act.008 Emergency

 鼓膜を破るような音がし始めるよりも前。

 先に動いたのはL777の隣にいたゼロだった。


 まるで予知したかのようにぴくり、と反応したゼロは、警報を確認すると中庭からまず上空を見上げた。遅れてL777も立ち上がる。

 2人の周囲にいた猫達は音に飛び上がり、すぐさまにどこかへと姿を消した。無事に逃げたのだろう。少なくとも今の自分たちより危険ではないはずだ。


 上空に異常は無し。航空機が攻めてきているようには見えない。

 ゼロはL777に一瞬目配せをして、すぐさま中庭に取り付けられた中への扉へ駆け出し、素早く開けた。その後をL777が続く。


 基地内は赤いランプが灯され、警報が継続的に鳴り続けている。


 左右を確認したゼロに倣って、L777も周辺を確認する。仲間の姿が見えない。

 まだ兵士達が全員戻ってきていない時間とは言え、居なさすぎる。すでにどこかに集まり幹部から指示を受けているのか。

 なら、自分たちもすぐにそれに合流しなければ。


「ゼロさん!」

「――保管庫に行くぞ」


 言い終わる前に、ゼロは特殊銃を厳重管理している保管庫方面へ無音で駆けだした。


「なんで保管庫なんですか!?」とL777は後ろを走りながら尋ねる。

「現状が掴めない以上、戦える準備をしとかないとジリ貧になる」


 なるほど、と返答し、L777は足を速める。


「エラーとかじゃないですよね?」

「多分違う。通信が入らないってことは、多分内側に攻め込まれたんだと思う」

「……まさか、通信室に敵が!?」


 情報部所属の人間は特殊銃を所有していない。持っている武器は護身用程度の特殊警棒のみ。女性の力でも戦えるほどの利便性を備えているが、戦闘になれていない情報部ではパニックになったりして上手く戦えるはずがない。


「シェルター化してればいいけど……」


 情報部を囲うように取り付けられている防護壁を降ろしていれば、出入りは難しくなるが身の安全は保証できる。


「内側から攻められた以上、多分ネットワーク系は信じない方が良い」


 なら、すぐにでも銃を回収し、情報部防衛のほうにも人員を割かなければ死人が増えてしまう。


「でも、ゼロさん。なんで先に気づいたんですか!?」


 警報が鳴り始める、ほんの数秒前のことだ。予兆はなかった。


「基地内放送の時、ここのアナウンスは小さくノイズがはいる。それが聞こえただけ。まさか、警報だとは思わなかったけど」


 てっきり徴収だと思ったのだろう。

 だが、事は最悪だった。



 無音の足音と、軍用ブーツの硬い足音が曲がり角にさしかかろうとすると、曲がり角越しに不穏な影を目にした。

 先を走っていたゼロは急ブレーキをかけ、手を出しL777の動きを強制的に止めた。ゼロの腕につんのめりながらも、L777は曲がり角直前でその足を止めた。


 何か居る。言うまでもなく分かる。

 影から推測すると――。


「人型!?」

「……、」


 現状は最悪だ。対抗手段の筆頭である銃がない。

 ゼロは常日頃から携帯している剣を取り出し、身を低くして構えた。

 ゼロが動くよりも前に、先に向こうが動いた。


 曲がり角から姿を現す。

 一歩遅れたが、一秒には満たない。

 剣で斬りかかろうとしたゼロは、すんでの所で軌道を変える。

 右上から左下に。その軌道を改め、振り上げたその剣を相手の肩に思い切り刺した。

 剣の根元まで奥深く突き刺すと、敵の人型兵器は怯むように動きを止めた。

 その隙に、ゼロは左手を頭部にあてる。

 チップによる強制ハッキング。


 数秒すると、その兵器は膝から崩れ落ちて動かなくなった。


「……、」


 敵増援の様子はない。


 ゼロは刺しっぱなしになっていた自身の剣を肩から抜いた。


「……これ、中に人が入ってるタイプのものですよね?」


 戦車同等の装甲を持ち、それでいて生身の人間以上の機動力を備えている外装。


「――装甲歩兵ジャガーノート

「俺、見たことないんですけど……」

「なっつかしい……。これ、西軍のだわ」


 え、とL777は倒れた装甲歩兵から遠ざかる。

 西軍の科学力は当時の東軍では足下にも及ばなかった。そして、とうとう人が扱える範疇を超えた。その当時の欠片が何故か今ここにある。

 それどころか。


「人が居なきゃ動かない装甲ってことは、まさか――」

「やば、ゾンビじゃん」

「言ってる場合か!」

「にしてもすげぇな。西軍の装甲歩兵の硬さって対戦車擲弾パンツァーファウストすら物ともしねぇんだけど、この剣対抗できるわ」

「言ってる場合か――って、え?」


 それ、通常弾すら効かない可能性があるのではないか。

 それほど硬い相手に生身のまま対抗するのは死に急ぎと同じだ。すぐにでも保管庫に行かなければ。


「とりあえず、無力化さしといたから。行くぞ」


 ゼロは左手をぶらぶらとさせたのち、再び走り出した。

 色々と思うところはあるが、今動かすのは頭ではない。

 自分たちの役目は作戦を練ることではない。敵を殲滅させることだ。それ以外に考える必要は無い。



 ゼロを先頭に廊下を駆け抜ける。

 脳みそは働かせていないが、外から敵が入ってきていることは分かる。度々廊下で鉢合わせるからだ。

 その度に、ゼロは足を止めずに切りかかる。

 単数だろうが、複数だろうが、右手に持つ剣一つで全て裁き、直進する。

 そのため、通った後は敵兵器の残骸だらけだ。


 そして、保管庫にたどり着く。


「くそっ。開いてねぇ」


 ゼロは左手でガツン!と分厚いドアを叩いた。

 そのまま殴りつけた手を壁に接触させる。

 強制ハッキングとはいえ、ハッキング対象の防衛レベルが高ければ時間がかかる。


 その間、L777は耳を澄ませた。

 通信室からの小さな音も逃がさないように。接近してくる敵にすぐ気づけるように。


 警報の音は、いつのまにか無くなっていた。

 建物内を照らす赤い光もいつものものに戻っている。


「開いた」


 勝手に開けたのバレたら怒られるわ、と小言を言いながらゼロはようやく開いたドアの隙間に身を滑らせた。

 中に入ると、2人は一直線に自身の銃の元に向かう。


「所々開いてるのは、多分まだ外にいるんでしょうね」

「かもな」


 自身の銃を手にしたゼロは、そのまま別の銃を探した。

 保管庫の銃はS型とL型で別々に置かれ、他は識別番号順に置かれている。


 S型。年代番号0。序列は01。


 借りるぞ、と一言残して、その銃を左手に掴む。

 特殊銃は所有者のチップと共鳴し、初めて使用可能となる。そのため他者の銃は使えない。だが、ゼロの左手にかかればその課程は全て飛ばせる。


L777ナナ


 保管庫を出て、既に待機していたL777と合流する。

 L777は銃を両手に持ったゼロを見て、わずかに目を大きくした。

 だが驚いている場合でもない。


「はい」

「2人じゃ流石に限界がある」


 L777は無言で頷く。

 ゼロが使えないとは全くもって思わないが、少なくとも自分は使えない。

 銃を手にした今になってようやく気づいたが、自分は至近距離には向いていない。

 対空砲――誰が呼び始めたかは知らないが、その射程距離が自分を生かせる距離だ。

 せめて狙撃でないと。


「まず、SF-E001をさがす」

「……、ピンさん」


 識別番号を言われ、一瞬誰なのか分からず反応が遅れた。

 そのわずかな間に、ゼロの目が左の様子を一瞬窺った。


「そうすれば、お前を屋上に配置できる。上から基地の様子やら敵が攻め込んできてるかを確認し、敵を見つけ次第全部撃て」

「ゼロさんたちは?」

「どっちかが基地内の掃除。どっちかが非戦闘員の護衛」


 ゼロは言うことを聞かせたE001の銃を右手に持ち、自分の銃を左手に構えた。そして、左手を挙げる。


「と、同時に。上のジジイたちに指示を仰ぐ。好き勝手やった後怒られるのも癪だしな」

「……そのためにも、まず情報部の状況確認が出来ないとですね」

「情報部に向かいながらピンを探す」


 パシュ、と小さな音がして、ゼロの銃から光線が放たれた。

 左側遠方。射撃範囲はL型――ロングレンジ。

 それは中型無人兵器の核を貫いていた。


「よし。方針が決まったな」

「ピンさんの居場所に心当たりは?」

「ねェ」


 ゼロは軽く肩を回した。

 続けて首を回す。


「んじゃ、派手にやってやるか」


 そして、不敵に口角を上げて笑った。

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