めてんのかクソが!なんで西軍が滅んだのに西軍の兵器が動いてやがんだよ、ゾンビか!」
『あんな連中が蘇って堪るかァ!』
そんなことより、と。
O202の声が急に低くなる。
『アンタの仲間達今正気じゃないけど、まさか戦う気じゃないでしょうね?』
靴を履き終えたピンは椅子から勢いよく立ち上がり、軽く体をほぐすようにジャンプをする。
「は?戦うけど?」
『バッカじゃないのアンタ!』
「あ"ァ!?」
『いくらアンタが強くても1人じゃ絶ッ対、無理よ!』
「そうは言ったって、仲間は寝返ってんだろ?いねぇじゃねぇか!」
『ゼロさん達が非番なの忘れたの!?なんとか合流しなさいよ!』
「その案内すんのがお前らの仕事だろうが」
『無理だつってんだろうがこンの野郎が!』
作業部屋のドアの前に立ち、腕を体の前でクロスさせる。
屈伸をして、それから首を回す。
そして、ずっと壁に立てかけていた武器を取る。
『悪いけど今言えるのはそのぐらいよ。まぁアンタならなんとかなんでしょ』
「おい、デブ。無線はつないどけ。何かあった時一々入れんのダリぃから」
『一言多いわねド腐れ野郎。まぁいいわ――グッドラック』
「テメェもな」
ピンは蹴破るようにドアを開けた。
何もない真っ白な壁が、見知ったはずの通路が、まるで知らない場所のように見える。
ひとまず、ゼロを探す。
奴のチップがおかしくなることは確実にない。それに情報を共有しておきたい。それとも大将の元に行くべきか。何もしてないくせに口だけ達者な連中に腹が立たないわけではないが、あの若大将ならまだマシだ。
そもそも、敵は何故急に攻め込んできたのか。
まぁ敵本拠地を落しに来るのは定石だが……まさかこちらがチップの改良をする前に勝負を仕掛けに来たということなのか。
それならこっちも敵の弱みの1つや2つ握ってやる。そのまま全部潰してやる。
ピンが廊下を進んでいると、2メートル弱の機械兵と遭遇した。
西軍全盛期に直に装甲歩兵を見たことはないが、データとして見たことがある。
西軍滅亡後、敵とは言えその技術力を使わないのは無駄だと思い、東軍はその技術を受け入れた。東軍が現在使っている重装甲歩兵はその結果である。
だが、腹立たしいことに西軍技術は抜群だった。
それを参考にしたというのに、重装甲歩兵は
ピンは抜刀した。
ゼロが愛用している剣とは違い、機能は同じだが形状は刀。
その軍刀で見かけた機械兵に斬りかかる。
長い間刀を握っていないが、さび付いたりはしていないようだ。
一撃で相手を落し、周囲を確認する。
だが、他に機械兵は見当たらない。1機だけがここにいた。
攻め落とすなら群れていた方が圧倒的優位になるはず。
ピンは振り返り、今し方停止を確認した装甲歩兵に目を落とす。
中に入っている人間を包む甲殻を軍刀で切り開き、中を確認する。
機械に包まれていたのは、鉄で出来たマネキンのようなものだった。
人工皮膚を着けていないアンドロイドなのか、改造を進められた人間なのか。見た目では区別がつかない。
これも西軍の技術の塊だ。これを解析できたら何よりだと思うが、ここで潰しておかなければ再起動しかねない。
ゼロの左手があれば話は別だったが、しかたない。
ピンは人型をした鉄の頭部に軍刀を突き刺した。
思い出すのは昼間のことだった。
任務を終え、疲れた表情ながらも達成感を滲ませた仲間の面。
彼らがこの人型になってしまう前に――奴に会わなければ。
ピンは刀を鞘にしまい、再び行動を開始する。
いつの間にか奥の歯を強く噛み締めていた。
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