act.007 Off duty
◇
基地で一番アナログなものは、おそらく図書室と呼ばれている資料室の本だ。膨大の量の本がそこに置かれているが、特段利用者は少なく、保管場所に成り下がっている。人の出入りが少ないせいか、意外と保存状態は良い。数日で読み終えられる量ではなく、下手すれば一生かけても読み終えられない。
時間を潰すにはそこ以上に適切な場所はないかもしれないが、生憎ゼロに本を読む趣向はない。
というよりも、読み書きを集中して学んだ時期はないので1冊すら読みおえられる気がしない。1頁で断念する自分が想像できる。
基地内にある射撃場でたまには実弾に触れるのもいいが、非番の日にまで銃を握る気にはなれない。
一番居て気が紛れる場所は食堂だが、胃袋は無限ではないし、任務後の兵士達が集うと場違いな気がして気が引ける。
結局、当てもなく基地付近の敵の居ない廃れた大地を眺めたり、散歩がてら戦闘しない程度に基地を離れたりするのだが、最終的に落ち着く場所は基地の中庭である。機械だらけの建物内とは違い、戦地にて自生している植物とも違い、中庭には人口的な自然が満ちている。
地面は芝で埋め尽くされており、その中央に大型の樹木が1本茂っている。木陰に寝転がるのも気持ちいいが、姿を隠す意味も込めて木に登ることもある。
ピンに初めてそれを知られたときは「猫か」と笑われたが、意外とそれは的を射ている。
この中庭には度々猫が遊びに来る。人の手が入らなくなり、ありのままの姿を取り戻した自然で生きている猫が遊びに来ているのか、見かけないときはほとんど見かけないが居るときに居る。
どうやら今日は後者らしい。
「……、」
そういう猫は決まってすり寄ってきて、猫なだけに猫なで声で何かをねだってくる。おそらく空腹を訴えているのだろう。生きるのが下手くそなのか知らないが、自然と他人事には思えず、追い払ったりすることなく共に時間を過ごすことにした。
胡座をかいて座ったゼロの膝辺りに乗ったり、背中をよじ登ろうとしたりとなかなか遊ばれている。
ほどよい気候にうつらうつらとしていると、その猫たちが急に動きを変えた。
ゼロを盾にするようにして、何かに怯えるようにどこかを見ている。時間つぶしを付き合ってくれている仲間を邪魔するものは誰なのか。視線を向けると、最近よく目にする顔がそこには居た。
普段ゴーグルを着用している姿を見ているので、ただの眼鏡姿はあまり見慣れない。
「……ゼロさん、何してんですか」
少し時間を振り返ってみる。
もう今日という日は半日ほど過ぎた、が。
「なんもしてないわ」
「なんもって、猫と遊んでたんじゃないんですか?」
近寄ってきたL777を警戒するようにゼロは自分を壁にする猫達を見下ろす。
「遊んでたっていうか、遊ばれてたっていうか」
L777はある程度近づくと、足を止めた。
どこか困惑しているL777と猫を交互に見てから、ゼロはL777に尋ねる。
「猫嫌い?」
「いや、猫は好きです。ただ、猫は俺のこと嫌いみたいで……」
ゼロが少し前に動くと、猫達も盾の移動に伴って少し前進する。
「……お前、こいつらに何したの」
「なんもしてないですよ!」
弁明するために声量をあげたL777の声に猫はびくりとして警戒心を増した。
その様子を見て、妙に得心した。
「お前、声デカくて煩いからじゃね?」
えぇ……とL777は肩を落とす。
「声のデカさは生まれつきです」
「うん、なんかそんな気がするわ。お前内緒話とか苦手そう」
「なんでバレてるんですか」
「話の流れで分かるわ。ってか、何でここ来たの」
「……ゼロさんに聞きたいことがあるんです」
神妙気味のL777の顔を見ながら、ゼロは「ふーん」と間をつなぐように唸り、少し横にずれた。
「猫、触れるんだっけ?」
「猫が嫌がります――って話聞け!」
「声。デカいと逃げるから」
ゼロは自分の脇にいた猫を1匹抱きかかえ、その猫をL777の腕に無理矢理のせた。そこまでされて、手を出さなかったらこの男は猫を手放しかねない。L777は渋々手を出し、猫の体を支える。
肩に変な力が入っているのが自覚できる。けれど、どこかで力を抜いたら今抱えている命を落としそうで、不格好なまま静止した。その姿を見て、ゼロは一度頷いた。
「まぁ、穏やかにいこうぜ」
先手を打たれたのだと、ここでようやく気づいた。
この状態では、ゼロに手を出すことはもうできない。尤も、手を出すつもりでここに来たわけではないが。
逆をいえば、何かされるようなことをしたとこの男は少なからず恐れているということになる。軍最強を謳われる男のくせに、妙に小さいというか、子供っぽいというか。
根は争いを好かないの人なのか。
「ゼロさんって、昔のこと聞かれたらブチ切れるタイプですか?」
「例えば、西軍の頃のはなしとか?」
「――とか、
「いや、別に。なに?興味あんの?」
面白くないと思うけど、とゼロは自分の脇にいる猫の頭に指を伸ばした。
「興味というか……敵の組織に入るって、相当のことじゃないかなぁと思って」
「んー」と言葉を濁すように唸ってから、「そう?」と首を捻った。
「『そう?』って……」
「俺、西軍に思い入れとかねェからさ」
「え……ないんですか?」
「んー」と今度は平坦に頷くようにそう唸り、「ないね」とむしろ清々しいほどあっさりと答えた。
「
「……いれなくなるようなこと、したんですか?」
「さぁ?あ、でも
「してるじゃないですか……」
L777の腕にいる猫が小さくニャーと鳴いた。
「ってか、やっぱ俺が西軍出身だって知ってたんだ。若大将から聞いたとか?」
「そう、ですね……。左手でなんとなくそんな気がしたので、若大将に確認を取りました」
「うへぇ。遠回りしたね。俺に聞けば良かったのに」
「聞けるわけないでしょ……」
「まぁ、仲間殺しだしね」
ゼロはいつものけだるげな口調で包み隠さずそう言った。
L777は罪悪感に近い胸の痛みを感じた。
相手がこれだけばっさりしているのなら、自分も変な気を遣うべきではなかったかもしれない。
「俺、次にお前に会ったらぶっ殺されるって思ってたんだけど、意外と普通でびっくりした」
「そう思われてたことに、俺がびっくりですよ」
「だって。普通、仲間殺されたら怒るでしょ。ぶち殺しにかかるでしょ」
ピンとか凄いんだから、とゼロは笑いながら猫をなで続ける。
ハハハ、とL777は乾いた笑みで対応したが、多分笑い事ではない。
「……その理論でいくと、ゼロさんは
「その理論でいくと、今の俺は昔の仲間もぶち殺すことになるね」
俺めっちゃ忙しいじゃん、という一言はひどく他人事だった。
ゼロは猫達から目を上げ、西の方をぼんやりと眺めた。
太陽が傾き、あと数時間もすれば今日が終わる。
外に出ていた兵士もきっともうじき戻ってくるだろう。
「また、明日から任務ですね」
「なー。めんどくせ」
「……今日、非番になったのって俺のせいですかね」
例の任務後、使えなさそうな自分はその姿のまま大将に出会っている。
あの状態で戦地に行けば、間違いなく死んでいた。
「いや。多分俺のせい」
「え?」
「俺のせいっていうか、いつもそう」
俺と組んでる間は覚えといて損はないかも、とゼロは断言した。
「……そう、なんですか」
慢性的な人員不足であるのにも関わらず、上は今日の非番を即決した。
そうしなければならないような事情が、昔あったのかもしれない。
どこか掴めないところがあっても、人間離れをした戦闘を見せても、結局は人間。
L777は内心で深々と頭を下げた。
戦地では死と隣り合わせだ。けれど、この人と組むということに少し前向きになれた気がする。
L777は抱えていた猫の背を大きく撫でた。
猫が気持ちよさそうに目を細め、少し腕にすり寄ってきた。
そんなL777の方へ、もう1匹別の猫が寄っていく。
その直後。
空間を斬り裂くようなけたたましい警報が敷地内を包んだ。
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