act.002 A joint struggle


 ◇



『その近くでドッグタグ生体反応を確認しました』


 任務に出た2人はO202オーツーの指示に従い、バギーから降りた。

 基地からずっと離れた見知らぬ土地だった。長い間座っていたため伸びをしたくなるが、そんな気を緩めている場合ではないと肌で感じる。

 まだ姿は確認していないが、痛いほど分かる。ここは敵地のど真ん中だ。


「敵性反応は?」


 ゼロはゴーグルをかけ直しながら周囲を見渡す。


『レーダーによる感知では確認できません。ですが、ステルス機能を考慮するといないとは断言できません。気をつけてください』

「了解です」とL777は答え、背負った銃を手に持った。


 元々は市街地だったのか、建物の残骸が数多く見られる。そしてその瓦礫の山が死角を複数作っていて、ひどく落ち着かない場所だった。

 L777は小さく口を開けて息をする。それでも息苦しく感じるぐらいだ。


 左手に銃を持ち、特に構えることなく踏み込んでいくゼロの後ろを体を縮こませながらついていく。


『ゼロさん、ドローン使ってくださいよ』

「えぇ……」

『使ってください』


 まるで目の前で凄まれたような気迫を帯びた彼女の声に、ゼロは不満そうな顔をしながらも渋々承諾した。

 ハンドサインでL777を呼び寄せ、2人は瓦礫に身を潜める。

 ゼロは右手でベストのポケットから小さな直方体の物体を取り出し、宙へ放った。それは落下することなく、空中で姿を変形させ、ヘリコプターの形を象った後、無音で飛行を開始した。

 小型ドローンの映した光景がチップと共鳴し、2人に視覚情報として届けられる。それを把握し、安全を確認してから2人は再び移動を始めた。


「ってか、ステルス使われてたら見えないよね」

『熱感知もしてるんでご安心ください』

「へぇ」と関心げに呟いてから、ゼロは「ラジャ」と切り返す。


 先行するドローンの後をついて歩いていると、ふとゼロが足を止めた。


「ゼロさん?」と声をかけると、彼は口の近くで人差し指を立てた。

 そしてハンドサインで「後方、確認」と指示を出す。


 ドローンの視界に前を預け、L777は自らの後ろを振り返った。


「……特には」

「いや」


 ゼロは左手で銃を構え、一点を見つめた。

 L777がそこにある何かを確認する前に、ゼロの中距離特殊銃からエネルギーが噴出された。その弾丸は近くの家の窓だった場所に入り込み、姿を消した。


「――クリア」

「何がいたんですか」

「多分、敵の索敵兵器」

「えっ」

「このヘリぐらいちっこい奴が飛んでた」


 もちろんエンジン音なんかしない。こちらも無音ならあちらも無音だ。


「何で気がついたんですか」

「んー。なんとなく?」

「そんな無茶苦茶な……」

「視界の隅で動いた気がしたんだよね」


 ステルスなら気づかなかったわ、と緊張感の欠けた声でそう言うと、ゼロは再び歩き出した。

 ゼロの弾が飛んでいった方向を少し見てから、L777も再び前を向いた。


『その先の少し開けた場所に敵の反応を複数確認』


 2人は足を止めて耳を傾けた。


『ゼロさんはいつも通りあたしの指示で。L777さんは今からO201の方に託します』

「ラジャ」


 少し低くなった声でそう答えると、コツコツという硬い音がしてその音の方に振り返った。敵ではなく、ゼロが自身の銃を剣の柄で叩く音だと認識すると少し長い息を吐いた。

 ゼロは手で「援護宜しく」と合図を出すと、耳から聞こえてくる声に小さく返答をしながら先へ進んでいった。

 逞しいその後ろ姿に「気をつけて」とハンドサインを返す。見えていないけれどそれで良かった。


『こちら通信室、O201。L777さん応答願います』


 直接耳に聞こえてきたその声に返答が遅れた。基地で聞いた気弱そうな声ではなく、O202に劣らないほど芯のある声だった。


「……はい、こちらL777。聞こえてます」

『L777さん、これから狙撃地点を送りますから、移動願います」


 一言一言置くような彼女の声は危機感を染みるほど知らせてくる。

 今回はこの前のように他に仲間がいるわけではない。自分がやらなければいけないのだ。


「了解です」


 L777は分身とも言える銃を掴む手に力を込めた。




『L777さんの配置を確認しました』

「突撃、おけ?」

『どうぞ』

「おし」


 壁に背を預け、敵の様子を窺っていたゼロは左手にある銃に無言の指示を出す。銃はすぐさまレーザー砲の形に姿を変えた。

『ちゃんと申請してください』というO202に「まぁいいじゃん」と返答をする。

 しっくりと馴染む銃に不敵な笑みを零す。


「んじゃ、派手に行こうぜ」


 楽しげにそう呟くと、ゼロは躊躇わずに地を蹴った。


『敵、中型四足歩行が7体。中型飛行兵器が6体』


 耳に聞こえるその声に「OK」と答え、敵の群れに突っ込みながら左手の銃を目についた敵兵器の核に向ける。左手人差し指に力を入れる。それと同時に右手で剣を抜く。

 閃光が手前を射貫き、そのまま奥の物体に風穴を開ける。射貫かれた機体が地に崩れる。右手で穿いた機体が地に落ちる。

 それを気にせず、身体の重心を一瞬横に傾ける。前方より広範囲に放たれるエネルギー弾をそれで躱し、次に飛んできたそれを伏せるように躱し、自身の後方に回ったところで右手の剣で軽く触れる。途端、弾けとぶ。


 目だけを動かし次の標的に狙いを定める。視線に被せるように銃口を向け、直後に引き金を引く。右後方より中型四足歩行の前足部が刃物として振りかざされる。それを剣で受け止め、せめぎ合いになる前に足で蹴飛ばして距離をとり、すぐさまに右手を振りかざす。そんな自分に狙いを定めた後方の敵を察知し、銃を向ける――その前に、機体が停止した。


『L777さんの援護です』


 視界の端で敵が落ちる。

 正面の敵を撃つ。視界の端で敵が落ちる。


 不毛なことだらけだと、何度戦場で思ったことか。

 戦闘に入り、何度そのことを忘れたことか。

 この数年間何度もそれを繰り返した中で、明るい何かなんていまいち掴めずにれていたあの頃。こんな時代、こんな時世、人のために戦ってるのか、自分のために戦ってるのか、職で戦ってるのか、使命で戦ってるのか、消去法で戦ってるのか、趣味で戦ってるのか。気づけば見えなくなっていた。そんな頃、あのイカれた相棒と出会った。

 やってることが何であろうと、相方に手を着けられなかろうと、通じ合ったときは割と――。


 ゼロは戦禍の中、口角を上げた。

 育ちが良くないせいか、割と何なのかは未だに分からない。


「ナイスフォロー」


 ただ、そんな時。

 不思議と、こんな世界でも悪くないと思える。





 周囲に転がった機体が全て残骸であることを確認してから、ゼロは相棒の潜伏場所を確認するために後方を振り返った。


「……あいつ、どこにいんの?」

『すこーし離れた所にいますね』

「へぇ。どこらへん?」


 O202がゼロのマップにL777の狙撃地点をマークする。

 得意としないマップの確認に少し時間を費やす。


「マジで?随分下がったね」

『あの人、何故かあり得ないほどの遠距離の方が戦績良いんですよ。なので、あの人の今までの戦績よりアンが一番良い場所をチョイスした結果です』


 今向かってますよ、という声を聞いてからしばらくするとL777の姿を目視出来た。

 ワイヤーを伝えば上の道も通れるのに、律儀にも下の道を走ってくる。L型の銃はS型よりも重量はあるが、ワイヤーの仕様には問題はないというのに。


「対空砲とか?」

『はい。上空の敵は下手したら軍一番ですよ。ゼロさんより上ですよ?』

「えー。ってか、俺S番号だから。そりゃLには負けるわ」


 ゼロは左手で自分の銃を弄ぶ。

 その形が未だ変形後だったので、無言の命令を下し元の形に戻す。

『だから、申請してください』という小言に曖昧な言葉を返した。


「お待たせしました、ゼロさん」

「ん。ナイスフォロー」

「ゼロさんこそ流石です」


 びし、と敬礼を決めたL777にゼロは小さく笑った。


「で、O202オーツ―、目的地はこの先だっけ」

『はい。今のところ敵反応は見られません。けど、お気をつけて』


 りょーかい、と気の抜ける返事をして、ゼロは片手に銃を握ったままずんずん歩き出した。

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