act.010 Crush


 ◇


「……は」


 L777の口から声が落ちた。


 情報部に向かう途中、奇襲された。

 仲間に。


 理由は分からないが理屈は分かる。

 つい先日、潜入した敵建物内で操られた仲間と対峙した。

 それと同じ原理で仲間が乗っ取られてしまったのだろう。だが、何故急に。


 先日のは、拉致をされて改造されたから。

 なら、今日のは。


 どちらにせよ、敵対してしまった仲間は話しかけて戻るようなものではない。

 L777は銃を構え、一歩ずつ後退した。

 撃つのか?仲間を。


 隣にいたゼロが前に出た。

 剣を手にした右手と、何も持っていない左手。

 後から遅れて硬い落下音がした。先ほどまでゼロが居た場所に2丁の銃が残される。


 また、自分は何も出来ない。

 自分には撃つしか能がない。だが最弱の威力である通常弾ですら機械に穴を開けるほどの威力はある。そんな銃弾を人に向ければ、どうなるか。

 一番効果があるであろうEMP弾は、ここで使ってしまうと基地の全てのシステムがダウンする。

 出来ない。自分には。


 そうして止まっている間にも、ゼロに全てを担わせてしまっている。


 敵である仲間の手には同じ特殊銃が握られている。

 かすめるだけでも十分な威力を発揮する。そんな銃弾が飛ばされる中、ゼロは剣一振りで銃弾を弾き、格闘術で相手の動きを奪っていく。

 床を蹴り。壁を蹴り。敵である仲間の体を踏み台にし。

 負けるはずがない。死ぬはずがない。動きの一つ一つがそう確信を運んでくる。


 普通の兵に剣の装備は付属していない。上に申請し、初めて手渡される武器だ。

 L型銃の所有者よりもS型銃の所有者の方が所持率は高い。少数精鋭である特殊部隊は更に高い。

 剣の刃で切りつければもちろん人間はひとたまりも無いが、その硬い柄で突けば。

 おそらく相手は肉体のどこかしらを機械化しているはずだが、そこを硬い柄で突けば。


 ――勝機はある。


 L777は床を蹴った。


 ゼロに襲いかかる仲間の1人の腹を自分の特殊銃で突く。

 棒術の訓練はしていないのでこのまま銃を打撃武器として使うことは自分には無理だ。

 少し怯んだ相手の、剣を持つ手を捻り上げる。

 だがそう簡単に手放したりはしない。


 足の甲を思い切り踏めば怯むだろう。だが、足を機械化していた場合、怯む羽目になるのはこちらだ。

 鳩尾を狙うのも同じだ。腹部を機械化、あるいは特殊防護服アーマーを着用していた場合効果は薄い。


 L777は手を捻り上げた相手の頭部に思い切り自分の頭部をぶつけた。頭突き。

 戦闘員は手足や呼吸器官を改造することは多いが、首から上は弄らないことがほとんどだ。

 思い切り、ガツン!と。

 相手が怯んだ。


 その手から剣を奪い取る。


 ゼロほど動けないが、訓練はした。

 少しは足しになるはず。いや、そんな理屈っぽいことを考えている場合ではない。

 やるしかない。


「ゼロさん、俺、引き受けるんで1人ずつ左手でやっちゃってください!」


 ゼロのほうを見る余裕はない。

 ゼロが聞いてくれたか確認する余裕はない。


 視界に入る全ての情報を即座に処理しなければ、やられるのは自分だ。

 ゼロに言った言葉はもう復唱できない。覚えていない。

 ちゃんと言えたのかさえ分からない。


「オーケイ、相棒」


 だから。

 そう聞こえたのは、もしかしたら空耳だったかもしれない。




「お前、近接できたんだな」


 正気を取り戻しただろうが、気を失った仲間達を近くの部屋に運び入れる。

 医務室だった。できることなら丁寧にベットに寝かせたいところだが、その時間もスペースもない。


「訓練しかやってないんで、もう自棄に近かったですよ」

「うん。まぁそんな動きだった」


 そう言われ、乾いた笑みを返す。


「剣、装備すれば?便利でしょ」


 ゼロはL777の腰回りを指さした。

 先ほど拝借した剣はもう少しお借りしたい。ついでにホルダーも。

 若大将に言えば用意してくれるんですか――言おうとして、爆音に遮られた。


「今のは!?」


 ドアの方を振り返る。


「……東軍の、歩行型無人爆撃機」


 今度はぽつりと難しい顔で呟いたゼロの方を振り返る。

 ゼロは肩をすくめた。


「確信はないけど」


 ゼロは再び2丁の銃を手に持ち、ドアを開けた。L777も部屋を出る。


 音がしたのは部屋の右から。

 退出後、計3つの銃口が右を向いた。


「――いィ!?」


 通路の高さも幅もギリギリの兵器がそこに収まっていた。

 黒い煙が周囲を漂う。

 東軍。歩行型無人爆撃機。

 威力のあまりない敵機械兵を殲滅するために開発された兵器だ。1発の爆撃で、1機どころか複数の機械兵を落とす。

 もちろん、壁の1枚や2枚なんかで防げるものではない。

 移動速度は遅く、攻撃に特化した兵器だ。爆撃範囲も広い。

 そして、爆撃の形状も変幻自在に操る。円形状に爆撃することも、放射線状に爆撃することも――直線上に爆撃することも、可能だ。


 その発射口がこちらを向いた。


「……確か、あれって」

「ちょ、逃げましょうよ!流石に待避ですって!」

「通常弾、効かねェんじゃなかった?」


 背を向けたL777の口が徐々に開いていく。


「確か……レーザー砲で穴が開くんだっけ?」

「……俺の記憶が正しければ、敵小型航空機の爆撃を食らってもピンピンしてましたよ」

「だよなぁ」


 ゼロの左手に収まった銃の姿が変わる。

 形状、電磁砲。


「……あと、シールド搭載です」

「最悪、これはここでポイだな」


 充電的に考えて、電磁砲はせいぜい3発。

 遠距離や銃弾を完全にではないが弾くことができるシールドを前に、3発がどれほどの威力を持つのか疑わしい。

 近距離ならばシールドの効果は発揮されないが、剣で為し得ることは少々深めの傷をつけられることぐらいだ。


「俺のでやりますか?」


 遠距離型の方が威力は高い。


「それ、最終手段に近いから」


 ゼロの銃に光が集まる。

 相手の速度は遅い。チャージするだけの時間は十分ある。その分消費電力は激しいが、威力が増す。


 収束した光が目に刺さる。だが、まだだ。


 近づいてきていた兵器が足を止めた。

 相手の射程に入ったらしい。

 相手の銃口に熱が集まる。

 だが、まだ。まだだ。


 もう少し。


 相手の銃口が、銃身が赤くなる。

 隠密活動をさせる必要が無いため、嫌な音が辺りを包む。

 聞き慣れた、けれど慣れない、身体を麻痺させるかのような嫌な音。


 だが、まだだ。もう少し。まだいける。


「邪魔くせェんだよ、グズ野郎が!」


 突如、背後からの突き刺すような声。


 1つの影が2人の後ろから飛び出した。

 真っ直ぐ、砲弾のように突き進む。

 白く長い裾がはためいた。

 まるで人を思わせない速さで相手までの距離を一気に詰め、握りしめていた拳にそのままの勢い全てをのせて、直接相手にたたき込む。

 瞬間、飛散。

 花火のように機械の欠片が周囲を舞った。

 破片のいくつかが壁に刺さる。

 欠片が飛び散り、原型はまるで思い出せない。


「どうよ!」


 振り返ったその顔の、その口元は大きくあがっていた。

 その声の大きさに破片が少し動いた気さえした。


 すっかり静かになった銃を下ろしながら、ゼロは片足に体重をのせた。


「ひっさしぶりにみた、その人外パンチ」

「ダッセェ名前つけてんじゃねェよ」


 白衣にポケットに手を突っ込み、踵を床にぶつけるように歩きながら戻ってくる。


「あ、銃は借りてるから」

「返せクソ野郎」

「そのパンチあんなら要らないだろ」

「要るわボケ!」


 戻ってきたピンはゼロの手から銃をあっさりと奪い去った。

 空になった自分の右手に視線を落とし、グーパーと動かしたゼロはそのまま動かし続けながら、「でさぁ」と話を切り替えた。


「なんか、ピンの耳元煩くない?それなに。無線?」


 その指摘に、ピンの双眸が無線をつけている左耳に寄った。


「あぁ。デブと繋がってる」


 声は明細に聞き取れないが、無線から漏れる声が呼応するように主張した気がした。

O202オーツ―か」とゼロが呟く。L777の脳裏にはいつか目撃した不毛な口論をする2人がよぎった。


「敵の機械共は情報部を乗っ取ろうとしてるらしい。だから今向こうは――」


 2人に現状を話し始めたピンだが、ふと言葉を切り、再び目を左側に寄せた。

 耳につけた無線を外し、ボリュームを上げた。普段聞かないようなO202の声が3人の中に割って入ってきた。


「おい、クソデブ。今の話もっかい言え」

『人にもの頼む態度じゃないわよねそれ!』

「いいから言え」

『だから、上空に敵UAVの接近を複数確認!アンタなら落とせるでしょって言ってんの!』

「O202さん!」


 L777は無線に近づく。ピンが手にした無線機をL777の方に少し傾けたのとほぼ同時だった。


「俺が落とします!方角を教えて下さい!」

『その声……L777さん!?合流出来たんですね!』

「はい!」

『マークしたマップを転送します!』

「お願いします!」


 ぽん、と肩を叩かれた。

 正面にピンがいる。なのでその人物は1人しかいない。


「ピンと合流したし、お前はそのまま屋上に行け」

「分かりました」

「そういえば、西軍の兵器を見かけた。どうなってんだ、あれ」とピン。

「兵器?あぁ、装甲歩兵の話?」

「あぁ、それそれ。滅びて十年近く経ってんのに、なんで中の人間まで」

「そりゃ、火葬してないんだから動くよ。最悪、火葬しても動くよ。ほとんどが全身を機械化してる。アンドロイドなのか人間なのか、区別つかないぐらい」

「んじゃ、何か?チップを外部から刺激して、たたき起こしたって言うのか?」

「最悪、修理されてるかもしれねェ。人工知能だって、機械作れるから」

「どうする?ぶっ殺すか?」


 そう言って、ピンはゼロの左手を指さした。

 何を指さされたのか、ゼロが自分の手に視線を落としたのはそれを確認するためだったのだろう。すぐに顔を上げて、そのまま天井を少し見上げた。そのままわずかに首を傾け、「それ、おかしくない?」とピンに視線を降ろす。


「もう、死んでるよ、あいつら」


 いつも以上に遅い口調だった。

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