act.004 Heavy tanks

 エリアB――基地と廃都市の中間に位置する、言うなれば準都市部。

 都市部ほどの高層ビルは目立たないが、娯楽施設の多さが際立つ場所――だった、場所。

 今はその跡形もなく、すべて地に落ちたコンクリート片となっている。ただ、足場が悪いだけだ。


「ゼロさん、あそこです!」

「おー、仲間大分やられてるわ」

「暢気か!」


 L777はバギーのハンドルを切る。運悪く、敵側の方に出てきてしまった。自分たちは今仲間の援護に来ている。敵を殲滅する前に、仲間の元へ急がなければ。

 アクセルを踏み、今の速度を維持したまま敵の包囲網を突っ切る。


「え、加速すんの? ってかお前の運転荒くね?」


 後方から一切焦りを感じない声。

 L777はハンドルをぐっと握った。

 特殊部隊Special Forceは小隊で行動しない。事実、ゼロという男は1人で任務に出ていた。そして、現に自分たちは小隊ではなく2人のみで動いている。

 この男が普通の部隊にいたことがあるのか疑問だが、少なくとも自分はつい先日までそこにいた。

 そんな暢気で流暢なこと、言ってる場合ではない。


「SF-L777、お前はこのまま向こうの援護。スナイパーなら狙撃地点ポイントに収まれ」

「あ、はい。は、え?ゼロさんは?」

「俺は中距離S番号なんで、ここで」

「ここでって、あんた何する気!?」


 返事がなくなった。背後からの気配もない。いや、あの人は元から気配はないけれど。なんというか、風通しが変わった。


『こちら通信室。SF-L777さんの援護に入ります』


 初めて聞く声が耳からした。


「あ、丁度良かった!あの、ゼロさんはどうなってますか?」

『はい。先ほどバギーから飛び降り、渦中に入っていきました』

「入っていきました……入っていきました!?」


 あの野郎、と奥歯を噛みしめる。

 けれど、通信室の反応を見る限りいつもの話なのだろうか。いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。


自動オート


 バギーの運転を機械に委ねる。

 L777は背後に背負ってる銃を構えた。

 目標、敵中型歩行無人兵器。


「申請、レーザー砲」


 口にすると、銃の形が変わる。

 ゴーグルを通した視界に敵がマークされる。

 この距離、この軌道――いける。


 息を止めて、指に力を入れる。

 銃口から放たれた光の弾丸は無人兵器のコアを弾く。

 ぐったりと機械が前に倒れ込む。

 機動停止を確認。


『通信室からL777さんへ。ポイントとなりそうな座標を転送しました』

「受信を確認。直ちに移動を始めます」


 L777はバギーから飛び降り、送られてきたポイントに向かう。まだ挽回は出来る。ここで先走って銃を乱射するよりも、ポイントに落ち着いてから殲滅した方が得策だ。

 仲間の様子を確認する。この地に来た小隊の他に衛生兵も出向いている。倒れている仲間の姿もちらほら目につくが、専門職に任せるのが吉。自分にしか出来ない仕事は他にある。


 送られてきたポイントの下で、L777は装備の一つであるワイヤーを取り出し、屋上に投げるようにして引っかける。そのワイヤーを巻き取ると同時に、自分の足が地から離れる。

 転がり込むように屋上に這い上がり、身を低くしながら狙撃地点を探した。


 銃を構える。

 戦況をスコープ越しに確認する。


 まるで人の姿を崩したような無人兵器。冷静に考えなくともそれは鉄の塊で、それに殴られれば人は撲殺の要領で平気で死んでしまう。

 こんな戦い無謀だ。

 だが泣き言も言ってられないので対抗策を作った。撲殺される間合いに入らずとも無力化できる兵器――特殊銃を初めとして、いくつも開発されている。


 誰も至近距離で戦うことは推奨しない。

 褒め称えることもない。それを尊敬する奴は根っから根性論を推しているか、規格外の奴か、自身の弱さをその強さでごまかしたい奴だ。そう思っていた。


 引き金に指をかけ、思わずスコープから目を離す。

 距離が遠くなるが、自身の目で確認しなければ信じられなかった。


 対機械用剣ブレードを利き手に、特殊銃をもう片方の手に。

 傍らで機械を斬り、もう一方で機械の急所に穴を開ける。

 背に目でもついているのか。そんな動きをしている男を見た。


 どれほど目を奪われていたか。

 自分が役目を果たさずとも、奴の動きは変わらない。奴1人で全てになっている。

 1人きりの戦場。そういう場所に長年身を置いてきた兵士の動きだった。


 敵の動きを停止し、その間味方は仲間の手当に人員を割ける。

 あの男1人いれば事足りる。上層部の人間がわざわざ下っ端の兵士を渾名で呼ぶ理由が分かった。


『あのさぁ』


 直接耳に男の声がした。

 一瞬そっちに耳を傾けるが、すぐに目の前の光景に目を戻す。声をかけてきた男の動きは一瞬たりとも鈍っていなかった。


『え、聞こえてない?まじ?通信障害?』

「あーあー!聞こえてます!なんですか?ゼロさん」


 慌ててスコープを覗き、震える指を引き金にかける。


『あのさぁ、敵が尽きないからさ、どこからわいてるか確認してくんない?』

「あ、了解、です」


 よろしく、と通信が切れた。

 直に言葉を聞いているわけではないので断言できないが、息は切れていないように聞こえた。

 眠たげな声も、少し早口になったが、それでも十分ゆっくりとした口調だった。これ以上の修羅場をきっと何度もくぐり抜けてきたのだろう。それも、1人で。


『どう?』

「あ、えっと、北西の方角から次々に来て――いィ!?」

『え?なに?お前死んだ?』

「なわけあるか!そんなことよりゼロさん!ヤバいです!ヤバい!」

『えー、お前の身までは守れないわ』

「そうじゃなくて!」


 L777は一度つばを飲み込む。


「あれ、戦車タンクですよ!戦車タンクッ!」


 えぇ?と気の抜ける声がするが、今回ばかりはつられない。

 直後、ドンッ!!と爆音が力響き、L777は戦車の周囲を見渡す。砲弾を撃った様子はない。


 少し視線を動かす。

 煙が立っていたのはゼロが戦闘していた場所の付近だった。

 特殊銃の弾丸の一つであるEMP弾。周囲の敵の動きを封じるもの。

 その隙に、ゼロはきょろきょろと周囲を見渡し、北西のあたりで動きを止めた。


『あれにEMP使うべきだったよね、完全に』

「え?銃にEMP弾あるでしょ」

『んー……今、LEDランプ赤いんだよね』


 L777は自身の特殊銃を確認する。

 装飾などは一切なく、ボディに走る1本のLEDのみがデザインらしいデザインだ。だがそれは飾りではなく、充電のバッテリー残量を示すものである。

 満タンを青。半分を切ると黄色。そして更に半分を切ると赤に変わる。

 通常弾ではあまり電力を消費しないが、レーザー銃や電磁砲は電気を食う。


「あんた、計画性なしか!」

『だって、レーザーかっけぇじゃん』

「しかもそんな理由かよ!」

『ってか、戦車1台に見えないんだけど。3台ぐらい続いてない?』


 ゼロは会話をしながらも剣を振るい、動きを失った機械にとどめを刺して回っている。


 L777は指で見える範囲の戦車を2回ほど数え直す。


「いえ、ピラミットみたく並んだ3台の後ろに残り2台ほど一列に並んでいます」

『え?3足す2?』

「そうなりますね」


 うわぁ、と今までで一番感情を滲ませた声をだした。

 驚きではなく歓喜に近く聞こえたのは、焦りや切羽詰まった状態など、逃げ道が見えないからこそ出てしまうようなうわずった声だったからだと願いたい。


 電磁砲レールガンちょうだい。

 耳からそんな声がした。


 スコープで確認すると、ゼロの銃が電磁砲のそれの形に変わっていた。


「ゼロさん!?あんた、充電ピンチなんでしょ!?」


 そう喋ってから、小声で自分の銃に同じ申請を下す。


『ピンチ違う。赤いだけ』

「それを一般的にはピンチっていうんですが!」


 返事が途絶えると、地上付近でオレンジ色の光線が走った。

 同じ電磁砲でもチャージの時間によって破壊力が幾分も増す。そのチャージのためには時間と充電を消費する。代わりに威力と反動が増加。


『赤、点滅し始めたわ』

「それ、超絶ピンチ!」


 なんで自身の危機感よりも、珍しい敵兵器に対しての方が元気な声なんだか。

 だが、とりあえずゼロの一発のおかげで1台は機能停止を確認。体に悪そうな色をした煙を噴き上げる戦車を避けながら、他の戦車は仲間達の砲へと近づいていく。

 車体の外壁に取り付けられた複数の砲台からはエネルギー弾が継続的に発車され始めた。追尾はしないが、数が問題だ。


777ナナ、お前の電磁砲の残りバッテリー消費したらいくつ止められる?』


 敵戦車との光線は久方ぶりで、未だに内心は焦ったままだ。

 けれど頭は意外と冷静で、焦った声のまま「全部いけます」と計算した後答える。


 少し間を開けて、『なら2台止めろ』とゼロの声。


了解ラジャー。けど、残り2台は?」

『俺がやる』


 まるで別人のような声。

 その声にもう一度「了解」と答える。

 だが、すぐにゼロのバッテリーの残量を思い出す。もう電磁砲は打てない。省電力の通常弾ではあの装甲は貫けない。対機械用剣ブレードでは装甲に傷をつけるのがせいぜい。

 ならどうするのか。一切検討はつかない。

 けれど聞き返しはしなかった。

 あの人なら、出来ないことは絶対に出来ないと明言する。逆もしかりだろう。


 L777は銃身に左手を添え、手首を覆うほどまでに変形した銃の引き金に指をかけ、スコープを覗く。

 十字の入った視界を頼りに、標的をしっかりと狙う。

 動いてはいるが速度はさほどない。その移動距離を計算すれば外す方が難しい。そうだろうと自分に問う。答えはでなかった。


 まず、一発。

 愛用の銃口から光の線。

 真っ直ぐ伸びたそれは、1台の戦車を貫いた。それを肉眼で確認する。

 その間にもゼロは働き過ぎるほど動いていた。今にも停止しそうな銃を片手に、戦車が吐き続けるエネルギー弾を通常弾で相殺していく。

 尤も、彼はさほど動いてはないが。

 まるでスナイパーのように銃口だけを動かし、必要があるときのみ本人もが動く。


 遠距離射撃の能力をも彼は持っているのか。

 そう思いながら、もう1発を打ち込む。


「……あの、ゼロさん」

『ん。2台の停止を確認。じゃあ、お前、代わりにあの厄介な弾、どうにかしといて』

「……はいィ!?」


 返事はなく、代わりにゼロが銃を背のホルダーにしまい、剣を片手に戦車に近寄る。あのエネルギー弾の数は厄介だけれど、あれは所謂弾幕でしかなく、戦争に使う道具には生ぬるい。先ほどまでの無人兵器の方が死傷者が出ている。


 一体、何が目的なのか。

 機械の考えることは一切分からない。


 まぁ、今の自分の上司の考えも分からないけれど。


「申請、通常弾」


 変形する自分の銃を見ながら、ふと思う。

 この銃は頭に「申請」を置かなければ変形しない作りになっている。ちょうだい、なんて言葉を何故銃が聞き入れたのか。理解しがたい。否、不可能だ。

 技術部のお気に入りで、少しいじくってもらったのだろうか。彼なら上層部から煩く言われることもないだろうし、むしろそれでいつも以上に使いこなすのなら上も嬉しい限りだろう。


 L777はとりあえず言われたとおりの働きをすることにした。

 絶え間なく発射されているエネルギー弾を打ち消していく。速さはさほどないのでそれは簡単だ。百発百中とまで豪語はできないが。

 やはりあの男の腕は桁外れすぎる。しみじみと実感しながら打ち続けた。


 とはいえ、消しても消しても、いくらでも吐き続けるのでこれではきりがない。

 いや、けれど少し数が減ったように見える。

 顔を上げると、ゼロの手により1台落ちていた。彼の動きに倣ってなのか、GFの仲間たちも相殺を始めている。


 ゼロは右手の剣で弾を打ち消しながら、残り1台の戦車に駆け寄る。

 一体何をする気なのか。

 彼は、空いていた左手を伸ばし、その手を戦車の装甲に当てた。


 わずか数秒ほどそうしていると、戦車の群れは陥落した。




 ゼロは全ての戦車の動きが止まったのを確認して、無線に指を伸ばす。


O202オーツ―、全部終わった?」

『とりあえず、その戦況はこちらの勝ちでいいみたいです。戦車5台も相手に実質2人で勝つなんて、化け物ですね』

「戦車5台分の働きしてなかったからね。置物と変わんねーよ、あれ。それより、何その言い方。他で何かあったって事?」


 ゼロは剣を腰のホルダーにしまう。


『流石ゼロさん、こういう話だけは頭の回転率が通常の倍以上ですね。えぇ、おっしゃるとおりです。エリアBにて戦闘中、その裏でエリアEを取られました』


 エリアE。ゼロは小首をかしげる。

 流石に聞き覚えはあるが、いまいちどこなのか分からない。けれど、自軍ウチの手持ちなら、沢山の仲間がそこでエリアの維持をしていたはずだ。


『お考えの通り、全滅です。もう上はかんかんですよ、癇癪を起こした子供みたく煩いです』

「こっちに人員を割きすぎたってこと?」

『はい。BとEは近いので、ヘルプを出しました。あ、無能だと思われたくないんで弁明させてもらいますけど、上のご判断ですから。私は止めました』

「最近こっちは静かだったからね。寝首をかかれた、ってことかもしれない」

『にしても、意外とゼロさん怒ってませんね』

「え?俺、怒んなきゃいけないような話だった?」

『そりゃ』

「なんで?」

『だって、5年前にエリアEを取ったの、ゼロさんの単独行動ですよ?』


 5年前。そう言われて思い出せるのは自分の歳ぐらいだ。


『やっぱり、覚えてないんですね』

「だって、俺がとったのって他にも何個かあんじゃん。覚えてねーよ」

『おそらく、この件でお二方も動くよう言われると思うので、先だってお知らせしておきます』

「ん。ラジャ」


 ゼロは通信を切ろうとした。だが、向こうがそうはさせなかった。

 何?と尋ねる。


『……ゼロさん、あなた、怒っても良いんですよ?少しは。軍のためにあなたがどれだけ動いてきたか、それを考えれば扱いが雑すぎます。ぶっちゃけ、出世して、所謂上の人間になってたっておかしくない話です』


 んー、とゼロは心にもない返事を返して間をつなぐ。

 出世欲は正直、一切ない。椅子に座って戦況を動かすよりも、足を運ぶ方が性に合ってる。生まれつき戦闘狂の気があるのも事実だ。

 それに。


「別に言いなりになってるわけじゃないから、いいんじゃね」

『好き勝手やってると?』

「そ。まぁ、俺の直属の上司は、1人しかいないから。そいつ以外の言うこと聞く気はあんまないけどね」

『その人の言うことだけは聞くって事ですか?へぇ、誰なんですか?』

「ナイショ」


 ですよねー、と相手が言い切る前に、ぷつりと途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る